<前回からの続きです>
ハム子が壁に入る特殊能力を手に入れてしまったのだから、これからはハム子の管理を徹底しないといけない。ケージからの脱走を絶対に許すな!
と家族会議で決定した2か月後のことであった。
私が大学から帰ると、もう家族は食事を終え、団欒をしておった。
私は一人、食事を取った。「壁のほうからガサガサ音がするなぁ」と思いながら。
で、食事を終えた後、「もしかして」、と思いながらハム子のケージを確認すると、ケージの上になぜかついているハッチが全開になっていた。
事実を子供に伝えると、子供は、
「まさか」
と言いながら、ケージ内のハム子を探索した。そこにハム子はいなかった。
どうやら、ハム子は脱出用ハッチから脱出し、壁の中に納まっているらしい。
ハッチを開けた記憶をたどらせると、昨晩にハム子の世話をしたときに、開けてしまったかもしれないと言う。
……ハム子はもうすでに、24時間ほど、壁の中生活を楽しんでいらっしゃることになる。
再び家族でおろおろしたのであるが、やはりなす術がない。ハム子に愛情がない私は再び、
「前回同様、おなかがすいたら出てくるよ」
とだけ言った。
家族は、壁に向かってハム子の名前を読んだりしていたけど、出てくるそぶりさえなかった。
で、ここ数日の愁事のひとつが、ハムスターの失踪だった。
今回の失踪は前回と違った。ハム子は一向に出てこなかった。
ハム子が壁の中で活動する、ガサガサという音が鳴る頻度も、時間がたつとともに少なくなって、音もカサカサくらいに小さくなってきた。
ハム子が壁にいることが分かってから二回目の朝4時が、例の朝だった。妻によれば、前回、壁からカサカサという音を聞いてから、12時間以上たっていたという。妻も、もう、「ハム子は死んじゃったかなぁ」、と思っていたらしい。
そんな時に聞こえてきたのが、カサカサと言う音ではなく、「チウ」だった。
妻は、
「あれは、最後の救命信号であり、断末魔の叫びでもある。それを無視するなんて私にはできない。」
と言う。
確かに、二日以上水もエサも取っていないから、衰弱していることが予想はされる。バイタルサイン(壁から聞こえるカサカサと言う音)も、だいぶ弱弱しくなっている。
で、どうやら、「無視をしない」、「なんとかする」を具体化させたものが、身に手に握られたのこぎりらしい。妻は、
「ハム子は壁の中で動けなくなっている。きっとなんかに挟まって。だから、壁に穴をあけて、ハム子を救出する!」
と所信を表明した。
壁に穴をあけるとならば、音も出るだろう。朝4時に行うとならば、ご近所に迷惑をかける(壁に穴をあけること自体はどうでもいいんだけど)。私は、
「今、朝4時じゃけえ。明日のお昼に救出活動を開始してくれい」
と頼んだのだが、
「お昼には、ハム子が移動して、壁のどこにいるかわからない。いまならば、『チウ』と聞こえたところにいるはずだから、ピンポイントで救い出せる」
なんて言う。
「さっき『ハム子は挟まって動けない』って言ったじゃん。昼だってそこから移動できないって」
と、反論すると、
「少しは動けるかもしらん」
等と都合よく推量する。朝4時に大工を始めるのはたまらないので、私は、
「のこぎりで穴開けたら、それに驚いてハム子が逃げ出すって。壁に穴を開けたって救出できないよ」
と言うと今度は、
「だから、ハム子に何かに挟まって動けないの。のこぎりに驚いても、逃げだしたくても、逃げられない」
と解釈を続ける。
「さっき、『少しは動ける』って言ったじゃん」
と言うと、急に不機嫌になって、
「あなたはだまっていらっしゃい」
と、あらゆる意見を拒絶した。
論理的に大工を思いとどませるのは無理だな、と思い、あきらめて、のこぎりを握りしめる妻を残し、寝室に戻った。で、再び床に就いた。
妻はすぐに救出作業に入ったらしいのだが、意外にも、壁に穴を開ける音はほとんどしなかった。代わりに、5分おきに、かなり大きく、かん高い声で、
「キャーァー」
と妻が叫ぶ声が聞こえるので、気になって眠れやしない。
それでも、1時間くらい後には、妻の叫び声もしなくなった。そして、静寂が訪れた。
朝6時、定刻に起きてケージを見ると、ハム子がいた。ぐったりしていた。
ハム子が戻っている現実に驚いて、事の顛末を妻に聞いた。
<つづく>
次回配信予定 2月25日
チウ