漁村の多面的機能とEcosystem Based Co-management |
平成16年度〜18年度科学研究費補助金(基盤研究(B)(1)) 課題番号 16405028 研究代表者 山尾 政博 |
このページには,科学研究費補助金にもとづき平成16年度から3か年にわたって実施した研究成果報告書を掲載しています。本研究は,東南アジア海域社会が社会的かつ文化的にもつ多面性に着目し,沿岸域資源を多角的かつ持続的に利用しようという戦略を検討し,生態系に配慮した"Ecosystem Based Co-management"という新しいアプローチを提案することを目的としたものです。 |
I 研究の背景 (1)沿岸域資源の持続的利用をめぐって 資源の商業的 東南アジアでは,国民経済の発展に伴って漁業生産力の技術革新が進み,国内消費の拡大と水産物貿易のグローバル化への対応がなされています。特に,輸出志向型水産業の成長がめざましく,海面漁業では漁獲努力量が飛躍的にのび,養殖業に転用される沿岸域が広がっています。資源が多面的に利用されるというより,商業目的のために利用される傾向がますます強まっています。また,沿岸域の産業・観光目的の利用も増大し,沿岸域環境がしだいに悪化しています。 地方分権型・住民参加型アプローチの広がり こうしたなかで,資源利用者,地域住民,地方自治体,NGOなどが連携して沿岸域資源を回復させ,生態系の保全に努めようという運動が各地で繰り広げられています。国や地域によって活動の目的や内容は異なりますが,共通しているのは,地域特有の社会構造や生態系に対応できる,地方分権型・住民参加型アプローチを広く採用していることです。物質生命循環という視点から沿岸域資源や環境を広くとらえようとする傾向もみられます。 沿岸域資源を持続的に利用するためのアプローチは実にさまざまですが,最近は,地方分権型,住民参加型のCommunity Based Resource Management (CBRM)という戦略が広く採用されています。この戦略はLocally Based Coastal Resource Management (LBCRM)やCo-management (CM)といった新しいアプローチへと発展を遂げています。 (2)漁村の多面的機能をめぐって 食料貿易拡大のなかで:国家戦略の系譜として 世界貿易機構(WTO)は,その加盟国政府に対して,農業や漁業に対する振興策・補助策の標準化(スタンダード化)を強く要請し,市場や貿易に歪曲的な効果を及ぼす可能性のある政策を排除し,生産刺激的ではない,生産に対して中立的な農漁業政策への転換を求めています。これに対し,日本を中心とする食料純輸入国は,農林業・農漁山村がもっている経済外的効果を正しく評価し,食料生産を自国で維持することの合理性と正当性を主張しているのは,ご承知の通りです。農漁業は食料を生産するという本来の目的以外に,食料の安全保障や環境保護の必要性など,貿易では取引できないものがあります。食料貿易の自由化を推し進めることに対して日本は懸念を表明し,農漁業がもつ多面的機能を維持することを,重要な国家戦略として掲げています。多面的機能論がすぐれて政治的な議論であります。 「内発的発展」の系譜として 一方,多面的機能論は,住民参加のもとで計画・実施される地域振興を方向づける議論の系譜をもっているのも事実です。地域資源を多元的に利用してきたという農漁村社会の存在形態,その諸機能に着目し,それらに係わってきた人々を地域振興の主人公として位置づけようとする動きがあります。それは,住民が主体的に作りあげてきた「内発的発展」の系譜と考えることができます。 「地域資源論」の系譜として 多面的機能をめぐる議論の中で,「地域資源」という言葉をしばしば目にします。農業は農地資源だけで成り立つ産業ではなく,地域内にあるもろもろの資源(水,里山,農道,畦など)の連鎖をもとに営まれる生業です。さらに,農業資源の生態的ネットワークを持続的に利用するために築いた社会秩序やしきたりも,大切な地域資源として認められています。地域が経験してきた生態系に関する知識やそれを持続的に利用するための技術の蓄積などが体系化されたものを,"indgeneous ecological knowledge"(土着の生態系知識)として見直すことも,が提起されています。こうした地域資源に対する総合的なとらえ方は,漁業や林業にもあてはまります。 |
成果報告書 |
I巻 Progress Report of the Survey in South Thailand No.1 New Movement of Locally Based Coastal Resource Management in Phang-nga Bay Arear, South Thailand(平成18年9月) II巻 Progress Report of the Survey in South Thailand No.2 New Movement and Development of Locally Based Coastal Resource Management, and Resource Utilization(平成19年3月) III巻 Progress Report of the Survey in the Philippines No.1 Experiences and Lessons Gained through Banate Bay Resource Management Council, Inc IV巻 Progress Report of the Survey in the Philippines No.2 フィリピンにおける沿岸域資源の多元的利用戦略と漁村開発(平成19年3月) V巻 研究総括 沖縄・日本の漁村の多面的機能 −沿岸域資源の利用保全と漁村振興への新しい視点−(平成19年3月) |
II 研究の発想 (1)水産資源の持続的利用と漁村振興 私たちは,東南アジアの沿岸域の水産資源の持続的な利用を可能にする社会システムを展望する時,単に水性生物にかかわる問題をとりあげるのではなく,それを利用して生計をたてている人間の社会的な営みを含めて検討すべきではないか,と考えました。つまり,地方分権型・住民参加型の沿岸域資源管理を実現するには,同じようなアプローチをとって漁村を活性化する社会的意義が認められるのではないのか,ということです。 (2)コミュニティー・ベースをどう発展させるのか? 「生成するコミュニティー」とは? 資源管理の領域においても,地域振興の領域においても,地域拠点型のアプローチ,いわゆる"community-based approach"が広く採用されています。私たちは,コミュニティーをどう定義するかについてはあまりこだわらず,実態にあわせて解釈しています。また,現実のコミュニティーを,超歴史的な存在としてみてもみていません。それは,決して静態的な存在ではなく,資源・生態環境のその時々の変化,それに敏感に反応する人間の生業活動,地方分権化を含む政治・行政システムの発展など,コミュニティーをとりまく環境も条件も,時代によって地域によって,決して一様ではありません。コミュニティーをどうしたいかという,そこに居住して生業を営む人間個々の意志が強く働いていることも忘れてはなりません。 コミュニティー・ベースを超えて 社会開発及び資源管理の手法として,コミュニティー・ベースという戦略が広く採用されていますが,私たちが着目したのは,地域の新しい枠組作りでした。コミュニティー・ベースを超える動きが広がっています。その動きをできるだけ的確にとらえて,政策化と戦略化できないのかと問いかることにしました。この問いに対応したのが,"co-management" (CM)という考え方です。 III 研究の課題 本研究が当初掲げた課題は,次の三つでした。 課題1:東南アジアにおける地方分権型,住民参加型の地域資源管理および沿岸域環境保全にか かわるシステムの発展過程,問題点,そして今後の方向性を明らかにすること。 課題2:東南アジア漁村の多面的機能を実証的に明らかにすること。 課題3:以上の2つの課題の解明を踏まえて,"Ecosystem Based Co-management"の実現に 向けた政策的提言の枠組みを作ること。 東南アジア諸国はもとより,広く熱帯開発途上国を対象とした地域沿岸域資源管理システムに関する調査研究に貢献することを,課題として掲げました。画当初の3つの課題に加えて,次の2つのテーマを追加しました。 課題4:東南アジア漁村社会に深く入り込んでいる輸出型フードシステムが,地域資源の利用の あり方にどのように影響しているかを明らかにする。 課題5:日本漁村,特に沖縄を媒介にして,東南アジア漁村の多面的機能論に接近する。 漁村資源の多元的・多面的利用戦略は,日本の漁村振興の要になっていますが,東南アジアと日本での双方での研究成果が,今後,アジア的な漁村振興をめぐる研究を発展させていく上で有効であると考えました。 W 研究体制と分担 |
氏名(所属) | 研究分野 | |
研究代表者 | 山尾政博(広島大学大学院) | 研究の総括,水産資源論 |
分担者 | 磯部 作(日本福祉大学) | 海域統合管理論,マリーンツーリズム |
島 秀典(鹿児島大学) | 漁村の多面的機能論 | |
山下東子(明海大学) | 水産・漁村開発論 | |
家中 茂(鳥取大学) | 地域資源管理組織論 | |
若林良和 (愛媛大学) | 漁村社会論 | |
赤嶺 淳 (名古屋市立大学) | 漁村文化論 | |
矢野 泉 (広島大学大学院) | 地域振興論 | |
鳥居享司(近畿大学COE,現鹿児島大学) | マリーンツーリズム | |
久賀みず保(広島大学,現近畿大学COE) | 水産物流通論 | |
研究協力者 (日本側) | パタリーヤ・スアンラタナチャイ (学術振興会特別研究員) | |
ハマヅーラ・ラーマン (学術振興会特別研究員) | ||
溝口暢孝 (広島大学大学院博士課程後期) | ||
ワンタナ・チェンキトコソン(同上) | ||
ルイス・フランシスコ・オリバ・トリビス(同上) | ||
デバラハンディ・アチニ・デ・シルバ(同上) | ||
遠藤愛子(同上) | ||
ポンプラパ・サクンセン(同上) | ||
岩尾恒雄 (広島大学大学院博士課程前期) | ||
麻生貴通(同上) | ||
研究協力者 (フィリピン側) | エビリン・ベレーザ (フィリピン大学ビサヤ校准教授) | |
マリー・ロウ・ラロッサ (バナテ湾沿岸資源管理組織,BBRMCI) |
V 報告書の構成 |
成果報告書は5巻からなっています。内訳は,タイ編2巻,フィリピン編2巻,それに全体の総括と沖縄・日本編です。最終年度をまたずに発刊したものもあります。以下は,各巻のタイトルと発行年月ですが,その中味は本ページからPDFとしてダウンロードできます。 |
おわりに 平成16年度に開始した本研究は当初の目標をほぼ達成し,ここに一応の区切りをつける時がきました。この3年間,研究分担者及び研究協力者の皆さんには,それぞれの分野で研究を進めていただきました。ここに深く感謝します。 |
山尾研究室(食料環境経済学) |