件名 質疑応答について

もうそろそろ、卒論発表会やら修士論文発表会、学会での研究発表会などが立て続けに開催される時期がやってくる。こうした発表会に出席するにつけ、いつも思うのは質疑応答の難しさである。というのも、どこからどう見ても、かみ合っていない風に見えてしまう質疑応答にちょいちょい出くわしてしまうからである。

「かみ合っていない」とは、会話としては一見成立しているようには見えるものの、その実、質問者の意図とは全く別ベクトルを向いた回答が回答者から続けられている状態を指している。いわゆる、蒟蒻問答。

とはいえ、こうなってしまったのは回答者のみに落ち度があるのではなく、ともすると質問者の方に問題があることが多いかもしれないのである。つまり、効果的な質問ができていないことが、質疑応答をかみ合わせない原因かもしれないということなのだ。賢い私は、効果的な質問が、議論の発展にどれだけ重要性かについて、かなり小さいときから認識し、かつ慎重に検討していたのであるが、今回はその認識に至らせた経験を紹介しようかと思う。

あれは、小学校の低学年だった気がする。社会科のテストで、

「イカ釣り漁船はなぜ夜に灯りをともすのでしょうか?」

という問題に遭遇したのだ。

私が育った愛知県における知多半島、その付け根の街には、“知多半島”にもかかわらず海がない。それに、そもそも知多半島ではイカ釣り漁は盛んではない。にもかかわらずイカ釣り漁船に関する知識を履修するのには、きっと何か深い理由が隠されているはずなのだろうが、それは今回の主題ではないし、そこまで暴露するのはこのブログの範疇を超えるというか、荷が重すぎるので、それについては皆さんが独自に専門書などで調べてもらえればと思っている。

さて、どのような理由が隠されているか釈然とはしないものの、とにかくこの問題が与えられてしまったのだ。

そして、小学生低学年の私は、この問題を前に激しく動揺した。たぶん、先生が求めている方の理由(答え)は授業で教わっていたはずだ(さもないと、出題されないだろう)。しかし、いつものように話半分で授業を聞いた私は、イカ釣り漁船の話を聞いた覚えが全くなく、本当の理由が思い浮かばなかったのだ。ただただ、

「夜に灯りを付けるのはあたりまえじゃろ。山田家だって、夜に灯りをつけるわい」

と思ってしまったのである。至極当たり前のことを聞く先生の気持ちが全く分からず、ともすると、

「先生はお狂いになられてしまったのか?」

と勘ぐってしまうほどだった。

そのころの私は恥ずかしがり屋さんで、テスト時間に手を上げて

「先生、お狂いですか?」

と出題に対する質問をすることなどできなかったのだが、この点については、

「恥ずかしがり屋さんでよかったなぁ」

と今となっては心から思っている。

しかし、実は直ぐさに

「きっと先生がお狂うはずがないだろう」

と思いを改め、

「では、彼はいったい何を求めているのか?」

と再び問題に向き合うこととしたのであった。

さて、答えに窮した私は、山田家が夜に灯りを付ける理由をヒントにそれを探ることした。その結果、解答欄には

「夜は暗く、灯りをつけないと危ないから」

と書いたのではあるが、ほどなくして

「これじゃない。こんな解答を先生は期待していない」

と思い直し、解答欄にあるこの答えを景気よくもみ消し、代わりに

「暗いとお化けが出そうで怖いから」

と書き込んだのであるが、どうもこれもしっくりこない。と申しますのも、相手はイカ求めて荒れ狂う海に出るほどの豪傑のはずで、よしんば彼が本当に

「お化け怖いな、灯りつーけよーっと」

と思ったとしても、立場が立場なだけに、お化けが怖いために灯りを付けたとはさすがに言えないだろうと思ったからである。彼は豪傑な自分を演出しなくてはならないはずで、”お化けが怖い”はその演出には貢献しない。っーことは、これもなし。

なぁーんてことを考えているうちに妙案が浮かんだ。そして、解答欄には

「昼に灯りを付けてもしょうがないから」

と書き込んだのだ。問題文の“イカ釣り漁船”をフィーチャーするのではなく、“夜”の方にフォーカスした答えだ。

もし私が、「夜は暗く、灯りをつけないと危ないから」とか「暗いとお化けが出そうで怖いから」と解答していれば、先生は容赦なく×を付けられただろう。一方、私の答えはというと……×が○に、○が×に何度も訂正された後、最終的には○になっていた。

全くかみ合っていない質問と解答なのだけれども、形式上は成り立ってしまっているのである。

この経験をもって、効果的な質問とは何か?が私の人生の指針、座右の銘となったのであった。たぶん、イカ釣り漁船問題の場合は、

「イカ釣り漁船は何の目的で夜に灯りをともすのでしょうか?」

が正解の質問文だ。

で、学会発表時などの質疑応答では、この聞き方ではだめだ、とか、そう質問しちゃだめだな、などと思っているうちに質問時間が過ぎ去ってしまい、結局、肝心の質問ができないことが多いのである。

学会会場でもじもじしている私を見たら、それはおしっこに行きたいわけではなく、質問の方法に悩んでいると思っていただければ、うれしゅうございます。

アディオス!

2018年12月25日