最近の研究から
磁気スキルミオン格子形成におけるらせん磁気ヘリシティの統合 –– EuNiGe3 ––
前回のEuPtSiの磁気スキルミオン格子相でらせん磁気ヘリシティが一つに揃う理由としては,EuPtSiが反転心も鏡映面も持たないカイラルな結晶構造をしており,Dzyaloshinskii-Moriya型の反対称相互作用によって一つのらせん磁気ヘリシティを選択する働きがもともと存在していることが挙げられる.一方,EuNiGe3は4回対称軸のc軸を含んだ鏡映面を持つため,カイラルではないが,反転心は持たず,対称相互作用が存在する.そのため,ゼロ磁場でのらせん磁気構造では,4つのドメインはそれぞれ決まったヘリシティ(巻き方)で秩序化する.それは4ドメインの各ヘリシティがしっかりと結晶の4回対称性と鏡映対称性を反映したものになっていることからわかる.ここで磁場をc軸方向にかけて中間相(II相)に入ると,磁気スキルミオン格子相が出現しているのではないかとの予想が基礎物性の結果からなされていたが,今回の我々の実験で,EuNiGe3で確かに磁気スキルミオン三角格子が実現していることが明らかになった.しかも,磁気スキルミオンは正方格子という結晶構造の枠の中で三角格子を作ろうとするため,安定構造を求めた結果,自ずと対称性を落として歪んだ三角格子になってしまう.さらに驚くべき事実として,3つのらせん磁気成分のヘリシティがすべて同じに揃うことも判明した.これは常識を覆す観測事実であり,なんと3つのらせん磁気成分のうち一つはゼロ磁場でのヘリシティを逆転させている.もう一つは本来ならサイクロイド構造になるべき波数ベクトルなのだが,これが他と同じヘリシティのらせん構造になっている.つまり,結晶が本来持っている反対称相互作用を覆すような力が働いてヘリシティが一つに統合され,磁気スキルミオン三角格子が実現していることになる.磁気スキルミオン格子形成の駆動力としては,これまで反対称相互作用が主要因として考えられてきたのだが,実はそうではないということを示す事実であると考えられる.
"Helicity Unification by Triangular Skyrmion Lattice Formation in the Noncentrosymmetric Tetgagonal Magnet EuNiGe3"
T. Matsumura, K. Kurauchi, M. Tsukagoshi, N. Higa, H. Nakao, M. Kakihana, M. Hedo, T. Nakama, and Y. Onuki
J. Phys. Soc. Jpn. 93, 074705 (2024)
本論文は JPSJ Editors' Choice に選ばれました.
磁気スキルミオン三角格子を構成する3つのらせん磁気成分は同じヘリシティで揃っている –– EuPtSi ––
立方晶カイラル磁性体EuPtSiは,磁場中で磁気スキルミオン格子(Skyrmion Lattice, SkL)が形成されることがf電子系で初めて発見された有名な物質である.磁気SkLというのは,磁性原子のスピンが集団で渦巻き構造を作って粒子状になり,それが格子を組んで配列した状態のことをいう.磁気スキルミオンの三角格子は,3つらせん磁気秩序成分の重ね合わせで表されることから,triple-q構造と呼ばれる.ゼロ磁場では単一の伝播ベクトルからなるらせん磁気秩序だったものが,磁場中でZeemanエネルギーと競合するようになると,3つのらせん磁気構造を結合させて,中心付近にあえて磁場と逆向きのスピンを置いたほうが全体のエネルギーが得をするという,絵にすると十分にスペクタクルな磁気構造が実現する.でも,本当にそのような磁気構造になっているのだろうか.それをどうやって実験で観測するのだろうか.
磁気SkLの元祖と言えば同じ立方晶のMnSiであり,かのMühlbauerの最初の論文(https://www.science.org/doi/10.1126/science.1166767, (2009))では "All three helices have the same chirality” と構造モデルの説明で述べられている.つまり,3つのらせん磁気成分は同じ巻き方(ヘリシティ)でなければならない.本物のSkL相であることを示す重要な要素でありながら,実はこのことを実際に実験で確認した例はなかったのである.今回,EuPtSiの磁場中SkL相において,triple-q磁気構造を作る3つの磁気フーリエ成分を,円偏光を使った共鳴X線回折で詳細に調べた結果,すべてが同じ磁気らせんヘリシティを持っていることが確認された.これでEuPtSiのH || [111]のA相が本物のBloch型のSkL相であることが確定されたと言える.
"Single helicity of the triple-q triangular skkyrmion lattice state in the cubic chiral helimagnet EuPtSi"
T. Matsumura, C. Tabata, K. Kaneko, H. Nakao, M. Kakihana, M. Hedo, T. Nakama, and Y. Onuki
Phys. Rev. B 109, 174437 (2024)
本論文は PRB Editors' Suggestion に選ばれました.
反転心を持たない正方晶化合物EuIrGe3におけるサイクロイド磁気ヘリシティの観測
2022年に発表したEuIrGe3のサイクロイド磁気構造(下記参照)では,伝播ベクトルと磁気モーメントの回転面(らせん面)が平行なサイクロイド型であることは決定したものの,巻き方が正回転か逆回転か(前に進んだときに前に倒れるように回転するのか,後ろに倒れるように回転するのか)が決定されていなかった.この巻き方の向きのことをヘリシティという.伝播ベクトルとらせん面が垂直ならせん構造(スクリュー型,ねじ型)の場合は,前に進んだときの回転方向が右側なのか左側なのかを表す符号(+かー)がらせんヘリシティに相当するが,それのサイクロイド版である(サイクロイドでもヘリシティというのだろうか?).結晶構造に反転対称性がある場合は,この巻き方がどちらであってもエネルギーに差はなく,両者がドメインを形成して共存するのだが,反転対称性をもたないEuIrGe3では,Dyzaloshinskii-Moriya型の反対称交換相互作用のため,サイクロイドヘリシティの縮退が解け,片方に決まるはずである.それを実験で確かめようという企画であった.果たして結果はその通りで,円偏光X線を使った共鳴X線回折によって,4つのqベクトルに対応するサイクロイド磁気ドメインがそれぞれ固有のヘリシティを有していることが確認された.しかも,それらのヘリシティはこの結晶構造がもつC4vの対称性(4回対称軸のc軸を含む鏡映面が4枚)をそっくり反映したものになっており,反対称相互作用が確かに働いた結果であることも明らかになった.円偏光を使ったこの実験はKEK-PF放射光施設のBL3Aに設置された移相子システムを利用して行った.最近はこの移相子システムを活用したらせんヘリシティの観測に力を入れている.
"Helicity Selection in the Cycloidal Order in Noncentrosymmetric EuIrGe3"
K. Kurauchi, T. Matsumura, M. Tsukagoshi, N. Higa, M. Kakihana, M. Hedo, T. Nakama, and Y. Onuki
J. Phys. Soc. Jpn. 92, 083701 (2023)
JPS Hot Topics でも取り上げられました.
キラルらせん磁性体YbNi3Al9における結晶場波動関数
キラルな結晶構造を持つらせん磁性体YbNi3Al9における結晶場励起と決定されたYbの結晶場固有関数.三軸分光器を用いて中性子非弾性散乱実験を行い,非弾性散乱スペクトルの解析に加えて,磁化,磁化率,比熱などの物性データも説明できるような結晶場固有関数を決定した.測定に用いた試料も当研究室で育成したものである.鏡映対称面も反転対称中心も存在しないキラルな結晶構造で,通常の対称型磁気交換相互作用に加えて,Dzyaloshinskii-Moriya型の反対称磁気相互作用が働くことで,巻き方が一つに定まったらせん磁気秩序が現れる.Yb(Ni1-xCux)3Al9では,磁場下でキラル磁気ソリトン格子が出現する.こうしたキラル磁性を考える上での基礎となる結晶場波動関数がこれまで未解決であったが,本研究によってこれが明らかになった.それによると,結晶場基底状態は |±7/2> と |∓5/2> を1:1で重ね合わせた単純な形で,第一励起状態もそれと直交した同じ形のものである.これが低温・低磁場領域でc面内を容易面とする異方性をもたらしており,高温・高磁場ではc軸が容易軸になる起源であることがわかった.
"Crystal Field Excitation in the Chiral Helimagnet YbNi3Al9"
M. Tsukagoshi, S. Kishida, K. Kurauchi, D. Ito, K. Kubo, T. Matsumura, Y. Ikeda, S. Nakamura, and S. Ohara
Phys. Rev. B 107, 104425 (2023).
反転中心をもたない磁性体EuIrGe3におけるサイクロイド磁気構造の形成
正方晶希土類化合物EuIrGe3の結晶構造には反転中心が存在しない.c軸を含む鏡映対称面は存在しており,キラルではない.しかし,c軸に垂直な鏡映面がないため,c軸方向に極性をもった結晶構造であると言える.このような空間にS=7/2のスピンを並べると,どのような磁気構造で安定化するだろうか.Euの4f電子スピンはスピン軌道結合を介して周囲の3次元空間の対称性を感じ取っており,それが磁気構造に反映されているはずである.その関係を探るという観点でこの物質の磁気構造を調べてみた.ほぼ等方的なS=7/2の磁性体でありながら,TN=12.2 K, TN'=7.0 K, TN*=5.0 Kと,3段階もの逐次相転移を示すのも不思議である.J-PARCのSENJUを使った中性子磁気回折,KEK-PF BL3Aでの共鳴X線回折を駆使して各相での磁気構造を特定した.その結果,TNでc軸方向に波数(0, 0, 0.792)で伝播する縦波サイン波型構造,TN'で波数(0.017, 0, 0.8)となってac面内で回転するサイクロイド構造,TN*でサイクロイド面が45度回転して波数(0.012, 0.012, 0.8)のサイクロイド構造になることがわかった.波数ベクトルをほんのわずかだけc軸から傾けることでサイクロイド磁気構造を作るのはなぜだろうか.結晶格子とどのような相互作用をしているのだろうか.磁気構造がわかったことで,次の新たな疑問が生まれている.
"Cycloidal Magnetic Ordering in Noncentrosymmetric EuIrGe3",
T. Matsumura, M. Tsukagoshi, Y. Ueda, N. Higa, A. Nakao, K. Kaneko, M. Kakihana, M. Hedo, T. Nakama, and Y. Onuki
J. Phys. Soc. Jpn. 91, 073703 (2022)
CeCoSiにおける隠れた秩序 –– 構造相転移の発見 ––
CeCoSiは正方晶の化合物で,単位胞内にある2個のCeがTN=9.5Kで反強磁性秩序を起こす.これがf電子のスピン自由度による主たる秩序ではあるのだが,磁化率や比熱の詳しい測定によると,TNよりも高いT0=12 Kにおいてわずかな異常が観測されており,何らかの秩序が起きているのではないかと指摘されていた [H. Tanida et al., JPSJ 88, 054716 (2019)].磁性との関わりが弱く,対称性の変化もないように見えたことから,”隠れた秩序”と呼ばれている.今回,このCeCoSiの未知の秩序状態を明らかにするため,KEK-PFで放射光を使った低温X線回折実験を行い,正方晶から三斜晶への構造転移が起きていることを見いだした.さらに,磁場をかけると構造転移が抑制されていくことも明らかになった.三斜晶ドメインも磁場による選択性があり,軌道が関与した何らかの秩序による異方性が背景にあり,f電子の磁性を介して結晶構造と結合しているのではないかと考えられる.磁場方向が[100]方向のときと[110]方向のときで様子が大きく異なることもわかってきた.f電子の励起状態が関与した電気四極子秩序の可能性もある.しかし,依然として隠れた秩序の詳細は謎のままである.
"Structural Transition in the Hidden Ordered Phase of CeCoSi",
T. Matsumura, S. Kishida, M. Tsukagoshi, Y. Kawamura, H. Nakao, and H. Tanida
J. Phys. Soc. Jpn. 91, 064704 (2022)
キラル磁性体におけるらせん磁気秩序と電気四極子秩序の競合
三方晶系の1軸性キラル磁性体DyNi3Ga9における多段逐次相転移の機構が明らかになった.多段相転移が格子非整合ならせん磁気秩序(TN'<T<TN),格子整合ならせん磁気秩序(TN''<T<TN'),強四極子秩序によって誘起される単斜晶系への転移とキャント強磁性を伴うq=0の反強磁性秩序(T<TN'')によるものであることが共鳴X線回折によって明らかになった.大きな軌道角運動量(L=5)とスピン角運動量(S=5/2)による巨大角運動量(J=15/2)をもち,磁気双極子だけでなく大きな電気四極子自由度ももつキラル磁性体で,Dzyaloshinskii-Moriya相互作用による格子非整合ならせん磁気秩序と格子整合な強四極子秩序は相矛盾する秩序であるが,これらがどのように競合し,秩序が移り変わるのか,マクロ物性ではよくわからなかったミクロな機構が明らかになった.秩序モーメントが小さな転移温度直下では結晶場異方性が弱いため,DM相互作用によるらせん秩序が実現するが,秩序モーメントが発達する低温では四極子秩序が支配的となってらせん秩序は消える.一方,強い反強磁性交換相互作用は全温度領域で強く働き,らせん秩序相ではab面内の最近接Dyモーメントが反強磁性的に結合したまま,c軸方向にらせんを描いて伝播するという,新奇な構造をもたらすことが明らかになった.
"Competition between helimagnetic and ferroquadrupolar ordering in a monoaxial chiral magnet DyNi3Ga9 studied by resonant x-ray diffraction",
M. Tsukagoshi, T. Matsumura, S. Michimura, T. Inami, and S. Ohara,
Phys. Rev. B. 105, 014428-1-12 (2022).
磁場によって誘起される電荷秩序と反強磁性の不思議な関係
立方晶充填スクッテルダイト化合物SmRu4P12で観測された磁場誘起型の原子変位と磁場と平行な長短反強磁性秩序.背後にP12分子軌道に生じた磁場誘起電荷秩序とSm-f軌道に生じた結晶場準位の交替型秩序があると予想される.反強磁性秩序モーメントは本来は磁場と垂直になったほうがZeemanエネルギーで有利であるが,磁場と平行な長短型反強磁性をあえて選ぶ電子間相互作用の機構は何であるかがこの系の核心部分.体心立方格子におけるPの分子軌道バンドが本質的にもつネスティング不安定性に,p-f混成によってf電子自由度が結合することで生じたものと考えられている.当研究グループを中心に国内外の放射光施設と中性子散乱実験施設で行われた共鳴X線回折,偏極中性子回折,共鳴軟X線回折,磁気円偏光二色性の実験によって20年来の問題が解決されたといえる.これら先端的量子ビームの特徴を最大限に生かし切って得られた成果でもある.
"Isotropic parallel antiferromagnetism in the magnetic-field-induced charge-ordered phase of SmRu4P12 caused by p-f hybridization",
T. Matsumura, S. Michimura, T. Inami, C. H. Lee, M. Matsuda, H. Nakao, M. Mizumaki, N. Kawamura, M. Tsukagoshi, S. Tsutsui, H. Sugawara, K. Fushiya, T. D. Matsuda, R. Higashinaka, and Y. Aoki,
Phys. Rev. B. 102, 214444-1-11 (2020).
Gd化合物で見つかった新種の電子スピン秩序:スピン三量体のらせん秩序
磁性体Gd3Ru4Al12で形成されるSpin Trimer(スピン三量体,GdのS=7/2スピン3つが合成スピンS=21/2を形成したもの)によるらせん磁気秩序状態.当研究グループのメンバーを中心に行われた共鳴X線回折実験により実証された.たとえば,よくみられるS=0のSpin Dimerは ( |↑↓〉– |↓↑〉)/√2のように表され,2つのサイトのスピンが合成スピン0を作る状態であるが,それには電子が2つのサイトを往来する必要がある.一方,GdのスピンS=7/2は1つのGdイオンによく局在した7個の電子によるものである.遍歴性のあるCeやYbのf電子ではなく,局在性の高いGdのf電子は通常はサイト間を遍歴することはないと考えてよく,合成スピンS=21/2状態を形成するというだけでも不思議なことである.しかもその合成スピンがらせん秩序を形成するというのである.極めてめずらしい例だと思われたのであろう,本論文はJPSJ Editors' Choiceに選ればれた.
"Helical Ordering of Spin Trimers in a Distorted Kagome Lattice of Gd3Ru4Al12 Studied by Resonant X-ray Diffraction",
T. Matsumura, Y. Ozono, S. Nakamura, N. Kabeya, and A. Ochiai,
J. Phys. Soc. Jpn. 88, 023704-1-5 (2019).
本論文は JPSJ Editors' Choice に選ばれました.
キラル磁気ソリトン格子の形成:極低温磁場下での共鳴X線回折による観測
三方晶系の1軸性Chiral磁性体Yb(Ni1-xCux)3Al9で実現するChiral Magnetic Soliton Latticeの観測.ゼロ磁場でのらせん磁気秩序が磁場で強制強磁性状態に変化する過程で,局所的なねじれ構造が周期的に配列する非一様な状態が生じる.鏡映面と反転心をもたないキラル磁性体の特徴の一つで,Dzyaloshinskii-Moriya型反対称磁気相互作用によって巻き方が限定されることが背景にある.f電子系では初めての観測例となった.右手系結晶と左手系結晶ではらせん磁気秩序の巻き方(ヘリシティ)が確かに逆になっていることもわかった.これらは当研究グループのメンバーを中心にSPring-8で行われた共鳴X線回折実験により実証された.円偏光X線を使った低温磁場中共鳴X線回折という極めて特殊な実験である.
"Chiral Soliton Lattice Formation in Monoaxial Helimagnet Yb(Ni1-xCux)3Al9",
T. Matsumura, Y. Kita, K. Kubo, Y. Yoshikawa, S. Michimura, T. Inami, Y. Kousaka, K. Inoue, and S. Ohara,
J. Phys. Soc. Jpn. 86, 124702-1-12 (2017).
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