件名 海外における体調管理について(2)

1990年代の後半だった。
私はポスドクをしていた。
その時のボスは私とともに、今回調査に来ているマレーシアの森で調査をしていた。いや逆だ。私がボスに連れられて、ボスとともに私が調査をしていたんだった。主体はあくまでボスだった。

で、その時のボスなんだけど、この森に着くと大概、直ぐに耳から粘液を出していた。

耳から粘液を出す。

その姿はその姿でおっとろしいんだけれど、ボスはそれを気にともせず、「耳などなんともない」という感じで毎日毎日ハードに調査を行っていて、正直、そういうボスの人格の方がおっとろしかった……「少しは気にしろよ!」……言えなかったけれども。

で、耳から粘液を出すボスは、
「耳から液が出ると集中できん!」
と叫んだかと思うと、耳にガーゼを張り付け、それで日常を過ごすようになっていた。私は、「耳から液が出ると、集中できないんだ!」と耳と粘液と集中の間の奇妙で複雑な三極対立関係について学んだのであった。ポスドク時に学んだ重要な事柄の一つだ!

で、耳にガーゼを付けたボスなのであるが、日に日に症状が悪くなり、耳から粘液を垂らすだけでは止まらず、なんと顔全体が腫れ上がれ、「いい加減、休むなり、病院に行く方がいいんじゃないだろうか?」と心配する私をしり目に、ボスは黙々と調査を続けるのであった。ボスの人格は本当におっとろしかった。

で、今日、ベットで寝ているとき、耳には全く違和感がなかったんだけど、なんかのはずみで手が左耳に触れることがあり、その時愕然とした。左耳から粘液がだらだら出ている!

左耳から粘液が出るものの、耳はかゆくもなければ痛くもない。粘液が出るだけで、他に支障はきたしていないのである。ただ、ただ耳から粘液が出る。

翌朝になって、調査の準備を続ける私の耳からも、だらだらと景気よく粘液は出続けた。耳から粘液が出ると集中して調査の準備ができない。私は、
「耳から液が出ると集中できん!」
と叫び、左耳にガーゼを付け、その後いつもどおり調査地へと向かった。

自分の姿は20年前のボスに重なるものだった。ただただボスと違うのは、正直に白状すると、「ボスみたいに顔全体が腫れ上がったらいやだな。他に症状が出たら、速攻で病院へ行こう」と将来を恐れていた点である。

……読者の皆さんの期待を裏切って申し訳ないのですが、残念ながら顔全体は腫れ上がりませんでしたが……

アディオス!

2018年11月07日