梶原行夫/研究内容
ゆらぎに着目した液体研究
熱平衡状態にある液体は、均質になっているというのが一般的な認識でしょう。
ただ、こうした典型的なイメージは、実は正しありません。
例えば、超臨界流体(気体−液体相転移の臨界点よりも高温高圧の流体。下図左)では、「密度ゆらぎ」=「時間・空間的な密度の不均質性」、が非常に大きくなっていると言うことがよく知られています。
空間的な密度の不均質性については、光散乱実験による白濁現象や、あるいはX線や中性子による散乱の小角散乱強度の増大と言う形で実際に実験的に証明されています。
また、ある温度/組成/圧力領域で2相分離するような液体については、その近傍で不均質性が大きくなることが古くから知られています。
つまり、熱平衡状態にあってマクロには均質な液体(流体)でも、メゾスコピックなレベルでは非常に不均質になり得ると言うことです。
これら二つの事例は、ともすれば特殊な事例と考えられがちでしたが、液体には普遍的にゆらぎが備わっており、ゆらぎに着目することで、
これまでの気づかれなかった液体の本質的なモノが見えてくると考え、「ゆらぎに着目した液体研究」を進めています。
代表的な対象としては、4℃付近での密度極大を始めとしていろいろな異常が存在する水のメカニズムの解明が挙げられます。
過冷却域に存在すると予想される液体−液体相転移に伴う「ゆらぎ」は広い温度圧力領域にまたがって存在しており(下図右)、この「ゆらぎ」の理解がキーとなります。
こういった研究を実験面から推進するためには、ゆらぎの直接観測が重要となってきます。
ゆらぎを測定する手法としては、上述したように、密度ゆらぎを直接反映する小角X線散乱(SAXS)測定や、濃度ゆらぎに敏感な小角中性子散乱(SANS)測定が
従来より有名ですが、これらはいずれも空間的なゆらぎを測定する手法です。
時間的なゆらぎの性質(粒子(=原子、分子)がどのように動いているか=ダイナミクス)については判断できません。
この欠点を補う手法として、最近我々は、超音波(US)測定と非弾性X線散乱(IXS)測定を併用した、新たな手法を提唱しています。
これまで、既にいくつかの系に対して適用を行い、定性的な面ではその効果を実証できたと考えています。
今後さらにいろいろな系に適用することによって、定量的な面においてもその効果を実証し、研究を支える手法として確立/普及させて行きたいと思います。
そして長期的には、この手法を用いて液体に備わる様々な物性の起源を明らかにしていきたいと考えています。
(左図)液体−気体相転移とゆらぎ、(右図)液体−液体相転移におけるゆらぎ(想像図)
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そのほか、共同研究
自身が研究を主宰するモノではありませんが、以下のような課題についても各先生と共同で研究を行っています。
液体金属の原子ダイナミクス(広島大学:乾雅祝教授)
液体金属中における原子の動きは、非局在化した電子による束縛を強く受けると考えられ、通常の液体とは異なるダイナミクスを呈すると考えられます。
このような液体金属特有の原子ダイナミクスをIXSを使って検知し、その特異性を調査しています。
特に、重元素(概ね、金よりも原子番号の大きな元素)の場合には、電子は相対論効果の影響を受けて電子状態が通常の金属とは異なっていることが
知られており、このような効果の一端が原子ダイナミクスに現れていないかなどについて調査しています。
アルカリにおける電子挙動(京都大学:松田和博准教授)
アルカリ原子(Li,Na,K,Cs,Rb)は最外殻電子が1ヶのみ、また球対称(s電子)で一番簡単な形状をしているため、電子の振る舞いを調べるには好都合な系です。
ただ実際のところ、このような簡単な電子系でさえ、凝縮体においては電子−電子、電子−格子相関が複雑に絡み合い、全体としてどのような振る舞いと
なるかについてはよくわかっていません。
このようなアルカリ金属中の電子の振る舞いを、コンプトン散乱測定やIXS測定(電子励起)により、明らかにしようとしています。
特に、超臨界状態を利用することで、電子を連続的に膨張させることにより、電子密度と電子状態の関係についての議論を目指しています。
液体中の横波の観測(熊本大学:細川伸也教授)
物質中を伝搬する音波としては、通常縦波(原子の振動方向が波の進行方向と同じ)と横波(振動方向が進行方向と垂直)が存在しますが、
液体の場合には、剪断方向には「復元力」が働かないため、横波は存在しないとされています。
ただしこれはマクロスコピックなレベルでの話であり、ミクロスコピックなレベルではやはり液体中でも横波は存在します。
このような微少な横波を、非弾性X線散乱法を使って検知し、その特徴の解明を目指しています。
また過去、下記の海外研究者との共同研究も行いました。
地球惑星物質の音速異常(イタリア・ローマ大学サピエンツァ校:Tullio Scopigno博士)
イオン液体のダイナミクス(スウェーデン・チャルマーズ工科大学:Alexsandar Matic教授のグループ)
分子性液体のダイナミクス(イタリア・放射光施設エレットラ:紫外線非弾性散乱グループ)
実験手法
X線散乱
実験としては主に、兵庫県にある大型放射光施設SPring-8を利用したX線散乱測定を行っています。
使用するX線散乱手法には下記のような種類があり、それぞれに対応したビームラインで実験を行っています。
小角X線散乱=SAXS @ BL04B2
X線回折測定(角度分散法) @ BL04B2
X線コンプトン散乱法 @ BL08W
非弾性X線散乱=IXS(電子励起)@ BL12XU
X線回折測定(エネルギー分散法) @ BL28B2
非弾性X線散乱=IXS(格子振動励起) @ BL35XU
X線回折測定(エネルギー分散法) @ BL28B2
(図、左から)BL35XU、BL04B2のSAXS装置、BL28B2、BL12XU。
試料セル
我々が対象とする液体試料は高温状態のモノが多く、時には1500℃程度に達することもあります。
そのため、試料を保持するセル(容器)には耐熱性が要求されますが、一方でX線の測定をするためには、X線が試料を透過しなくては
ならないため、あまり吸収の大きな材料もセルには使用できません。
そこで、軽元素でありながら高融点(2030℃)を有するサファイア材料を使った独自のセルを使用することで、実験を可能にしています。
サファイア製試料セルの、(左図)実物写真と(右図)その図面
測定容器
試料を保持するセルは、そのまま空気中に置いておくわけにはいきません。
試料が蒸発したり、酸化したり、あるいは、空気散乱がX線測定にとって邪魔になることもあります。
そのため、試料セルを固定する測定容器は、Heガス雰囲気にできるような仕様が必要になります。
常圧容器(真空から1.5気圧程度まで)や、あるいは高圧力の環境が必要な場合は高圧容器(2000気圧まで)を使用します。
容器の窓もX線を透過できなくてはならないため、常圧容器では単結晶シリコン、高圧容器ではベリリウムや単結晶ダイヤモンド(非常に高価です!もちろん)を
窓材として使用しています。
測定容器。(左図)常圧容器。(右図)高圧容器、X線回折(エネルギー分散法)用。X線の散乱側(左側)には、いろいろな角度での測定が可能なように7つの窓がついています。
超音波測定装置
大学の研究室においては、超音波装置を用いた液体の音速測定も行っています。
これは、新潟大学の土屋良海名誉教授より譲り受けたモノです。
超音波測定装置(パルサーレシーバーおよび波形観測用のオシロスコープ)
2013.08.26 開設
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