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2003年07月


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2003.07.14

購入本:『英語類義語活用辞典』(最所フミ )。ちくま文庫の新刊。英語を書く時、話す時に、意味の似ている単語のどちらを使えば良いか、迷う事がよくある。たとえば「含む」を"include"とするか"contain"とするか。辞書には一応、「類義語」として解説はしてあるのだけど、なかなか腑に落ちないことが多い。そんなときに役に立つかなと思って購入した。


2003.07.13

久しぶりに日記を書いてみようかという気になったのだけど、いつまで続くかは分からない。

この1年ほどはずいぶんいろんなことがあって、自分にとってはとても長い1年だった。一番大きな出来事は2002年の8月から10月までの3か月と、2003年の4月から6月までの2か月間、ドイツのベルリンで仕事をしてきたこと。海外で暮らしたのは大学院生の時に1か月ほどアメリカに滞在したのが自己最長記録で、しかもその時はただのティーチングアシスタントとして当時の師匠についていっただけだったから、本格的に海外で自分の「仕事」と言えることをしたのは、今回が初めてだった。

滞在したのはベルリンのマックス・デルブリュック分子医学研究センターのゾルタン・イヴィッチ研究室。ボスのゾルタンと、そのパートナーのジュジャは、僕とそれほど歳も離れていない気鋭の若手で、研究室の雰囲気も若々しくてアクティブ。日本にいるときと違って雑用に煩わされることもなく、大学院生の頃に戻ったように研究に没頭できた。もちろん色々なテクニック、研究のストラテジー、ラボの運営などについても学ぶ事が多くて、とても有意義な時間を過ごす事ができた。

研究面はもちろん、生活の面でも、ヨーロッパは初めてだったので、見るもの聞くもの全てが珍しく面白く、たった3か月プラス2か月とは思えないくらい、消化しきれないくらいの体験をしてきた。残念だったのは、ドイツ語がほとんどできないので十分に情報が吸収しきれなかったこと。ドイツ人は結構、見知らぬ人にも話しかけてくることが多くて、その度にドイツ語がはなせたらなあ、と残念な思いをした。いま、少しづつ勉強はしているのだけど、もともと語学の才能がある人間ではないので、なかなか上達しません。

ベルリンというと予備知識は『ベルリン天使の詩』と『ラン・ローラ・ラン』、そして壁が崩れたあの時のニュース映像くらいのもので、「地球の歩き方」を読んでも今ひとつ街のイメージが湧ききらなかったのだが、実際に歩いてみると、新しいものと古いもの、暗さと明るさ、派手派手しさと地味さ、かつての東と西、過去と未来、ヨーロッパ的なものと中東からアジアにかけての外国人が持ち込んだ異文化、といったものが混ざりあった複雑な、奥の深い街だという印象をもった。

研究所があったのはベルリンの北東のはずれ、旧東ベルリンのBuchというところで、はずれもはずれ、研究所を1歩出ればそこは他の州という場所だった。医学系の研究所であるマックス・デルブリュック分子医学研究センターと、いくつかの病院、バイオテックの企業などが集まった"Campus-Berlin-Buch"は、ちょうど広島大学がある東広島市のように、街の中心部からははずれた、自然が豊かな郊外で、キャンパス以外にあるのは、たくさんのアパートメントと、スーパーマーケットは2軒、電車の駅が1つ、銀行、郵便局、ドラッグストアが1軒づつ。暮らすには十分だけど、世界的大都市ベルリンという雰囲気ではない。まあ市の中心部までは電車1本で20分ほどで、電車は日中は10分に1本はあるし、朝早くから夜中まで走っているし、座れないことはあり得ないくらいいつも空いているので、交通面では何の問題も無い。なにより電車に自転車を持ち込めるというのが素晴らしい点で、去年の夏は自転車でベルリンのあちらこちらを見て回ることができた。ベルリンの街中には基本的に坂がほとんど存在しないので、自転車にはとても適した街なのだ。

本当はベルリン滞在日記(「今日のベルリン・ブーフ」とかそんなタイトルで)を書きたいという気もあったのだけど、仕事の方がそれどころではなくハードだったので、とてもそんな時間と気力がなかった。去年の夏、出発前は、「どうせ3か月じゃ大した事はできないだろうから、まあ気楽に」と思って出かけたのだけど、向こうのラボはそれどころじゃなくアグレッシブで、ついつい向こうのペースに巻き込まれて頑張ってしまった。おかげで多少ものになりそうなデータは出たものの、もちろんいくら頑張ったとは言っても3か月で仕事をまとめるのは到底無理なわけで、「もう一回来ない?」という誘いに乗って、この春にまた2か月。それでもやはり完成というわけにはいかない。あと3か月くらいあれば、と思うのだけれど。

忙しさは今もずっと続いていて、やりたいことはたくさんあるのに、時間と体力と人手と資金が限られていてなかなか思うように物事は進んでくれない。とくに今は学生実習が入っているので、なかなか自分の実験ができない。実習と実験で体力を消耗して、家に帰るともう、

こんな感じです。(モデルはうちのfaultier、シロ)。


それでも、自宅に研究室から持ち帰ったボンダイiMacを同居人Tomの専用マシンとしてセットアップし、自分用にはドイツ行きの前に買ったiBookをAirMac(無線LAN)でネットとプリンタを利用できるようにして、自宅で仕事できる環境を整えることができたので、自宅でも論文書きやプレゼンの準備はできるようになった。ついでに日記書きも。今までは有線でADSLだったので、ネットを使う限り、リビングで仕事をせざるをえなかったのだけど、自宅にちゃんと仕事ができる環境が整うと、気分的にもずいぶん違う。うれしかったのでボーナスが出たのを機会に、アップルストアでBGM用の外部スピーカ(タイムドメイン・ミニ)を買ってしまった。(iBook、.Mac、AirMacカード、AirMac BaseStation、iPodと、このところアップル様にずいぶん貢いでいる敬虔なアップル信者の私であるが、余所のメーカーの品物までアップルストアで買わなくても良いよな、と注文したあとに思った。)


今日は一日雨で外に出る気がしなかったので、午前中、進化学会のプレゼンの準備を少しして、録りだめしてあった映画を2本消化した。
1本目は岡本喜八の『助太刀屋助六』。僕は真田広之が好きなので、彼がちゃかちゃか動き回っているだけで楽しめた。それと仲代達矢の格好良さね。この2点でOKでした。
2本目は『トゥルーマン・ショー』。多かれ少なかれ『トゥルーマン・ショー』的な状況はすでにこの世の中に蔓延してしまっているわけで、それを極端に戯画化してやれば、こういうグロテスクというかブラックな映画になるということか。いや、北朝鮮による拉致問題や少年犯罪の報道を見ていると、この現実のテレビも、視聴者も、もう十分にグロテスクだと思いますけどね。以下、ネタばれにつき伏せ字で。映画のラストでトゥルーマンが外の世界へ一歩を踏み出す時、視聴者たちは彼に喝采を送るが、あの場面が一番うすら寒いと思った。


夜は茄子とトマトのカレーを作った。煮込みの時間が少し足りなかったかも。一晩置いたらもっと美味しくなると期待している。
そろそろ本格的に夏なので、茄子の料理がいろいろ試せるかなと思う。


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