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カタリエヌモノ

** 2012.06の カタリエヌモノ **

 ++ 12.06.01 (fri) ++ 



私が好きになれない学生の特徴。

いつまでも素人でい続ける。
素人だからという顔をして甘え続ける。

 ++ 12.06.04 (mon) ++ 



頑張ると仕事が早く終わるように,
人生も頑張ると早く終わらないかな。


(ダラダラしている私には無理か。)

 ++ 12.06.05 (tue) ++ 



研究者然としていて良い環境に戸惑っています。

前任校では研究者面しているとネガティブな評価を受けました。
そのため,良識ある大人を精一杯演じていました。

なので,未だに研究者としての能力を最大限発揮してもよい場面でも,そうできないことがあります。

 ++ 12.06.06 (wed) ++ 



私は
 「縦横無尽」(*1)
というより
 あっちに行ったりこっちに来たり
だ。

−−−−−−−−
(*1)「12.04.26」参照。

 ++ 12.06.08 (fri) ++ 



学生は本来,主体的に学ぶべきです。
しかし,学生の多くは「顧客」となってしまいます。

顧客とはサービスを受けようとする者です。
受け身で教育を受けようとします。

もちろん,顧客になろうとする学生に対しては「大学は受け身の人間など求めていない」と伝えます。
しかし,このメッセージは初等中等教育で身につけた学習観が貧しい学生には理解不能なことが多いようです。

大学教員としては全てのどのような学生にも全力で関わらなければなりません。
ですから,それぞれの学生に合わせて接し方は変えざるを得ません。

顧客となる学生には彼らが想定する以上のサービスを提供します。
真の学びとは何かを見せつけ,学習観を豊かなモノにしていきます。

一方,本物の学生は我々大学教員と同じ学徒です。
横に並んで親身に相談にのりながら共に真理を探究していきます。

 ++ 12.06.11 (mon) ++ 



常に緊張感を持っていたいとは思うし
実際そのようにしようとしているが,
緊張し続けているととても疲れる。

 ++ 12.06.12 (tue) ++ 



意図的に傷つけることと
無自覚に傷つけることと
どちらが罪が重い?

 ++ 12.06.13 (wed) ++ 



いつも夜になるとよぎる考えは,
 自分が大学教員でいることは学生たちにとってプラスなのか
 私よりもちゃんと大学教員としてうまくやれる人材に道を譲るべきではないのか
というものです。

でも,もう少しだけやってみたいので,見逃してください。

 ++ 12.06.15 (fri) ++ 



勉強は,まじめに淡々と反復練習をして暗記する行為だと考えている子どもは
理解する楽しさや,工夫して取り組むやりがいがあるということを知らず,
仕事に就いても,単なる苦役だとしか認識できないことが多いのではないか。

 ++ 12.06.18 (mon) ++ 



名言みたいなことを披露してるヤツを信用してはならない。

 ++ 12.06.19 (tue) ++ 



心理学には「共感的理解」という言葉があります(*1)が,逆もあっても良いかと思います。

つまり,共感的産出(表出,表現)です。
自分の体験を人に理解(追体験)させることが出来るような表現の仕方です。

こういう能力を身につけるとプレゼンテーション能力がすごく高くなりそうです(笑)。(*2)

−−−−−−−−
(*1)「12.05.10」参照。
(*2)カウンセラーがボンクラでも共感的産出の能力の高いクライエント(来談者)なら,カウンセリング場面で共感的理解が起こりやすいとか思いましたが,そもそもそういう人は相手がカウンセラーでなくても良いんですよね(笑)。

 ++ 12.06.20 (wed) ++ 



いつの頃からか「心の時代」という言葉を聞くようになりました。

しかし,その実際は,直感に頼った無責任な態度を推奨するモノです。
漠然と「感じる」ばかりで,人の心を誠実に「考える」態度とはほど遠いモノです。

心なき「心の時代」(*1)なんだと思います。

−−−−−−−−
(*1)この言葉の響きにピンと来ない人向けの解説。
黎明期の心理学は,科学たらんとして直接観察可能な「行動」のみを研究対象としていた時期があります。
つまり,行動の有無のみが問題で,そのときどういう意図があったか等の曖昧な心の動きは研究の対象外だったということです。
心理学なのに心を研究対象としない「心なき心理学」の時代があったということです。
それに引っかけた言葉です。

 ++ 12.06.22 (fri) ++ 



大学教員として授業の準備力が不足しているということは,研究の時間を奪い,研究者としての役割を果たせなくします。

私はなんだか授業の準備ばかりしてる気がします。

 ++ 12.06.25 (mon) ++ 



多少の研究時間はあるけど,短時間で片がつくような研究には興味がなくなっています。

以前は,研究という行為そのものが楽しかったので,そういうお手軽な研究も楽しめていました。

今は,そんなチマチマした研究をしても,もう満足感は得られなさそうです。

 ++ 12.06.26 (tue) ++ 



偉い先生ははっきりモノをおっしゃる傾向があります。

最大の理由は,自信がおありだからだと思います。
しかし,他の要因もある気がします。

それは,偉い先生たちがいらっしゃるコミュニティです。
偉い先生方ははっきり発言しても良い場所で生活していらっしゃるのだとおいます。

「主張」というものをどうとらえるかには発達段階があるのだと思います。(*1)
 1.主張と現実とは完全に対応している
 2.主張は現実と照らし合わせて真偽判断が出来る事実である
 3.主張は人によって違うからどれも否定できない意見である
 4.主張は評価の対象となる判断である
1番目よりも4番目の方がより高いレベルだと言えます。

偉い先生は,
「主張はあくまでその時点での最善と思われるモノでしかない」
と周囲の人が互いに了解し合っている環境に生きていらっしゃるのだと思います。
だから,断定的な表現のリスクを高く感じていらっしゃらないのだと思います。

一方で我々は,主張すればそれは例外のないただ1つの正解でなければならないととらえる人間に囲まれて生活しています。
なので,色々と配慮したモノの言い回しをしなければならないのだと思います。

−−−−−−−−
(*1)Kuhn (1999)を参考にしました。

 ++ 12.06.27 (wed) ++ 



疲れているなら休め
というのは無責任な助言で,
休めばますます仕事がたまり,
余計疲れます。

 ++ 12.06.28 (thu) ++ 



(今日は更新予定日ではありませんが,元学生から写真の投稿があったので。)

 ++ 12.06.29 (fri) ++ 



今のうちに不摂生しおかないと,
うっかり長生きしてしまいそうです。

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