件名 子育て支援について (3)

サードルーチンたる前方支持回転であるが、娘は結構惜しいところまでできている。最後に体を持ち上げられれば完成である。しかも、全く成功の兆しが見えないわけではなく、数回に一回は成功できておる。まだ、失敗のほうが断然多いのであるが…。

で、ここで私が問われているのは、父の真価、つまり父親の威厳が発揮できるかということである。父親の威厳というのは、「お父さんすげぇー」という感じが、もうちょっと盛られた感じのあれで、その厄介なところは、「今、通り過ぎて行ったの見えました?あれ、あれが父親の威厳ですよ」とか、「今触ってるとげとげの、何かわかります?それ、父親の威厳ですよ。ちくちくしますねぇ。」みたいな感じで具体的には示しがたい、曖昧模糊としたところ。

とはいえ、父親の威厳が存在しないかというと、そうでもなく、そうとしかいいようのない気持ちを私たちが持っているのも事実である。ただ、問題なのは、この威厳とやらは、姿かたちを変えて具現される変幻自在なものであり、さらには、同じ行動をとったとしても、「あの父の場合は威厳になりますが、ああ残念、この父の場合は全然威厳ではありませんね」という父デペンデントな不安定さも併せもつという代物であるところ。願わくば後者のお父さんにはなりたくないのであるが、父の威厳(いげん)れるかどうかは、要するに、いかに効果的なタイミングで、父の威厳れるか、につきるのである。

で、この場合、父の威厳をうまく醸し出すためには、的確な助言を与えるなどして娘に前方支持回転の力を取得させる手助けをすること他ならない。さっきから、「思いっきり頭をぶん回せ!」とか、「最後に手首を返すんじゃ!」とか、まぁ助言的なことは言っておるが、なかなかすぐにうまくできるようにはならない。

それもそのはずで、こういった力は、教わり、シンクしてわかるものではなく、体が覚えるもの、フィールするものである。とはいえ、助言などくその役にもたちやしない、という乱暴なことを言っているわけではなく、むしろ助言は有益なものであり、助言を咀嚼しながら試行錯誤し、何度か失敗・成功をするうちに、体の使い方のチューニングが施され、やがては会得するといった類のものだからである。

さて、娘に何かを会得させる場合は、言って聞かせるという方法もあるかもしれぬが、見せてみる、というのも効果的である。そこで私は、新たな次元の措置に入ることとした。つまり、やって見せる。「とりあえず、見ときんさい。わしが今からグルングルン回ったるけぇ、グルングルん回るところを、見ときんしゃい」と言い、試技に入った。

鉄棒をつかむと、心がざわつく。「できんのかなぁ、わし?」という不安な気持ちがこみ上げよる。…心配なことなどあるかい!簡単である。いや、簡単なはずである!先ほどから娘に言い聞かせてきた助言を体現するだけである。まずは頭をぶん回す。

意外に、ブーンという風が切れる、低めの音が聞こえる。キョワイ。

で、最後は手首を返す。

意外に簡単に前方支持前転れた。なんだ、簡単じゃねぇーか。

さすれば、ここが、父の威厳の出しどころということになる。父の威厳を発揮するには、前方支持回転を畳み掛ける、が正解。一息も入れず、二回目の試技に入った。そして今度はグルングルンと回り続けた。

二回転もすると、頭に血が上り、半官器官もいかれ、なんとも形容しがたい感覚となる。と同時に、冷静かつ客観的に自己を点検する自分もおり、その自己点検によれば、ただ今私、父の威厳を全開にスパークさせ続けているわけであり、これはまさに自分が描く最高の父親像で、私がそれを具現している真っ最中であると思うと、今まで感じたことのない充実感がとめどなく湧き出し、たちまち充実感の波、海にもまれ、飲み込まれたしまった。こうした充実感におぼれる状況は経験がないのだが、いざなってみると、いろいろな感情がほとばしり、情緒がコントロールできない。すると本当に、本当に不思議なんだけど、腹の奥から自動的に

キョキョキョー

と、今まで出したこともない高めの笑い声が発されのるではないでしょうか。まぁ、不思議。それに発しただけでなく、もう止まりません。いったいどうなってしまったのでしょう、お父さん。

さてこの状況を、冷静かつ客観的に再点検すると、父の威厳を全身から放ち、虹色に輝きながら、けたたましく高めの笑い声を発し、前方支持回転し続ける俺。夜の9時過ぎに。

他人が見れば、地獄の餓鬼も、裸足で逃げ出すおぞましさ。しかし、娘は違う。父の威厳の毒気を、ただ一人、余すことなく一身に受け続けている。

確かに娘は数回転目までは、ぽかんとしておった。しかしそのうち、目を潤ませながら、手を叩きはじめ、そして今なお叩き続けておる。見たか!これが父の威厳!楽しんだか!父の威厳!

鉄棒からはじけ飛ばされ、時よりまだ「キョッ、、、、キョッ、、、」っと断末魔の声を上げながら、地面に横たわる父に、娘は手を叩きながら近づき

「パパすごいね。私もパパみたいになりたい」

と素直な感想を漏らしよった。父の威厳。父の威厳。父の威厳。

しかし、一つだけ気になることがあるんだけど、パパみたい、っていうのはいったいどの部分をさしているのだろう?願わくば、キョキョキョーと高めの声を発している部分でなければよいのだが。

アディオス!

2017年11月09日