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DCB -

目次

化合物名

DCB または DBN または DCBN  2,6-dichlorobenzonitrile(ジクロベニル)分子量 C7H3Cl2N = 172.01 

PubChem データベースへのリンク http://pubchem.ncbi.nlm.nih.gov/summary/summary.cgi?cid=3031#MeSH

作用

除草剤として開発された その後、セルロース合成を低濃度で選択的に阻害する化合物としての働きが発見された(Hogetsu T, Shibaoka H, Shimokoriyama M. Plant and Cell Physiol. 15:389 (1974)) 2008年には Rajangam AS らによって DCB が微小管結合タンパク質 MAP20 と結合することが報告された。しかしそれが本当に細胞内での働きと関係しているかどうかはまだ十分に示されていない。

DCBIsoxabenThaxtomin と関連するマイクロアレイの結果が公開されている。http://www.ebi.ac.uk/microarray-as/aer/#ae-main[0] ArrayExpress のホームページで、"Arabidopsis DCB" "Arabidopsis isoxaben" "Arabidopsis thaxtomin" のようにサーチするとデータを得られる。"Arabidopsis DCB" で出てくるものは、実際は isoxaben-habituated cell のデータ (Manfield IW 2004) らしい。説明文が間違っている。

使い方(私の)

和光純薬から買える code 048-25461

DMSO に溶かして使う ストックは 1 or 10mM   更に薄めたものも作る   培地に 1/2000 くらいの割合で加えるようにストック溶液を作る -20℃保存

DMSO は多くの阻害剤や植物ホルモンをよく溶かす。また培地に加えたときに植物に影響を与えにくい (0.1% ならたいていの場合ほとんど影響はない)。私はよく使っている。

適切な条件では、DCB は 100 nM でシロイヌナズナの根を肥大させる。他の植物ではそれぞれ形態に対する効果が異なる。伸長が抑えられるが肥大はしないこともある。BY2 細胞を植え継ぐ際に 1μM を新しい培地に加えておくとよく効く。細胞数が増えてから加えても効きにくい。それは栄養分の変化が関係しているらしいが詳しいことは全く調べていない。

文献 

The Analysis of Bifenox and Dichlobenil Toxicity in Selected Microorganisms and Human Cancer Cells.   Jabłońska-Trypuć A, Wydro U, Serra-Majem L, Wołejko E, Butarewicz A.   Int J Environ Res Public Health. 2019 Oct 27;16(21). pii: E4137. doi: 10.3390/ijerph16214137. PMID: 31717849

DCB は魚などに毒性があることが知られている。

Effect of 2, 6-Dichlorobenzonitrile on Amoebicidal Activity of Multipurpose Contact Lens Disinfecting Solutions.   Moon EK, Lee S, Quan FS, Kong HH.   Korean J Parasitol. 2018 Oct;56(5):491-494. doi: 10.3347/kjp.2018.56.5.491. Epub 2018 Oct 31.   PMID: 30419735

コンタクトレンズの保存液に原生生物 アカントアメーバ(Acanthamoeba)が生育することがある。角膜炎の原因になる。この生物はセルロースを合成して cyst 嚢胞を形成する。DCB は嚢胞の形成を抑える活性を持つことがわかった。その活性は保存液に混ぜたことで低下することもあるが、低下しない保存液も存在した。

アカントアメーバと DCB、セルロース合成に関する論文:

Potential Value of Cellulose Synthesis Inhibitors Combined With PHMB in the Treatment of Acanthamoeba Keratitis.   Moon EK, Hong Y, Chung DI, Goo YK, Kong HH.   Cornea. 2015 Dec;34(12):1593-8. doi: 10.1097/ICO.0000000000000642.   PMID: 26426333

Down-regulation of cellulose synthase inhibits the formation of endocysts in Acanthamoeba.   Moon EK, Hong Y, Chung DI, Goo YK, Kong HH.   Korean J Parasitol. 2014 Apr;52(2):131-5. doi: 10.3347/kjp.2014.52.2.131. Epub 2014 Apr 18.   PMID: 24850955

Cellulose biosynthesis pathway is a potential target in the improved treatment of Acanthamoeba keratitis.   Dudley R, Alsam S, Khan NA.   Appl Microbiol Biotechnol. 2007 May;75(1):133-40. Epub 2007 Jan 16.   PMID: 17225099


クロロキンというマラリアの薬が、アカントアメーバに効くこともわかっている。

Chloroquine as a possible disinfection adjunct of disinfection solutions against Acanthamoeba.   Moon EK, Lee S, Quan FS, Kong HH.   Exp Parasitol. 2018 May;188:102-106. doi: 10.1016/j.exppara.2018.04.005. Epub 2018 Apr 3.   PMID: 29625097


植物以外の生物に対する作用が注目されている。Prorocentrum cordatum は海洋性プランクトン 渦鞭毛藻 の一種で、セルロースを含む固い殻を作るらしい。   https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4178496/ にも論文がある。

Stressor-induced ecdysis and thecate cyst formation in the armoured dinoflagellates Prorocentrum cordatum.    Matantseva O, Berdieva M, Kalinina V, Pozdnyakov I, Pechkovskaya S, Skarlato S.   Sci Rep. 2020 Oct 27;10(1):18322. doi: 10.1038/s41598-020-75194-3.   PMID: 33110141 Free PMC article.

DCB の類縁化合物の除草活性を調べた論文   https://www.jstage.jst.go.jp/article/jpestics/38/4/38_D12-081/_html/-char/en   4,6-dichloropyrimidine-5-carbonitrile など

動物細胞に対する作用

Toxicological Effects of Traumatic Acid and Selected Herbicides on Human Breast Cancer Cells: In Vitro Cytotoxicity Assessment of Analyzed Compounds.   Jabłońska-Trypuć A, Wydro U, Wołejko E, Butarewicz A.   Molecules. 2019 May 2;24(9). pii: E1710. doi: 10.3390/molecules24091710.   PMID: 31052542

コケに対する作用

Direct observation of the effects of cellulose synthesis inhibitors using live cell imaging of Cellulose Synthase (CESA) in Physcomitrella patens.   Tran ML, McCarthy TW, Sun H, Wu SZ, Norris JH, Bezanilla M, Vidali L, Anderson CT, Roberts AW.   Sci Rep. 2018 Jan 15;8(1):735. doi: 10.1038/s41598-017-18994-4.   PMID: 29335590

微小管結合タンパク質に DCB が結合するらしい(続報はない)

Plant Physiol. 2008 Sep 19. MAP20, a microtubule-associated protein in the secondary cell walls of Populus tremula L. x tremuloides Michx is a target of the cellulose synthesis inhibitor, 2,6-dichlorobenzonitrile. Rajangam AS, Kumar M, Aspeborg H, Guerriero G, Arvestad L, Pansri P, Brown CJ, Hober S, Blomqvist K, Divne C, Ezcurra I, Mellerowicz E, Sundberg B, Bulone V, Teeri TT.   PMID:   18805954

The authors indicated that the herbicide 2,6-dichlorobenzonitrile (DCB), which inhibits cellulose synthesis in plants, was found to bind specifically to PttMAP20.

微小管結合タンパク質には様々なものがある。その中にダイナミンがある。ダイナミンの変異が、イネの二次壁のセルロース合成を抑制することが既に解明されている。

独立行政法人農業生物資源研究所川崎博士らのグループの成果(特許データベース)

Rajangam 博士の博士論文が、PDFファイルで公開されているのを見つけることができる。「DCBはセルロース合成酵素とMAP20 の結合を阻害する」というモデルが提案されている。

彼らの研究は、ポプラの二次壁を形成する細胞を用いて行われている。二次壁と一次壁は、セルロースの割合、結晶性、繊維の配向のそろい方などに大きな違いがある。二次壁のセルロースはミクロフィブリルの規則的な束なりが多くて結晶性が高い。一次壁は全ての細胞に存在するが二次壁は特定の分化した細胞にできる。二次壁の生成を促進する転写因子が日本のグループなどによって見いだされている。

セルロース合成酵素と微小管の関連は長年多くの研究者が注目してきた重要課題である。

Cellulose synthase interactive protein 1 (CSI1) links microtubules and cellulose synthase complexes.   Li S, Lei L, Somerville CR, Gu Y.   Proc Natl Acad Sci U S A. 2012 Jan 3;109(1):185-90. Epub 2011 Dec 21.   PMID: 22190487

POM-POM2/CELLULOSE SYNTHASE INTERACTING1 Is Essential for the Functional Association of Cellulose Synthase and Microtubules in Arabidopsis.   Bringmann M, Li E, Sampathkumar A, Kocabek T, Hauser MT, Persson S.   Plant Cell. 2012 Jan 31.   PMID: 22294619

微小管の研究、セルロース合成の研究はそれぞれ単独でも難しい。それらの相互作用を解明するのはもっと難しい。しかし優秀な研究者が参入してきて解明が進んだ。 上にあげた論文によって、セルロース合成酵素と微小管が CSI1 タンパク質によって結びついていることが実証された。

Genetic evidence that cellulose synthase activity influences microtubule cortical array organization.   Paredez AR, Persson S, Ehrhardt DW, Somerville CR.   Plant Physiol. 2008 Aug;147(4):1723-34. Epub 2008 Jun 26.

Chemical genetic screening identifies a novel inhibitor of parallel alignment of cortical microtubules and cellulose microfibrils.   Yoneda A, Higaki T, Kutsuna N, Kondo Y, Osada H, Hasezawa S, Matsui M.   Plant Cell Physiol. 2007 Oct;48(10):1393-403. Epub 2007 Sep 17.

Rajangamらの論文に伴うもう一つの論文として、
Evolution of a domain conserved in microtubule-associated proteins of eukaryotes
Alex S Rajangam1, Hongqian Yang2, Tuula T Teeri1, Lars Arvestad2

というのもある。 Journal of Computational Biology and Chemistryという雑誌のホームページに掲載されている

今のところ、「DCB はモデル系でMAP20 タンパク質と結合する」ことが示されている。それ以外のことはまだ示されていない。

「微小管に結合する物質」は以前からいくつも見つかっている。しかし「微小管結合タンパク質(MAP)に結合する物質」は、いままでわずかしか見いだされていないらしい。MAP に結合する物質は、薬剤として非常に注目されていると書かれた文章があった。DCB が本当に MAP20 と結合することで機能を示しているのかどうかを確かめることは重要な課題だろう。

FCA 遺伝子にコードされるタンパク質はアブシジン酸の受容体として働くという論文が発表された。しかしその後、その論文で行われている binding assay には問題があるということが指摘されている。   Brief Communication Arising   FCA does not bind abscisic acid    pE5   Joanna M. Risk, Richard C. Macknight and Catherine L. Day   Nature Volume 456 Number 7223

さらに以下のような論文も出た。

The barley magnesium chelatase 150-kDa subunit is not an abscisic acid receptor.   Muller AH, Hansson M.   Plant Physiol. 2009 Jan 28. [Epub ahead of print]

Binding assay というものは、正しく行わないと間違った結論を得てしまいやすいものらしい。気をつけなければならない。


「化学と生物(日本農芸化学会会誌)」2009年2月号に、「天然に学ぶケミカルバイオロジー〜植物就眠運動のケミカルバイオロジー」という優れた解説を、上田、中村両博士が書かれている。

「分子プローブを用いる標的同定の落とし穴」について書かれている。上田博士らは、活性物質の光学活性を利用した「エナンチオ・ディファレンシャル法」を開発し優れた成果を上げている。光学活性を利用しない場合、静電相互作用による結合が問題になる。静電相互作用による結合は、競争的結合阻害実験で擬陽性を示してしまう。

Olfactory mucosal toxicity screening and multivariate QSAR modeling for chlorinated benzene derivatives.   Carlsson C, Harju M, Bahrami F, Cantillana T, Tysklind M, Brandt I.   Arch Toxicol. 2004 Dec;78(12):706-15. Epub 2004 Nov 5.   PMID: 15536544

と言う論文では、DCB と類似した構造をもつ一群の化合物(2,6位に塩素原子がつき、1位に様々な官能基がついたベンゼン化合物)について、マウスの olfactory mucosa に対する毒性を調べている。DCB は olfactory mucosa に対して強い毒性があることが知られていてよく分析される。構造と活性の相関を調べた結果、大型で極性を持ち強い電子吸引性のある官能基を1の位置に持つ2,6-ジクロロベンゼン化合物はマウスの olfactory mucosa に対して強い毒性を持つことが示された。

Chemical genetic screening identifies a novel inhibitor of parallel alignment of cortical microtubules and cellulose microfibrils.   Yoneda A, Higaki T, Kutsuna N, Kondo Y, Osada H, Hasezawa S, Matsui M.   Plant Cell Physiol. 2007 Oct;48(10):1393-403. Epub 2007 Sep 17. の論文では、DCB と同じような活性を示す化合物のスクリーニングも報告されている。

Koopman, H. and Daams, J. (1960) 2,6-dichlorobenzonitrile: A new herbicide. Nature 186: 89-90.

DCB が除草剤として世に出た最初の論文 発芽時や、成長中の植物にのみ強い効果が見られると報告されている。茎の柔細胞に肥大を起こすことも言及されている。アベナ幼葉鞘切片を用いたバイオアッセイで、アンチオーキシン作用を示す(オーキシンによる伸長がおきにくくなる)ことも言及されている。

Milborrow, B.V. (1964) 2,6-dichlorobenzonitrile and Boron deficiency. Journal of Experimantal Botany 15: 515-524.

DCB を植物に処理した際に見られる様々な症状を、ホウ素不足によってみられる症状と比較し類似性を指摘している。ホウ素不足では茎頂の褐変、壊死が引き起こされる。DCB によっても同様なことが起きると言及されている。現在ではホウ素はペクチンと結合して大切な役割を果たすことが解明されている。DCB は直接ペクチンに影響を与えないが、間接的にペクチンにも影響をあたえることはある。茎頂を構成する細胞は、他の部分よりも細胞壁構造の異常(特にペクチンに関する)の影響を強く受けるのかもしれない。

Fig.4 では、2,4-D の作用に対する DCB の効果を個体レベルで調べている。ラノリンペーストに混合し、茎や葉柄に塗布して処理している。DCB を与えることで、2,4-D の効果(epinasty 上偏成長)が起きなくなるという結果が示されている。このことは葉が上偏成長するにはセルロース合成が関係していることを示していると解釈できる。2,4-D の輸送(ABC輸送体が関与)に変化が生じている可能性もある。DCB とオーキシンの関連はその後全く忘れられている。しかしオーキシンの作用機構や極性輸送に関してすばらしい知見が得られている現在、何かの役に立つかもしれない。

この論文ではホウ素と2,4-D が出てくる。ホウ素はペクチンと結合する。細胞膜上にはホウ素の輸送担体がある。どちらも細胞表層で働いている。オーキシンも細胞膜上に輸送体がある。輸送体と表層との関わりがある。

セルロース合成酵素とオーキシン輸送に関連があることが、rsw1 変異体(CesA1 に変異をもつ)を用いて明らかにされた。

Auxin and cell wall crosstalk as revealed by the Arabidopsis thaliana cellulose synthase mutant radially swollen 1.   Lehman TA, Sanguinet KA.   Plant Cell Physiol. 2019 Apr 20. pii: pcz055. doi: 10.1093/pcp/pcz055. [Epub ahead of print]   PMID: 31004494

Alex Grant Ogg, Jr. 博士の博士論文

http://ir.library.oregonstate.edu/xmlui/bitstream/handle/1957/45693/OggAlexG1971.pdf?sequence=1

DCB が水生植物の呼吸、光合成に与える影響が調べられている。序論ではこの博士論文が書かれた時点での知見がまとめられている。

DCB をタバコの葉に与える実験では、光合成(酸素発生で測定)と呼吸(酸素消費で測定)に影響を与えない。Milborrow の研究成果についても引用されている。DCB がキュウリ単離ミトコンドリアの呼吸に与える影響に関する論文が紹介されている。酸素消費量が 1.6 倍になる。それは脱共役(電子伝達と ATP合成が共役しないので電子伝達が起きやすくなる)のせいであるという説もある。しかしそうでないという結果もある。

DCB は Scenedesmus obliquus という単細胞緑藻の生育に影響を与えなかった。光合成による酸素発生に影響はなかった。 水生植物の Potamogeton pectinatus は 0.1 ppm の DCB によって生育が強く抑えられる。成長点に強く作用する。しかし光合成による酸素発生に影響はなかった。 Alisma gramineum は DCB を与えても生育が抑えられないと言う報告もあるが、この論文で行われた実験では DCB が効いた。

ジャガイモから単離したミトコンドリアの呼吸に対する DCB の効果を調べた。コハク酸を基質とした際の酸素消費量は DCB を加えると増大した。この効果は与えてすぐに生じた。これは脱共役のせいではないと推定された。はっきりとしたことはわからなかった。

PAL 活性と DCB

''INDUCTION OF PHENYLALANINE AMMONIA‐LYASE BY DICHLOBENIL IN GHERKIN SEEDLINGS G. Engelsma''   First published: February 1973   https://doi.org/10.1111/j.1438-8677.1973.tb00904.x

GHERKIN(ピクルス用の小さなキュウリ)下胚軸の PAL 活性が上昇することを報告している。

Comparative effects of dichlobenil and its phenolic alteration products on photo- and oxidative phosphorylation

Pesticide Biochemistry and Physiology Volume 4, Issue 3, September 1974, Pages 356-364   D.E. Moreland, G.G. Hussey, F.S. Farmer

DCB が代謝され生じた化合物はアンカプラーとして働く。しかし DCB はその働きはない。DCB をマングビーン下胚軸切片に与える(短時間: この実験では3時間)と、対照よりも生重量あたりの ATP 量がかえって高くなる(Fig. 4のグラフ)。その原因は不明である。

Journal of Theoretical Biology   Volume 34, Issue 1, January 1972, Pages 1〜13   Central role for ATP in determining some aspects of animal and plant cell behaviour P.C.T. Jones

細胞内の ATP量は低温になると増加する。その際細胞内の粘性 cytoplasmic viscosity は低下すると書かれている。細胞に圧力がかかると同様なことが起き、細胞は丸くなりやすい。

Hogetsu T, Shibaoka H, Shimokoriyama M. Plant and Cell Physiol. 15:389 (1974)

セルロース合成を低濃度で選択的に阻害する化合物としての働きを初めて発見した重要な論文

Meyer, Y. and Herth, W. (1978) Chemical inhibition of cell wall formation and cytokinesis, but not of nuclear division, in protoplasts of Nicotiana tabacum L. cultivated in vitro. Planta 142: 253-262.

タバコのプロトプラストを DCB 存在下で培養すると細胞壁の再生が阻止される。cytokinesis 細胞質分裂も起きなくなる。しかし nuclear division 核の分裂は正常に進行する。その結果 multinuclear 核を複数含むプロトプラストが生成する。"DB is not only an inhibitor of cell wall formation, but also affects cytokinesis and Golgi vesicle formation." と記載されている。顕微鏡写真によると微小管は DCB 処理した細胞でも普通に存在している。核が分裂するので、エンドリデュプリケーションとは異なる。

植物の細胞質分裂は細胞板が形成されることによって行われる。フラグモプラスト(隔壁形成体 phragmoplast)と呼ばれる構造物が形成され、そこにゴルジ体由来の小胞が集まる。小胞では細胞壁成分の合成が行われる。ゴルジ体と細胞壁合成は関連が深い。DCB はゴルジ体、ゴルジ由来の小胞にも影響を与えるのかもしれない。

鈴木 馨 博士の学位論文要旨 

DCB が、ヒャクニチソウ単離葉肉細胞からの管状要素分化に影響を与えることが示されている。リグニンの沈着の局在性に変化が見られることが示されている。セルロースが減少したことによる二次的な影響と考えられている。

鎌田 博 博士の学位論文要旨 

DCB を培地に 100nM 与えた際に、胚形成率がわずかではあるが上昇することが示されている。100nM よりも低いと効果はなく、高いとかえって阻害される。この 100nM という濃度は、シロイヌナズナの根の伸長に対する影響を見る際にもちょうど境界となる濃度である。この濃度が「臨界濃度」のようになっていて、そこからのわずかな濃度変化で効果が大きく変化するようにも考えられる。単純に考えると臨界濃度より低いとセルロースはあまり減らず細胞は正常な多角形の形状をしている:超えると細胞壁のセルロースがぐっと減少して球に近い形状になるということが考えられる。

カルス形成については、「イネの根におけるカルスの形成と生長のセルロース阻害剤2,6‐dichlorobenzonitrileによる促進」日本作物学会紀事 53巻1号 p.109-112  (1984-3) 西村、前田両博士の論文もある。

Y. Wang, J. Lu, J. C. Mollet, M. R. Gretz, and K. D. Hoagland    Extracellular Matrix Assembly in Diatoms (Bacillariophyceae) (II. 2,6-Dichlorobenzonitrile Inhibition of Motility and Stalk Production in the Marine Diatom Achnanthes longipes)   Plant Physiol. 113: 1071-1080.

Diatom(珪藻)の一種である Achnanthes longipes が細胞外に多糖類を分泌する。それは菌体が支持物に結合するのに役立っている。その分泌が DCB によって抑制されることが示されている。分泌される多糖類はセルロースではないことが示されている。DCB の類縁体で蛍光を発する DCBF という化合物を合成し、DCBと同じように阻害効果があることを示している。DCBF はこの珪藻に含まれる分子量 18kD のタンパク質と結合するというデータが示されている。

Ellis C, Karafyllidis I, Wasternack C, Turner JG.   The Arabidopsis mutant cev1 links cell wall signaling to jasmonate and ethylene responses. Plant Cell. 2002 Jul;14(7):1557-66.

セルロース合成が抑えられることでストレス応答を引き起こされることを、変異体 (cev1) を用いてはっきりと示した論文 Fig. 7 に DCB が出てくる。

cev1 は、Constitutive Expression of VSP1遺伝子 という形質を指標として見いだされたものである。たぶん彼らはセルロース合成のことを全く考えていなかっただろう。しかし変異遺伝子として CesA3 遺伝子が見つかった。

cev1 ではジャスモン酸とエチレンの生合成が活性化されている。この二つのホルモンがセットになっていることが他の研究でもしばしば見られる。

植物には様々なMAP kinaseが存在し働いている。その中で、MPK6 はジャスモン酸、エチレンとの関連が指摘されている。

Phosphorylation of 1-aminocyclopropane-1-carboxylic acid synthase by MPK6, a stress-responsive mitogen-activated protein kinase, induces ethylene biosynthesis in Arabidopsis.   Liu Y, Zhang S.   Plant Cell. 2004 Dec;16(12):3386-99. Epub 2004 Nov 11.

The mitogen-activated protein kinase cascade MKK3-MPK6 is an important part of the jasmonate signal transduction pathway in Arabidopsis.   Takahashi F, Yoshida R, Ichimura K, Mizoguchi T, Seo S, Yonezawa M, Maruyama K, Yamaguchi-Shinozaki K, Shinozaki K.   Plant Cell. 2007 Mar;19(3):805-18. Epub 2007 Mar 16.

だからといって、「セルロース合成が阻害されると MAPK カスケードが活性化され MPK6 にシグナルが伝わる」といえるわけではない。しかしもしかしたらそうかもしれない。

Pectin activation of MAP kinase and gene expression is WAK2 dependent.   Kohorn BD, Johansen S, Shishido A, Todorova T, Martinez R, Defeo E, Obregon P.   Plant J. 2009 Dec;60(6):974-82. Epub .   という論文が出版された。 植物でも酵母のように、細胞表層(壁)と MAPK が関連するらしい。 植物の細胞板形成に MAPK カスケードが働いていることが示されている。このカスケードが、いくつかの微小管結合タンパク質をリン酸化することが見いだされている。

Himmelspach R, Williamson RE, Wasteneys GO.    Plant J. 2003 Nov;36(4):565-75. Cellulose microfibril alignment recovers from DCB-induced disruption despite microtubule disorganization. 

DCB 処理によってセルロース微繊維の配向は乱される。mor1-1 変異体を用い、セルロース繊維と同時に表層微小管の配向も乱しておく(温度感受性変異なので制限温度におく)。DCB を取り除くと、新しく合成されたセルロース繊維は正しく配向するようになった(性能の良い電子顕微鏡で見ている)。しかし表層微小管の配向は乱れたままだった。DCBによるセルロース繊維配向の乱れから回復するには、表層微小管の正しい配向は必要とされないことが示された。DCB 処理によって表層微小管が正しく配向しにくくなることも示された。

Sitosterol-beta-glucoside as primer for cellulose synthesis in plants.   Peng L, Kawagoe Y, Hogan P, Delmer D.   Science. 2002 Jan 4;295(5552):147-50.   

リンク

セルロース合成のプライマーとしてシトステロールグルコシドが働いているという論文。DCBを組織に与えるとシトステロールグルコシドが減少するというデータが掲載されている。

しかし、ステロールの生合成変異体を研究しているグループから、疑問を呈する声も出ている(シトステロールの量が大きく減少した変異体でもセルロースの量に影響がない)。

2009年に、ステロールにグルコースを転移する酵素を欠失したシロイヌナズナ変異体でも、セルロースなどの細胞壁成分は正常に合成されていることを示した論文が出版された。セルロース合成にステロールグルコシドが直接プライマーとして働いているという説には疑問がある。しかし、この変異体でもわずかにステロールグルコシドは作られていて、それが働いていると主張する人もいるようである。それではセルロースの単位時間当たりの合成量が大きくなりにくいような気もしないわけではない。

Mutations in UDP-Glucose:sterol glucosyltransferase in arabidopsis cause transparent testa phenotype and suberization defect in seeds.   DeBolt S, Scheible WR, Schrick K, Auer M, Beisson F, Bischoff V, Bouvier-Nave P, Carroll A, Hematy K, Li Y, Milne J, Nair M, Schaller H, Zemla M, Somerville C.   Plant Physiol. 2009 Sep;151(1):78-87. Epub 2009 Jul 29.

ステロールが何らかの仕組みでセルロース合成に関与しているのは、変異体の分析から明らかにされている。ステロール合成に欠陥がある fackel 変異体ではセルロース合成が抑制される。対照的にカロースとリグニンが増える。DCB を与えたときの変化と似ている。しかし根の肥大は起きにくいようである。

A link between sterol biosynthesis, the cell wall, and cellulose in Arabidopsis.   Schrick K, Fujioka S, Takatsuto S, Stierhof YD, Stransky H, Yoshida S, Jurgens G.   Plant J. 2004 Apr;38(2):227-43. Erratum in: Plant J. 2004 May;38(3): 562.    リンク

その仕組みがセルロース合成酵素が局在する細胞膜、分泌小胞におけるステロールの機能(マイクロドメイン形成)を介しているという可能性も考えられる。植物のマイクロドメインには、ステロールグルコシドが多く含まれるそうである。http://surc.isas.jaxa.jp/SpaceUtilizRes/SUR24_Proceedings/L-68%20hoson-c.pdf   「植物の抗重力反応におけるシグナル変換・伝達機構の解明」 保尊教授らの報告書において、Lefebvre B らの論文が言及されている。   

Characterization of lipid rafts from Medicago truncatula root plasma membranes: a proteomic study reveals the presence of a raft-associated redox system.   Lefebvre B, Furt F, Hartmann MA, Michaelson LV, Carde JP, Sargueil-Boiron F, Rossignol M, Napier JA, Cullimore J, Bessoule JJ, Mongrand S.   Plant Physiol. 2007 May;144(1):402-18. Epub 2007 Mar 2.

COBRA proteins は lipid microdomains (rafts) に局在しているそうである。 (Martin SW et al., 2005).

植物の細胞膜マイクロドメインに関する優れた研究成果が2008年にも発表された。
Alterations in detergent-resistant plasma membrane microdomains in Arabidopsis thaliana during cold acclimation.   Minami A, Fujiwara M, Furuto A, Fukao Y, Yamashita T, Kamo M, Kawamura Y, Uemura M.   Plant Cell Physiol. 2008 Dec 23. [Epub ahead of print]   リンク

Grenville-Briggs LJ Anderson VL Fugelstad J Avrova AO Bouzenzana J Williams A Wawra S Whisson SC Birch PR Bulone V van West P.    Plant Cell. 2008 Mar;20(3):720-38. Epub 2008 Mar 18. Cellulose synthesis in Phytophthora infestans is required for normal appressorium formation and successful infection of potato.

植物以外にも、かなり多くの生物種がセルロースを生合成する。またセルロース合成酵素と非常にホモロジーの高いタンパク質をコードする遺伝子が、非常に多くの生物種(バクテリア、ホヤ、粘菌など)に存在する。

Phytophthora infestans という植物病原菌(原生生物に分類される)は、セルロース合成遺伝子を保持している。またセルロースを合成するそうである。そのセルロース合成は、DCB で阻害されるということが報告された。
この生物がセルロース合成能をもつことが、植物への感染に必須であることも示されている。 
DCB の標的分子が、植物とこの生物で保存されているという可能性も考えられる (私が試した結果では、DCB は大腸菌や酵母には何の効果もなかった)。しかしこの論文で使用しているDCBの濃度は比較的高い (40μM)。標的分子の構造が少し異なるのかもしれない。そういうことは十分あり得る。

PubMedでのリンク

Elevated Levels of Tubulin Transcripts Accompany the GA3-Induced Elongation of Oat Internode Segments   Nandini Mendu' and Carolyn D. Silflow   Plant Cell Physiol. 34(7): 973-983 (1993)

「Inhibition of internode elongation by abscisic acid and 2,6,dichlorobenzonitrile (an inhibitor of cellulose biosynthesis) or cycloheximide inhibited the GA3-mediated growth response and the accompanying elevation of tubulin transcript levels」 と書いてある。間接的に tubulin 遺伝子に作用している。

このことは、ジベレリンがチューブリンの mRNA量を増加させる機構は間接的で、「ジベレリン → 細胞が糖などを吸収・デンプンを分解などの機構で細胞内の浸透圧が高まる → 圧力で細胞壁が押し広げられる」のようになっていると想定することができる。

Changes in Tubulin Protein Expression in Guard Cells of Vicia faba L. Accompanied with Dynamic Organization of Microtubules during the Diurnal Cycle

   Megumi Fukuda1, Seiichiro Hasezawa2, Nobuyoshi Nakajima3 and Noriaki Kondo   Plant Cell Physiol. 41(5): 600-607 (2000)

「Recently, we found that treatment with 2,6-dichlorobenzonitrile, an inhibitor of cellulose synthesis (Hogetsu et al. 1974), suppressed the stomatal opening early in the morning without any effect on MT organization, although the treatment had no effect on stomatal movement later in the day (unpublished data).」 と書いてある。 気孔の開閉に関しては多くのすばらしい研究が行われている。

Mechanical Effects of Cellulose, Xyloglucan, and Pectins on Stomatal Guard Cells of <i>Arabidopsis thaliana</i>.   Yi H, Rui Y, Kandemir B, Wang JZ, Anderson CT, Puri VM.   Front Plant Sci. 2018 Nov 5;9:1566. doi: 10.3389/fpls.2018.01566. eCollection 2018.   PMID: 30455709

私の 1998 年の論文

DCB存在下で増殖できるようになった(しかし増殖は遅く、細胞壁のセルロースは非常に少ない)培養細胞を作ることが出来る。私も作って継代している。植物細胞には、元来「セルロースが少ない状態」に変化する能力があるらしい(例えば成熟した果実の細胞のように)。そういう状態では通常は増殖しないと思われる。しかし、セルロース合成阻害剤存在下だと、その状態でわずかに増殖できるようになったものが優先的に増えることが出来て主成分になるらしい。

Developing wheat (Triticum aestivum L.) starchy endosperm の細胞壁は、arabinoxylan (AX) accounting for 70% of the cell wall polysaccharides, with 20% (1,3;1,4)-β-D-glucan, 7% glucomannan and 4% cellulose という組成であることが報告されている。

Cell walls of developing wheat (Triticum aestivum L.) starchy endosperm: comparison of composition and RNA Seq transcriptome.   Pellny TK, Lovegrove A, Freeman J, Tosi P, Love CG, Knox JP, Shewry PR, Mitchell RA.   Plant Physiol. 2011 Nov 28. [Epub ahead of print]   PMID: 22123899

CesA タンパク質の蓄積量が増えていることを見いだした。増えたとは言っても非常に少ない。また細胞の調子によってほとんど検出できなくなったりした。そういうことがあると研究を継続するのは難しくなる。 この「馴化細胞」で何が変化しているのかを正確に知ることが出来ていないので、植え継いだときに以前の細胞と性質が変わっていてもわからない。実際に、この細胞は最初は大きな固まりを作りやすかったが植え継いでいると固まりにくくなってくる。はじめて作った馴化細胞と、二回目に出来たものを全く同じものと扱って良いのかも怪しい(馴化細胞を作ること自体は少し時間はかかるが簡単にできる。DCB を加えた培地で放置しておくと馴化したものがそのうち出現する。見た目では同じものが出来てくるが中身はわからない)。セルロース合成活性を検出することも出来ていない。それらの問題からこの細胞を用いた研究に限界を感じたので、シロイヌナズナで DCB に対する応答性が変化した変異体を見つけて分析することにした(そのころゲノム配列も決定されつつあり、私でも参入しやすくなった)。今ではシロイヌナズナだけを扱っている。

今になって自分で見ると、もっといろんな実験結果を追加すべきだと思う。少ししかデータがないので、ほとんど引用する人はいない。また自分でも続報を作れていない。自分でも出来ないのなら他の人は尚更である。私が得た抗体はウエスタンに使えるのはまちがいないが、免疫沈降にも使えるどうかは未だによくわからない。この論文を出した頃は、TOF-MS やゲノムデータベースもなかったので、免疫沈降して何かバンドが出たとしてもそれ以上の分析が出来なかった。だから出てきたバンドに意味があるかどうか調べようがなかった。いまではもう少しやりようがあるかもしれない。

・ 抗体を精製し直す(アフィニティー精製しないと使い物にならない)

・ 現在生やしている BY2 由来の馴化細胞で、CesA タンパク質の蓄積量が増加しているかどうかをウエスタンで確かめる(増えてなければ、それで終了)

・ 増えていたら、一番多くなる条件を検討する(考えてみると、それをきちんとやっていなかった) 

・ 膜画分を調製し、可溶化する(問題点:どのような条件で可溶化するのがよいか、それも調べるのは大変である)

Novagen メルクバイオという会社から、「7回膜タンパク質抽出キット」が2008年に発売された (ProteoExtract transmembrane protein extraction kit)。その広告を見ると、Triton X-100 で処理すると1回膜貫通タンパク質は可溶化される。しかし 7 回貫通型は Triton X-100 では可溶化されていない。キットを使用することで効率よく可溶化されている。セルロース合成酵素は、膜貫通ドメインがかなりの数あることが一次構造から予測されている。よっぽどうまい方法を使わないと効率よく可溶化できないのかもしれない。動物のメンブレンタンパク質の研究成果を参考にするのがよいだろう。またオルガネラのメンブレン上に存在する様々な複合体の研究も参考にしなければならない。

・ 免疫沈降する コントロールに、正常な細胞の膜画分可溶化物を用いる (問題点:膜タンパク質では、非特異的な沈殿が起きやすい)

・ 電気泳動して比較する


私が作成した抗体は、免疫沈降に使えるという証拠は結局得られていない。ウエスタンに使えることは、大腸菌で作らせたタンパク質を認識することで確認できている。免疫沈降できないと考えると、以下のようになる。

・ 可溶化したサンプルを Blue-native PAGE でまず分画する。ウエスタンで、 CesA タンパク質複合体を検出する(そううまくいくか? CesA タンパク質複合体は巨大分子複合体と考えられている。それを崩壊させずに、うまく可溶化、泳動、トランスファーするのは難しいだろう)。フナコシのカタログ誌に、「ウエスタンを、メンブレンへのトランスファーを行わずにできるようにするための試薬セット」というものがあったような気がする。

しかし上に書いたようなことができたという論文も2008年になって出ている。なぜそれまでそのような論文が出ていなかったのかはよくわからない。膜タンパク質の生化学は難しいということで、誰もやりたがらなかったということもあるかもしれない。1998年当時の私の知識、技術ではウエスタンをするくらいが精一杯だった。今でも生化学的な研究は、めざましく進んでいるとは言い難い。

J Exp Bot. 2008 May 20. [Epub ahead of print]   Features of the primary wall CESA complex in wild type and cellulose-deficient mutants of Arabidopsis thaliana.   Wang J Elliott JE Williamson RE.

「Blue-native PAGE」は、ミトコンドリア電子伝達複合体などの分析に用いられる方法である。高次構造、複合体構造を維持したままで分子の大きさに基づいたタンパク質分離が行えるそうである。 わたしはついこの間まで知らなかった。膜タンパク質(可溶性の物に比べて研究が難しい)、複合体の分析に適している。 インビトロジェンという会社でキットを売っている。セルロース合成酵素の研究に適していると思われる。「Blue-native PAGE」のことを知らなかったのは大変悔やまれることである。しかしセルロース合成酵素の生化学的な研究は進んでいないので、いまからでも遅くないかもしれない。

・ もう一回全く同様に Blue-native PAGE を行い、CesA タンパク質が存在すると思われる部分を切り取る。そのゲル断片をSDS-PAGE のウェルに押し込み、泳動してタンパク質を分離する。出てきたバンドについて、とにかくすべての構造を決定する。また、全く同じ手順を普通の BY-2 細胞をサンプルとして行い、バンドの出方が違うかどうかを銀染色、SYPRO Ruby Protein Gel Stain (インビトロジェン)などで確かめる。

理研のグループにより、すでに BY2 細胞からEST データベースが作成されている。EST データベースのデータから、質量分析の結果をサーチするためのデータを作成するソフトウェアが作られているそうである。ホヤの研究をしているグループの成果として発表されていた。それらを用いればタバコでも質量分析でアミノ酸配列を決められるかもしれない。私は実際にやったことはないので詳しいことは知らない。

膜タンパク質の生化学は難しい。 準備としては 「もう一度抗体を精製し直す」「他にもっと良い抗体をいくつも作る」 「培養細胞の方も作り直してCesA タンパク質の蓄積量が最大になる条件を確定する。できれば馴化細胞でなく普通の細胞でも出来るようにする(例えば何らかの阻害剤で処理することで)。」 「Blue-native PAGEをできるようにする」などが必要になる。

CesA 遺伝子にタグをつけた遺伝子を導入した植物体または細胞を用いることが、解決策として示されている。 Paredez AR ら (2006) の論文で、N 末端にタグ (YFP) をつけても機能は損なわれないことが示されている。タグが YFP なら、増えたかどうかは蛍光顕微鏡で見ればよいので楽にできる(テクニックに優れた研究グループなら)。またYFP に対する抗体も活用できる。

しかし、セルロース合成酵素の遺伝子が見いだされてから Paredez らの論文が出るまでに8年以上もかかっている。このことは、セルロース合成酵素の研究の難しさを示している。たぶん量が少ないせいで、簡単には検出できないのではないか。最近の発光タンパク質や顕微鏡の進歩によって、やっと見えるようになったのではないか。YFP だとうまくいくが、他のタグだとうまくいかなかったりするのかもしれない。 しかし技術に優れたグループなら実行可能だろう。

CesA 遺伝子は恒常的に高発現している(BY2の場合)ので、過剰発現してもあまり意味がない。


DCB の作用機構

DCB の作用機構はわかっていなかった。セルロース合成複合体は電子顕微鏡で観察することが出来て「ロゼット」と呼ばれている。DCB処理によって、ロゼットが速やかに崩壊することが観察されていた。しかしその逆の観察(かえって増える)をしている人もいた。セルロース合成複合体を形成しているタンパク質に関する情報は、セルロース合成複合体の不安定さ、量の少なさ、膜タンパク質を含むこと等によって、生化学的に得ることは難しかった。

DCB はセルロース合成複合体の動きを停止させる

2007年に DCB と Isoxaben に関して、作用機構を示す非常に重要な論文が発表された。 2006年に発表された、N 末端にタグ (YFP) をつけた CesA 遺伝子を導入した植物体を用いている。 Paredez AR ら (2006) の論文では、タグのYFP が光ることで、生きた細胞でセルロース合成酵素が細胞膜上を移動していることを示した。今回の論文では、そこへ DCB, isoxaben を処理した。

DCB で処理すると、セルロース合成酵素は細胞表面に蓄積し動かなくなった。 蓄積するので、蛍光強度は強くなった。 Isoxabenで処理すると、セルロース合成酵素は細胞内に移行してYFPの蛍光は弱くなった。(Fig. 3A, B, C, D)

Plant Physiol. 2007 Oct;145:334-8. Nonmotile Cellulose Synthase Subunits Repeatedly Accumulate within Localized Regions at the Plasma Membrane in Arabidopsis Hypocotyl Cells following 2、6-Dichlorobenzonitrile Treatment. Debolt S Gutierrez R Ehrhardt DW Somerville C.

どうして動かなくなるかは、今後の課題である。またDCBがどのような細胞内因子と結合するのかも、今後の課題である(Rajangam AS らが 2008 年に MAP20, a microtubule-associated protein を一つの標的として見いだした)。

セルロース合成酵素自体に結合する:それによって動かなくすることが、まず考えられる。一般的にはそう考えられていた。しかしそのことを示すデータを見たことはなかった。

セルロース合成酵素はリン脂質二重膜に埋まり込んでいる。セルロース合成酵素が動くには、脂質二重層の中を動き回らなければならない。細胞膜の流動性が低くなったら動きにくくなるだろう。細胞膜を構成する何らかの成分の、構造を変化させることによって動かなくするという可能性もないわけではなかった。

セルロース合成酵素以外の細胞膜タンパク質に対する影響も問題である。セルロース合成酵素は一番低濃度で影響を受けるのだろう。そのためにセルロース合成が特異的に阻害されるように見えるのだろう。それよりも高濃度では、他の細胞膜タンパク質の動きにも影響が出る可能性もある。しかしそうではないかもしれない。

DCB にはニトリル基がある。いかにもシステイン残基などと反応しそうに見える。クマリンは高濃度でセルロース合成を阻害することが知られている。クマリンはシステイン残基とマイケル付加により共有結合することがある。植物のセルロース合成酵素のN末端側には、システインが8つくらい規則的に並んだドメインが必ず存在している。

しかし、上に書いたような予想と全く異なる分子が標的として見つかった。経験的に、データもない段階で予想していたことが、そのまま当たりだったことはほとんどないが確かにそうだった。

&link2(Plant Physiol. 2008 Sep 19. MAP20, a microtubule-associated protein in the secondary cell walls of Populus tremula L. x tremuloides Michx is a target of the cellulose synthesis inhibitor, 2,6-dichlorobenzonitrile. Rajangam AS et al.%%%http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18805954?dopt=AbstractPlus) という論文が発表された。微小管結合タンパク質がターゲットであるという結果である。 しかしこれも十分に確かめられていない。

変に予想するより、最近の進歩した技術を用いて「網羅的解析」を行いそれによって得られたデータから考えるのはよい方法だろう。Rajangam AS らが MAP20 を見いだす際にも、ポプラの二次壁でセルロース合成酵素と共発現する因子をマイクロアレイでスクリーニングするという方法を用いている。

網羅的解析は他の生理活性物質の標的分子を見いだすのにも活用されている。 
マイクロアレイのデータを活用して、細菌が作り出す植物毒素の標的を同定したすばらしい研究が Groll らによって行われた。


A plant pathogen virulence factor inhibits the eukaryotic proteasome by a novel mechanism.   Nature 452, 755-758 (10 April 2008) | doi:10.1038/nature06782; Received 10 October 2007; Accepted 28 January 2008   Michael Groll1,10, Barbara Schellenberg2,10, Andr&eacute; S. Bachmann3,4, Crystal R. Archer3,4, Robert Huber5,6,7, Tracy K. Powell8, Steven Lindow8, Markus Kaiser9 & Robert Dudler2

シリンゴリン syringolin は Pseudomonas syringae pv. syringae が作り出す植物毒素である。その標的分子はわかっていなかった。すでにシリンゴリン syringolin をシロイヌナズナに与えた際の遺伝子発現変化が、マイクロアレイで調査されていた(Genevestigator というデータベースで公開されている。誰でも見ることができる)。

その結果を見てみると、「プロテアソームに関与する遺伝子」のほとんどすべてが、シリンゴリン syringolin 処理によって転写産物の量が増加しているという特徴が見いだされた。同時に多くの Hsp 遺伝子の転写産物の量も増大していた(こういう変化は、他のホルモンや一般的なストレス処理で見られることはない)。これらの変化は、細胞がプロテアソーム阻害剤で処理された際に見られる変化と非常によく似ていた。

この事実を元にして、著者らはシリンゴリンがプロテアソーム活性に与える影響を調べた。その結果シリンゴリンは真核生物プロテアソームが示す3種類の触媒活性をいずれも不可逆的に阻害することがわかり、毒性因子の作用様式にプロテアソーム阻害が加えられた。 以前からシリンゴリンは動物細胞にも強い作用を示すことがわかっていた。植物毒素にとどまらず、ヒトや動物の治療にも役立つかもしれない。


アレイの結果のデータを、「プロテアソームに関連する遺伝子群」「細胞壁に関連する遺伝子群」など、機能に基づき複数のカテゴリー(遺伝子のセット)に分割する。それぞれのカテゴリーで、「処理区/対照区」倍率 Fold の値(の対数)のヒストグラムを作成する。ほとんどのカテゴリーでは、1(対数なら0)を中心とした、偏りのない分布になっていると思われる。しかし特定のカテゴリーでは、倍率の分布が偏っている(そのカテゴリーだけ、処理によって強く誘導される・抑制される遺伝子の割合が多い)ことが観測されるかもしれない。

そのようなカテゴリーは、処理との関連が強い可能性がある。このような方法を用いて、ある薬剤が細胞に対してどのような影響を及ぼしているかということに関する情報が得られる。マイクロアレイの網羅性によって、今まで気がつかなかった作用が見えてくることが期待できる。Groll らの論文が、そのよい例になっている。「生理活性物質」を多用した研究をずっと行っているものとして、非常に有望な手法になるのではないかと思った。

そういったたぐいの方法を GSEA (Gene Set Enrichment Analysis 遺伝子セットの濃縮度解析) と言うそうである。(Rで)マイクロアレイデータ解析 by 門田幸二 博士 のページで解説して頂いているのを読むことができる。http://www.iu.a.u-tokyo.ac.jp/~kadota/ 

「ある程度遺伝子機能が分かっている生物種に対して行う解析手段である」と書かれている。シロイヌナズナに、とても適している。計算も簡単にできる(何か勘違いしているかもしれないが)。実際に公開されたデータを用いて、この方法を活用できている。

Plant Physiol. 2008 MAP20, a microtubule-associated protein in the secondary cell walls of Populus tremula L. x tremuloides Michx is a target of the cellulose synthesis inhibitor, 2,6-dichlorobenzonitet. al. という論文も発表された。DCB 処理によって細胞骨格関連遺伝子の発現が変化するかどうか、注目される。

DCBIsoxabenThaxtomin と関連するマイクロアレイの結果を、http://www.ebi.ac.uk/microarray-as/aer/#ae-main[0] ArrayExpress のホームページで、"Arabidopsis DCB" "Arabidopsis isoxaben" "Arabidopsis thaxtomin" のようにサーチするとデータを得られる。

このような方法論の問題点としては、「そのデータを出した研究者が行った処理(薬剤やストレス等)が、本当にうまく効いているのか保証がない」ということがありうる。人が出したデータを安易に信じ込んで分析しても、データを出した実験自体がいい加減では全く意味がなくなる。そのあたりは、複数のデータを比較したり、センス・嗅覚を磨かなければならないのかもしれない。アレイのデータなら、ヒストグラムを書いてみるとか、「この条件では、これらの遺伝子(マーカーになる遺伝子群)の mRNA量が増えていなければおかしい」といった先行知見を活用したり、いろいろ調べることができるので問題は少ない。

公開されているデータを元にして、自分が行ったデータ抽出、変換、計算に間違いがないかどうかを調べることのほうがずっと大切である。間違ったことをしていて気がつかなければ、誤った結論を得てしまうかもしれない。「パリティチェック」とか、データに間違いがないことを調べる方法は様々な分野で使われている。バイオインフォマティックスを専門にする先生方はいろいろと工夫されているのだろう。

Glycosyltransferase-like protein ABI8/ELD1/KOB1 promotes Arabidopsis hypocotyl elongation through regulating cellulose biosynthesis.    Wang X, Jing Y, Zhang B, Zhou Y, Lin R.   Plant Cell Environ. 2014 Jul 3. doi:0.1111/pce.12395. [Epub ahead of print]   PMID: 24995569

この論文にも DCB が出てくる。「application of 2, 6-dichlorobenzonitrile (an inhibitor of cellulose biosynthesis) mimicked the abi8 mutant phenotype. 」と、書かれている。abi8 は光によって制御されセルロース合成の調節に働く。


DCB は、動物の臭覚に関わる細胞に対して選択的な毒性を持つことが知られている。植物への作用とは全く別物であると思われているが、もしかしたらそうではないかもしれない。 その論文 

Mechanisms of olfactory toxicity of the herbicide 2,6-dichlorobenzonitrile: essential roles of CYP2A5 and target-tissue metabolic activation.   Xie F, Zhou X, Behr M, Fang C, Horii Y, Gu J, Kannan K, Ding X.   Toxicol Appl Pharmacol. 2010 Nov 15;249(1):101-6. Epub 2010 Sep 16.

DCB は P450 によって代謝される。反応性の高い epoxides が生じ、グルタチオンと結合する。CYP2A5 という P450 が関与している。Cyp2a5-null mice では細胞障害作用が見られなくなる。liver-Cpr-null (LCN) mouse では、DCB の解毒は遅くなる。しかし細胞障害作用には差が見られない。ノックアウトマウスを用いて示している。

糸状菌はキチンを主成分とした細胞壁をもちセルロースを作らないものが多い。しかしセルロースを作らない糸状菌の Aspergillus に対して DCB が効果をもたらすことが報告されている。

''Sensitivity of Aspergillus nidulans to the cellulose synthase inhibitor dichlobenil: insights from wall-related genes' expression and ultrastructural hyphal morphologies.''   Guerriero G, Silvestrini L, Obersriebnig M, Salerno M, Pum D, Strauss J.   PLoS One. 2013 Nov 29;8(11):e80038. doi: 10.1371/journal.pone.0080038. eCollection 2013.   PMID: 24312197

このことから、DCB の標的はセルロース合成酵素そのものではない可能性がある。

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