件名 チウ(5)

<前回からの続きです>

妻の話は、壁にのこぎりを入れるために、キリで壁に穴を開けたところから始まった。
 
キリが壁を貫通した時である。その穴に、壁の向こうにいるハム子がつと、鼻を突っ込んで、出せ出せと言い出したらしい。キリでできた穴は、ハム子の鼻がちょうどすっぽり収まる大きさだった。

妻のほうは、穴の向こうからハム子が鼻を突っ込んでくるなど想像さえしていなかったので、壁から何かが、にゆっと出てきた状況に、たまらず叫び声をあげてしまった。これが最初の叫び声らしい。

ただ、本来ならばハム子と再開できたことを喜ぶはずの感動の場面であり、かつ、ハム子が壁の向こう側にいることも目視で確認できたという吉左右でもあり、救出作戦も自然ともり上がっていったらしい。当のハム子も壁から脱出したいみたいだし。

ただ、ピンポイントでハム子の居場所を探り当ててしまったため、のこぎりを使うことはできなくなった。というのも、この状況でのこぎりを使うと、壁と一緒にハム子にも穴をあけてしまう。高い確率で。

で、のこぎり救出作戦をあきらめ、キリで壁の穴をじりじりと大きくしてやる作戦に移行したという。で、作戦の甲斐あり、穴はどんどん大きくなり、それがハム子の顔の大きさまで広がった時だった。ハム子がその穴に、つと、顔を突っ込んで、出せ出せと言いはじめたらしい。

妻のほうは、穴の向こうからハム子が顔を突っ込んでくるなど想像さえしていなかったので、壁から何かが、にゆっと出てきた状況に、たまらず叫び声をあげてしまったらしい。これが、二度目の叫び声。

ハムスターは猫と違い、顔が通っても、体がひっかかって通り抜けないらしい。穴に挟まって、ただただバタバタしている。

ハムスターの顔が穴に挟まっていると救出作業に支障をきたすので、ハム子の鼻先をうつなどして、一旦ハム子を穴の向こうに追いやってから、そのすきに穴をじりじりと大きくしていく、という、とても面倒な作業を、それからは強いられたそうである。

ただ、ハム子も脱出したくて仕方がない。ハム子が、「まだかぁ!」と、ちょいちょい穴から顔を出すもんだから、その都度、妻は叫び声をあげることになったという。

そして、穴がピンポン玉の直径ぐらいまで広がったとき、壁からハム子が飛び出してきた。

というのが全貌らしい。

その後妻は、自分がハム子の命の恩人であること、もし自分が壁に挟まるなどして死にかけたとしてもハム子が助けに来てくれるだろうこと、そして、私が死にかけてもそうはならないだろうことを話していた。

妻の話は、一向に終わりそうもなかった。妻は話し足りないようだったけど、私は電車の時間になったので、妻を置き去りにして出勤した。

出勤途中、ハム子の一件と睡眠改善薬のせいでひどく傷む頭痛を感じながら、「ああ、妻は本当にハム子の命の恩人だなぁ。行動するって大切だなぁ」、と思っていた。

アディオス

2021年02月25日