件名 チウ(3)

<前回からの続きです>

実はハム子は、数日前から失踪しておった。

ご飯とおやつとお水、温かい寝床に、さらにはくるくる回る遊具が用意されているというのに、ハム子はケージでの生活を拒絶し、時にケージから逃げ出した。

ただ、逃げ出したとしても、実は逃げ場はケージの外にだってない。

はたして、リビングを徘徊しているところを見つかって、ケージに戻されることが常だった。

そんな脱走劇を数回繰り返した後の、ある日のことだった。その日も、ハム子は脱走を謀ったようだ。だって、ケージにハム子の姿がないのだから。

「しようがないねぇ」、とその辺りを探したんだけど、部屋のどこにもハム子はいない。「捜索が甘かったかなぁ」、とさんざん探しても見つからない。いつもと違う状況に戸惑いながらも、ハム子に愛情がない私は、

「そのうち見つかるだろう」

と冷たく言い放ち、床に就いた。

電気を消すと異変に気が付いた。

寝室の一角から、ガサガサと小型の生き物が移動する音がする。

ハム子だ!

電気をつけ、音のする方に目をやったが残念。もうすでに、そこにはハム子はいない。ただ、壁があるだけ。

......と思いきや、その壁の向こう側から、ガサガサと音がする。

どうやら、ハム子は壁裏に続く、家主さえ認知していない秘密の通路を発見し、壁裏生活を堪能しているらしい。さすがネズミ。

で、この事実を家族に伝えたのだが、救出する術をもたない我々人間側は、状況を前にただただおろおろするだけだった。

で、私は、

「お腹がすいたら出てくるよ」

と無責任なことを言って再び寝床についた。

床の中で、

壁の中は真っ暗だし、野生を忘れたハムスターだから、壁から出てこられるかなぁ

とこれまた心配になって、なかなか眠れなかったのであった。

ただし、正直に申し上げると、ハム子の身を案じるというよりは、壁の中でハム子が死んでいく姿を想像し、「衛生的によろしくないなぁ」と自分の身を案じていたのであった。

ハム子はお腹がすいたのか、その日の夜、壁から出てきたところを確保された。

「お腹がすいたら出てくるよ」と言った私は、晴れて予言者となった。

<つづく>
次回配信予定2月23日

チウ

2021年02月21日