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「エントロピーから読み解く生物学」を読み解く -

目次

(このページは常に「勉強中」である)

佐藤直樹先生が、「エントロピーから読み解く生物学-めぐりめぐむ わき上がる生命」(裳華房) というすばらしい本を出版されている。

細胞は様々な化合物を栄養源として取り入れる。それらが代謝される際のエネルギー変化に共役した様々な変化が、生命活動の元になる。植物は光合成により光エネルギーを細胞に取り入れることができる。エネルギー、エネルギー変化は生物にとって基盤、土台である。

DNA が保持する情報は、それらのエネルギー変化と並んで重要である。158ページに書かれているように、情報はエントロピーと相互に置き換えることができる。エントロピーから考えることによって、代謝、光合成から得られるエネルギーと DNA が保持する情報、細胞が形成する秩序ある構造を統一して考えることができる。 「DNA がコードする情報を複製、修復によって安定に維持する」「細胞、組織、体全体の秩序ある構造を形成し維持する」という仕事 d'W (この仕事でエネルギーを消費するので、値はマイナス) は、細胞が食物や光から得て保持しているエネルギー d'Q (外部から得たエネルギーなので、値はプラス)と同等であり、両者を足し合わせて細胞のエネルギー変化 dU となっていると考えてみることもできる。

P145 に、シュレーディンガー の「生命とは何か」という著作が紹介されている。この本には、生物は食物だけでなく「負のエントロピー」を食べて生きているという考えが書かれている。DNA が保持する情報が、「負のエントロピー」そのものであると考えることができる。 もしそうなら、DNA に記されている遺伝情報を正しく受け継ぎ維持していくことが、「負のエントロピーを食べる=エントロピーが低下した状態を受け継ぐ」ということに相当することになり明快になる(シュレーディンガー博士は「そんな単純なことを書いたのではない」と怒るかもしれないが)。 確かにいくら食物を摂取しても、遺伝情報を0から作り出すことはできない(すでに存在する遺伝情報を複製して維持し持ちこたえるには必須だが)。シュレーディンガー博士が「生命とは何か」を書いたのは1944年なので、そのころは遺伝情報の仕組みはわかっていなかった。Wikipedia のシャノン博士の項 によれば、1944年ではまだ「情報エントロピー」という考え方もなかったらしい。

エントロピー、エントロピー変化についてよく理解しなければ、エントロピーから読み解くことはできない。佐藤先生も本文、コラムでエントロピーについて説明されているが、他にも優れた本がある。 素人が熱力学、エントロピー、分子運動論について学ぶには、朝永振一郎先生の「物理学とは何だろうか 上・下」(岩波新書) が大変役に立つ。 朝永先生も戦後一時期生物学、光合成に取り組まれたことが理研の文書で紹介されている。      http://www.riken.go.jp/~/media/riken/pr/publications/riken88/riken88-2-5.pdf 245ページ「朝永振一郎と光合成研究」 光反応中心は量子科学の研究対象としても注目されている。  http://www.nature.com/news/2011/110615/full/474272a.html   Nature 474, 272-274 (2011) News Feature Physics of life: The dawn of quantum biology   朝永先生は「食糧増産に寄与」することだけを考えていたわけではないように思える。 朝永振一郎著「科学者の自由な楽園」(岩波文庫)の100ページから「物理学者のみた生命」という一文がある。シュレーディンガー博士の「負のエントロピーを食べる」について紹介がある。その文章の最後には「そういうわけで生物は熱力学に従っているはずだ。」と書かれている。

そこで、佐藤先生と朝永先生の本を読みながら、エントロピー、エントロピー変化、熱の分子運動論について勉強することにする。もちろん Web 上の様々な優れた解説が書かれたページ、正統的な教科書も参考にする。田崎晴明先生の教科書を購入した。

白井光雲先生の「現代の熱力学」も購入した。白井先生の本には、具体的な例題が多数掲載されている。生物と関係する例題もたくさんあり、生物学者にとって啓蒙的である。

安池、秋山両先生による放送大学のテキスト「エントロピーからはじめる熱力学」も購入した。この本のスタイルでは熱力学だけでなく、統計力学の考え方も最初の方から取り入れている。

熱力学は様々な分野に出てくるし、様々な分野に適用できるようになっている。 気体の体積が増加してピストン(動かせる壁)を動かすことによる仕事で  になっているところが、ゴムが伸びることによる仕事に適用すると張力を X、長さを L として というように置き換えることができる。 化学ポテンシャルによる仕事(分子、粒子のやりとりや化学反応によって粒子数が増加・減少することに由来する仕事)があるなら  を付け加える。教養教育の時はよくわからなくても、他の分野の研究の経験を積んだ後に勉強し直した方が頭に入りやすくなる。 このことは、熱力学という学問がとても抽象的なものであることが原因らしい。何か具体的な学問が頭にすでに入っていれば、それになぞらえていくことで熱力学が理解しやすくなる。この点から考えると、熱力学は生物学、化学、物理学を抽象化して統合したようなものかもしれない。対照的に生物学は全く抽象性がない・抽象性を排除することに価値があるのが特徴である。現代の生物学に欠けているものが熱力学にはあるかもしれない。

熱の分子運動論では分子集団における速度の分布を考える。釣り合い状態では正規分布が出てくる。生物でも(対数)正規分布、指数分布はよく出てくる。 マイクロアレイのデータもその一つである。エントロピーと分子運動論を正しく理解することは、 マイクロアレイのデータを解釈することにも役立つかもしれない。マイクロアレイの結果はヒストグラムとして表現できる。 ヒストグラム(分布)があれば、情報エントロピーの考え方によってエントロピーを計算できる。 堀部安一教授による「情報エントロピー論 第2版」(森北出版)という教科書を購入した。二項エントロピーについて

組織特異的発現している遺伝子を判別するために、エントロピー計算が使われる。分布が連続的でなく、いくつかの区間に分けられている場合、それらの区間に一様に分布するとエントロピーが最大になる。組織特異的ということは発現が一様でない(特定の組織に集中している)ことなので、エントロピーが低いことになる。「Sequence logo」という塩基配列表示法に関する説明   http://en.wikipedia.org/wiki/Sequence_logo   にもエントロピーが出てくる。ATGC が一様な頻度で出現するならエントロピーは高い。特定の塩基が出る頻度が高いならエントロピーは低い。

生態学では生物多様性を数値化するために多様度指数を計算する。多様度指数にはいろいろなものがある。シャノンの多様度指数は、情報エントロピーに出てくる式と同じものである。 優れた説明  http://puhweb.org/ の「物理と地学と 数学と」の「多様度指数」  マイクロアレイのデータにも適用できるかもしれない、様々な指数が紹介されている。 https://en.wikipedia.org/wiki/Diversity_index 英語版の Wikipedia にもよい解説がある。  多様度指数を考える時は生物種の数、それぞれの種の個体数にのみ注目する。細かいことは考えない。しかし生態系に関する重要で有用な情報を導くことができる。そのことは熱力学と似ている。高分子の研究をされている先生が書かれた文章で、「粗視化していくことで、普遍的な性質を抽出できる」というのがあった。 現代の生物学は「粗視化」という言葉から、かけ離れることを追及しているようにも思える。それによって普遍的な性質がかえって分からなくなることもありうるかもしれないし、そうでなく細かいことを突き詰めて今よりももっと大量のデータが蓄積された後に普遍的なことがわかるのかもしれない。しかしたまには普通の生物学者も「粗視化」を考えてみるのもよいかもしれない。

「生きている状態は平衡状態ではないので古典的な平衡熱力学の問題ではない」と考えることの方が常道だろう。特に生物の初期発生のようにどんどん状態が移り変わる場合はそうだろう。しかしある程度成長してしまえば、状態は安定してくる。特に生物学で得られる実験データは時間的な解像度がとても低いことが多い。私が実際に生物(私の場合は、ある程度生育した植物)を研究して得られる感じでは、「平衡状態が何種類もあって、内在する成長プログラムや外部環境の刺激によって、ある平衡状態から、異なる平衡状態へ飛び移ることを繰り返している」ように思える。 こういう考えを格好良く言うと「アトラクタ」とか「分岐現象」ということになるらしい。「現代数学」という雑誌の2015年2月号の巻頭言に合原先生が書かれていた。 (もちろんそういう考え方ではうまくいかない生命現象も多いだろう。また平衡状態ではなく定常状態と言わなければならない。 生物を実験材料にしてデータを採取する際には、定常状態に近いものを材料にしないと得られる結果は大きくばらついてしまいやすくなる。それは大変困る。だから自然に定常状態に近い状態のものを実験材料に選ぶという偏りが生じる)

植物は、しばらく見ていても何も変化がないように人間には感じられる。しかし次の日に見ると昨日よりも成長している。これは「準静的に状態が変化している」ことに近い。この点において、植物を用いた研究は、熱力学と親和性が高いかもしれない。植物は「熱力学的に生きる生物」であり、生命活動を熱力学的にできる限り効率よく行うことでエネルギーを節約し、余ったエネルギーを繁殖につぎ込むことで地球上で繁栄できているのかもしれない。 (この考えによれば 動物=速度を考えに入れた熱力学に基づく生物? 人間=さらに情報熱力学を取り入れた生物?) 

植物の基本的な仕組みがカルノーサイクルに近いとすればどんなことになるか。植物のある性質を改良すると、それによって資源やエネルギーが使われ、別の性質がいくらか悪くなってしまう、そういうことが起こりやすいと想定される。 寺島一郎先生による「植物の生態 -生理機能を中心に-」という本の 16 ページでは「トレードオフ」の概念が紹介されている。 また、植物の生育状態を改善するには外部、他生物からエネルギーを供給する、外部からエネルギーを取り込みやすくすることが有効だと想定される。 植物と共生微生物が相互作用することによって、植物単独では起きえない生育促進効果が起きることが注目されている。 植物と微生物叢の相互作用の研究開発戦略 −理解・制御・応用に向けて−/CRDS-FY2017-WR-06 最近ソーラーシェアリングが注目されている。太陽電池パネルによって得たエネルギーを単に売電するのではなく、そのエネルギーを用い土壌の栄養源、特にリンを植物が吸収しやすい形態に変換することが望まれる。 変換しなくても、植物の根の近傍(根圏)にリン化合物を移動、集積させるだけでも理屈的には効果があるはずである。 これは電気化学の対象なので熱力学とも関係がある。浄化槽のリンを除去するために電気化学の方法を用いる例がある。その逆ができればよいのかもしれない。   Redox-active antibiotics enhance phosphorus bioavailability   Science  05 Mar 2021: Vol. 371, Issue 6533, pp. 1033-1037   では、「リン酸塩や有機リン化合物は、多くの場合 Fe(III)-(Oxy)Hydroxide 鉱物の正電荷を帯びた表面部位に吸着して固定化され、その後、無酸素条件下で微生物が Fe(III) を Fe(II) に還元することで可溶化される」と書かれていた。太陽電池のエネルギーで同じようなことができればよいかもしれない。

生物の状態は定常状態に近い場合でも完全に静止していることはない。揺らぎがある。生物に見られる揺らぎを正しく観測し数値化する、さらにそこから情報を引き出す方法を確立することで、生物学的な発見に結びつけられる可能性がある。   bpwakate.net/summer2014/archives/summer2005/shibata.pdf   「細胞の中の反応ゆらぎ」柴田先生 www.jps.or.jp/books/gakkaishi/2014/10/69-10trends1.pdf   「揺らぎの定理−非平衡な世界の対称性(現代物理のキーワード)」佐々先生による解説      「生物ゆらぎと情報」柳田敏雄先生 生物物理 61(3) 195-197 (2021年) 生物揺らぎの研究から情報とエネルギー、運動の関係が導き出されてきた。「生物揺らぎの原理は IT 革命を起こす?」と書かれている。こういう高級な問題は後で勉強する。 研究開発戦略センター (CRDS) は興味深い報告書を多数発表している。 https://www.jst.go.jp/crds/report/CRDS-FY2022-WR-11.html 「情報と計算の物理と数理」では非平衡熱力学と機械学習の間に有用なつながりがあり研究が進んでいることが紹介されていた。画像生成などで用いられる拡散モデルは、熱が拡散し系全体が平衡状態に変化する様子になぞらえられる。実在する物体で熱が拡散する過程は不可逆な過程で自然に元に戻ることはない。しかし計算機の内部ではそれに相当する変化(情報処理)を可逆過程に近くすることができる。 学習の元になる画像などのデータは不均一でなめらかでない扱いにくい分布をしていることが多い。それを少しずつ変換していくことで、最終的に扱いやすい分布に変換できる。それによって生じた分布は一見ノイズのように見えるが、単なるノイズとは異なり、元になった分布(データ)が持つ重要な量が保存されている。元のデータからそれらの重要な量を計算することはとても難しいが、変換した後の分布では計算しやすくなっている。「少しずつ変換していく」ところが準静的な変化、とても小さな拡散に対応している(極めて小さな変化を何回も積み重ねていくことで状態を変化させる・熱力学でも同じような過程が頻繁に出てくる)。変換した後の分布は様々な演算にも供しやすくなる。状態を極めて少しずつ変化させていくことが逆向きに計算することを可能にする。そのため画像を再生・生成することができる。少しずつ拡散する過程を最適化することで学習を行う。分布を変換する計算を行う、学習を行うために非平衡熱力学の研究成果がよりどころとして使われている。非平衡熱力学について勉強するためによい題材かもしれない。ネットワークを学習させるということは、学習していない状態のパラメータの分布を、学習できた状態の分布に変換するということになぞらえられる。ある分布 が別の分布に変化することは熱力学的な遷移として捉えることができ、それを最も低いコストで行う方法が最適輸送理論という理論で研究されていると書かれていた。


「仕事」と符号について

気体では、体積が増加してピストン(動かせる壁)を動かすことによる仕事を表現する数式 にマイナスの符号が付いている。一方、ゴムが伸びることによる仕事(張力を X、長さを L として ) ではプラスの符号になっている。符号はどう決められているのか?

これは、「対象となっている物体がもつエネルギー、ポテンシャルが増加するように働く仕事を、プラスの符号とする」ということから決まる。

仕事の定義は、「力 F x 距離 l 」である。田崎晴明先生が「自由エネルギーと熱力学第二法則」という解説文を、数理科学という雑誌の 2013年8月号に書かれている。最初の部分は、初歩の熱力学の解説になっている。そこを参考にする。

ゴムの端を指でつまみ、引っ張って伸びた状態にして長さを増加させ、その状態を保つ。ゴムの張力と、指で引っ張る力が釣り合う(平衡状態)。さらにわずかに引っ張って長さをほんの少し増加させる。ほんの少しなので張力は変わらないとして、伸びた長さをかけ算すると仕事になる。その仕事はゴムに復元するポテンシャルを与えるので、符号はプラスでよい。

気体が断面積 A のシリンダーに入っているとする。その体積はピストン(動かせる壁)を動かすことで変化させることができるようになっている。この場合、常に気体の圧力 P と釣り合う力で、ピストンは動かないように支えられている。その力をほんの少し弱くすることで、気体が持つエネルギーがピストンの移動を引き起こせる状態になっている。

ここでピストンを支える力をほんの少し弱くして、気体の体積が 膨張したとすると、ピストンは の距離だけ移動する。 ピストンにかかる力は、圧力 P に断面積 A をかけ算すると求められる(圧力は、力 / 面積)。 気体が膨張してピストンが移動することによる仕事は 「力 F x ピストンが動いた距離 l 」で、 になり、符号を考えない値は   になる。

熱の出入りなしに、その気体が持つエネルギーによってピストン(動かせる壁)を動かした場合、気体の体積は大きくなり、気体が持つエネルギーは減少する。体積が大きくなる(符号+)ことがエネルギーを減少(符号−)させるので、 にマイナスの符号をつける。

熱力学での「仕事」は、熱と可逆に変換できる

熱力学では「可逆」「不可逆」ということがとても重要で、この後何回も「可逆過程」「不可逆過程」という言葉が出てくる。

熱を用いて行うことが出来る仕事には様々なものがある。例えばシリンダー内に封じ込まれた空気を熱して膨張させることでピストン(動かせる壁)を動かすことができる。その行われた仕事を逆向きに行うと、熱を逆向きに移動して元に戻すことが出来ることがある。そういう仕事を可逆な仕事という。

熱力学で仕事 W と呼ばれるものは、熱と可逆に変換できる性質を持つ。これは「反対向きに仕事をすることで、熱などの状態を元に戻せる」と考えることもできる。必ずしも熱にこだわらず、「熱力学で仕事と呼ばれるものは、逆向きに仕事をすることですべての状態を元に戻せるようになっている」と考えてもよいかもしれない。

シリンダー内の空気を熱して膨張させることでピストン(動かせる壁)を動かすという仕事は、典型的な「仕事 W」で、可逆である。ピストンを元に戻す(圧縮)ことで熱をシリンダーから放出して、すべての状態を元に戻せる。

一方、物体と物体をこすり合わせて摩擦熱を発生させることでは、熱の動きは発生するが、熱が一方的に逃げていくだけで逆向きに熱を動かす(逃げていった熱を回収して元に戻す)ことは出来ないので「不可逆な変化」であり、熱力学における仕事ではない。 「ガソリンが燃焼する」という化学反応の進行は状態が大きく変化し普通に考えると仕事のように思えるが、燃焼して生じた二酸化炭素と水と熱を逆向きにガソリンと酸素に戻すわけにはいかないので可逆な変化だけでなく、「不可逆な変化」が含まれている。不可逆に進む変化は熱力学における仕事ではない。 しかし不可逆な変化で生じる熱や分子をうまく用いてピストン(動かせる壁)を動かすしくみを作れば、間接的に仕事に使うことはできる。また化学や工学の分野から見れば不可逆な状態変化のほうも重要で、それを仕事と組み合わせてうまく扱うための方法が確立されている。

このように、日常生活で用いる仕事という言葉の意味と、熱力学における仕事という言葉の意味は少し異なっている。熱力学における仕事のことを「可逆仕事」と書いてある資料も多い。可逆仕事は特に物理や工学の分野の熱力学で重要視される。その際には温度 T と体積 V を指定することで状態を示す。体積 V は可逆に変化しやすい。これは後で出てくる F というもの(自由エネルギーの一つ)と関係が深い。 一方、化学の熱力学では化学反応が主に扱われる。これは上に書いたように不可逆な変化を含むことが多い。化学反応は普通大気圧の元で行われ、その場合圧力 P が一定になる(体積 V は圧力 P を一定にするように自発的に変化する)。その際には温度 T と圧力 P を指定することで状態を示す。これは後で出てくる G というものに対応する。

熱力学に出てくるいくつかの言葉の定義について

熱力学では「仕事」以外にも、言葉を普通に使う意味とやや異なった用法で使うことがいくつかある。

それらについては、ピーター・アトキンス(著)、斉藤隆央(訳)「万物を駆動する四つの法則 科学の基本、熱力学を究める」という本の最初に書かれている。

熱力学での「系」とは何か? 12ページには「世界において関心の的になる部分」と書いてある。英語では system という。 熱力学では「この系全体を考えると」とか、「この系に対する熱の出入りはない」などどいうように書くことが多い。「世界において関心の的になる部分」というのを私の考えでもう少し書き直すと、 「今、熱力学的に考察しようとして関心を持っている、お互いに熱のやりとりをするいくつかの要素が組み合わさって構成されている対象物全体」というようにも言える。 だから「系」は、いくつかの要素から成り立っていて、それらの要素の間で熱のやりとりや状態変化が起きているということになる。

熱力学での「環境」とは何か? 12ページには「系以外の世界」「系を観察する我々の居場所」と書いてある。

熱力学での「ピストン」とは何か? 生物学者なら「プラスチックの注射器の内側に入っている、黒いゴムがついていて液や空気を吸ったり吐いたりする際に引っ張ったり押したりする部分」が頭に浮かぶ。熱力学での「ピストン」は、14ページにあるように一般化、抽象化して、「系の境界にある可動部分」「動かすことができる壁」ということができる。

二つの熱源だけで考えるエントロピー変化

一番簡単な場合として、二つの熱源だけで考えることがよく例に挙げられる。例:「物理数学の直観的方法 第2版」(長沼伸一郎著)で解説されている。一番簡単だが、これだけでも様々な物事をエントロピーから考えるには役立つような気がする。

二つの鉄の固まり(ヒーティングブロック)があるところを思い浮かべてみる。周りは真空で、熱が出ていったり入ってきたりすることはない。二つを接触させる。熱は必ず高温のブロックから低温のブロックへ向かって移動する(方向性がある熱の流れが生じる)。熱力学法則に則って、物事の変化する様子に絶対的な制限、方向性が生じる。

このことを普通の実験生物学にもうまく適用して、細胞、個体で起きる物事の起きやすさを示す基盤、土台にしたい。再現性のない生物学論文が世に氾濫することを抑制するためにも必要なのではないか。熱機関というものは熱力学が確立するよりもずっと前に実用的なものが完成していた。朝永先生の本の上巻の155ページに書かれている。 しかし理論がない段階では、改良のために高価なボイラーを作っては壊すことを繰り返すとか、改良したはずなのに再現性がないとか、今の生物学のようなことが起きていたのではないか。今の生物学は、熱力学以前の熱機関研究のようなものなのかもしれない。Nature ダイジェスト 2013年11月号に「論文の実験結果の70%が再現不能!(特に医学生物学分野で)」という記事が掲載されたそうである。

まず、生物の細胞で起きることについて、そのことが起きるために必要な分子の種数、エネルギー(具体的には必要な ATP や NADH の数、化学反応なら標準自由エネルギー変化)を正しく数えてみることが第一歩になる。化学インフォマティクスの進歩によって、細胞内の酵素反応の標準自由エネルギー変化が計算によって推定できるようになりデータベース化されている。 eQuilibrator 2.0 http://equilibrator.weizmann.ac.il/

二つのヒーティングブロックの間で熱が移動することを考える。この場合、  (移動した熱量/それぞれのブロックの温度)に、熱の移動する向きによって正か負の符号をつけたものがエントロピー変化になる。ブロックは二つあるので、それぞれのブロックのエントロピー変化を足し合わせたものが、全体のエントロピー変化になる。 二つのヒーティングブロックだけの場合、エントロピー変化の和は必ず正の値になる( は同じで符号が逆、温度が高い方は熱が流れ出すのでマイナス、温度が低い方が熱が流れ込むのでプラス、T(高)> T(低) だから分母が大きい方が絶対値では小さくなる)。

長沼氏の本にも書かれているように、実際はそれぞれのブロックの温度も少しずつ変化するが、考え方はこうなる。

二つの熱源の温度が均一になるとエントロピー変化の和は0になる。すなわち、それ以上エントロピーは大きくなることはない。しかしこの「外部から熱が出入りしない二つのヒーティングブロック」ではエントロピー変化は必ず正の値なので、エントロピーが減ることはない。それは、「その状態でエントロピーは最大である」ことを意味する。

「二つのヒーティングブロックの温度が均一で、そこからいくら時間が過ぎても変化しない」ということは、「二つのヒーティングブロックが釣り合い状態になっている」と言い換えることができる。

熱力学ではカルノーサイクルが出てくる(この文章でも後に出てくる)。 これは、「二つの温度差がある熱源を用いて、熱を最も無駄なく仕事(シリンダーに封じ込められた気体の体積変化によってピストン(動かせる壁)が動く)に変換することを何回でも好きなだけ繰り返せて、しかも最高の効率になる状態変化のサイクル」である。 この場合の仕事(シリンダーに封じ込められた気体の体積変化によるピストンの移動)は完全に可逆なので、逆方向に仕事を行えば、熱の移動を逆向きに起こして元の状態に戻ることができる。 効率は二つの熱源の温度の比率で決まるが、このことにエントロピーが深く関わっている。

一方、「高温のヒーティングブロックと低温のヒーティングブロックをくっつけただけ」の場合、二つの熱源の温度差によって移動する熱(熱の流れ)は、すべて温度差を埋めて不可逆に温度が均一になるためだけに使われる。移動する熱が可逆な仕事に全くならない、可逆な仕事から見ると効率=0になる完全に不可逆な状態変化である。

これらは対照的だが、どちらも「熱が最高の効率で XX のために使われる(カルノーサイクルでは XX は仕事、ヒーティングブロックをくっつけた場合では温度が均一になること)」ということは共通している。

ヒストグラムの形で定性的にエントロピーを考える

高温のヒーティングブロックと低温のヒーティングブロックをくっつける(熱は外部に逃げていかない・また入ってこない状態で)と、最終的に二つの温度が一致して平衡状態になる。そのときに二つのヒーティングブロックを合わせた全体のエントロピーは最大になる。このことをヒストグラムの形で表現してみる。

       最初の状態  ---(不可逆な変化)--->> 最後の状態
 縦軸は |       ■         |       
 温度   |       ■      温度 |   ■    ■
     |   ■    ■         |   ■    ■
     |  ■    ■         |   ■    ■
     |  ■    ■          |   ■    ■
     |  ■    ■          |  ■    ■ 
      └―――――――――――       └―――――――――――
       低温   高温           低温   高温

区画が二つのヒストグラムとして表すと上のようになる。ヒストグラムのそれぞれの区画の高さが均一で、しかも自然に不可逆にそうなる場合、その状態のエントロピーは高い。このことは、エントロピーについて定性的に簡単に考えるときに役立つ(熱力学的に考えるにはもっときちんと考えないといけない)。

化学とエントロピー

エントロピーは化学でも重要な位置を占めている。

私は化学の先生の講義でエントロピーについて習った(よく考えてみるとそれは「物理化学」で、「熱力学」の講義は一度も受けたことがなかった)。化学反応には左辺と右辺があって、複数の分子種が関与する。だから化学の熱力学は「多成分系の熱力学」になって、「一成分系」の場合よりも難しい。一成分でも難しいのに、多成分をいきなり勉強させられたのでよく分からなかった。ここに書いていく文章では、まず一成分系について勉強して、その後で多成分系に進むことにする。そうすれば少しはすっきりとした話になる。

化学の熱力学は、基本的な熱力学の部分(平衡状態を主に扱う)に加えて、熱力学と深い関係があるが別の分野である分子運動論や、化学反応速度論(化学反応の進行を扱う)を同時に考えることになるので複雑になる。まず一成分系の基本的な熱力学について勉強して、その後で多成分系の化学に進むほうがわかりやすくなる。

熱力学は物理、工学でもきわめて重要だからそれぞれの分野に合わせた熱力学の講義があるだろう。しかし熱力学は生物学でも重要だから生物学の先生が生物に合わせた熱力学の講義をするかというと、なぜかそういうことは比較的少ない。「生物に合わせた熱力学」というものも必要かもしれない。ここに書いていることも、そういうことにほんの少しでも近づけるようにしたい(目標)。

熱力学で出てくる量には「状態量と非状態量」という、重要な区別がある。状態量は「ポテンシャル」という名前でも呼ばれる。

状態量は、さらに「示量変数」と「示強変数」に分類できる。

物質量に比例して変化する状態量を「示量変数」という。例えば、体積 は、その系(対象としてみている物体、システム)に含まれる物質の量に比例して増大するので、示量変数である。 一方、物質量が変化しても影響を受けない(物質量に依存しない)状態量を「示強変数」という。温度 T は、示強変数である。化学ポテンシャル も、示強変数である。 このことについては、「気体が入っている容器がある。その容器に仕切りをつけて二つに分割した際、またその仕切りを動かした際に、影響を受ける量と、影響を受けない量がそれぞれ示量変数、示強変数である」という説明が、ネットで公開されている資料にあった。確かに、気体が二つに分割されても、そのことだけでは温度は変化しない。体積は V1 + V2 というように分断されて影響を受ける。

示量変数と示強変数は、セットになって扱われることが多い。例えば、示強変数である圧力 P と、示量変数である体積 V を掛け合わせてマイナスの符号を付けて、 が仕事になる。このことを「圧力 P と体積 V は共役である」という。示強変数である化学ポテンシャル  と示量変数である粒子数 N は  という、これも仕事になるセットになっている。

示量変数と示強変数の性質の違いを、数式を用いた表現法で示すことができる。

例えば、 は2つの変数 T, V で決まると言うことを、 という書き方で表現する。T は温度、V は体積

ここで、V が物質量に比例する示量変数であるということから、 も示量変数になる。すると、体積が x 倍に増えると、 の値も x 倍に増加することになる。 

この文章を数学の言葉に書き直すと   と表現することができる。このことを元にして、式を変形したり展開したりできる。

このことについては「エントロピーからはじめる熱力学」の 52, 53 ページに解説がなされている。

状態量と非状態量

このことについては、北 孝文先生の「統計力学から理解する超伝導理論」(別冊数理科学 SGCライブラリ101)の最初の部分に復習としてわかりやすく、コンパクトにまとめられていた。そこで、この本を購入して勉強する(もちろん最初の部分だけ)。また北先生が数理科学という雑誌の 2022 年 3 月号に書かれている「熱力学とポテンシャル」という解説に詳細な説明がある。

まず、等高線によって山が表現されている地図が図として描かれている。麓の出発点から山頂に登ろうとすると、登り方には複数の経路がありうる。しかし出発点の標高、山頂の標高は、どんな経路で登頂したとしても違いはない。ある地点の位置を座標として指定すれば、標高が決まる。どのようにしてその地点にたどり着いたかは関係ない。標高のように、座標を指定すればそれだけで値が決まる量のことを、状態量またはポテンシャルという。 「麓の出発点から山頂までの道のり」は、上るときに通過する経路によって変化するので状態量ではない。「非状態量」という。非状態量は測定しやすいことが多いが、計算式、理論を考えたり微分、積分の計算をするときに使いにくい。そこで非状態量で表現されている物事をできる限り状態量で表せるように、便利な式、手法が既に作られている。


北先生が数理科学という雑誌の 2022 年 3 月号に書かれている「熱力学とポテンシャル」という解説に、状態量、ポテンシャルに関する詳細な説明がある。 山の地図(X, Y を軸とする平面)は、状態を表す平面、空間と解釈できる。このような平面、空間には、必ずそれを支配するベクトル場が付随していると考える。これは、地上では目には見えないが常に重力が働いているようなものである。物理と計算化学以外の分野ではこういうことを考えることはほとんどないのでこのことを頭に入れるのに少し時間がかかった。私が 15 ページの図1に少し付け加えるなら「この山では、つねにものすごい強風(ベクトル場)が吹いている。そのためこの山の頂上に到達するには、登山する経路と風向きの角度によって体の正面から風をどのくらい受けるかを第一に考えないといけない」ということになる。

そのベクトル場がもつ特別な性質のために、経路が関数の返す値に影響を与えなくなっているので見かけ上座標だけが引数になる。 ポテンシャルを表す関数は線積分によって計算される。これは、「二点間をつなぐ経路に((対応する値))を、ベクトル場を主役として計算した値」と解釈できる。空間を支配するベクトル場が存在するのでベクトル場のほうが主役になり、ある位置におけるベクトル場( F(r), 解説では働く”力”でもあると書かれている)の、経路方向の大きさ(経路方向の無限小変位ベクトル dr と、F(r) ベクトルの内積  F(r)・dr  で表せる・内積だから直交すると 0 )を位置を変えながら足し合わせていく(積分する)ことになる。経路は単に方向を示すものとして働くだけで脇役になる。ベクトル場に特別な性質があると経路に((対応する値))がどんな経路でも同じになる。線積分では 2 点間をつなぐ値を計算するが、それによって求められる値の意味は決まっていないので((対応する値))と書いている。ベクトル場が主役になることで、その値はベクトル場によって変化する。((対応する値))がどんな経路でも変化しないようにベクトル場が設定されていれば、((対応する値))= ポテンシャル になる。「どうすればそんな設定ができるのか」と思ってしまうが、数学の力を使うとそれができることが北先生の解説に書かれている。

ポテンシャルが「ポテンシャルエネルギー」と解釈できる場合、線積分によって計算される((対応する値))は仕事と解釈できる。線積分について検索すると「仕事とは線積分で定義される量である」と書かれているのが見つかる。しかしポテンシャルはエネルギーと対応するとは限らないので解説には「ポテンシャル」としか書かれていないらしい。

ポテンシャル(状態量)を表す関数(線積分の値)には、「一周(適当な経路を辿って元の位置に戻る)した値は 0 になる」「全微分できる」などの特有の性質がある。17 ページの図 5 に書かれているように、状態量を表す平面を支配するベクトル場ではいくらベクトルを辿っていっても向きは元の方向に戻ることはなく渦がないという特徴がある。

黒木哲徳先生が書かれた「なっとくする数学記号」という本の 220 ページにも、線積分に関する例題がある。両端 (0, 0) と (1, 1) を共有する B 経路 (y = x) と C 経路 (y = x^2) が比較されている。これは北先生の解説の図4と同じである。しかし黒木先生の解説ではベクトル場ではなく、平面を支配する関数 f(x, y) = xy が指定されている。この関数が積分されることで線積分の値を計算するという設定になっている。

これを北先生の解説(16ページ)に則ってベクトル場で説明するように考えてみる。 C 経路の方を考えてみる。この場合、積分される関数が xy で、y = x^2 だから、北先生の解説に合わせると s^3 になる。これが C 経路の無限小変位 dr = (ds, 2sds) と 働く力 F(r) の内積と一致するように F(r) を決めてみると、 F(r) = ( , ) にすればよい。 B 経路では積分される関数が xy で、y = x だから、北先生の解説に合わせると s^2 になる。これが B 経路の無限小変位 dr = (ds, ds) と 働く力 F(r) の内積と一致するように F(r) を決めてみると、 F(r) = ( , ) にすればよい。北先生の解説でも「積分される関数 = 平面を支配する関数」が内積 F(r)・dr で求められている。同じ物事が二通りの方法で解説してある場合、それらを比較して書き直してみることで理解する助けになる。


状態量と非状態量については、それらを「引数を持つ関数」と考えると以下のように考えることもできる。

状態量: すべての引数が明確に把握されていて、見えない引数がない関数。上に書いた 山の地図になぞらえると、ある地点の標高を示す関数は引数として(その地点の位置を示す座標)を持つ。座標だけが引数であり明確に指定できる。それ以外に引数はない。

(上に書いたことは本当は正しいとは言えないが、見かけ上こうなる)

非状態量: 見えない、知ることができない引数を持つ関数。出発点から山頂までの距離は、出発点の座標を引数としただけでは正しく値を返すことはできない。出発点から山頂までの経路を知ることが必要になるが、それを知ることができないなら非状態量になる。見えない引数があると、その引数に関する計算はできないので計算による分析がとてもやりにくくなる。

ゲノムの塩基配列、タンパク質の立体構造は状態量

生物学のデータは状態量、非状態量のどちらなのか考えてみる。

ゲノムの塩基配列は、生物の種と系統が指定されていれば実験生物の場合一通りに決まる。だから実験生物ではゲノムの塩基配列は状態量になる。ゲノムの塩基配列をイヌ、マウス、ラット、シロイヌナズナ、ショウジョウバエの順序で分析してそれぞれ決めたとする。この順序をどう入れ替えても得られる結果に違いはない。この場合経路ではなく順序になるがそれが結果に影響を与えないことは同じである。塩基配列を微分することはできないが、いくつかの生物種について同じ遺伝子の塩基配列を決定してどのような塩基置換(塩基の差分)が起きているかを調べることはできる。生物種の違いが「分母の微小な変化」に対応して、塩基置換が「分母の微小な変化によって起きる関数値の変化」に対応する。

遺伝子発現データは、同じ生物を同じように育成しても同じ値にはならない。様々な制御できない、見ることができない因子がきわめて大きく影響してしまう。だから非状態量に相当する。 非状態量は測定しやすいことが多いが理論には使いにくい。 この理屈に基づけば、他分野の研究者が生物由来のデータの分析に手を出すなら、ゲノムの塩基配列を研究対象にするのが得策と言うことになる。実際にゲノムの塩基配列は様々な理論、計算の対象として優れた成果が大量に発表されている。 あの有名な AlphaFold でも、計算したいアミノ酸配列に対する類縁配列を膨大なゲノム配列データから多数取得して予測に用いているそうである。神戸大学計算科学教育研究センターから、「計算生命科学の基礎」遠隔インタラクティブ講義が開催、公開されている。  http://www.eccse.kobe-u.ac.jp/distance_learning/life_science9/   計算生命科学の基礎9、第三回では森脇先生による講義「タンパク質の立体構造予測−AlphaFold以前と以後−」が行われている。 タンパク質の立体構造は、タンパク質の種類とそれが存在する環境条件(溶媒、タンパク質の濃度、補因子の種類と濃度、温度、pH など)を指定すれば一通りに決まるので状態量に相当する。そのため高精度な計算が可能になっている。


熱力学に出てくる「非状態量」には、熱量 、仕事  がある。うまい具合に、微小な熱量変化 と微小な仕事 を足し合わせることで定義される内部エネルギーの変化 は、状態量になる。 北先生の本では4ページに図面で表現されている。内部エネルギーの変化 は、微小な熱量変化 と微小な仕事 を足し合わせた値と一致する。内部エネルギーの変化 が状態量なので、内部エネルギーそのものも状態量になる。

このことは、「内部エネルギーの変化 の方が本当のエネルギー変化、全体のエネルギーの変化であり、それが熱(仕事として使われていないエネルギー)と仕事という二つの形を取るようになっている。」というように解釈することもできる。

「仕事」というのは具体性が低い表現で、実際の物事を当てはめると「気体の体積が増加してピストン(動かせる壁)を動かすことによる仕事  、ゴムが伸びることによる仕事 張力を X、長さを L として 化学ポテンシャルによる仕事(分子、粒子のやりとりによって粒子数が変化することに由来する仕事)なら  という具合になる。こういう具合に書き換えると状態量で表すことができる。

熱力学で出てくる状態量には、理想気体の場合、体積 、絶対温度  、圧力  がある。さらに内部エネルギー 、エントロピー が出てくる。

熱力学のエントロピーの変化 は、 と表現される。 「等号は可逆過程で成立する」と北先生の本に書かれている。そうでない場合、 の方が大きくなる。 このことは当たり前のことのように書いてあるが、きちんと理解しようとするととても難しい。まず「可逆過程とはどんなものか」「不可逆過程とはどんなものか」ということから始めないといけない。 それらについては、後で考える。

可逆過程では  から、 ということになる。 これで、 の部分も、状態量で表せるようになる。

(熱力学での)可逆過程とはどういうものか?

等号は可逆過程で成立する」の、「可逆過程」というのはどういうものか。

熱力学で出てくるものに「カルノーサイクル」というものがあって、よく4つの点をゆがんだ平行四辺形のようにつないだ図で表現される(縦軸は P、横軸は V)。

可逆過程と熱機関のサイクルについて、井上博士が優れた解説を書かれている。   http://hr-inoue.net/index.html   「雑科学ノート」の「熱の話」   白井先生の教科書にも、可逆過程、準静的変化について詳しい解説がある。

カルノーサイクルでは、シリンダー内の気体の状態が準静的に変化する。しかも「熱を与えることによって気体が膨張する」ことと、「気体を圧縮することで熱を放出する」ことが可逆に行われる。「可逆過程であり、しかも準静的に変化する」場合、移り変わり方は「釣り合い状態(平衡状態)からほんの少しだけずれることによっておきる、じわじわとした動き」で行われる。この時摩擦などの余計なこと(不可逆に状態が変わる物事)は全く起きないものとする。

つねに釣り合いがとれた状態=平衡状態であることが必要で、「ピストンの内部の気体の圧力 > 外部から支える力」だったりしたらその設定自体が釣り合い状態ではないので可逆過程ではなくなる。 「つねに釣り合っていたら状態が変化しないじゃないか」と思うのが当然だが、釣り合いからきわめてほんの少しだけずれること(=準静的変化)を何回も繰り返すことで状態が変化していくと考える。

また井上博士は「可逆過程全般に言えることで、熱のやり取りをする要素を全部含んだ全体で見れば、エントロピーは変化しないのです。」 「不可逆過程を含む場合には、全体のエントロピーは増加する」と書かれている。これらはとても重要なことである(熱力学第二法則に相当する)。

不可逆過程の例である「温度の差がある二つのヒーティングブロックをくっつける」では、熱が移動すると同時にブロックの温度が変化することで「二つのブロックそれぞれのエントロピーを合わせた、全体のエントロピー」が上昇する。高い温度のブロックではエントロピーが減り、低い温度のブロックではエントロピーが増える。この場合分子の値(移動する熱)が共通(符号は逆だが)で分母の値が異なるせいで、必ず低い温度のブロックで増加するエントロピーの方が大きくなる。 二つのブロックの温度は一致する方向にしか変化せず、その逆に変化することはないので不可逆な変化である。 また、全体で見たエントロピーが変化するということからも可逆過程ではない。このときの仕事について考えると、移動した熱は全く仕事にはなっていない。全部不可逆に温度を変化させるために使われている。 二つのブロックの温度が一致したら、そこで変化が止まってエントロピーが最大の状態になる。

一方、カルノーサイクルでは熱が熱源とシリンダー内の気体の間を移動する際に温度の差は全くないようにする。 例えば高温の熱源からシリンダー内の気体に熱が移動する際、どちらも温度は同じである。 だから熱源で減少したエントロピー = シリンダー内の気体で増加したエントロピーになる。 そのことによって、それらの二つの要素を合わせたエントロピーは変化しない (-S + S = 0)。 また高温の熱源で減ったエントロピーの量が低温の熱源で増えるエントロピーと一致するようになっているので、「高温の熱源」「シリンダー内の気体」「低温の熱源」を合わせた全体のエントロピーも変化しない。

井上博士が書かれている不可逆過程の例では、「おもりをいきなり外すことで内部と外部の圧力差を一気に解消しようとした注射器の変化」が例としてあげられている。おもりを外した瞬間は内部と外部に圧力差が生じる。圧力差が生じるとそれを解消するように状態が変化する。それは一方通行の変化で元に戻らないので、それだけで不可逆過程になる。

この場合、「準静的に変化した場合と同じ容積だけ、注射器内部の気体が一気に膨張した」という設定にしてみる。変化の前の状態は準静的な場合と圧力差がある場合で同じ、変化の後の状態も同じという設定になる。 最初(膨張する前)と変化後の状態が、準静的に変化する場合と同じならば、その変化による注射器内部の気体のエントロピー増加(状態だけで決まり途中の変化は関係しない)は、準静的に変化する場合のエントロピー増加と変わらない。

しかしその際に注射器内部の気体に移動する熱は、圧力差のせいで準静的に変化する場合よりも少なくなる(準静的な変化の場合は周囲から注射器内部の気体に移動する熱だけがピストンを動かすが、圧力差がある場合は熱が移動しなくても圧力差のせいでピストンが動くから)。だから移動する熱によるエントロピー減少の方は、可逆過程の場合よりも小さくなる。増加の方が減少よりも大きいので全体のエントロピーは増大する。

一方、カルノーサイクルでは注射器内部の気体の圧力は外部からちょうど釣り合うような力で支えられてつねに平衡状態にある。「温度差を埋める」や「摩擦熱発生」のような余計なエントロピーを増加させる要因はない。余計な増加がないのでエントロピーが増えることがない。

これらの基準をカルノーサイクルは満たすので、カルノーサイクルは可逆過程ということになる。可逆過程でないと、全体で見たエントロピーは増大する。

「全体のエントロピーは変化しない」と書くのは簡単だが、カルノーサイクルの場合それがどのように実現されているかを具体的に理解して文章で表現するのは私にとっては難しい。

三つの基準をカルノーサイクルの場合に当てはめてみる。 カルノーサイクルは可逆過程であるだけでなく、サイクルを一周するとその間に仕事が行われている。 しかもその仕事が行われる効率は最大の値になる。サイクルを一周すると、(熱が高温熱源から低温熱源に流れたことを除いて)状態は元に戻っていないといけない。そのために「ブロックを2つくっつけただけ」の場合よりもずっと複雑になっている。

「全体 = 高温の熱源、シリンダーとその内部の気体(ピストンは「動かせる壁」)、低温の熱源」 この3つだけ

部分的にエントロピーの変化が起きる箇所は、

だからカルノーサイクルではエントロピーの変化すべてを足し合わせると0になる。

文章にしてみると、

 カルノーサイクルでは準静的に体積を増やすことでシリンダー内の空気へ高温の熱源から熱を移動させる(シリンダー、シリンダー内の空気は熱源と同じ温度)。 そのときエントロピーを変化させる原因になる「可逆仕事にならない、不可逆な熱の移動(例1:温度差がある物体同士をくっつける; 例2:体積が増える際に摩擦で熱が発生して外部へ逃げていく)」はない。だからここでエントロピーが増えることはない。

移動した熱の行き先は二つに分けることができる

その一つはシリンダー内の空気の体積を増やすことでピストンを移動させる(このとき温度は低下する:低温の熱源の温度になるまで体積を増やして低下させる)という仕事に変換される分である。 そのときエントロピーを変化させる原因になる余計な不可逆な熱の移動(例:仕事の際に摩擦で熱が発生して外部へ逃げていく)はない。 だからこの部分でエントロピーは変化しない。 低温の熱源の温度が低いほど、熱が仕事に変換される割合を大きくすることができる。

もう一つの行き先は低温の熱源である。高温の熱源では熱が移動した分エントロピーが下がる。 その分シリンダー内の空気のエントロピーが上がっているので足せば0になるが、そのままではシリンダー内部の空気は体積が増えたままで元に戻るサイクルを形成できない。 そこでまず、さらにピストンが押し出されるようにして、温度を低温の熱源の温度まで下げる。ここでも、上に書いたのと同じように、熱がピストンの移動(空気の体積は増える)という仕事に変換される。 その状態でシリンダーを低温の熱源にくっつけて、ピストンをきわめてゆっくりと押し込んで低温の熱源へ熱を移動させることで、シリンダーのエントロピーを元に戻す。 その分低温の熱源のエントロピーが増加することで、高温の熱源で上がった分を打ち消して全体でエントロピーの変化がないようにする。 この際もシリンダーと低温の熱源に温度差はない・摩擦はないようにするので、そういう余計な要因でエントロピーが増えることはない。

低温の熱源では温度が下がっているので、全体のエントロピー変化を0にするために必要な熱は、高温の熱源から移動した熱よりも少なくて済む。 その少なくて済んだ分が仕事に変換される分になる。

これによって全体では「高温の熱源で減ったエントロピー = 低温の熱源で増えたエントロピー」になって、全体のエントロピーの変化は0になる。 しかもシリンダーでは、内部の空気の体積もエントロピーも元に戻るので、何回もサイクルを繰り返せる。

ということになる。

またカルノーサイクルのような可逆過程では全体のエントロピーを変化させるもう一つの要因である「熱の移動の代わりに仕事を行う要因(例:圧力差など)」がない。そのことも全体のエントロピーを変化させない要因になる。

カルノーサイクルについて理解しようとするだけでもつまらない勘違いを何回もしてしまう(ここに書いている文章を何回も書き直している:断熱膨張と断熱自由膨張の違いに気がつかなかったりとか)が、さらに「可逆過程」「不可逆過程」を深く考えると難しいことがいろいろとあるらしい。白井先生が教科書の補助教材として書かれている Web ページで議論がなされている。ここではとりあえず上の三つの条件が大切と言うことにする。


カルノーサイクルの P-V 図での4つの点は4つの状態に対応し、順番に状態が移り変わる。移り変わり方は「釣り合い状態からほんの少しだけずれることによっておきる、じわじわとした動き」で行われる。 「釣り合い状態(平衡状態)とほとんど同じ」状態を維持しながら体積を増加・または減少させ、しかも同時に熱源から熱を取り込む・または逆に熱源へ放出することによって、体積変化がおきても温度が変化しないようにできる。 そのことによって「温度差がある二つの物体が接触することによって熱が可逆な仕事にならずに不可逆に使われる」ということがない、仕事を行いながら完全に元に戻る状態変化を起こすことができる。 これを等温過程という。サイクルでは1番目、3番目の変化に相当する。

同様に、「体積が変化している間に熱が外部に出て行くこと、逆に入ってくることがない。その代わり体積と共に温度が変化する」というような状態変化を起こすことも、「釣り合い状態からほんの少しだけずれることによっておきる、じわじわとした動き」によって行う。 こういう変化は「断熱膨張」「断熱圧縮」という。断熱膨張で気体にピストン(動かせる壁)を動かすという仕事を行わせると、温度が低下する。断熱状態でピストンを押し込む方向に動かして気体を圧縮するという仕事を行うと、温度が上昇する。

カルノーサイクルで高温の熱源から移動する熱の行き先は二つに分けることができる

その一つはピストンを移動させる(このときシリンダー内の空気の体積が増加し、熱の出入りがないなら温度は低下する)という仕事に変換される分である。 低温の熱源の温度が低いほど、仕事に変換される熱の割合を増やすことができて高温の熱源から移動する熱の多くの割合を利用できるようになる。

もう一つの行き先は低温の熱源である。高温の熱源では熱が移動した分エントロピーが下がる。 その分シリンダー内の空気のエントロピーが上がっているので足せば0になるが、そのままではシリンダー内部の空気は体積が増えたままで元に戻るサイクルを形成できない。 そこで次にシリンダーから低温の熱源へ熱を移動させることでシリンダーの状態(内部の空気の体積、エントロピー)を元に戻し、高温の熱源で下がったエントロピーを低温の熱源で上がったエントロピーで打ち消して全体でエントロピーの変化がないようにする。

朝永先生の本の上巻の159ページから、説明がある。さらに、それを生物学者らしく、具体的な物体を用いて(抽象的なところが全くないように)文章にしてみる。


以下の文章は、カルノーサイクルについて、具体的な物体を用いて説明しようとしたものである。

注射器に空気が入っているところを思い浮かべる。先の部分に栓をしておく。 ピストンはきわめて滑りがよくて、全く抵抗がない。注射器がある部屋は真空なので、注射器が何にも触れていなければ熱が移動することはない。 注射器がある部屋は真空なので、注射器内部の空気の圧力でピストンは押し出される。 そこで、その力と釣り合うようにピストンを指で押さえて、動かないように(釣り合い状態=平衡状態)しておく。だからその部屋には誰かがいて、真空でも生きていられる装備をしてシリンダーを保持してピストンを押さえていることになる。その人は、熱を全く伝えない材料でできた手袋を手にはめているので、シリンダー、ピストンや内部の気体が持つ熱に全く影響がないようになっている。

 P | この状態を
   |  1 ← こことする
   |
   |
   |
   |
   └───────
                    V

普通カルノーサイクルの説明で「シリンダーがある部屋は真空だ」とか「平衡状態を保つために、ピストンを押さえる人がその部屋にいる」というようなことは書かれていない。しかしよく考えてみるとそういう設定にした方が私にとってはわかりやすい。また、そのピストンを押さえる人のことを External controller として扱い、難しい理論を展開している論文もある。   https://www.google.co.jp/search?q=thermodynamics+external+controller&ie=utf-8&oe=utf-8&client=firefox-b-ab&gfe_rd=cr&ei=W2V_V8jVA6PD8Ae_0orwBA#q=thermodynamics+%22external+controller%22

1) その注射器を、注射器と同じ温度の熱源(大きな鉄の塊のヒーティングブロック)に触れさせる。 触れさせておいて、ピストンを押す力をほんの少しだけ緩めて、シリンダー内部の空気の体積が少しずつとてもゆっくりと増加するようにする(平衡状態を保ちながら、増加していく)。

同じ温度の鉄の塊を二つ接触させても熱は移動しない。しかし片方が「先の部分に栓をした注射器で、そのピストンがゆっくりと少しずつ押し出されている状態」ならば、「注射器内部の空気の体積が増えることで、ピストンが動く」という仕事が熱を吸収する。 それによって、両者が同じ温度でも、熱源から注射器内部の空気へ熱が移動する。

   |
 P | この過程では体積が増加する。気体の状態方程式から、圧力は反比例して小さくなる。
   |  1                          温度は 1 と 2 で変化していない。 
   |               2         
   |                       1 から 2 へ移行
   |                        
   |                        
   └─────────────
                    V

この 1)でのエントロピー変化 dS を考えてみる。  この過程で熱 Q は注射器内部の空気へ移動している。移動した熱量を d'Q とすると d'Q > 0 になる。だから、この 1)では、注射器にとっては dS > 0 ということになる。しかし高温の熱源では同じだけエントロピーが減少しているので注射器とブロックを合わせるとエントロピーの変化は0になる。 温度 T(高温) は一定で、注射器も熱源も同じ温度である。

2) その次に注射器を熱源から取り外す。その状態でもピストンを抑える力をほんの少し緩めて、ピストンがきわめてゆっくり、じわじわと押し出されるようにする。これが「断熱膨張」の過程で、体積が増加するだけなので注射器内部の気体の温度が下がる。「体積が増加するだけなので」というのは全然説明になっていないので、書き直す 。

ピストンの内部の気体は一定の量の内部エネルギー U を保持している。注射器を熱源から取り外した状態でピストンがきわめてゆっくり、じわじわと(=準静的、平衡状態を保ったまま)押し出される際には、ピストン内部の気体が保持する熱 Q は、どこにも逃げていくことができないし入ってこないので、変化しない。だから d'Q = 0 になる。 一方、ピストンがきわめてゆっくり、じわじわと押し出されると、ピストンの内部の気体が保持する内部エネルギー U が、「内部の気体の体積の増加による、ピストンの移動」という仕事に変換される。この仕事は d'W = -PdV (この場合圧力 P が変化するが、変化は小さいので P は一定と言うことにしておく)。 dU = d'W + d'Q という一番基本になる式から、この場合 dU = d'W = -PdV    ピストン内部の気体の内部エネルギーは、「体積の増加によるピストンの移動」という仕事に変換されることによってこれだけ減少するということになる。 気体には、比熱 = 温度を一度変化させるために必要なエネルギー という量が気体の種類ごとに決まっている。それを使うと、 気体の温度変化 = 気体に与えられたエネルギー / 比熱   今の場合、気体が保持している内部エネルギー U を消費して体積が増加している(dU がマイナス)なので、比熱がつねにプラスと言うことから、気体の温度変化はマイナスの値で温度が下がるということになる。

「空気の体積が増えて外部からの力で支えられているピストンが動く」ことが大切で、このことによって、シリンダー内の空気が保持している熱が仕事に変換される。もしそうでなくて同じ空気の体積が増える場合でも「壁に穴が開いて空気の体積が増えるだけ」ならば、それは同じ断熱変化でも「断熱自由膨張」というものになってしまう。その場合は単に空気の体積が増えるだけで仕事は行われない。

   |
 P | この過程では体積が増加し、温度が下がる。気体の状態方程式から、体積が増加した分
   |  1               圧力は小さくなるが、温度が下がるせいで圧力の低下の度合いは大きくなる。
   |               2         
   |               
   |                        
   |                   3             2 から 3 へ移行
   └─────────────
                    V

この 2)でのエントロピー変化 dS を考えてみる。  この過程で熱 Q は全く移動していない。だから、この 2)では、dS = 0 ということになる。温度 T は高温から低温へ低下する。

3) その次に、その下がった温度と同じ温度の熱源(大きな鉄の塊のヒーティングブロック)に触れさせる。 触れさせておいて、ピストンを押す力を釣り合いからほんの少し強くして、ピストン内部の空気の体積を減少させる。

同じ温度の鉄の塊を二つ接触させても熱は移動しない。しかし片方が「先の部分に栓をした注射器で、そのピストンがゆっくりと少しずつ押し込まれている状態」ならば、「ピストンが動くことで、注射器内部の空気の体積が減少する」という仕事が熱を放出する。 それによって、両者が同じ温度でも、注射器内部の空気から熱源へ熱が移動する。 この過程での熱の移動によって、「高温のブロックで減少したエントロピー」と同じ量のエントロピーが低温のブロックで増加するようにする。それに必要な量の熱を低温の熱源へ移動させる。 だから全体で見るとエントロピーの変化は打ち消されて0になる。

   |
 P | この過程では体積が減少する。気体の状態方程式から、体積が減少した分
   |  1                     圧力は反比例して大きくなる。
   |               2        温度は 3 と 4 で変化していない。
   |               
   |      4                  
   |                   3             3 から 4 へ移行
   └─────────────
                    V

この 3)でのエントロピー変化 dS を考えてみる。  この過程で熱 Q は注射器内部の空気から低温の熱源へ移動している。移動した熱量を d'Q とすると d'Q < 0 になる。だから、この 3)では、注射器にとっては dS < 0 ということになる。しかし低温の熱源では同じだけエントロピーが増加しているので注射器とブロックを合わせるとエントロピーの変化は0になる。 温度 T(低温) は一定で、注射器も熱源も同じ温度である。

また、高温のブロックと低温のブロックの、それぞれのエントロピー変化も考えないといけない。1)では高温のブロックから熱 d'Q が注射器内部の空気へ移った。そのため高温のブロックはエントロピーが減少している。その分注射器内部の気体のエントロピーが増加している。2)ではそのピストンを移動させながら注射器内部の気体の体積を増やすことで温度を下げた。それによって注射器に移った熱の一定量が消費される。 3)では2)で使われなかった熱 d'Q2 を注射器から低温のブロックへ移している。 高温の熱源のエントロピーは -d'Q / T高 だけ減少している。 低温の熱源で増加するエントロピーの値 d'Q2 / T低 を、-d'Q / T高 と等しくなるようにするので全体のエントロピーの変化は0になる。分母の大小(=温度の差)から、 d'Q よりも d'Q2 のほうが小さい変化で済む。温度差が大きいほど d'Q2 が小さくて済むことがわかる。


カルノーサイクルでは、エントロピーは 1)と 3)で変化がちょうど打ち消されて全体の変化が0になっている。3)のほうが温度が低いせいで、少しの熱でエントロピーを1)と同じだけ逆向きに変化させることができている。そのことによって余った熱を、2)で仕事に変換することができる。


4) その次に注射器を熱源から取り外す。その状態でもピストンを抑える力をほんの少し強くして、ピストンがゆっくりと押し込まれるようにする。これが「断熱圧縮」の過程で、ピストンの移動という仕事が空気に加わって体積が減少することで注射器内部の空気の温度が上がる。 最初の温度と同じになったところで止める。カルノーサイクルでは摩擦などの余計な要因が全くないので、これで元の状態に戻ることができる。

   |
 P | この過程では体積が減少する。気体の状態方程式から、体積が減少した分
   |  1                     圧力は反比例して大きくなる。温度が上がる分圧力の上昇の度合いは
   |               2                                    大きくなる。
   |               
   |      4                  
   |                   3             4 から 1 へ移行
   └─────────────
                    V

この 4)でのエントロピー変化 dS を考えてみる。  この過程で熱 Q は全く移動していない。だから、この 4)では、dS = 0 ということになる。温度 T は低温から高温へ上昇する。

4つの状態を移り変わる間に、注射器の内部の空気の体積は変化(一度増加して、その後減少:結局元に戻る)すると同時に、ピストンが押し出されてまた元に戻った。この過程で熱が仕事(ピストンの移動)に変換され、サイクルなので何回も繰り返すことができる。 (気体の体積が変化しても、壁に穴が開くことで気体の体積だけが変わる場合は「気体の自由膨張」になり、それは仕事にはならない)。

同様に、注射器の内部の空気の温度は一旦低下して、その後上昇して元に戻った。 その間に熱は高温の熱源から低温の熱源へ一定の量が移動した。注射器は、高温の熱源、低温の熱源どちらに触れる際も、熱源と注射器の温度は同じである。 そのため、温度の差を埋めるために熱が仕事にならずに不可逆に使われることが全くない。

1 → 2 → 3 → 4 → 1 を周回するカルノーサイクルと、(1)の後で、すぐにピストンを押し込んでも体積は元に戻すこと(1 → 2 → 1)を比較してみる。白井先生の教科書では、この違いをとてもうまく説明してあった。

1 → 2 → 3 → 4 → 1 を周回すると、それによる経路で囲まれた面積が生じる。 この面積は PdV を積分したものになる。これがこの一周で 成された仕事になる。このとき温度は 2 → 3 で一旦低下して、4 → 1 で元に戻っている。このことがとても重要である。

温度が異なる変化(低下と上昇)をすると、元に戻るときの経路が異なるものになる。このことによって、経路で囲まれた面積が生じて、熱が一定量移動したことを除いて圧力、体積、温度が完全に元に戻っているにもかかわらず仕事が生じていることになる。

1 → 2 → 1 では、やはり元に戻るが、この時に温度の変化は全くない。そのせいで来た経路をそのまま戻っていることになるので、経路に囲まれた面積=仕事は生じない。 だから、単にピストンを押す力を少し強くしたり弱くしたりしているだけに過ぎず、熱を仕事に変換したことにはならない。

このように、単に空気の圧力と体積が変化するだけでなく、その間に空気の温度が変化していることによって経路が変化し、仕事に相当する面積が生じる。熱力学は、圧力 P、体積 V、温度 T というように変数が多い。それによって、P と V しかない場合では起こりえないことが起きるようになる。 このことは、白井先生の「現代の熱力学」の14〜15ページに丁寧に書かれている。

生物は、とてもたくさんの種類の遺伝子や低分子で構成されている。これは変数が多いと考えることができる。そのせいで変数、構成要素が少ない場合では起こりえないことが起きるのかもしれない。

高温の熱源の温度と、低温の熱源の温度に差が大きければ大きいほど、経路で囲まれる面積が大きくなる。このことで、行える仕事の大きさが決まる。 二つの熱源の温度が同じだと、経路で囲まれる面積は生じないので仕事を行うことはできなくなる。

このことは、「カルノーサイクルが一周する際に全体のエントロピーの変化は0」ということから考えることもできる。

高温の熱源からある量 d'Q の熱が移動したとする。 高温の熱源のエントロピーは -d'Q / T高 だけ減少する。 カルノーサイクルでは、この減少したエントロピーは、低温の熱源のエントロピーが増加することで打ち消されなければならない。 低温の熱源の温度が高温の熱源の温度よりも低いほど、 -d'Q / T高 を打ち消すエントロピー増加 d'Q2 / T低 を実現させるのに必要な熱量の移動 d'Q2 が小さくて済むようになる。  だから高温の熱源の温度と、低温の熱源の温度に差が大きければ大きいほど低温の熱源へ移動しなければならない分の熱は少なくできる。その分仕事に使われる熱の割合が増える。 二つの熱源の温度が同じだと、すべての熱を熱源(高)から熱源(低)へ移動させなければならないことになって、仕事に使える分がなくなってしまう。

上に書いた文章の内容は、普通の説明では数式で表現されている。文章を数式に対応させると、

「高温の熱源で減少したエントロピーは、低温の熱源のエントロピーが増加することで打ち消される」 これは  と書ける。

「仕事に使える分」 これは 

高温の熱源から出て行く熱のうちで仕事に使える分の割合を効率とすると、 効率は    これは  になり、上の式の関係から  と表現できる。  なら効率 = 1、 なら効率 = 0 になる。

断熱膨張と断熱自由膨張の違いについて

カルノーサイクルの二番目の過程では断熱膨張という変化が行われる。これと似たものに断熱自由膨張というものがある。 私はこの二つを混同して ??? となることがあった。そういう人が他にもいるかもしれないので、それらについてここに書いておく。

断熱膨張では、シリンダーとピストン(動かせる壁)に封じ込められた気体を考える。気体は圧力を持つのでピストンが押されるが、誰か(操作者)がそれと釣り合うような力で反対向きに押して支えているので釣り合った平衡状態になっている。 断熱膨張ではシリンダーは真空中にあって熱がどこにも出ていかない、入ってこないので d'Q = 0 になる。この状態でピストンを支える力を少し緩めると、シリンダー内の気体がもつ内部エネルギーによってピストンが押し出されて移動する。これによって気体が保持している内部エネルギーがピストンの移動という可逆仕事に変換される。

この文章に対応する数式は dU = d'Q + d'W で、 d'Q = 0 だから dU = d'W = -PdV になる。 この -PdV は、本当は「ピストン(動かせる壁)にかかった力 x ピストン(動かせる壁)が動いた距離」で、上の方に書いたように圧力は面積あたりの力、体積は面積 x 距離ということからこの形で表現できる。

断熱膨張の際のエントロピー変化について考えると、上に書いたようにこの場合 d'Q = 0 なので dS = d'Q / T も 0 になる。エントロピーは変化しない。 エントロピーが変化しない=可逆過程 またピストンを逆に動かすと状態を元に戻せるということからも、可逆過程ということになる。

断熱自由膨張では、気体がシリンダーに封じ込めてあるのは同じだが、壁は動かない。シリンダーの中間にもう一つの壁が作ってあり、シリンダー内が二つの区画に分かれている。 その片方にのみ気体が封じ込められていて、もう一つの区画は真空とする。それぞれの区画の体積を V1, V2 とする。 その状態で中間の壁を取り払うと、気体の体積は (V1 + V2) に大きくなる。この場合、気体の体積は変化するがそのことが何も仕事につながっていないので、d'W = 0 になる。だから、この場合気体の内部エネルギー U は変化しない。

この文章に対応する数式は  で、理想気体 (PV = nRT が成り立つ気体)の場合に成り立つ。(理想気体でないと、分子同士が相互作用(結合したり、衝突した際に変形したり)するのでそれらのことで内部エネルギーが使われてしまう。クーラーはそのせいで冷える) このことについては、北先生の本の 10〜11 ページに書かれている。   の関係は、熱力学の関係式と理想気体の状態方程式 PV = nRT を組み合わせて導くことができることが書かれている。これも簡単そうに書いてあるがこんなことを自分の頭だけで思いつくのはあまり簡単ではないだろう。書かれていることに基づいて、自分にわかりやすいように長ったらしく書き直してみた → 理想気体の断熱自由膨張について

断熱自由膨張の際のエントロピー変化について考えると、断熱自由膨張が不可逆過程であることにより、下の方に書いてあるように、「変化を可逆過程を組み合わせたものに置き換える・焼き直す」テクニックが必要になる。このことについては下で考えてみる。


不可逆過程(断熱自由膨張など)のエントロピー変化:焼き直し法による計算

可逆過程では  から、 ということになる。この式が、注目している物事、系全体に対して成り立つ場合、その物事は可逆過程であることになり、そうでない場合に比べて様々な物事がとてもわかりやすくなる。

しかし世の中で起きていることには不可逆過程が含まれることが多い。断熱自由膨張もその一つである。そういう場合にエントロピーをどう計算するか。このことについては、白井先生の教科書の 164 ページに書かれている。井上博士のページの解説にもよく似たことが書かれている。 どちらの説明でも、「エントロピーは状態量」ということの重要性が強調されている。

エントロピーは状態量だから、その変化 dS は「最初の状態」と「変化した最後の状態」だけによって決まる。だから不可逆過程でも可逆過程でも、「最初の状態」と「変化した最後の状態」が同じならエントロピー変化は同じ値  になる。 考えている不可逆過程について、それと「最初の状態」と「変化した最後の状態」が同じ可逆過程を見つけて、それらについてエントロピー変化を計算することができる。計算には「変化を可逆過程を組み合わせたものに置き換える・焼き直す」テクニックが必要で、白井先生の教科書で詳しく解説されている。

少し上で述べた断熱自由膨張(理想気体の場合)を例にして、不可逆過程のエントロピー変化を考えてみる。理想気体の場合の断熱自由膨張の最初の状態と最後の状態は、

最初の状態: 気体がシリンダーに封じ込めてある。その体積は V1 で、温度は T とする。

最後の状態: 温度は変化せず T のままで、体積が V2 に増加した。

この二つの状態の間の変化を引き起こす可逆過程を考えてみると、これはカルノーサイクルの一番最初のステップで代用することができる。だからその際のエントロピー変化の値を計算すればよいことになる。高温の熱源からシリンダー内の気体へ入ってくる熱を d'Q とすると dS = d'Q / T になる。 可逆過程で温度が変化していないので、シリンダー内の気体の内部エネルギーは一定で変化しない。dU = 0 だから d'Q はすべてピストンを動かすという仕事 d'W = -PdV に使われている。だから d'Q = -d'W = PdV になり、V1 から V2 への体積変化による仕事を計算してマイナス 1 をかけ算し、温度 T で割れば dS が出てくることになる。

(理想気体で可逆過程の場合は、状態方程式を使って体積変化による仕事が計算できる。下の方に出てくる F というものを状態方程式と組み合わせて、 のような形で、体積変化による仕事を計算できる。後で考える)

こういうテクニックのような部分は生物学には全く出てこない・かけ離れている。しかし逆に考えると、こういうテクニックに相当するものを何とかして生物学に取り入れることで、まるで計算できなかった生物学的な物事を計算可能にするということも目標にできるかもしれない。 今のところアイデアは全然ない。 しかしなんとかして考えないといけない。


こちらの解説の方がより進んだ考え方になっていて読む価値が高い。   「回路網熱力学 : 物理とシステム工学の統合を目指した理論 (システム工学への数理的アプローチ特集号)」 湯浅 秀男先生による解説   http://ci.nii.ac.jp/naid/110003891675

状態が1の状態から2の状態へ不可逆に変化する(元に戻らない)ということは、その二つの状態に順番が付くということである。細胞、個体が行う様々な変化を可逆なもの、不可逆なものに分けてみることは何かの役に立つかもしれない。マイクロアレイのデータでもストレスを与えて応答を起こさせ、さらにストレス状態から解放して元に戻るまでを見たものがある。その場合可逆に元に戻りやすい遺伝子と、戻りにくい遺伝子が区別できるかもしれない。それに何か意味があるだろうか。

BSJ-Review vol. 7 (2016) 日本植物学会第79回大会シンポジウム「細胞機能の変容と循環を視る - 可逆性と不可逆性から探る細胞分化の本質」   http://bsj.or.jp/jpn/general/bsj-review.php    ある細胞と、その細胞から分化して元に戻らなくなった細胞の遺伝子発現を網羅的に調べ、比較する。 変化した遺伝子は多数あるだろうが、その中でも「どんなことをしても発現の状態が元に戻らない」遺伝子と、「条件次第では元に戻れる遺伝子」に分けられるかもしれない。 そういうことで、変化の不可逆さの程度を測定可能な量として数えられないだろうか。 遺伝子の発現量ではなくて、最近重要性がますます高まっているゲノムのエピジェネティックな状態の不可逆変化を数えたらよいかもしれない。

細胞内の代謝では、いくつかの化合物が順番に化学変化していくことで代謝経路が形成されている。もし単純に化合物が A -> B -> C -> D と不可逆に変化するだけなら、そのまま順番を付けられる。順序がエントロピーに対応するなら、だんだん高くなっていくことになる。しかし実際にはループが形成され A -> B -> C -> D -> A となっていることもある。その場合ループを構成する要素はすべて可逆に変化できるようになるので順序はなくなり、順序に対応するエントロピーも一定になる(実際の代謝経路では途中で二酸化炭素が抜けたりする(摩擦に相当)ので、ループを形成していても完全な可逆にはならない)。 「ネットワークを構成する要素の内で、それらを取り除くとループが消滅する要素」は、そのネットワークのエントロピーに大きな影響を与えることになる。 そういう要素を Feedback vertex set といい、重要であることが知られている。    「数理科学は生物学に革新をもたらし得るか?」 http://mathsoc.jp/publication/tushin/1803/1803mochizuki.pdf 望月先生による解説


熱力学第二法則: 文章で表現された法則を数式にする 「数学を用いずに行う推理がいかに頼りにならぬか」

朝永先生の本では、文章で表現された熱力学第二法則を数式で表現されるまでの過程が詳細に説明されている。それには上巻の186ページから209ページまでが使われている。文章で表現された法則を数式にするまでの過程をこれほど丁寧に説明した文章は他には見当たらない。 生物学ではほとんどの物事は文章と図面で表現される。しかしそれだけではいけないことがわかってきた。熱力学を見習って数学の言葉で表現するようにしないといけない。そのためにはネットワークに関係した新しい数学が必要なこともあるだろう。そういう研究成果が出てきている。

朝永先生の本の上巻85ページには、「数学を用いずに行う推理がいかに頼りにならぬか」という一節がある。生物学で行う推理は当たることは少なく実験で確かめないと意味がないし、実験結果を出しても他人から信用されないということも多いが、そのことは別の分野で大昔から分かっていたことになる。

熱力学第二法則はとてもわかりにくい文章によって表現される。これを説明しようとした解説はいくつもあるが、朝永先生の本に書いてあるのが一番わかりやすい。朝永先生は文章を書くことにおいても超一流なので、第二法則についてもうまく文章で表現されている。もちろん同時に数式による表現も丁寧にされている。数式の部分にも、文章による補助的な説明がうまく取り入れられている。

181ページにこう書いてある。「何らか他の変化を残さずに熱は低温物体から高温物体へ移ることは出来ない」

このことは、「カルノーサイクルよりも効率よく、熱を仕事に、また仕事を熱に変換するサイクル、機関(超能機関)は存在することは出来ない」ということを示している。私の解釈で補足をすると、

「何らか他の変化を残さずに」=「それ(ここでは熱)以外の状態は完全に変化がないのに」 この語句は、「サイクルを一周すると、熱以外の状態は完全に元に戻る」ということを示している。サイクルが一周して完全に元に戻るということは、そのサイクルは一回でも百回でも一億回でもいくらでも周回を繰り返せると言うことになる。「何らか他の変化を残さずに」=「サイクルをいくらでも繰り返したいだけ繰り返せる状態において」と解釈してもよい(と考える)。

だから、「何らか他の変化を残さずに熱は低温物体から高温物体へ移ることは出来ない」というのが否定されるなら、「サイクルをいくらでも繰り返したいだけ繰り返せる状態において、熱を低温物体から高温物体へ(少しずつでも)移せる」ということになる。もしそうなら低温物体(これは海洋や地球全体でもよい)が持つ熱を全部(地球全体ならものすごい量になる)、サイクルをいくらでも繰り返したいだけ繰り返すことで高温物体へ移せてしまう。そういうことはないということを、「何らか他の変化を残さずに熱は低温物体から高温物体へ移ることは出来ない」は示している。そのことから、「カルノーサイクルよりも効率よく、熱を仕事に、また仕事を熱に変換するサイクル、機関(超能機関)は存在することは出来ない」ということが示される。

このことを 文章で 示すには、カルノーサイクルの逆行運転を用いる。184〜186 ページに説明がある。

カルノーサイクルでは、高温の熱源から移動した熱は、一部は「全体のエントロピーを変化させない」ために低温の熱源へ移動する。残りの熱が仕事に変換される。 これを順行運転と言うが、逆に仕事を用いて低温の熱源から高温の熱源へ熱を移動させることもできる。 それを逆行運転という。

逆行運転について具体的に書いてみる。 たとえば、高いところにおいてあるおもりにひもが付いているとする。ひもの反対側は注射器のピストンにつながれている。注射器(温度は低温の熱源と同じ)を低温の熱源に接触させておく。 その状態からおもりを準静的にじわじわと落下させる。するとピストンが徐々にじわじわと引かれ、その仕事によって一定量の熱( とする)を低温の熱源からシリンダー内の空気(温度は低温の熱源と同じ)へ移動させることができる。

の熱をシリンダー内の空気に移したら、シリンダーを熱源から離す。 この場合は、そこからピストンを押し込んで、シリンダー内の空気の温度を上昇させて高温の熱源の温度と等しくする。

等しくなったら、シリンダーを高温の熱源にくっつけて、さらにピストンを押し込んで熱を高温の熱源に移動させる。  の熱が移動したら止める。

 の熱を高温の熱源に移したら、シリンダーを熱源から離す。 そこからピストンをじわじわと引っ張って、シリンダー内の空気の温度を下降させて低温の熱源の温度と等しくする。これでサイクルが一周する。

この時の全体のエントロピー変化は、「低温の熱源」では

「高温の熱源」では

カルノーサイクルでは、一周した際にエントロピーは変化しない。これは逆行運転でも成り立つ。だから

 なので、この場合は  になっている。 その差  の熱(エネルギー)は、外部から加えた「ピストンを移動させる仕事」によって供給される。低温の熱源から移動する熱に、外部から加えた「ピストンを移動させる仕事」のエネルギーを足した分の熱が、高温の熱源へ移動する。 この、外部から加えた「ピストンを移動させる仕事」のエネルギーは、カルノーサイクルの順行運転の場合に取り出される仕事のエネルギーと一致する。

生物学者らしく図面で表現すると以下のようになる。カルノーサイクルを熱の流れる様子に注目して表すと、こういう図面にできる。これを「熱の流れ図」ということにする。

 順行運転
 ┌────┐
 │    │
 │  T_high│
 │    │
 └────┘
   ↓ d'Q_high
   │
   │
   │
   ├────-- →→→ d'W
   │       熱 d'Q と仕事 d'W は可逆 順行運転では右向き
   │
   │ d'Q_low
   ↓
 ┌────┐
 │    │
 │  T_low │
 │    │
 └────┘

 逆行運転
 ┌────┐
 │    │
 │  T_high│
 │    │
 └────┘
   ↑ d'Q_high
   │
   │
   │
   ├────-- ←←← d'W
   │       熱 d'Q と仕事 d'W は可逆 逆行運転では左向き
   │
   │ d'Q_low
   ↑
 ┌────┐
 │    │
 │  T_low │
 │    │
 └────┘

ここで、184 ページから書かれているように、「カルノーサイクルよりも効率よく、熱を仕事に、また仕事を熱に変換するサイクル、機関(超能機関)が存在する」ということにしてみる。 まず、超能機関を一周順行運転する。それによって取り出される仕事 d'W を、おもりを高いところに持ち上げるなどの方法で外部にためておく。

この場合、「 d'W の大きさはカルノーサイクルの場合と同じだが、 d'Q_low(低温の熱源へ流れる熱)はカルノーサイクルよりも小さい(そのために超能)」 という設定にする。熱力学ではこういう設定がとても重要で、それらをはっきりさせておかないとすぐに訳が分からなくなる。

そうしておいて、次に低温の熱源、高温の熱源にカルノーサイクルをつなぐ。そうしておいて、超能機関によって取り出してためておいた仕事 d'W を用いて逆行運転を行う。 すると、低温の熱源から高温の熱源へ、d'Q_low の熱を運ぶことができて、それ以外の状態は完全に元に戻っている。 最初に超能機関で高温の熱源から低温の熱源へ運ばれた熱は d'Q_low よりも少ないので、差し引きするといくらかの熱が低温の熱源から高温の熱源へ移ったことになる。そして、それ以外の状態は完全に元に戻っている。

ということは、「何らか他の変化を残さずに(それ以外の状態は完全に変化がないのに)熱は低温物体から高温物体へ移ることは出来ない」という、熱力学第二法則に反することが起きてしまうことになる。 だから、超能機関は存在することはできない。

エントロピーは熱力学第二法則「何らか他の変化を残さずに(それ以外の状態は完全に変化がないのでサイクルをいくらでも何百兆回でも繰り返したいだけ繰り返せる状態において)、熱を低温物体から高温物体へ(ほんの少しずつでも)移すということはできない」を数学化することで見いだされた

上に書いたことを数学の言葉で表現する方法は、朝永先生の本に書かれている。上に書いたことに関してよりも、数学の言葉で表現するまでの過程の方が詳細に書かれている。こういうことを生物学者も、生物の研究に生かせなければならないと考える。「言葉で表現された法則から数学化に至る路を発見するには、天才的な洞察力と想像力、それに鍛錬された腕と持続する努力、そしてなによりもそれらすべてを支える強い探求心が必要」と書かれている。

その結果、  という値が重要であることが見いだされ、それによってエントロピーという概念、状態量が確立された。

朝永先生の本では、熱力学第二法則を示し、それを数学の言葉で表現することによってエントロピーという概念、状態量が導き出される様子が解説されている。その結果として「カルノーサイクルでは、一周した際にエントロピーは変化しない」という、上の方で出てきた言明が導き出されてくる。ここに書いている文章では最初に

「エントロピーは だ」とか、

「カルノーサイクルでは、一周した際にエントロピーは変化しない」

とか書いてしまっているが、本当は朝永先生の本に書いてあるように、熱力学第二法則を数学化することで導かれてくる。


生物学における「言葉、図面で表現された物事」を数学化する路を発見するにはどうすればよいか。「天才的な洞察力と想像力、それに鍛錬された腕と持続する努力、そしてなによりもそれらすべてを支える強い探求心が必要」であるだろう。 それはとても難しいことだが、とりあえず熱力学を勉強することはその役に立つだろう。

経済学では様々な社会現象をモデル化して数学の言葉で扱えるようにする。Paul Krugman という有名な経済学者が書いたエッセイが、翻訳されて公開されている。http://cruel.org/jindex.html   山形浩生氏のページの、「Paul Krugman 論文翻訳」のセクションの、「ぼくの研究作法」

そこに以下のような一節がある。   「ぼくは自分が小さな数学モデルを使いこなすのが得意で、それに加えて、単純化してモデルを扱い易くするための仮定を見つける才能があることに気付いた。」 生物現象や社会現象は、細かく見ていこうとするといくらでも細かく見ることができる。しかしそういった現象を数学化するには、それではいけない。本質を表す部分のみを抜き出して単純化しないといけない。それには「単純化してモデルを扱い易くするための仮定を見つける才能」が必要なのだろう。

また、生物学者は「単純化してモデルを扱い易くするための仮定を見つける」ことを、強く意識して目標としないといけない。普通の生物学では「単純化してモデルを扱い易くするための仮定を見つける」ということは全く必要とされていない。そんなことを考えるとかえって悪い・けしからんことと解釈されるくらいである。

考えてみると、熱力学は「つねに平衡状態で準静的な変化しか起きない」とか、「摩擦などの余計なことは起きない」とか、単純化してモデルを扱いやすくするための仮定をうまく取り入れている。 これらの仮定は「現実にはそんなことはあり得ないじゃないか」と言われてもしかたがないが、実際にはそれらの仮定を取り入れることで本質を捉えた考察、議論、証明が可能になっている。生物学にもこういうことを適用したい。「現実にはそんなことはあり得ないじゃないか」というような仮定でも積極的に取り入れる方がよいらしい。

マクロ経済モデルというものは、生物、細胞をエネルギーから考える際にも役に立つのではないか。細胞一個が世界全体に相当して、細胞がもつエネルギーが経済活動全体に相当する。世界経済は様々な資源、エネルギーを消費することでつねに成長しているが、それは細胞が栄養分や光のエネルギーを取り入れていることになぞらえることが出来る。もちろんそのままではいけないだろうが、エッセンスを取り出して生物に合わせて修正することで生物学にも役に立たないだろうか。

数理生態学では資源分配に関わる研究が盛んに行われている。

「経済数学の直観的方法」長沼伸一郎著 という本が 2016 年に出版された。

ミクロ経済学における消費者行動の理論を生物現象の分析に適用したすばらしい成果が発表された。漠然とした比喩・アナロジーではなく、生物現象を経済学で確立された数理モデルで表現することで、生物学に対する予測・提言力を持つモデル化に成功している。

「代謝経済学」によるがん細胞の代謝戦略の解明〜代謝のワールブルク効果のメカニズムを 経済学のギッフェン財との対応から解き明かす〜  東京大学大学院総合文化研究科・教養学部  掲載日:2021年11月1日 山岸 純平(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 博士課程1年) 畠山 哲央(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 助教) 各先生の研究 

高温の熱源から移動する熱の、三つの行き先

可逆過程の場合、高温の熱源から移動する熱の行き先は二つに分けることができた。

全体のエントロピーの変化を0にするためにどうしても必要な熱と、それ以外の仕事に変換できる熱の二種類が存在すると考えることができる。「全体のエントロピーの変化を0にするためにどうしても必要な熱」は、後でヘルムホルツ自由エネルギー F のところでで出てくる TS に相当すると考えることもできる。その場合温度 T は低温の熱源の温度になる。 「それ以外の仕事に変換できる熱」は、ヘルムホルツ自由エネルギー F に相当すると考えることもできる。

「仕事」の例としては、「熱によってシリンダー内の気体を膨張させることでピストンを動かす」「おもりを上に持ち上げる」などがある。それらの仕事を引き起こすために移動した熱(エネルギー)は、おもりの場合なら「おもりが落下する動きを利用してピストンを動かして気体を圧縮する」などの方法で元の状態に戻す(熱を逆向きに動かして元の状態にする)ことができる。状態を可逆に元に戻すことができるので、「可逆過程」「可逆仕事」ということができる。

不可逆過程の場合これにもう一つ加わって、

が生じる。熱には三種類の行き先があると考えることができる。 余計なエントロピーを生成する分の熱は、仕事(これは可逆)に変換できる熱から差し引かれるので不可逆過程では可逆過程の場合よりも行える仕事(これは可逆)が小さくなる。

図面で表現するとこうなる。こういう図(熱の流れ図)で表現するのは割と役に立つ。

 サイクルの順行運転
 ┌────┐
 │    │
 │  T_high│
 │    │
 └────┘
   ↓ d'Q_high
   │       エントロピーを生成するが仕事にならない熱
   │   d'Q_s  (しかし、温度を均一にするとか摩擦熱発生とか
   │   ↑   化学反応進行などの、不可逆な状態変化を引き起こすことはできる)
   │    │
   │    │
   ├───┴─-- ←←← --- →→→  d'W 熱によって起きた仕事
   │         (この仕事をためておいて、同じ量の熱を逆向きに運ぶために
   │          使うことが可能=可逆)
   │
   │ d'Q_low 高温熱源から熱が移動することによるエントロピーの減少を打ち消して、
   ↓      サイクル全体のエントロピーの変化を0以上にするためにどうしても必要な熱
 ┌────┐
 │    │
 │  T_low │
 │    │
 └────┘

と言う式に出てくる Q や T は、上の図面に当てはめるとどの Q や T に相当するのかを、考えてみる。

可逆過程では  このとき d'Q_s = 0 になる。この場合の「d'Q と T」は、上の図での「d'Q_high と T_high」でもよいし、「d'Q_low と T_low」でもよい。どちらの場合も dS の、正負を考えない値は同じになる。符号が逆なので足し合わせると 0 になる。

不可逆過程では  このとき d'Q_s > 0 になる。 考えやすいように、「温度 T_high のシリンダーにおいて、摩擦で d'Q_s の熱がサイクルの外に逃げていった」ということにする。

この場合の「d'Q と T」による  は、

「d'Q_high と T_high」 この分で、エントロピーは dS_high だけ低下する。

「d'Q_s と T_high」 この分で、エントロピーは dS_s だけ増加する。

「d'Q_low と T_low」 この分で、エントロピーは dS_low だけ増加する。

不可逆過程なので足し合わせるとエントロピーは増加している。それは dS_s の分による。

だから不可逆過程全体を考えると、 dS の値は、dS_high + dS_s + dS_low で、この場合も dS_high + dS_low = 0 だから dS_s だけ増加する。 余計な dS_s が生じたことで消費される熱に相当するだけ、仕事 W に変換される熱は少なくなる。

この場合の「d'Q と T」も、上の図での「d'Q_high と T_high」でもよいし、「d'Q_low と T_low」でもよい。


北先生は「熱力学のエントロピーが、熱平衡状態で定義されていることを強調しておく」と書かれている。このことについても後で調べる。

熱平衡状態でない場合にエントロピーをどう表現するかという問題はきわめて難しく、現在先端的な研究が進められているらしい。

台風は、そのエネルギーを海面と上空の温度差から得ているので熱力学によって分析できるが平衡状態ではないので非平衡熱力学によってモデル化され、研究されている。   http://mizu.bosai.go.jp/wiki/wiki.cgi?page=%B2%BC%C0%EE+%BF%AE%CC%E9   下川博士   

「いかにも生物学」な研究に、台風などの研究で進められている先端的な成果が生かせるようになる日もそのうち来るかもしれない。台風というものは、気象において特別な状態である。生物学でもなにか特別な状態(その分様々な制限、トレードオフ、保存された量が発生する)を扱う場合は、理論的な分析がやりやすくなるかもしれない。

植物の成長 = 繰り返しているうちにサイクル全体がきわめてほんの少しずつ一定の方向にずれていくカルノーサイクル? カルノーサイクル+仕事?

植物は、しばらく見ていても何も変化がないように人間には感じられる。しかし次の日に見ると昨日よりも成長している。この様子を、以下のように考えてみる。

まず、植物が生きている様子を「カルノーサイクルを周回している」と想定してみる。これによってエネルギーを最も効率よく可逆な仕事に変換することで節約し、余ったエネルギーを不可逆過程である繁殖のためにつぎ込むことができる。 しかし本物のカルノーサイクルなら状態は元に戻り、いつまでたってもサイクル全体の状態は変化しない。植物なら全く成長しないことになる。だからそうであるはずはない。

カルノーサイクルが一周するのは、放っておいても自動的に一周するわけではなく、外部からコントロールを行う主体(external controller)が必要である。 そのコントローラーが、完全に状態を元に戻すのではなく、サイクル全体がきわめてほんの少しずつ一定の方向にずれていくように状態をコントロールするとすればどうなるか。 植物が成長するように、少しずつ状態が変化することが実現できる。細胞自体が「サイクルをコントロールする external controller」であると考えることができる。しかしこの考えを元に何か有用なことを引き出すためのアイデアは今のところ全くない。

上のように考えなくても、カルノーサイクルで仕事を取り出せるのだから、その仕事が成長という形に変換されると考えてもよい。しかしその場合でも、external controller が必要なことは変わりない。

System と external controller の関係は様々な分野に共通して現れる。System からの information を controller が取り入れて system をより効率よく動かす、制御する仕組みを closed-loop という。Information を取り入れずに制御する仕組みもあり、open-loop という。Thermodynamics of feedback controlled system が研究されている。 農業生産において作物が均一に生育する(均一になるように制御する仕組みが強く働く)こと(斉一性)はとても重要であるそうなので、そういう実用的な性質にも関係するかもしれない。

植物にバイオ燃料を作らせようとする。光合成で得たエネルギー U をすべて燃料 F にできればよいが、それでは植物体自身を維持する・拡大成長することができなくなってしまう。 植物体自身を維持するためにどうしても必要なエネルギーが必ず生じる。 この文章の少し下に出てくる自由エネルギー F = U - TS から類推すると、この「植物体自身の恒常性を維持するためにどうしても必要なエネルギー」は、TS になぞらえることができる。 「植物体自身の恒常性を維持する」ことが、「カルノーサイクルを何回も周回することを続けていく」ことに対応する。

微小変化 dX で表す場合と、差に由来する変化 ΔX で表す場合

熱力学では、様々な関係式を微小変化(dU, dS, dF, dG など)で表す場合がある。 例えば、微小な熱量変化 と微小な仕事 を足し合わせることで、内部エネルギーの変化   が表される。この方式は特に「一成分系」の場合にうまく用いられる。

例えばカルノーサイクルは気体の体積、圧力、温度が変化するが気体自体は同じ気体のままであるから一成分系になる。微小変化で表す方法では、式の変形による計算がわかりやすい。全微分、偏微分によって、様々な関係を導き出すことができる。 この方式を多成分系である化学反応に適用すると、「化学反応の左辺と右辺をひとまとめにした、全体のエネルギー」の変化 dG などを考察することができる。

一方、化学反応のように左辺と右辺を分けることができる場合、左辺と右辺に体積の差、圧力の差のような状態の差がある。これらの状態の差はエネルギーに換算することができ(差 = エネルギー)、 ΔG のように記述される。換算には積分と理想気体の状態方程式が用いられ、ΔG = -RT ln K などの式で表されることが多い。

微分と積分を比べると、私にとっては微分の方がずっとわかりやすい。生物学では微分はグラフの傾きとして出てくるが、積分が出てくることは少ない。積分には区間があり、その間の経路がわからないと積分できない。生物学では最初(左)の状態と最後(右)の状態は観測できるが、その間の経路に関してはわからない・決められないことが多い。

この文章では、最初はわかりやすい一成分系について微小変化の形式で表して考える。その後で、多成分系になる化学反応や結合反応を考えるために ΔG について考えることにする。これらの二種類は分けて考えないと混乱する元になるような気がする(もちろんそんなことをしなくてもすらすらとわかる人もいるだろうが)。

F : 様々な計算に使われ、特に可逆過程で起きる物事を記述するのに便利な量

ヘルムホルツの自由エネルギー は、それ自体には「温度が一定の場合に、仕事に使えるエネルギーの最大値」という意味がある(8ページ)。そのことも大切だが、F という量を考えることで様々な計算がしやすくなるという利益がとても大きい。そのことも北先生の本の 8 ページに書かれている。

内部エネルギーの変化 は、 で、可逆過程では というように書き換えられる。

この式には dS という部分がある。しかし dS を実験で決めるよりも、dT を実験で決めるほうが楽にできる。また、「この実験では温度が一定、すなわち dT = 0」という条件が付いたりする。その場合、dS ではなく dT が入っている式のほうが都合がよい。

そこで、 という式で F を定義する。そして を考える。

上の方で書いたように「可逆過程では  から、 」 なので、 となり、 TdS が打ち消されて  ということになる。 これによって、可逆過程では 式が単純になり、dS ではなく、dT が使えることになる。こういう変換をルジャンドル変換という。

d'W と dF の関係について考えてみる。「可逆過程では  から、 」 を という基本の式と組み合わせると、 となる。

F の定義から で、この場合、dU はそのまま残す。すると になる。 この式に、温度が一定という条件をつけると

式を見比べると  となる。

この等号は、可逆過程で、温度が一定の際に成り立つ。F は、可逆過程で起きる物事を記述するのに便利な量として使われることが多いような気がする。

可逆過程でない場合は、 で、 。「温度が一定という条件をつけると 」という関係は F の定義から来ているので、可逆過程でもそうでなくても変わらない。そのため となる (条件:温度が一定で)。

実際の仕事(気体が膨張し体積が増えてピストンを移動させる等)を考える場合は、両辺の符号がマイナスになる。F は減った分が仕事になるので、dF よりも -dF の方が仕事と直結する。W は対象となっている物体がもつエネルギー、ポテンシャルが増加する時に符号が正になる。だから「外部に取り出せる仕事」は、マイナスをつけて -d'W になる。そこで、d'W, dF にそれぞれマイナスをかける。すると不等号の向きが逆になる。北先生の本にもそういう具合に書かれている。

ややこしいが、そういうことも考慮しないといけない。 

F には、ほかにも有用な使い道がある。その一つに、偏微分による、エントロピー S との関係がある。

という式で F は定義されている。 はどう表現されるかと言うことを、数学的に考えてみる。F を決めるパラメーターになる量として T がある。U, S もパラメーターになるが、U, S はそのままでは使いにくい(U, S は温度 T や体積 V とは違って直接測定装置で測定することはできないから)。上で出てきた     という関係(dT, dV がセットになっている)を頭に置いて、もう一つのパラメーターとして V を選んでみる。この文章を書き直すと、 「 という形で F を表現できる」ということになる。温度 T と体積 V は測定装置で直接測定できる・実験で制御しやすい量なので都合がよい。

この書き方を元にして、  を偏微分を用い数学的に表現することができる。全微分という。これは数学的な操作で、状態量の場合なら熱力学と関係ないところでもつねに成り立つ。

  右下に V や T をつけて、「体積 V は一定」「温度 T は一定」ということを示す。  

この式の意味を考えてみる。F の値をグラフで表現しようとすると、 「縦軸が 、横軸が T」   「縦軸が 、横軸が V」 の、2つのグラフができる。それぞれのグラフでは、残りの変数は一定になっているとすると、グラフの傾きが偏微分の値になる。 それぞれのグラフから求まる を足し合わせて、本当の が決まる。これは数学的な操作で、状態量の場合なら熱力学と関係ないところでもつねに成り立つ。

「ある量を、全微分のような数学的な操作で表現して出てきた式」は、「同じ量を、熱力学の関係、対象としている物体の性質、与えられた条件(温度が一定とか)に基づいて表現して生じた式」と一致していないといけない。 そこで、上の方で書いた、dF を熱力学の関係から表現した式をもう一度見てみると、

という関係があった。

今の場合、同じ を表す式が二通りできて、見比べると dT, dV に付いている掛け算の部分が対応している。

なので、

 という関係がわかる。これらの関係を用い、S や P が含まれる式を書き換えていくことができる。

温度 T が一定なら、-P を体積 V で積分すると、F が出てくる

 だから、温度 T が一定なら、-P を体積 V で積分すると、F が出てくることになる。このことはよく使われる。可逆過程で温度が一定なら -d'W = -dF だから、その場合の仕事 W を求めるのにも使われる。 理想気体の状態方程式 PV=nRT を使って P を nRT/V に書き換えて積分することで F を計算できる。 それによって F に対応するものとして  のような式が出てくる。

熱力学の本では、理想気体の話でもないのにいきなり RT とか ln(V2/V1) とか ln K のような式が出てくることがよくあるが、それはこのことが元になっている。理想気体でないのに理想気体の式を使うのは、一応それでも基本的にはあまり問題ないかららしい。理想気体でないことによる誤差は活量などの値によって補正される。 


北先生の本の 6 ページには、こういうことが書かれている。T や P で表現されている部分を偏微分で書き換えることができる。

もっとも基本になる式  dU = d'W + d'Q  で、d'W = -PdV  これはつねに成り立つ。  可逆過程なら  d'Q = TdS

このことから可逆過程なら dU = TdS - PdV で、 dS = dU / T + PdV / T

U が一定 (dU = 0) なら dS = (P/T) dV これから 

V が一定 (dV = 0) なら dS = (1/T) dU これから 

S を T で偏微分したものは、比熱を表現するときに出てきてよく使われるような気がする。それは F を T で二階微分したもので表現できる。

  この式は、普通に微分の式をたどっていくと簡単に出てくる。

まず F ≡ U - TS から dF = dU - TdS - SdT 可逆過程なら dF = -SdT -PdV

それぞれの要素を dT で割り算すると  

V が一定の場合 dV = 0 で    になる。

これの両辺をさらに T で偏微分する(体積 V は一定)と  

この「二階微分」というものは、「応答」を表す量になることが多いことが、「エントロピーから始める熱力学」の 207 ページに紹介されている。生物学でも生物、組織に刺激を与え、それによる遺伝子発現の変化などの応答を見ることは多い。 熱力学では様々な状態変数は微分によってお互いに関係づけられる。「応答」というものは「状態の変化」と解釈できるので、状態変数をもう一回微分することで応答が出てくる。 だから二階微分が応答と関係する量を表すことになる。

F の使い道はまだある。dF から、S や P を V や T で偏微分したもの同士の関係を表す等式(マクスウェルの関係式)を作ることもできると、北先生の本の10ページに書かれている。基本過ぎてやり方は書いてないので、自分で書いてみる。

可逆過程なら、  という関係があった。これから  

温度一定なら、dF = -PdV   体積一定なら、dF = -SdT     どちらも dF だから

PdV (温度一定)= SdT(体積一定) P, S を分母に持って行くと

dV / S (温度一定)= dT / P(体積一定) 分子分母をひっくり返しても等号は成り立つから

S / dV (温度一定)= P / dT(体積一定) どの S についても、等号が成り立つ P が存在することになる。そこで S1 では P1, S2 では P2 で等号が成り立つことにする。

そうすると、S の部分を (S1 - S2) になった場合、P の部分は (P1 - P2) で等号が成立する。

それらは dS, dP とみなせる。そうすると、

   という、(1.29b) 式が出てくる。

上には自己流の変なことを書いたが、「エントロピーから始める熱力学」では 208 ページから、「F などの二変数の熱力学に出てくる関数を一方の変数で偏微分する。それをもう一方の変数でもう一回偏微分する。このことを変数を入れ替えて行うことで二通りの式が作れる。その二つの式は値が一致するので等号で結べる」ことを用いた導出法が解説されている。

例えば F なら dF = -SdT - PdV の形を考えて、F(T, V) ということにする。これを一回 T で偏微分(V は一定)すると PdV の 部分は dV = 0 で消えてなくなるので -SdT だけにすることができる。両辺を dT で割り算すると  になって -S が出てきて、変数を入れ替えることにうまく使えるようになっている。この -S をもう一方の変数 V でもう一回偏微分する(今度は T 一定)と

同じように今度は V で偏微分(T は一定)から始めて後は同じようにすると   変数を入れ替えて作られる二つの偏微分が等号で結べることが数学で証明されているので、うまく関係を示せる。

上の方に書いた自己流のことは、結果は合っているので丸暗記する代わりにはなる。

F ≡ U - TS を、「熱の流れ図」で考える

 は、F ≡ U - TS という式で定義された。 この式は、上の方で出てきた図面(熱の流れ図)に当てはめて、その意味を解釈することができる。 F が「自由エネルギー」と呼ばれる理由は、仕事 W に変換されることが可能なエネルギーの最大値であるためであるということがわかる。

 カルノーサイクルの順行運転
 ┌────┐
 │    │
 │  T_high│
 │    │
 └────┘
   ↓ d'Q_high  これが U に相当する
   │   
   │    
   │    
   ├──-- ←←← --- →→→ d'W 熱によって起きた仕事 これは可逆過程の場合 dF と一致する  F = U - TS の F に相当する
   │        (この仕事をためておいて、熱を逆向きに運んで元に戻すために
   │         使うことが可能=可逆)
   │
   │ d'Q_low 高温熱源から熱が移動することによるエントロピーの減少を打ち消して、
   │      サイクル全体のエントロピーの変化を0にするためにどうしても必要な熱
   │      どうしても必要だから、内部エネルギーから差し引かれなければならないし、仕事に使えない
   │   これが、TS に相当する(この場合の T は低温の熱源の温度)
     ↓
 ┌────┐
 │    │
 │  T_low │
 │    │
 └────┘

H : 圧力一定の時に出入りする熱、内部エネルギー U から「圧力 P を一定にするための可逆仕事に必要なエネルギー」を引き算した残りのエネルギー

F を導入したのと同じやり方で、他にもいくつかの量を作ってみることができる。そういう量について調べてみると、化学反応を説明するのに便利なものがあった。そこでそれらが化学の熱力学ではよく使われるようになっている。

その一つに、 という式で定義された、H がある。

dH については、可逆過程、不可逆過程どちらでも次のように式を書き換えられる。   

 ここで d'W = -PdV (これは可逆、不可逆と関係なく成り立つ)だから、PdV が打ち消されて、

と、簡単になる。

こういう量、式を数学的に作っておいてから、「化学反応から見て、H, dH の意味は何だろう」と考えてみる。何か変な気がするが、そう考えた方がかえってわかりやすい。

は、「圧力 P が一定」という条件をつけると、 ということになる。

このことから「圧力 P が一定という条件をつけると、 」ということになる。この H というのは、エンタルピーという名前がついている状態量である。化学反応などで「圧力 P が一定」という条件がある場合に、熱量の変化 d'Q と結びつけることができて便利なのだろう。d'Q は非状態量だが、dH は状態量なので理論、数式に使うのに都合がよい。

「定圧熱容量(圧力を一定にしたときに、物質の温度を一度上昇させるのに必要な熱量)」という値を実験で求められるが、その値を理論に使うときに便利だろう。 逆に「圧力 P が一定」という条件がなければ、ほとんど意味を持たない量かもしれない。そのかわり可逆過程でない場合も、圧力 P が一定なら  が成り立つ。 H は「圧力 P が一定という条件で、出入りする熱量」と呼んだ方がわかりやすいような気がする。

しかし、後で出てくるが、「化学ポテンシャルによる仕事(粒子数の増減で行われる仕事)」というものを考えると、dH = d'Q では済まなくなって、 という具合に余計なものがつくようになる。常に dH = d'Q でよいわけではない。 これは、「化学ポテンシャルが関係する、分子・粒子の数が変化する可逆仕事  によるエネルギーが、U に対してさらに加算される」と解釈することができる。

H は、 内部エネルギー U から、(例えば圧力 P を一定にするための)可逆仕事に使われたエネルギーを引き算した、残りのエネルギーと解釈できる。だから圧力 P が一定という条件でよく使われる。

H は内部エネルギー U からいくらかのエネルギーを差し引くから U よりもつねに小さくなるかというとそうではなく、PV に相当する可逆仕事がエネルギーを与える変化をもたらす(物質の流入)ものなら、H のほうが U よりも大きくなることも可能になる。 白井先生の教科書では83ページに、「H エンタルピーは U と PV をひとまとめにした複合エネルギー」「物質の流入のあるとき有用な量となる」と書かれている。 物質の流入があるということは  が 0 ではないということだから、 その場合 H は  の形で考える必要がある。

H ≡ U + PV = U - (-PV) を、「熱の流れ図」で考える

 は、H ≡ U + PV という式で定義された。 この式も、上の方で出てきた図面(熱の流れ図)に当てはめて、その意味を解釈することができる。

+ PV は、本当は「-PV を U から引き算する」ことに相当している。この -PV は、「圧力 P を一定にするために必要な仕事 -PdV」に相当する。内部エネルギー U からこの分のエネルギーを引き算する ことで、「圧力 P を一定にするための可逆仕事に使われたエネルギーを引き算した、残りのエネルギー」という意味を持たせることができる。

 ┌────┐
 │    │
 │  T_high│
 │    │
 └────┘
   ↓ d'Q_high  これが U に相当する
   │    
   ├-- →→→  -PdV 圧力を一定にするために必要な仕事 これは H = U + PV = U - (-PV) の -PV に相当する。
     ↓     また、それ以外の可逆仕事が起きるなら、その分もこの PV と同様に加算される。
     ↓          H は、内部エネルギー U から、可逆仕事に使われたエネルギーを引き算した残りと
     ↓            解釈できる。
   H

G : 不可逆過程から可逆過程への変化=化学反応の開始から停止 を記述するのに便利な量

F, H を導入したのと同じやり方で、他にも量を作ってみることができる。 F, H 以外にも使われるものがある。それが、 という式で定義された、G である。

G は化学反応を考えるときによく使われる。化学反応を考える際には、「温度 T は一定」「圧力 P は一定」という具合に条件をつけて考えることがほとんどである。 そこで、そういう条件を、dG に関係する式に取り入れてみる。dG を考える際には、これらの2つの条件をがとても大切で、見ている系を操作する二つのパラメーター になる。F の場合は と表現できたので、V が P に入れ替わっている。

そういう条件をつけることで、可逆過程でない状態から、可逆過程への変化を考察できるようにしている。可逆過程というものは化学反応になぞらえると平衡状態に相当する。化学反応で平衡状態しか扱えないのでは困る。G を考えると、「可逆過程でない状態から、可逆過程に相当する状態への変化 = 化学反応の開始と停止」を扱うことがやりやすい。

「化学反応の進行」というものは、熱力学においては「不可逆過程の一種」と見なせばよいらしい。反応が進んでいる間は、見かけ上変化は一方通行で元に戻らないから不可逆である。だから扱いとしては、「摩擦熱発生」や「温度が異なる、二つのヒーティングブロックをくっつけて温度が均一になる」などの物事と同じように扱うことになる。しかしいつも不可逆というわけでもなく、条件を適切に変化させて反対方向に反応を進めて可逆な変化を引き起こせることもある。例えば充電できる電池は、放電によって変化した状態から、充電によって可逆に元に戻ることができる。

また完全に不可逆な反応でも、その反応と「最初の状態」「最後の状態」が等しい、逆行可能な反応に置き換える・焼き直せることもある。これは「不可逆過程を可逆過程の組み合わせに焼き直す」という考え方と同じで、そうすることでエネルギーを利用する効率を高くすることができる。このことは白井先生の教科書の 250 ページから、「水素ガスが燃焼して水が生じる反応(不可逆)」と「燃料電池のしくみで水素ガスから水が生じる反応(可逆)」を対比して説明されている。


という式が何を表現しているかについては、後でよく考える。


dF の部分をそのまま残して式を変形する。 という関係になる。これは定義なので、可逆過程でない場合も成り立つ。圧力 P が一定なら、 と、簡単になる。

ここで F の定義を思い出してみると、     温度 T が一定という条件をつけると、

さらに上に出てきた H を取り入れてみる。圧力 P が一定なら dH = d'Q なので、 になった。

上に書いたように圧力 P が一定なら   だったので、

という関係になる。この関係は、化学反応が進むかどうかを考えるときに出てくるので重要である。 ここまでに必要とした条件は「圧力 P が一定」「温度 T が一定」だけで、 可逆・不可逆は出てこない。これらの2つの条件をつけることで、可逆過程でない場合でも考察できるようにできた

こういう式を数学的に作っておいてから、「圧力 P が一定、温度 T が一定の化学反応から見て、G, dG の意味は何だろう」と考えてみる。何か変な気がするが、そう考えた方がかえってわかりやすい。

上の方で「可逆過程では  から、 ということになる。」と書いた。これを  に取り入れると、 可逆過程では  ということになる。

圧力 P は一定、温度 T も一定で dG = 0 でない場合、 「今の状態は可逆過程ではない。何か物事が起きることで今の状態が 不可逆に 変化することによって、G の値を変えることができる。」 ということで、その物事には不可逆に進行する化学反応が含まれる。熱力学の仕組みでは、何かが起きることで G の値を下げることができるなら、必ずその物事が起きるようになっている。 そのため、dG = 0 でないことは、化学反応全体(この場合は左辺と右辺をまとめて考える)を考えた場合、反応が平衡状態になっておらず、まだ全体の G の値が低下する方向へ反応が不可逆に進む余地があることを示す。

dG については、「温度 T が一定」「圧力 P が一定」という条件が満たされていれば、可逆過程でない場合について考察することができる。参考にしたページ: http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1472677559

上の方で書いたように、「温度 T が一定」「圧力 P が一定」なら  が成り立つ。

可逆過程では移動する熱は最高の効率で仕事(これは、可逆的に仕事から熱に戻すことができる:だから可逆過程)に変換される。そのとき、移動する熱の行き先は二つある。 片方は「全体のエントロピーの変化を0にするために、どうしても低温の熱源へ流れ込まなければならない熱 (d'Q とする)」で、それに使われない「残りの熱」が全部仕事(これは可逆)に変換されると、仕事に関しては最高の効率になる。

可逆過程でない場合「残りの熱」のうちで、仕事(これは可逆)に変換されずに「温度差を埋める」や「摩擦熱発生」、「化学反応の進行」のような不可逆過程に使われて、余計なエントロピーだけを生成する熱量 (d'Q2とする) が存在するようになる。 だから、  というように考える。d'Q 由来のエントロピー上昇(全体のエントロピーの変化を0にするために、どうしても必要なエントロピー上昇)に加えて、d'Q2 から生じるエントロピーが存在するようになる。 そのせいでエントロピーが大きくなる。 完全に不可逆な過程なら「残りの熱」から変換される仕事 d'W = 0 になって、「残りの熱」は全部 d'Q2 になる。

簡単にするために T = T1 = T2 とする。この時のエントロピー変化は

 なので、

この d'Q を、  にあてはめると、   

  となる。   可逆過程でないために「残りの熱」のうちで仕事(これは可逆)に変換されずに「温度差を埋める」や「摩擦熱発生」「化学反応の進行」のような不可逆過程でエントロピーを生成する熱が存在する場合、dG は負の値を取る。 それは、「なにか物事が起きることによって、G の値を下げることができる」ということである。その物事には化学反応が含まれる。 熱力学的には、化学反応は「温度差を埋める」や「摩擦熱発生」と同等な物事であると考えてもよい(仕事ではないが、熱の移動によってエントロピーを生成し、何らかの状態を変化させる・その場合熱を元通りに戻すことはできないので不可逆過程)。

熱力学の仕組みでは、何かが起きることで G の値を下げることができるなら、必ずその物事が起きるようになっている。 そのため、dG = 0 でないことは、化学反応全体(左辺と右辺をまとめて考える)を考えた場合、反応が平衡状態(=可逆過程)になっておらず、まだ全体の G の値が低下する方向へ反応が不可逆に進む余地があることを示す。


不可逆な化学反応がおきることで反応系全体(左辺と右辺をまとめて考える)の G を下げることができるなら(反応系全体の dG がマイナス)、その化学反応は進行する(この場合、反応の左辺と右辺をまとめた全体の G で考える)。どういう条件で左辺と右辺をまとめた全体の dG がマイナスになりやすいだろうか。

dG は、  

他の条件が一定で dH が小さくなると、dG は小さくなる。 dG をマイナスにするには、dH をできるだけマイナスの値にすることが有効なことがわかる。 dH というのは、「圧力 P が一定の際に出入りする熱量」だった。この場合符号がマイナスということは、化学反応で入ってくる熱がマイナス = 熱が出ていく = 反応で発熱する ということを示す。このことから、発熱反応は進行しやすいことがわかる。

もう一つの場合は、dH はプラスだが、dS が正の値で温度 T も高い、すなわちエントロピーが低い値から高い値へ変化するという場合がある。 この場合「反応で吸熱するのに、反応は進む」ということになる。 dH は「圧力 P が一定の際に出入りする熱量」であるから、カロリーメーターという装置で測定できる。

今後本格的な教科書をよく読んで G, dG の意味について考えてみる。

G についてよく考えてみる(一回目)

G は、ギブスの自由エネルギーとよばれる量である。この量が何を意味しているのか、なぜこの量が重要なのか、よく考えてみる。一回では全然理解には足りないので、何回もよく考えてみる。

田崎晴明先生の「熱力学=現代的な視点から」の152ページから、ギブスの自由エネルギーについて書いてある。 153ページに図 8.1 がある。容器に流体が入っていて、液面にフタがしてある。その状態での流体がもつ F ヘルムホルツの自由エネルギーは、流体の温度 T と体積 V と粒子数 N で決められる。図 8.1 では、要素としておもりと流体がある。それぞれの個々の要素は、それぞれの F を保持している。

この場合、圧力 P は T, V, N の値が決まることで自動的に決まる。T は示強変数、V, N は示量変数である。

その状態から、フタの上におもりを置くことで流体に圧力を加える。おもりの重さは m である。おもりが乗ることで流体の体積 V は少しずつ小さくなっていき、そのうちに釣り合うところで動きは止まる。

この「おもりの動き」は、エンタルピー H のところでもでてきた、圧力 P を一定にするために必要な仕事のことを示している。

流体が断面積 A の容器に入っているとする。圧力 P は、力 / 面積で、重さ m のおもりによる力は なので、 になる。流体の体積 V は、容器内の流体の高さを h とすると、V = Ah になる。

重さ m のおもりは流体の上に乗っているので、それがもつポテンシャルエネルギー(高さ h での位置エネルギー)は、 になる。 ここで、, V = Ah だから、 になる。

この PV が、 に出てくる PV の正体であるということらしい。PV はおもりが保持するポテンシャルエネルギーに相当して、このエネルギーのせいで、流体にかかる圧力 P は という一定の値に固定される。

ギブス自由エネルギー  で、おもりは下向きに動くので、PV も G も必ず小さくなる方向に変化していく。変化している間は不可逆な変化で、不可逆過程になる。このことから G は不可逆性を表すと考えることができ、G は化学反応のような不可逆過程を考察するのに適していることがわかる。

ギブス自由エネルギー G   が最小になったところで、全体が釣り合って動きは止まる。だから、釣り合って動きが止まった状態では、    で、G は最小ということになる。

可逆過程では dG = 0 になる。また両方向に進行できる化学反応が見かけ上進まない平衡状態でも、左辺、右辺を合わせた全体の、ギブス自由エネルギーの変化 dG = 0 になる。 これらはどちらも、「おもりによって圧力 P が一定になるような条件で、V が変化することで系全体のエネルギー G が最小の状態に落ち着いて、可逆な変化しか起こらなくなった状態」 と解釈できることになる。

「自由エネルギーは F だけでよくて、G という余計なものをわざわざ考えてややこしくする必要はないんじゃないか」というようにも思える。 しかし F はパラメータが (T, V) で、G はパラメータが (T, P) という違いがある。 化学反応の場合パラメータが (T, P) の方が都合がよい。また可逆過程で dF = d'W だったのが、可逆過程で dG = 0 という、不可逆過程から可逆過程へ変化する化学反応の場合に使いやすい性質を持つようにできた。だから化学に近い分野では G が使われる。

標語のように書くなら、

「もし、不可逆な変化がおきることによって全体の G が減少するなら、必ずその不可逆変化が実際に起きる」

G の場合は(T, P) を指定し、それに合わせて何かの状態が不可逆に変化して全体の G が最小になるという制限が付いている。

F の場合体積を可逆に変化させることで全体の F が最小になるように決まると考えることが多いらしい。田崎先生の教科書の128ページに図7.1(b) がある。 二つの区画があり、両者を合わせた全体の F は、区画を仕切る壁が可逆に移動して体積が変化することで体積の配分が変化することで最小になるように決まる。 物理に近い分野では可逆仕事(可逆な変化)、可逆過程が重要なので、F を用いることが多いような気がする。

G について考える(二回目): G ≡ F + PV = U - TS + PV を、熱の流れ図で考える

 は、G ≡ F + PV = U - TS + PV という式で定義された。 この式を、上の方で出てきた図面(熱の流れ図)に当てはめて、その意味を解釈してみる。

 は、この図面では d'Q_s に相当する。  の意味は、「F のうちで仕事(これは可逆)に変換されたエネルギー   を、F から引き算したもの(  を引くので + PV になる)」を表していると考えることができる。残りの部分は不可逆過程の進行に用いられたエネルギーになり、これが  になる。

 カルノーサイクルの順行運転
 ┌────┐
 │    │
 │  T_high│
 │    │
 └────┘
   ↓ d'Q_high  これが U に相当する
   │   
   │       エントロピーを生成するが仕事にならない熱
   │   d'Q_s  (しかし、温度を均一にするとか摩擦熱発生とか
   │   ↑   化学反応進行などの、不可逆な状態変化を引き起こすことはできる)
   │    │   
   │    │   これが G に相当する。
   │    │   
   │    │  ここに割り当てられる熱は、F のうちで、仕事に変換されなかった残りの熱 
   │    │  仕事を -PV で表すと、残りの熱は F - (-PV) = F + PV 
   │    │  だから G = F + PV と言う式で、G を定義することができる。
   │    │
   ├───┴─-- ←←← --- →→→ d'W 熱によって起きた仕事 これの最大値が F に相当する(可逆過程では F = U - TS はすべて仕事に変換される・それが最大効率)
   │       G を考える場合、熱によって起きた仕事を d'W の代用として -PV で表現する。 
   │       この -PV は可逆過程の場合、F と一致する。だから可逆過程では F + PV = -PV + PV = 0 で、可逆過程では G = 0
   │       不可逆過程の場合、F + PV は、仕事になる熱の割合が小さくなることから
   │       0 よりも大きくなる。その分が G (この図面の d'Q_s) に相当する。 
   │
   │ d'Q_low 高温熱源から熱が移動することによるエントロピーの減少を打ち消して、
   │      サイクル全体のエントロピーの変化を0にするためにどうしても必要な熱
   │      どうしても必要だから、内部エネルギーから差し引かれなければならないし、仕事に使えない
   │   これが、TS に相当する(この場合の T は低温の熱源の温度)
     ↓
 ┌────┐
 │    │
 │  T_low │
 │    │
 └────┘

ここでは仕事を -PV で表している。これは d'W = -PdV を積分したものに相当する。

 両辺を V について積分すると、

   V = 0 では W = 0 とすると積分定数 c = 0 だから W = -PV としてよい。

また上の方で田崎先生の教科書に従って書いたように、-PV は圧力 P を という一定の値に固定するために必要なエネルギーと解釈できる。

上の図を H を用いて書き直す G = F + PV = U - (-PV) - TS = H - TS

上の図を、H (エンタルピー)を用いて書き直すこともできる。

G = F + PV = U - (-PV) - TS = H - TS  

G = H - TS と書くと G と F との関係はわかりにくいが、 G と H の関係はわかりやすくなる。G と H を関係づけるこの式のほうが、化学の分野ではよく使われる。

 ┌────┐
 │    │
 │  T_high│
 │    │
 └────┘
   ↓ d'Q_high  これが U に相当する
   │   
   │    
   ├-- ←←←→→→  -PdV 圧力を一定にするために必要な可逆仕事 これは H = U + PV = U - (-PV) の -PV に相当する。
     ↓         また、それ以外の可逆仕事(粒子数の増減など)が起きるなら、その分もこの PV と同様に加算される。
     ↓
     ↓
     ↓ ここは U - (-PV) = U + PV になり、H と一致する 
     ↓ (内部エネルギー U から、可逆仕事に使われたエネルギーを引き算で差し引いた残りのエネルギー)
     ↓
   │    
   ├───┴─----- →→→ H からさらに TS を引いたのこりの分が G に相当する。このエネルギーは圧力 P 一定という条件で不可逆過程を進行させるために使われる。 
   │
   │ d'Q_low 高温熱源から熱が移動することによるエントロピーの減少を打ち消して、
   │      サイクル全体のエントロピーの変化を0にするためにどうしても必要な熱
   │      どうしても必要だから、この場合 H から差し引かれなければならないし、仕事に使えない
   │   これが、TS に相当する(この場合の T は低温の熱源の温度)
     ↓
 ┌────┐
 │    │
 │  T_low │
 │    │
 └────┘

G について考える(三回目):ルジャンドル変換

また、 は、ルジャンドル変換でもある。

上の方で最初に F が出てくるところで、 という式で F を定義した。そして を考えると、

可逆過程では

ということになる。

これによって可逆過程では 式が単純になり、dS ではなく、dT が使えることになった。

このことと同じように、

という変換で G を作ることでパラメータを (T, P) にすることができ、可逆過程で dF = d'W だったのが、可逆過程で dG = 0 という化学反応の場合に使いやすい性質を持つようにできた。

どうして F, G という二種類の自由エネルギーをわざわざ考えるのか?

F と G はルジャンドル変換で結びつけられるのでよく似たものである。しかしこれらの二つは使い分けられている(単に自由エネルギーとだけ書いてあってどちらか分からないことも多いが)。どう使い分ければよいのか?

F は F(T, V) で表されパラメーターが温度と体積になる。また可逆過程の場合 dF = d'W である。物理、工学に近い分野では体積が可逆に変化することが多い。シリンダーに封入された気体を熱で膨張させることのような可逆仕事が重要である。また取り出せる仕事 -W の大きさは熱機関で重要である。なので F を使うことが多いような気がする。

G は G(T, P) で表されパラメーターが温度と圧力になる。また不可逆過程では dG < 0 で、可逆過程の場合 dG = 0 である。化学反応では反応が開始する時点では不可逆過程で、反応が終了すると平衡状態で可逆過程になる。だから dG を使うと化学反応の分析がやりやすい。 また化学反応では分子の数が変化する。それが溶解している溶媒の体積は変化しないので、「その分子による圧力(圧力=力/面積 だが、この場合分子数/体積 を圧力に見立てる。分子が運動して壁に衝突するときの力が圧力の元なので力は分子数に比例する)が変化する」と考えることができる。 だから化学の分野では G(T, P) を使うことが多い。

F でも G でも変分原理に従い、それらの値が最小になるように状態が変化する(F では可逆仕事で、G では不可逆な変化で)のは同じである。


不可逆過程である化学反応がおきることで反応系全体の G が低下するなら、必ず反応が進行する。このことによって、G、dG と化学反応などの状態変化(反応が進むかどうか)との関係が理解される。

化学反応を開始する際には、まず基質を入れない反応溶液を用意し、平衡化する(具体的には、試験管内に基質以外の反応を構成する要素(酵素反応なら酵素や緩衝液や補酵素)を加えてよく混合する。その試験管を恒温槽に入れてしばらく放置する。これで温度 T が一定の値に指定される。圧力 P は大気圧で指定される)。これは、その状態での G(T, P) の値を最低にすることに相当する。そこに基質を加える。それによって系全体の G が上昇する。 基質が何も反応しない・反応しても G が低下しないならそのままで何も起こらない。 しかし基質が化学反応を起こすことで G が低下するなら、必ずその反応が進行する。

複数の粒子がお互いに相互作用して構成する系全体のエネルギーを考えるには、不可逆な変化と (T, P) を指定するなら G、可逆な変化と(T, V) を指定するなら F が必要になる。ある規則で整列すると最低になるなら、その規則に沿った整列が自然に実現される。

生物の細胞は、複数の要素が組み合わさり、お互いに相互作用する系である。しかし単純に平衡状態へ向かってそこで安定するというわけではないので、もっと難しい話になる。そういうことは後で勉強する。しかし生物で起きることのごく一部分、特定の局面に注目すれば、平衡熱力学に近いことで説明できることもあるだろう。平衡と言っても、カルノーサイクルのようにゆっくりと状態が変化しているわけだから、それは例えば植物が生長する様子と似ていなくもない。

(さらによく考える)

dF と dG の関係

F のところで、d'W と dF の関係について考えてみた。 「可逆過程で、温度が一定の場合、 」 となった。 F は、可逆仕事、可逆過程で起きる物事を記述するのに便利な量として使われることが多いような気がする。

それでは、d'W と dG の関係はどうか。dF と dG の関係はどうか。

圧力 P が一定なら、 という関係があった。温度が一定とすると dT = 0 ということになって式が簡単になるので、そういうことにもする。dG を考えるときは温度、圧力は一定ということになっているので、問題はない。

だから、 になって、

ということになった。-dF が可逆過程において利用できる最大の仕事で、それがすべて可逆仕事として利用されると可逆過程で dG = 0 になる。 そうでないと -d'W < -dF だったが、その仕事として利用できない分の熱が -dG ということになる。 

「完全に不可逆な過程」を考えてみる。

この場合 d'W = 0 なので、-dG が最も小さい値(負の方向に大きい)になる。このことは、「可逆過程では、-dF の値が、外部に取り出せる最大の仕事 (-d'W) と等しい」ということと対応させられる。-dG が負の方向に大きいということは、G の値は大きく低下できるということで、それを実現する化学反応があるなら、それは最大の速度で進行する。

化学ポテンシャル

熱力学には、「化学ポテンシャル」というものが出てくる。これを、 と関連づけることができる。「化学ポテンシャル」という名前がついているが、この量は物理の分野でもそのまま使われている。生物学でも役立つだろう。

ここまで、仕事の微小変化 d'W として -PdV を用いてきた。しかし世の中の仕事は -PdV だけのはずがない。様々な仕事があり、それらも熱力学のしくみに従っている(生物の細胞で起きることも)。 別の種類の仕事として、化学ポテンシャル  に、粒子数の変化  をかけ算したもの  がある。

これまで だけだったのが、 になる。

これを使って dU を表すと  になる。   これを使って dF を表すと、可逆過程では  になる。

G は、 という式で定義された。 G を考える際は、「温度 T は一定」「圧力 P は一定」という2つの条件もつける。     「圧力 P は一定」なので、  になる。入れ替えると   

これを  と見比べると、

となることがわかる。「温度 T は一定」の条件を使うと dT = 0、したがって「可逆過程」「温度 T は一定」「圧力 P は一定」という3つの条件があれば、

という、簡単な関係が出てくる。

しかし、上に書いたことでは「G はどんな量によって決められるか」という重要なことが省略されている。そのせいで、G と関係が深い不可逆過程のことを考察するには十分ではない。

不可逆過程で、 の関係を、同様に考察してみる。

前にも書いたように、可逆過程でない場合、仕事にならない熱量 (Q2とする) からのエントロピー生成が起きるということだから、  というように考えることにする。

dT = 0 だから、  

  結局   になる。

G は、 という式で定義された。 「温度 T は一定」「圧力 P は一定」という2つの条件もつける。     「圧力 P は一定」なので、  になる。入れ替えると   

これを   と見比べると、

となることがわかる。d'Q2 が余計に出てくる。

ここで、G は で表現できるということをきちんと考える必要がある。それを考えながら、  を考える。見かけ上  を dN で割ることになる。これは N で微分することになる。しかし dG と書いてあるのは本来は で、それを N で微分することになるから、N による偏微分で T, P は一定と書かないといけない。  

d'Q2 の部分も、N による偏微分になる。この値は N から見ればただの定数なので、消えてしまい0になる。

 ということになり、不可逆過程でも可逆過程と同じ関係が成り立つことになる。 

この関係は、「 は一粒子あたりの G」ということを表している。 また、「すべての粒子には、圧力 P を一定にするための仮想的なおもりがくっついていて、そのおもりと粒子で形成される系全体のエネルギー G が、温度 T と圧力 P は一定なら と一致する」というように考えることもできる。だから、「温度 T と圧力 P は一定」という条件が必須であることになる。


化学ポテンシャル   が、温度変化によってどう値が変わるか? このためには、   を取り入れた式を作ることが必要になる。北先生の本の9ページに、書かれている。

そのために

という式で を定義する。これは F や H や G を定義したやり方と同じである。そして を考える。 この は、「熱力学ポテンシャル」または「グランドポテンシャル」と呼ばれる状態量である。   リンク

上の方で書いたように、化学ポテンシャルを取り入れたときの F は「可逆過程では になる。 これによって、式に dT を取り入れることができる。

=

なので、 

この式に、いくつか条件をつけたときに、なにか簡単な関係が出てこないかを考えてみる。今は温度変化による の変化を見たいので、dT は残したい。それなら「圧力 P が一定」や「体積 V が一定」という条件がよいだろう。こういう条件で、 はどうなるだろうか。

そのためには、 と P, V の関係を調べる必要がある。このことも、北先生の本の9〜10ページに解説されている。調べるためには、「示量変数」が持つ性質をうまく使う。素人には巧妙な手法に思える。北先生の本には、所々にそういう数学的な手法が解説されている。実験に様々な手法、コツがあって実験を行っていると身につくように、数式を扱う手法を身につけないといけないのだろう。

熱力学に出てくる量は、「状態量」と「非状態量」があった。状態量は、さらに「示量変数」と「示強変数」に分類できる。

物質量に比例して変化する状態量を「示量変数」という。例えば、体積 は、その系(対象としてみている物体、システム)に含まれる物質の量に比例して増大するので、示量変数である。 一方、物質量が変化しても影響を受けない(物質量に依存しない)状態量を「示強変数」という。温度 T は、示強変数である。化学ポテンシャル も、示強変数である。 このことについては、「気体が入っている容器がある。その容器に仕切りをつけて二つに分割した際、またその仕切りを動かした際に、影響を受ける量と、影響を受けない量がそれぞれ示量変数、示強変数である」という説明が、ネットで公開されている資料にあった。確かに、気体が二つに分割されても、そのことだけでは温度は変化しない。体積は V1+V2 というように分断されて影響を受ける。

=

なので、  は、 で決定される状態量と考えられる。

グラフで表現しようとすると、

「縦軸が 、横軸が T、傾きが -S」   「縦軸が 、横軸が V、傾きが -P」   「縦軸が 、横軸が 、傾きが -N」

の、3つのグラフができる。それぞれのグラフでは、残りの2つの変数は一定になっているとする。 それぞれのグラフから求まる を足し合わせて、本当の が決まる。

ここで、

「縦軸が 、横軸が T、傾きが -S」   「縦軸が 、横軸が V、傾きが -P」   「縦軸が 、横軸が 、傾きが -N」

の、それぞれの傾きは数学ではどう表現できるかを考えてみる。それぞれのグラフでは、残りの2つの変数は一定になっているとするので、それぞれの傾きは3つの偏微分で表せる。

それらを使って、 を数学的に表せる。全微分という。これは数学的な操作で、状態量の場合なら熱力学と関係ないところでもつねに成り立つ。

  右下に V や T をつけて、「体積は一定」「温度は一定」ということを示す。  

「ある量を、全微分のような数学的な操作で表現して出てきた式」は、「同じ量を、熱力学の関係、対象としている物体の性質、与えられた条件(温度が一定とか)に基づいて表現して生じた式」と一致していないといけない。今の場合、同じ を表す式が二通りできて、見比べると dT, dV, に付いている掛け算の部分が対応している。

なので、

 という関係が、まずわかる。 dF の場合は、同じ方法で  という関係がでてきた。それと対応している。

T, V, の3つの変数で、V だけが示量変数である。このことをうまく使う方法が解説されている。

は3つの変数 dT, dV, で決まると言うことを、 という書き方で表現する。

 は、 で決定される状態量で、V が物質量に比例する示量変数であることから、 も示量変数になる。体積が x 倍に増えると、 の値も x 倍に増加する。 

この文章を数学の言葉に書き直すと   

北先生は「ここで  ≡ xV と置いて、この式を x で微分する」と書かれている。そこでその通りにすると、

右辺は、単に x に x と関係なく決まる係数をかけただけになるので、x で微分すると係数である   が残る。これは単に  と書いてもよい。

左辺は xV が  になって、   になる。

この偏微分は、全微分の場合と同じような考え方で数学的に、

   

というように書ける。ややこしいが、むずかしいことはない。

「ここで  ≡ xV と置いて、この式を x で微分する」というのは、恒等式なので x = 1 にしてもよい。そうすると書かれている。


「どんな値にしてもよいのなら、自分にとって都合のよい値を入れてもかまわない・むしろどんどんそうするべき」という思想・方針がよいらしい。


そこでそうすると  = V になる。これを上の「全微分の場合のように変形した」式に適用すると 

 は x から見るとただの定数なので、 と  の二つは0になる。

一方、 は Vx を x で微分することになるので V になる。だから上の式の右辺は  だけが残る。

ここで上の方で全微分によって導いた関係を見てみると、都合のよいことに    という関係があった。

だから結局 上の式の右辺は  という簡単なものにすることができる。  


結局、上のように導かれた -PV (元の式の左辺)が、元の式の右辺  と一致する。 

この  から  

=

=

=  

「圧力 P が一定」という条件だけでも、 という、簡単な関係になる。

「温度 T が一定」という条件だけでも、 という、簡単な関係になる。

(実際には、S は温度が変化すると変化する。V も圧力が変化すると変化する。しかし一応こうなる。)

ギブス自由エネルギー G を考える際に使われる「温度 T、圧力 P どちらも一定(T と P を指定する)」という条件では、  になる。すなわち、「温度 T、圧力 P どちらも一定(状態として T と P を指定する)なら、 の値は一通りに決まり、変化することはない」 ということになる。

化学ポテンシャルとはいったい何なのかよく考えてみる(一回目)

化学ポテンシャルとは何なのか。この量が何を意味しているのか、なぜこの量が重要なのか、もっとよく考えてみる。

私が考えた、とても単純な解釈:


「仕事  は、 と書くことができる。これは「圧力一定で、 体積が変化してピストン(動かせる壁)を動かすことによる、可逆な仕事」と書き直せる。しかし、可逆な仕事は体積が変化することによるだけではない。 例えば、「粒子の数 N が変化する」ということも可逆な仕事と考えて良いだろう。そこで、「粒子の数 N が変化する」 ことによる仕事を表すために、N (示量変数)と組み合わさる値(これは示強変数)があることにして、 それに「化学ポテンシャル 」 という名前をつけた」

だから、 で、可逆な仕事の一種になり、 と足し合わせることもできる。

熱力学で「仕事」とよばれるものは、反対向きにその仕事を行うことで熱などの状態を元に戻せないといけない(可逆、可逆仕事)。「粒子の数 N が変化する」ということは可逆と考えてもよいかどうか、詳しいことはまだ私には理解できていないが、 が仕事なのだから可逆と考えてもよいのだろう。増えた粒子を取り除くことを摩擦などの余計な不可逆な物事なしに行えば可逆と言うことになる。


化学ポテンシャルには、ギブス自由エネルギー G と相性が良いという、とても便利な性質がある。

ギブス自由エネルギー G は、特に可逆過程でない物事を考える上でとても重要でよく使われる。G は元々 G ≡ F + PV ということで定義された。しかし温度 T と圧力 P が一定であるという条件が満たされていれば、化学ポテンシャルと粒子数 N さえ考えれば G の計算ができる。F や V や H や S を使わなくても済む。

少し上に書いたように、ギブス自由エネルギー G を考える際に使われる「温度 T、圧力 P どちらも一定」という条件では、  になる。すなわち、「温度 T、圧力 P どちらも一定なら、G と同じく  の値は一通りに決まり、変化することはない」 ということになる。このことからも、化学ポテンシャルとギブス自由エネルギー G は相性がよいことが分かる。

化学ポテンシャルとはいったい何なのかよく考えてみる( 1.5 回目)

早稲田大学、上江洲先生が相転移について初心者向けに解説している資料に、こういう表があった。   http://www.uesu.phys.waseda.ac.jp/Japanese/lec/freshman1.pdf

相転移と秩序パラメータ

転位の種類秩序パラメータ共役な場
液体〜気体密度(体積または面積あたりの粒子数 N)化学ポテンシャル
相分離密度(体積または面積あたりの粒子数 N)化学ポテンシャル
強磁性磁化磁場
強誘電分極電場
スムーズ〜渋滞車の密度(距離あたりの車の数 N)車一台あたりの運動エネルギー(車の速度)

「共役」というのは「セットになって、単独では起きえない特別な物事を引き起こす、単独では持ち得ない特別な能力を持つ」ということだから、 化学ポテンシャルは、磁石と磁場が切っても切り離せない共役をしているのと同じように、相転移、密度と切っても切り離せない「場」であると言うことになる。 密度というものは「体積または面積あたりの粒子数」である。 だから、 N は粒子数 で使われることが多い、粒子数と共役している化学ポテンシャルと切っても切り離せない因子、パラメータである。

「場」というのはとても物理らしい言葉、概念で、生物学に当てはめるのは難しいところがある。 電光掲示板のようになぞらえることができる場合もあるが、そうでないこともある。

ΔG (左辺と右辺の状態の差によるギブス自由エネルギー  単位は )と平衡定数 K の関係

この部分では、ここまであまり出てこなかった、理想気体の状態方程式 PV = nRT が出てくる。この式は、気体分子の運動(圧力 P は、分子が運動して体積 V の容器の壁に衝突することで生じる)から出てくる。また、ここからは左辺と右辺の状態の差によるギブス自由エネルギー ΔG について扱う。

dG はギブスの自由エネルギー G (エネルギーだから単位は )の変化を微分型式で表したものだが、それとは別に化学反応のような多成分系では ΔG というものがある。 これは「反応の左辺と右辺の状態の差によって生じる、ギブス自由エネルギー」になる。 化学反応や結合反応には左辺と右辺がある。この場合、左辺と右辺の状態に差があると、それによる自由エネルギー(圧力 P の差があればギブス自由エネルギー G、体積 V の差があればヘルムホルツ自由エネルギー F)が発生する。その値をΔG と書くことが多い。「圧力差」「濃度差」「体積差」というものは、どれも熱力学的にエネルギーに換算できるようになっている。

値の単位がどうかと言うことはとても重要である。 この ΔG という値の単位は、 であることもあれば、 であることもある。物質の量が指定されていれば、 になる。たいていそうではないので、単位は  になる。  ΔG を考えるときは「標準状態における ΔG  」というものが出てくることが多い。その値の単位も  になる。

ネットで見つかる資料を見ていると、ΔG と、全体のギブス自由エネルギーの変化 dG が区別されていないことがあるようで混乱することがある。 私は ΔG と dG を区別しないとわけがわからなくなるので、この文章では必ず区別が付くようにする。

ΔG と同様にΔH、ΔS も考えることができる。これらも1モル単位になる。 シグマ社の技術情報   http://www.sigmaaldrich.com/japan/lifescience/custom-products/custom-dna/oligo-learning-center.html   で解説されている例でも、ΔH、ΔS の1モルあたりの値が表示されている。

ΔH、ΔS と ΔG の関係も出してみる。定義から G ≡ F + PV = U - TS + PV, H ≡ U + PV, だから G = H - TS。 なので温度一定なら ΔG = ΔH - TΔS でもある。様々な資料にこの式が書かれている。この場合は Δ は単に微分と同じことを表す記号として使われている。Δ という記号はあるときは差を表すのに使われ、またあるときは微分を表すのに使われるように見うけらえる。本当はそうでないのだろうがそう見えてしまう。 こういうことは素人を混乱させわからなくするためにとても有効である。

可逆な化学反応や、可逆な「分子と受容体の結合」の場合は、平衡定数や結合定数から ΔG を求めることができる。 「熱力学において可逆過程とはいったいどういうものか」と考えると様々なことを考える必要がありとても難しいが、この化学反応や結合の場合の「可逆」は、単純に「反応が左向きにも、右向きにも進むことができる」という意味である。その場合、平衡定数や結合定数を定義することができる。 結合の場合なら、左辺は「分子 A と受容体 B が別々に存在する状態」、右辺は「分子 A が受容体 B に結合して複合体 AB を形成した状態」になる。複合体は解離してばらばらになることができる。ばらばらになった状態からまた複合体を形成することもできる。 ΔG というものを考える場合、同じ ΔG と書いてあっても分野が異なるとその定義は異なることが多い。そのことに注意しないといけない。

化学反応の場合:玉虫先生の解説による解釈

様々な資料を見ると、化学反応の場合化学反応の平衡定数 K と反応商 Q を用いて、

       

K は化学反応の平衡定数で、 は標準状態での ΔG

ということになっている。 化学反応の ΔG は、 と書いてある場合もある 。その方が明確で、わかりやすく望ましい書き方である。 化学反応では、 という値も存在する。これについても後で考える。

要するに、分野が異なると ΔG の定義は変わるものであり、同じ ΔG と書いてあっても計算法が違うことがよくある。このことで ??? となることがあった。気をつける必要がある。

ここで、いきなり  というものが出てくる。これはいったい何か。本来の定義である「標準状態での ΔG」という書き方では私にとってはわかりにくい。「化学反応ごとに固有の、平衡状態で ΔG = 0 にするための補正定数」と考えた方が、正確ではないが私にとってはわかりやすい。またこの定数は、化学反応の進みやすさを判断するための定数にもなる。この定数の意味を正しく把握するには、この下に書いた、玉虫先生による解説をよりどころにする必要がある。

化学反応の場合、「平衡状態では ΔG = 0」となるように ΔG を決めるように考え方ができている。 「平衡状態では ΔG = 0」ということに決めると、「ΔG がマイナスだと、反応は右辺へ進む」ということにできる。この定義によって、「反応が進む向き」がわかりやすいようになっている。

 という式を導くには、理想気体の状態方程式 PV = nRT と積分が使われている。 ln Q という部分は のような式を書き換えたもので、この形の式は 1 / V を積分したときに出てくる。実際には PV = nRT を P = nRT / V の形にして 1 / V を積分することをしている。nRT はそれにかかっている定数なので前に出される。 1 / V を積分して nRT を掛けることによって、反応の左辺と右辺の状態の差に由来するギブス自由エネルギー ΔG が出てくる。それに平衡状態における補正のための定数に相当する を足すようになっている。

このことについては、白井先生の教科書で紹介されている「物理化学序論 三訂版」玉虫文一著 の117 ページから解説されている。この本をアマゾンから中古本で買えたので、これについて勉強してみる。


この解説では、化学反応の例として aA + bB <-> gG + hH という場合を考察している。可逆な反応で、平衡状態になると見かけ上反応はどちらの方向にも進まなくなる。

この解説における考え方の特徴として、「化学反応を、8 つ(分子種 1 つにつき 2 個)の可逆仕事 W1 〜 W8 と、分子の入れ替わり(これは仕事ではなく、分子が入れ替わる以外には何の変化ももたらさない)に分けて考えている」ことがある。

このように変化の過程を複数の可逆仕事に分けることで、計算をうまくできるようにしてある。とても優れたアイデアである。白井先生の教科書に出てくる「不可逆過程を可逆過程に焼き直す」という考え方と同じである。生物学などの他のことにも応用してみないといけない。化学反応は不可逆な変化が起きる不可逆過程であることが多いが、ギブス自由エネルギー G はエントロピー S と同じく状態量なので、本来の化学反応と最初と最後が同じになるような、可逆過程の集まりに焼き直せれば、それらの可逆過程を考察して計算すればよくなる。

その計算には理想気体の状態方程式 PV = nRT を全面的に使っている。また「分子の入れ替わりはとても大きな反応容器の内部で起き、その容器内部は常に平衡状態で、反応が起きても温度や圧力は全く変化しない」という設定になっている。この設定が、平衡状態での ΔG が 0 になる原因になっている。

最初に出てくる、分子種 1 つにつき 2 個の可逆仕事とはどういうものか。

まず最初の状態として、例えば分子 A は P'_A という圧力でシリンダー内に封じ込められているとする。これはその分子の濃度を表しているということもできる。PV = nRT で濃度 = 分子数 n / 体積 V だから濃度 = P / RT で、圧力と濃度は比例関係にある。

最初の仕事は、圧力 P'_A でシリンダー内に封じ込められている分子 A を、その圧力が反応容器内の圧力 P_A になるようにピストンを動かして体積を変えるという仕事である。

反応容器内は常に平衡状態で、その内部では分子 A は 圧力 P_A、分子 B は 圧力 P_B、分子 G は 圧力 P_G、分子 H は 圧力 P_H で存在しているという設定になっている。またこれらの圧力は P' の値よりも低いという設定になっている。

可逆な仕事によって反応容器内に分子 A を導入するには、圧力差があると不可逆過程になってしまうので圧力差をなくさないといけない。そのためにこの仕事が必要になる。この仕事はどう表されるかというと、可逆過程だから  で、圧力が変化することによる F の変化を計算すればよいことになる。 上の方に出てきているように  で、設定から dT = 0 だから   で -P を V で積分すると F が求められる。 教科書では「圧力差によって生じる F」ということから、ΔF と書いている。

その結果   のような式になる。今の場合圧力 P_A', P_A しか指定されていないので、これも PV = nRT を使って置き換える (V = nRT / P) と  と書くことができる。

分子 A の場合 P1 = P'_A, P2 = P_A で、a モルの分子を動かすことを考えるので n = a になる。だから   これが、分子 A を a モル、圧力差がない状態にするために必要な可逆仕事になる。 もう一つの基質である分子 B についても同様に    この二つが W1 と W2 になる。

次に、圧力が P_A になった分子 A を a モル、反応容器内に導入する。反応容器内も圧力 P_A で差がないので、可逆仕事として行うことができる。この仕事は d'W = -PdV をそのまま使って表せるが、V はわからないのでこれも PV = nRT を使って書き換えると  と表現できる。 教科書では符号は W1, W2 と逆ということにして、マイナスは付けずに W3 = aRT, W4 = bRT と書いている。

反応容器内に導入された分子 A, B は、すぐに G, H に変化する。反応容器はとても大きく、一回の反応の影響は小さいので、この変化は反応容器内の状態に、分子が入れ替わる以外には何も変化をもたらさないことにしている。

その次に、生成した分子 G, H をそれぞれ g モル、h モルずつ反応容器から取り出し口のシリンダー内へ取り出す。これは W3, W4 と同じように考えて W5 = gRT, W6 = hRT ということになる。

その次に、反応容器から取り出された分子 G, H が示す圧力 P_G, P_H を、取り出し口のシリンダーを動かすことによって P'_G, P'_H に変化させる。これらは W1, W2 と同じように考えればよいが向きが逆になっている。だから分母と分子が入れ替わる。   、 になる。

これで W1 から W8 までが揃った。これらはそれぞれ「外界へ向かって行った仕事」と「外界からエネルギーを受け取った仕事」に区別できる。受け取る方をプラスとして、外界へ向かってなした方はマイナスとして、全部足し合わせることで、反応全体の W が求められる。この場合すべての過程が可逆仕事になるようにしてあるので d'W = dF で、求めた W が F の変化量 ΔF ということになる。

実際に W1 から W8 を符号に注意して足し合わせると 119 ページの式 (4・7) になる。右辺の 3 番目の項はちょうど PdV に相当する値を引くことになっている。 G = F + PV だから PdV に相当する部分を引くのをやめると、うまい具合に ΔG になる。

さらに高校で習った対数の性質  を使って、式を書き換える。

最終的に出てきた式は、

  

一番目の項の分数の部分は、化学反応に参加しているそれぞれの分子の圧力(または濃度)から求められる反応商 Q になっている。

二番目の項の分数の部分は、平衡状態におけるそれぞれの分子の圧力(または濃度)から求められる化学反応の平衡定数 K になっている。

これを書き直すと、この章の最初に書いた

        K は化学反応の平衡定数

になる。

平衡状態を中心に置くことで、平衡状態で ΔG が0になるように定義することができている。


化学反応の場合、玉虫先生の解説のように平衡状態を中心に置くことで、平衡状態で ΔG が0になるように決めるという方針になっている。その結果出てきた  は平衡状態で ΔG が0になるように補正するための定数に相当する値と解釈することも出来る。

単に補正するだけでなく、化学反応の場合この定数   は化学反応の種類ごとに決まる固有の値になり、その反応の進みやすさを示す値として使うことができる(マイナスなら、右辺に向かって進みやすい。プラスなら、左辺に向かって進みやすい)。

ある化学反応における  がマイナスだと、反応は右、左どちらの向きに進みやすいか。

化学反応での ΔG の定義は、「ΔG がマイナスだと、反応は右辺へ進みやすい」ということになるようにできている。これは微分の形式で表現したときの「dG < 0 なら、その系全体の状態は G がより下がるように変化する」と言うことに対応していて、それに「左辺から右辺へ変化する」という向きがついたことになっている。化学反応には方向があってそれがとても重要なので、全体を考える時(向きは考えない)よりも複雑になる。  

ある反応における  がマイナスだと、化学反応での ΔG もマイナスになりやすい。例えばある化学反応がまず Q = 1 の状態にあって、 がマイナスだとする。すると RT ln Q = 0 で、 もマイナスになる。 マイナスになっている間は、その反応は右辺に向かって進む。反応がどんどん進む(Q が1よりも大きくなっていく)と、 の値は正の方向へ大きくなっていく。どんどん大きくなって、  のマイナスと打ち消し合って ΔG = 0 になると、反応は停止する。その状態が平衡状態と言うことになる。

ある化学反応について、  がプラスだと、その反応は左辺に向かって進む。反応がどんどん進む(Q が1よりも小さくなっていく)と、 の値は負の方向へ大きく(大きなマイナス)なっていく。どんどんマイナスになって、  のプラスと打ち消し合って ΔG = 0 になると、反応は停止する。その状態が平衡状態と言うことになる。

化学反応の場合、平衡状態を中心として ΔG を決めることで平衡状態で ΔG = 0 になる。このことで、反応が右辺へ向かって進むか、左辺に向かって進むかを判断しやすくしてある。   の値がマイナスだと右辺へ向かって進みやすく、プラスだと左辺へ向かって進みやすい。

化学反応の標準状態とはどんな状態か: それは Q(反応商)= 1 の状態

化学反応の場合、上に玉虫先生の解説に従って書いたように、aA + bB <-> gG + hH の例で、

  となる。

一番目の項の分数の部分は、化学反応に参加しているそれぞれの分子の圧力(または濃度)から求められる反応商 Q になっている。

二番目の項の分数の部分は、平衡状態におけるそれぞれの分子の圧力(または濃度)から求められる化学反応の平衡定数 K になっている。

だから、Q = 1 の状態では ln Q = 0 になり、 K は化学反応の平衡定数  と書くことができる。 このときの ΔG の値を  と名づけることで、

        K は化学反応の平衡定数

という式にまとめることができる。 このことから、「Q = 1 の状態」というものを、化学反応では特別な状態として扱い、その状態のことを標準状態と名付けている。

だから玉虫先生の本の p120 では、  という条件を標準状態としている。濃度の場合は、すべての要素のモル濃度が 1 mol/l で標準状態になる。

理屈の上では、Q = 1 になるなら別の濃度でもよいはずだが、1 mol/l ならどんな化学反応式でも Q = 1 になるので、1 を標準にした方がよいのだろう。生化学の場合、細胞内の濃度に近くなるように 1 mmol/l にしている場合がある。

生物学の場合、反応に参加する分子が複数ある場合が多い。例えば水素イオンが反応に参加していたとする。すると Q = 1 にするためには水素イオン濃度も 1 mol/l になってしまう。しかしそれでは pH が 0 でものすごい酸性になる。細胞内でそんなことはあり得ない。だから「生物学的標準状態」というものを考えて pH だけは別に指定することがある。温度も pH と同時に書いてある場合がある。「Q = 1」という状態であることが本来の標準状態の定義なのだから、温度は適当に実験しやすい・反応が起きやすい・使いやすい値を、pH を指定するのと同じように別記して指定する。

細胞内の基礎的な酵素反応の、 の値について: ΔG と化合物量のトレードオフ

細胞内では多数の種類の化学反応が起きている。細胞内においても化学反応は、上に書いたような熱力学的な式に従っていて  の値が決まっている。 それぞれの反応に対応する  の値は実際に測定することで決定するのが望ましいが、実際に測定された反応はあまり多くない。測定しても誤差を小さくすることが難しいこともあるだろう。しかし研究の進歩によって、この値を計算によって推定することができるようになった。

https://metacyc.org/ Metacyc というデータベースでは、細胞内の多数の種類の化学反応について、  の値を計算した結果を掲載している。

eQuilibrator 2.0 http://equilibrator.weizmann.ac.il/  というサイトでも、酵素反応の熱力学的性質のデータを見ることができる。この方が、より進歩した方法で計算されている。実際に測定された値との一致度が大きい。

eQuilibrator を使って、細胞内の基礎的な酵素反応の、 の値を見てみる。もちろん掲載されている値が本当の値と常によく一致しているかどうかはわからないが、何か傾向を見いだすことはできるかもしれない。またこのデータベースを、細胞内で起きていることを熱力学を基礎として考えるために、今後役立てないといけない。

細胞内の基礎的な酵素反応の熱力学的性質について

Thermodynamic favorability and pathway yield as evolutionary tradeoffs in biosynthetic pathway choice.   Du B, Zielinski DC, Monk JM, Palsson BO.   Proc Natl Acad Sci U S A. 2018 Oct 11. pii: 201805367.    doi:10.1073/pnas.1805367115.   PMID: 30309961

という論文では細胞内の代謝経路に関して熱力学を用いた考察がされている。

ある化合物から目的の化合物が生じる代謝が細胞内にあるとする。 その代謝が多段階の反応で構成されていると、目的の化合物を生成する複数の経路が存在できることがある。 その場合に、細胞はどのような基準で経路を選択するのかについてこの論文で調べている。熱力学による反応の進みやすさは経路選択の要因になっている。 しかし熱力学的に有利な反応でも、その反応に必要な補酵素、補因子を合成するのに極めて高いエネルギー(コスト)を要することがある。 熱力学的な有利さと補因子のコストのトレードオフによって、細胞内の代謝ネットワークの構造が決定される。

 (標準分子自由エネルギー変化)について

eQuilibrator データベースを見ると、 という値も、生体分子それぞれについて掲載されている。  は 反応ごとに値が決められるが、 は、化合物ごとに値が決められている。

これはどんな値かというと、f は formation 形成の略で、玉虫先生の本の P160 によると、

「純粋の化合物の1モルが、それを構成する各成分元素(単体の元素では安定に存在しない場合は、一番簡単で安定な分子)それぞれ1モル(すべての成分が1モルだから、化学反応の標準状態である)から形成される際にともなう、自由エネルギー変化」

ということになる。この値は化合物それぞれに特有の値になり、その化合物の特性を表す重要な値として用いることができる。(しかし設定温度が変わると、値は変わる)

例として、 という化学反応が挙げられている。この生成反応の  は -54.65 kcal である(温度は 25 ℃)。 水素は水素原子一個では安定に存在しないので、左辺には  が置かれている。酸素も酸素分子で、右辺と左辺の原子の数を合わせるために  がつけてある。

ΔG は状態量であると言うことから、エントロピーの場合と同じように、最初と最後の状態が同じなら ΔG の値は同じになる。このことを利用して、 の値を、 の値を足し引きして求めることができる。

玉虫先生の本の P161 に、 という化学反応が挙げられている。これを生成反応に分解すると、  

これらの値を(右辺 - 左辺)になるように足し引きする。[-94.2 + -113.4] - [-12.8 + 0] = -194.8 kcal

この値が、この化学反応  の、 の値となる。 ΔG は状態量であると言うことから、エントロピーの場合と同じように、経路を焼き直しても最初の状態と最後の状態が同じであれば、値は変化しない。 そのおかげで計算可能になる。   

-RT ln K や RT ln Q の意味

化学反応の場合  で、上に書いたように化学反応の平衡定数 K を用いて  という関係がある。-RT ln K や RT ln Q という式はどういう意味があるのか。

* ln(外側のイオン濃度 / 細胞内のイオン濃度) 

という形になっている。 この形の式には普遍性があるらしい。    * ln(外側のイオン濃度 / 細胞内のイオン濃度) の場合は、RT * ln(外側のイオン濃度 / 細胞内のイオン濃度) が、細胞外と細胞内のイオン濃度の差によって生じるエネルギーということになる。このエネルギーによって、イオンはイオンチャネルを通って濃い方から薄い方へ移動する。

イオンがイオンチャネルを通過して移動すると、その数に比例した電位差が生じる(例えば+イオンが内側から外側へ移動すると、電子は内側に残ったままなので内側はマイナス、外側はプラスになる)。この電位差によるエネルギーは 「電位差 * Z (その物質の電荷数)* F(ファラデー定数)」で決まり、イオンの動きを止めるように働く。

イオン濃度の差によるエネルギーと、それと逆向きに作用する、電位差によるエネルギーが釣り合うとイオンチャネルを通じたイオンの動きがなくなる。それが平衡状態で、その状態での電位差が平衡電位と呼ばれる。だから、平衡状態のエネルギーを Z * F で割り算することで、細胞外と細胞内の電位差に直すことができる。


そこで、RT ln K や RT ln Q のような式がどのようにして出てきたのかを改めて考えてみる。

RT というのは、理想気体の状態方程式 PV = nRT に出てくる RT である。分子やイオンが濃度差がある状態で存在するときに、その分子、イオンの濃度差によって生じるエネルギーが RT ln K の形の式で表される。濃度 C = 分子数 n / 体積 V だから P = CRT で、溶液の濃度の比率 C1 / C2 は圧力の差 P1 / P2 と同じ値になる。溶液中のイオン濃度 C を PV = nRT の P の代わりにあてはめられる。

気体でないのに理想気体の式を使うのはなぜか

化合物のモル濃度が小さい場合、化合物の分子は一つ一つが独立して勝手に溶液内を動いている。そのようすは気体分子が動いているのと同じように見なせる。そこで、化合物や無機イオンの薄い溶液が示す性質に、理想気体の状態方程式 PV = nRT を当てはめることが行われる。

対数 ln は、どこから出てくるのか

これは、積分の基本的な公式で「 1/X を積分すると 対数 ln X が出てくる」ということに基づいている。

今回の場合、「 1/P を積分したら対数 ln が出てきた」ということになる。 1/P はどこから出てくるのかというと、「 V = RT / P 」という関係から出てくる。 この場合 PV = nRT で、n = 1 としている。

なぜ 1/P を積分するのか

これは、左辺と右辺、内部と外部などの二つの状態の差による自由エネルギー ΔF または ΔG を求めるために必要だから体積 V を P で積分する。V と等価な物として RT / P を使うので、1 / P を積分して定数である RT をかけ算することになる。

G については、 という形で表されることを元に全微分で表現した dG は、  になる。

一方、G の定義 G = F + PV によると、 dG は  と表現できる。

ここで、上の方で可逆過程の場合の式として導いた、 をここの dF に当てはめる。

 と、簡単になる。

これらの二つの dG を見比べると、dT, dP についているかけ算の部分が対応している。

なので、

だから温度 T が一定ならば、体積 V を P で積分すると G が出てくる。 dF = -SdT - PdV は、可逆過程の場合(d'Q = TdS)でないと成り立たない。 だから可逆過程でない物事を扱う化学反応にはよくないような気がするが、理想気体の状態方程式も現実に存在する気体や溶液に完全に当てはまるわけではない。少しぐらいずれが生じるかもしれないが、計算可能になるということによる利益の方がずっと大きい。

ここで理想気体の状態方程式を取り入れる。理想気体の状態方程式で V = nRT / P で、1モルごとなら V = RT / P。だから RT / P を P で積分して G にしている。 積分には不定積分と定積分がある。この場合、二つの状態の差を求めたいので、区間が二つの状態 P1 から P2 の定積分になる。 それによって  になって、P2 / P1 の部分は平衡定数 K や反応商 Q に置き換えられるので、RT ln K、RT ln Q の形になる。イオンチャネルの場合は、 RT ln(外側のイオン濃度 / 細胞内のイオン濃度) の形になる。

分子間相互作用解析の場合の ΔG

一方で、化学反応ではなく「分子間の可逆的な結合、相互作用」を熱力学的に解析する際は、結合定数を K として

ΔG = -RT ln K

と表すことになっている。結合定数は1でないことが多いので、この場合は、状態が変化しない平衡状態の ΔG は必ずしも0ではないことになる。

この場合、RT の前にマイナスの符号がついている。このマイナスは何か。これはこの場合 K が結合定数であるということによって必要になる、つじつま合わせの符号らしい。

結合定数(解離定数の逆数)は、結合が起きやすいほど大きな値になる。だから強く結合する場合結合定数は1よりもずっと大きい値になり、その対数をとると大きな正の値になる。

一方、強く結合するということは、結合した状態のほうが自由エネルギーが低いということになる。だから強く結合する場合自由エネルギーの差 ΔG は大きなマイナスの値になるべきである。

プラスとマイナスが異なるので、つじつまを合わせるために対数の方にマイナスの符号をつける。

熱力学というものはとても抽象的なものでどんな分野にも通用するはずなのだが、具体的な物事に当てはめようとすると分野によって異なるところが生じるようで、わかりにくくなってしまう。 同じように RTlnK と書いてあっても、K の実体は分野ごとに異なるので、よく注意して確認しないと訳がわからなくなってしまう。

また、ΔG = -RT ln K  K は結合定数  という式は、化学反応の場合の Q = 1 の状態(標準状態)と同じでもある。化学反応の場合はこの状態での ΔG を特別に扱って  と書き、さらに反応商と組み合わせるが、結合の場合はこの式の値単独で用が足せるので、単に この値だけを ΔG と書く。

= -RT ln K から簡単に導ける法則: 温度による平衡定数の変化(ファントホーフの式)、アレニウスの式の形に変形

 K は化学反応の平衡定数  という式をいじくることで、いくつかの法則を簡単に導くことができる。

一つの例が「温度による平衡定数の変化」で、これは具体的には「いくつか温度を変えて、それぞれの温度における平衡定数を実験で求める。その結果をグラフにして傾きを出す」ということに相当する。

 だから  

右辺の  の部分を、ΔG = ΔH - TΔS を使って書き換えると、

まとめると 

グラフを書くときは、横軸を温度の逆数、縦軸をそれぞれの温度での ln K(平衡定数の対数)にする。R は気体定数で決まっているので、傾きから ΔH が求められる。

しかし、 は温度が大きく変化するとそれによって値が変化してしまう(グラフを書いたら直線に値が乗らない)。だから上の関係は温度の幅が小さい場合にのみ使える。 このことに対処するために、微分を使って表現する方がより正しく、数学的な処理も行いやすくなる。

 だから  

ここで  とする。

左辺を  で微分すると 

右辺の  の部分を、ΔG = ΔH - TΔS を使って書き換えると、

 これを  で書き換えると 

これも  で微分する。S の部分は温度に対して定数として (これは生物学で出てくる温度では ΔH の部分よりもずっと影響が小さいのでこうして問題ない・白井先生の教科書の p222-223 に説明がある)0 になって、残りの部分を微分して  だけになる。

まとめると 

温度 T で微分した形にするには、両辺に  をかけ算するとうまくいく。これは  だから、

  このことにはファントホーフの式と名前がついている。白井先生の教科書では p205, (6.49) 式になる。玉虫先生の本では、この式から変形を行って様々なことを示している。


次に、  を書き換えると  になる。これはアレニウスの式と同じ形になる。

アレニウスの式では、 ではなくて  活性化エネルギーになっている。また頻度定数 A をかけ算する。

玉虫先生の教科書の p187, 188 には、この式を分子と分子の衝突した際のエネルギー(分子運動論:熱力学と深い関係がある、別の分野)から解釈する、わかりやすい説明がなされている。

玉虫先生の教科書は物理化学の教科書なので、本来の熱力学の部分(平衡状態を主に扱う)に加えて、熱力学と深い関係があるが別の分野である分子運動論や、化学反応速度論(化学反応の進行を扱う)を同時に考えている。その分複雑になっている。

化学反応が起きる際には、反応に参加する分子と分子が衝突する必要がある。しかし単に衝突しただけで必ず反応が起きるわけではない。気体分子の運動を運動方程式から考えると、多数回の衝突のうちで分子間の反応に結びつく場合(有効衝突)はきわめて珍しい、頻度がとても低いことが示される。 玉虫先生の教科書では 188 ページの一番上に書かれている。 このことから、「分子と分子が衝突した際に、それらの分子が得るエネルギーが、ある一定のレベルを超えた場合にのみ、それらの分子間で化学反応が起きる」というように考える。そのエネルギーレベルを、  活性化エネルギーという名前で呼んでいる。

 の式は、分子と分子が衝突した際に、それらの分子が活性化エネルギー  を超えるエネルギーを保持するようになる確率を示すことになる。

グラフで示すと下のようになる。

  N*    |  N*  は、衝突によって、横軸で指定されるエネルギーレベルを超えるエネルギーを得た分子の数
 ----   |
  N     ||  N は、衝突した分子の数
        | |
 縦軸   | \      
 は     |  \
 確率   |    \
 に     |        \
 なる   |             \
        |                   \
        └―――――――――――――――
        0       横軸はエネルギーのしきい値

衝突した分子は必ず 0 以上のエネルギーを持つから、横軸のエネルギー = 0 では、縦軸の値は 1 (必ず 0 以上のエネルギーを持つ)ということになる。 衝突で、ある値(しきい値)よりも高いエネルギーを持つようになる確率は、しきい値が高くなるほど小さくなっていく。

しきい値である、活性化エネルギーを超えるエネルギーを持つ確率に、頻度定数をかけ算して反応定数になる。頻度定数は、分子運動論、化学反応的に解釈すると「分子と分子が衝突する頻度(一定時間あたりの衝突回数)」で、反応の起こりやすさを示す値になる。

化学の熱力学は、本来の熱力学の部分(平衡状態を主に扱う)に加えて、熱力学と深い関係があるが別の分野である分子運動論や、化学反応速度論(化学反応の進行を扱う)を同時に考えることになるので複雑になる。

右向き反応と左向き反応の活性化エネルギーの差 = 反応によって出入りする熱(吸熱または発熱・ΔH)

右向き反応と左向き反応の活性化エネルギーの差は、反応によって出入りする熱(吸熱または発熱)と一致する。 これは ΔH に相当する。

反応が進むか進まないかを決めるのは ΔG なので、ΔG = ΔH - TΔS という関係から、ΔH が大きな正の値(吸熱)でも、反応によってエントロピーが大きく上昇するなら ΔG がマイナスになって反応が進む可能性が生じる。その仕組みで進行する反応・状態変化を「エントロピー駆動」の反応・状態変化という。「 - TΔS 」となっているので、エントロピー駆動の変化は、特に温度が高くなると起きやすくなる。 

ATP 加水分解反応との共役による、化学反応の平衡定数 K の変化について

生物学の教科書には必ず ATP アデノシン三リン酸 が出てくる。

「細胞内では多くの化学反応、酵素反応が ATP の加水分解と同時に、セットになって起きる。ATP が加水分解される際に発生するエネルギーによって、本来細胞内の条件ではエネルギー的に起こりにくい化学反応が同時に起きるようになる。これを共役という。このことから ATP は細胞内のエネルギー通貨と呼ばれる(お金が様々なものを購入する、また様々なサービスの代金を払うために共通して使えるように、ATP は細胞内の様々な化学反応、また様々な細胞の運動にエネルギーを供給することに共通して用いられる。その様子が似ているので ATP を「細胞内のエネルギー通貨」という)」

というように書いてある(共役という言葉は、熱力学でも出てくる。その場合、示量変数と示強変数がセットになっている。セットになることで、そうでないときにはできない有意義な作用をしたり、重要な値を形成することを共役という)。 このことを、熱力学に則って平衡定数 K の変化として書き直してみたい。

このことについては、数理科学という雑誌の2013年8月号に、伏見先生が「生物とエネルギーの流れ」という解説を書かれている。

この場合、化学反応の場合のΔG の考え方を用いることで説明がされている。 上の方に書いたことをそのまま書くと、

ある反応における標準自由エネルギー変化  がマイナスだと、化学反応での ΔG もマイナスになりやすい。例えばある化学反応がまず反応商 Q = 1 の状態にあって、 がマイナスだとする。すると RT ln Q = 0 で、 もマイナスになる。 マイナスになっている間は、その反応は右辺に進む。反応がどんどん進む(Q が1よりも大きくなっていく)と、 の値は正の方向へ大きくなっていく。どんどん大きくなって、  のマイナスと打ち消し合って ΔG = 0 になると、反応は停止する。その状態が平衡状態と言うことになる。

ある化学反応がまず反応商 Q = 1 の状態にあって、  がプラスだと、その反応は左辺に進む。反応がどんどん進む(Q が1よりも小さくなっていく)と、 の値は負の方向へ大きく(大きなマイナス)なっていく。どんどんマイナスになって、  のプラスと打ち消し合って ΔG = 0 になると、反応は停止する。その状態が平衡状態と言うことになる。

ATP アデノシン三リン酸 の加水分解の  は、-30 kJ/mol と、伏見先生の解説に書かれている。だから、ATP 加水分解と、その逆向きの反応の平衡は、右方向に大きく進んだ状態で平衡する。

この反応に、  が正の反応をセットとして組み合わせ、同時に起きるようにする。このことを共役という。例えば、

 ATP <-> ADP + Pi (1)   Pi はリン酸
  X  <-> Y     (2)   

(1) の  は、-30 kJ/mol で、右方向に大きく進んだ状態で平衡 だから、平衡定数 K は 1よりもずっと大きい。

(2) の  は、10 kJ/mol で、左方向に進んだ状態で平衡 だから、平衡定数 K は 1よりも小さい。

(1) と (2) を合わせると、

 ATP + X <-> ADP + Pi + Y (3)

(3) の  は、-20 kJ/mol で、右方向に進んだ状態で平衡 だから、平衡定数 K は 1よりも大きい。さらに、右辺で生成した ADP と Pi (リン酸)は解糖系やミトコンドリアの酸化的リン酸化によって ATP に再生される。よって伏見先生の解説に書かれているように、(3) の反応は右向きに一方通行になる。(2) だけでは反応が進みにくいが、(3) のように共役することで反応が進んで Y が生成できるようになる。

(1) と (2) が合わせて起きる(共役する)ための仕組みとして、酵素が用いられる。一つの酵素が複数の活性中心をもち、(1) と (2) が同時に近接して起きるための場を提供することで、二つの反応が共役して起きることを可能にする。このことも伏見先生の解説に書かれている。

相転移の場合の平衡と化学ポテンシャル

化学反応の場合、ΔG、きちんと書くと  の値は平衡状態で 0 になるように考え方ができている(それによって反応が右辺へ向かって進むか、左辺に向かって進むかを判断できる)。 化学反応以外の分野では、化学ポテンシャルを用いて平衡状態について考察することがある。化学ポテンシャルは、一分子(粒子)あたりの G と考えることができる。

白井先生の教科書の p199 に、二成分系(水 H2O の、存在状態が水相と気相)の場合に、平衡状態がどのように決まるかについて解説されている。こちらの方は、「理想気体の状態方程式」に依存することがないという有利な点がある。

左辺と右辺がある相転移(左辺は液体、右辺は気体など)を考える。

左辺の G と右辺の G の和が、全体のギブス自由エネルギー G になる。全体のギブス自由エネルギーだけを考えるなら、左辺と右辺の区別がない場合と同じで、全体の状態は全体の G が最低になるように変化する。最低の値になるとそこで変化しなくなる(平衡状態)ので、 dG = 0 になる。全体を考える場合、この微分で表した形式で考えてきた。   しかし、左辺と右辺を区別する場合はそれだけではいけない。その場合、左辺の G、右辺の G がどう決まるかをまず考える。この文章の上の方に書いたことでは系全体(この場合なら左辺と右辺を合わせたもの)の G の微小な変化 dG を考えていたが、左辺と右辺があってΔG を使う場合は微小な変化ではない G そのものを考えないと都合が悪くなる。

白井先生の教科書で例としてあげられているのは「水と水蒸気の共存状態」である。 どちらも分子としては水 H2O だが、存在状態が水相、気相と異なる。なので多成分系になる。

化学ポテンシャルについてこの文章の上の方に書いたことで、 

という関係が出てきた。G は G ≡ F + PV という関係でまず出てきた(この文章では)が、うまい具合に化学ポテンシャル  を用いると、温度 T と圧力 P が一定であるという条件では、F や V のことは全く考えなくても化学ポテンシャルだけを考えて G を扱うことができる。温度 T と圧力 P が一定であるという条件が満たされていれば、化学ポテンシャルと G だけ考えれば後の F や V や H や S のことは忘れてもよいというのが手品のようで不思議な気もするが、確かに筋道をたどってみるとそうなのだから、そのことを有難く使わせてもらう。

白井先生の教科書では g = G / N という形で化学ポテンシャルを定義している。私が上の方の文章で書いたのでは  だった。 左辺と右辺があってΔG を使う場合は G の形で考えないと都合が悪くなるので、白井先生の教科書のように書き直す。

左辺は、 を N で積分する。生物学では微分(グラフの傾き)はたまに出てくる(実験データから作成した回帰直線の傾きを読み取って何かの値とする)が、積分はめったに出てこない。 は N から見るとただの定数(N がいくら変化しても  は一定のまま)なので、これは+積分定数になる。  

右辺は、 を N で積分する。すると +積分定数になる。

合わせると  N = 0 なら G = 0 と考えてよいので C = 0

よって 

化学反応の場合は  という関係から V を P で積分して G にしていた(積分するために V = RT / P を取り入れないといけなかった)が、化学ポテンシャルでは単に N をかけ算すれば済む。

あとは p199 の下半分にあることそのままで(化学ポテンシャルは  と書く)、

全体の  は、左辺の G と右辺の G の和で、

左辺の水分子一つが相転移して水蒸気になるとすると、 が1減ると、 は1増える。

しかし左辺の分子数と右辺の分子数を合わせた総分子数 N は変化しない。だから    これがつねに成り立っていないといけない。こういう条件を拘束条件という。

  という条件下では、

 で、平衡になる条件(温度 T、圧力 P)では dG = 0

 は分子数 N が変化しても影響を受けず一定なので 

だから

この値が0になるには、  でないのなら(そうだったら何も変化が起きていないと言うことで意味がない)、 であることが必要になる。 このように、化学ポテンシャルは、両方向に進める状態変化が平衡状態になる条件を決めるときに決定的な要因になっている。


p199 の例では左辺は1分子、右辺も1分子で分子数は変わらなかった。これがもし左辺は2分子、右辺は1分子に変化するならどうなるか。例えば DNA はお互いに相補的な一本鎖2本が水素結合で二本鎖の状態になる。またその逆も起きて、温度によって状態が変わる。これは水分子が液体(水素結合で、1分子の水分子は4分子の水分子と可逆的な結合をする。その状態では水は液体になる。これは生物学の教科書でも重要なこととして最初に掲載されている)と気体の状態を移り変わるのと共通したところがある。

左辺が ss1 + ss2、右辺が ds1 とする。「二本鎖の状態で、1分子」として、分子数を数えることにする。そうしないと、総分子数 N が一定にならなくなるので都合が悪い。一本鎖の ss1 単独の状態では、0.5 分子ということになる。ss1 と ss2 は、つねに同じ分子数存在することにする。

全体の  は、左辺の G と右辺の G の和で、

左辺のお互いに相補的な DNA 分子 ss1 と ss2 が結合して二本鎖 DNA ds1 になるとすると、 で、 が 0.5 分子ずつ減ると、 は1分子増える。

「二本鎖の状態で、1分子」として分子数を数えることにすると、左辺の分子数と右辺の分子数を合わせた総分子数 N は変化しない。だから    これがつねに成り立っていないといけない。こういう条件を拘束条件という。

  という条件下では、

 で、平衡になる条件(温度 T、圧力 P)では dG = 0

 は分子数 N が変化しても影響を受けず一定なので 

だから

この値が0になるには、  でないのなら(そうだったら何も変化が起きていないと言うことで意味がない)、 であることが必要になる。 これは、「左辺の ss1, ss2 の化学ポテンシャルの平均値が、右辺の ds1 の化学ポテンシャルと等しい」と言うことで、この場合も化学ポテンシャルで平衡状態が決まることになる。


RT ln K を、配置の数の変化から考えることもできると解説されている。ttp://mole.rc.kyushu-u.ac.jp/~akiyama/ko-gi/biochem092.pdf

左辺に粒子が n1 個、右辺に粒子が n2 個存在する。これらの粒子は、N 個の箱(体積はどれも V で一定)のどれかに一つずつ収まっている。一つの粒子が左から右へ移動すると、配置の数が変化する。この場合、箱がヒストグラムの区画、粒子があるかないかが各区画の数値(0か1)のように考えられる。この場合エントロピーを ln(配置の数)で簡単に計算できる。そのことから、解説にあるように対数が出てくる。  はボルツマン定数で、気体定数 R に相当する。一粒子あたりだと  になって、1モルあたりだと R になる。

粒子数からエントロピーを計算できるので、粒子数が変化した場合、引き算でエントロピーの変化を計算できる。

解説では G ではなくヘルムホルツ自由エネルギー F の変化 を計算するために、F = U - TS を用いている。粒子数の変化で F は F1 から F2 と変化する。U は粒子数の変化で影響を受けず一定とすると、F1 = U - TS1, F2 = U - TS2 で、F1 - F2 = -T(S1-S2) になる。これを左辺、右辺別々に行っている。 全体のエネルギー変化 (dF に相当) は、左辺の変化と右辺の変化を足したものになる。

その結果は ln の足し算になり、対数では足し算をかけ算(逆数なら割り算)にできるので Tln(C2/C1) のようになる。これは1粒子あたりの「全体のエネルギー変化」になるので「全体の化学ポテンシャル の変化」ということにもできる。F と G と の区別がどうなっているのかわからない気もするが、とにかくこの形になる。1粒子あたりでなく1モルあたりなら、単純に が R に変わる。

細胞の静止電位を計算する式と RT ln

 外側            K+            K+
 脂質二重層 ============[K+ channel]=[Na+, K+ pump]====================
 内側         K+  K+  K+  K+  K+  K+  K+  K+  K+  K+

例えばカリウムイオン K+ は、細胞内の濃度が高く、細胞外の濃度が低い。イオンポンプによって濃度差が生じる。

細胞内の濃度を高くするには、イオンポンプが ATP のエネルギーを利用して細胞の外から内側へ能動輸送している。カリウムイオンの場合、カリウムイオンを取り込むと同時にナトリウムイオンを放出している。そのせいで、Na+, K+ イオンポンプは細胞内外に電気的な偏りを発生させない。

この条件下で、イオンは選択的な通路であるチャネルを通って濃度が高い内側から低い外側へ移動しようとする(そうすれば濃度差によるエネルギーが低くなるので、変分原理によってそうなろうとする)。 このことを例えると「気体を高い圧力で詰めてある風船に穴が開いた」ことに相当する。イオンの濃度が高いのは、気体の圧力が高いことに相当する。イオンチャネルは風船に開いた穴に相当する。 風船に穴が開くと内部の高圧の気体は低圧の外部へ穴を通過して流れ出してくる。イオンの場合も、高い濃度の内側から低い濃度の外側へイオンチャネルを通過する流れが生じる。

濃度差によるエネルギー(この場合チャネルを通じた流れを作るエネルギー)は、 これはプラスイオンの場合 マイナスイオンだと out と in が逆(正負が逆になる)

分数の部分は本来は引き算(濃度の差)だが、対数を取っているのでこの形に書き直せる。

一方、電気的な偏りを考えると、内側から電子を放出した K+ イオンが外側へチャネルを通って移動すると、電子は移動しないので内側にはカリウムから放出された電子が貯まった状態になっている。K+ チャネルは K+ を選択的に通過させるのでそうなる。

一方、外側から K+ イオンがイオンポンプで輸送される際は、同時に内側から Na+ イオンが外側へ輸送されるので、動ける電子の数は外側、内側どちらも一つずつ増える。だからイオンポンプでは内と外の電気的なバランスは変化しない。

だから電池のように見ると、内側は動ける電子を多量に供給できる−極、外側は電子を受け取る能力を持つ(カリウムイオン K+ によって)+極に相当する。 それによって細胞の内側と外側の間に、内側がマイナスの電位差が生じる。この電位差は、イオンが外側へチャネルを通過して移動することを妨げるように働く(細胞内がマイナス電位だと、プラス電荷をもつイオンを引き留めるように相互作用するから)。

電位差に由来するエネルギー(K+ イオンを内側へ引き留める)が、K+ イオンの濃度差によるエネルギー(K+ イオンを外側へ移動させる)と一致すると、イオンチャネルを通じたイオンの動きが打ち消しあって一定の速度になり平衡になる。この状態での電位差を K+ イオンの平衡電位という。

K+ に注目すると内側の方がカリウムから放出された電子が貯まっているので、外側を基準とすると、内側がマイナスの電位になる。

電位差をエネルギーに直すにはファラデー定数 F, イオンの電荷数 Z を使って換算する。電位差 E = エネルギー / [ Z (そのイオンの電荷数)* F(ファラデー定数)]  

だから電位差 E によるエネルギーは E * Z * F になって、これが濃度差によるエネルギー  と一致する。そのときの電位を平衡電位という。 カエルの骨格筋細胞では、K+ の平衡電位は約 -100mV になる。

pH 電極による pH 測定の原理と RTln

生物学において pH の測定は様々な局面で頻繁に必要になる。酵素活性を測定するには反応条件を整えるために pH を一定の値に設定した緩衝液を必ず添加する。緩衝液は溶液の pH を一定の値に設定し酵素反応をおきやすくするために用いられる。

上に書いた細胞の静止電位では

 外側            K+            K+
 脂質二重層 ============[K+ channel]=[Na+, K+ pump]====================
 内側         K+  K+  K+  K+  K+  K+  K+  K+  K+  K+

となり、カリウムイオン濃度の差によるエネルギーが電位差によるエネルギーと釣り合うことによって、細胞内外の電位差(平衡電位)が決定された。

pH 電極はこれと同じような仕組みで、溶液の pH (水素イオン濃度)を電気的に測定するための装置である。

細胞の静止電位で外側と内側を仕切っている脂質二重層は、pH 電極では「pH 応答ガラス膜」に対応する。 細胞ではカリウムなどのイオン濃度の外側と内側の差に由来するエネルギーが電位に換算された。それに対応して、pH 電極では水素イオン濃度の電極外側と内側の差に由来するエネルギーを電位に換算する。pH 電極の内側には、pH を正確に 7 に調節した KCl 溶液が封じ込められていて、水素イオン濃度の基準になる。

pH 電極の内側に封じ込められた、pH を正確に 7 に調節した KCl 溶液と、ガラス膜を仕切りとした外側の溶液の水素イオン濃度の差からエネルギーが生成する。そのエネルギーが電位に換算され、測定できるようになっている。

細胞の脂質二重層では、イオンチャネル、イオンポンプというイオンを選択的に輸送する仕組みが備わっていた。pH 電極のガラス膜も、水素イオン濃度に選択的に応答できるように特別な組成になっている。ただのガラスでは水素イオンと全く相互作用しないので pH を測定できない。ガラスにリチウムなどの元素を配合することで、水素イオンと相互作用して濃度の差をエネルギーに変換できるようになっている。

熱力学に基づいた電位差の計算は、細胞の脂質二重層の場合と同じ仕組みで行える。

水素イオン濃度差によるエネルギー(pH 応答性ガラス膜を通じた水素イオンの流れを作るエネルギー)は、   分数の部分は本来は引き算(濃度の差)だが、対数を取っているのでこの形に書き直せる。   は、pH 7 に設定してあるので  になる。この値が基準になる。

ここで pH は  なので、このことによって上の式を書き直すと、

 になる。pH 自体が対数の値なので式から対数を消せ、pH の差にいつもの RT を掛け算することになる。

この式から、外部の溶液の pH が内部の pH と同じ 7 なら、濃度差によるエネルギー = 0 になる。外部の溶液が酸性 (pH < 7) ならエネルギーは正の大きな値、アルカリ (pH > 7) なら負の値になる。

細胞の静止電位の場合と同じように、濃度差によるエネルギーを電位差に直すにはファラデー定数 F, イオンの電荷数 Z を使って換算する。電位差 = エネルギー / [ Z (そのイオンの電荷数)* F(ファラデー定数)]  この場合水素イオンの Z = 1 で、F で割り算すればよい。

  この値が理論的な電位になる。

実際の測定では、理論的な電位差から様々な要因でずれが生じる。pH 7 で電位が 0 にならないことを「不斉電位が 0 でない」という。比例定数が   よりも小さいことを「感度が低下した」という。

DNA の二本鎖と一本鎖の変化の熱力学

分子間相互作用解析の場合の ΔG の定義 ΔG = ΔH - TΔS = -RT ln K (K は結合定数)の関係を用いて、DNA が二本鎖から一本鎖へ変化する際の ΔH, ΔS, ΔG を求めることができる。このことについてはいくつかの会社のウェブサイトに解説されているが、少しわかりにくいところもあるのでここに書き直してみる。また、この「DNA の二本鎖と一本鎖の変化の熱力学」は、細胞内の様々な分子が単量体、複合体の状態を移り変わる様子を熱力学的に分析する際のモデルにもなるだろう。

DNA が2分子の一本鎖から二本鎖へ変化する状態変化(可逆)を、A1 + A2 <-> A1A2 と考える。 この反応は、温度によって大きな影響を受ける。低温では二本鎖になりやすく高温では一本鎖になりやすい。全体の半分の DNA が一本鎖になる温度を Tm という。

この状態変化の結合定数 K を表す式は、

になる。K を考えるためにいくつかの数値を定義する。

すべての核酸の濃度(分子数/体積)を  とする。 今から考えることでは体積は一定なので、濃度でも分子数でも同じことになる。 これは、「二本鎖で一分子」と考える。

すべての核酸のうちで、二本鎖になっている分子の割合を とする。割合だから 0 <= a <= 1 になる。

これらの条件で

 になる。 なぜ2倍するのかというと、結合定数を考える際は一本鎖の核酸1分子を単位とするので、二本鎖になっている核酸は、その分子数の2倍で勘定が合うと言うことらしい。 上の  では「二本鎖で一分子」と考えたので統一されていないが、こうすると実験結果と合うのだろう。これがわかりにくかった。

[A1] = [A2] とすると、 になる。

結合定数 K は、

になる。

全体の半分の DNA が一本鎖になる温度を Tm というので、Tm においては a = 0.5 になる。

以上の結果を、ΔG = ΔH - TΔS = -RT ln K の関係にあてはめる。 ΔH - TΔS = -RT ln K を使い、T = Tm の場合に注目する。 その場合 a = 0.5で、

式を変形すると、

T = Tm では  だから

実験で測定できるのは Tm で、そのときの  を何通りにか設定して、それぞれの条件での Tm を測定する。

横軸に 、縦軸に  をとる。傾きは  になり、切片は  になる。これらで ΔH と ΔS が求められる。

ΔG = ΔH - TΔS を使えば、ΔG も値を出せる。

最近接塩基対法 (Nearest Neighbor method) では、上に書いた熱力学的な性質を用いて、任意のオリゴヌクレオチドの Tm を求めている。シグマのウェブページに解説がある。

研究で合成して実験に使うオリゴヌクレオチドは、20 bp くらいのものが多い。その配列を2本鎖の形で書く。それを 2 bp ずつ(塩基としては4つ)に分ける。 そうすると、塩基の組み合わせとしては4x4=16通りになる。しかし、2本鎖の DNA は相補的配列を取っているので、ひっくり返すと同じ配列になるものが16通りに含まれるようになる。例えば、

 5' AC 3'   これは 5' GT 3'
 3' TG 5'       3' CA 5' と、同じもの

こういう組み合わせを除くと、16通りではなく10通りになる。それらの10通りについて、ΔH と ΔS がすでに測定されている。 例えば 20bp の DNA なら、10個の 2bp の2本鎖に分けられる。それぞれの 2bp に対応する ΔH と ΔS を足し合わせて、そのオリゴヌクレオチド全体の ΔH、ΔS とする。それらの値を用い、オリゴヌクレオチド全体の Tm を求める。

http://biotools.nubic.northwestern.edu/OligoCalc.html   OligoCalc という Warren A. Kibbe 博士らによるホームページでは、この方法を用いて計算ができるだけでなく、Javascript で書かれたソフトウェアのソースコードも公開されている。


上に書いたことでは、パラメーターとして「すべての核酸のうちで、二本鎖になっている分子の割合   」を使っている。 「温度 T が変化すると、 はどう変わるのか」を知るには、アレニウスの式を使う必要がある。また「可逆な化学反応の時間的な変化」を考える必要がある。

アレニウスの式を書いてみると、

反応定数

k は反応定数、A は頻度因子、Ea は活性化エネルギー、R は理想気体の状態方程式に出てくる R、T は温度

Ea が大きいと、同じ温度 T でも、k は小さくなる。活性化エネルギーが大きいと反応は起きにくいので、そのことと合っている。

「可逆な化学反応の時間的な変化」に関するわかりやすい解説 http://www.tagen.tohoku.ac.jp/labo/ishijima/Chemical%20reactin-04.html   が、東北大学 石島研究室 http://www.tagen.tohoku.ac.jp/labo/ishijima/Index-J-tate.html によって公開されている。

二本鎖ができる反応(反応定数 k1 )と、二本鎖から一本鎖に変わる反応(反応定数 k2 )の二種類があり、それぞれについて頻度因子、活性化エネルギーを定数として決めておく。A1, A2, Ea1, Ea2 ということにする。

二本鎖になっている DNA の濃度を [ds1], 一本鎖DNA のそれぞれの鎖の濃度を [ss1], [ss2] とする。[ss1] = [ss2] になる。 すべての核酸の濃度(分子数/体積)を で、「二本鎖で一分子」と考えることにした。 だから  になる。 [ss1] の部分は、本当は ( [ss1] + [ss2] ) / 2 で、[ss1] = [ss2] だから [ss1] と一致

すべての核酸のうちで、二本鎖になっている分子の割合 a は、 と [ds] で決められる。 

[ds1] や [ss1] の時間的変化は、「増加する量」- 「減少する量」で表現できる。

ここで  という関係を使う。すると変数を [ds1] だけにできる。[ds1] が決まれば、  だから [ss1], [ss2] も決まる。

 とする。これらの値は温度 T で決まる。

時間的な変化を表現すると、

平衡状態では時間的な変化 = 0 で、 なので、

 これから

   これは [ds1] についての二次式になるので、二次方程式の解の公式で計算ができる。温度の影響は、 の部分に出てくる。その計算は面倒になるが、Scilab というソフトウェアで表現できてグラフにできる。

 // Scilab
 deff( ..
  "A1dash = ale1(temp, A1dash)", .. //
  "A1dash = A1 * exp(-Ea1 / (R * temp))" ..
 )
 deff( ..
  "A2dash = ale2(temp, A2dash)", .. //
  "A2dash = A2 * exp(-Ea2 / (R * temp))" ..
 )
 deff( ..
  "ds1 = ds_amount(temp, ds1)", ..
  "ds1 = 0.5 * ( (2 * Ctotal + (ale2(temp)/ale1(temp))) - sqrt( (2 * Ctotal + (ale2(temp)/ale1(temp)) ) ^ 2 - 4 * Ctotal) )" ..
 )
 A1 = 0.0000001; Ea1 = 1;
 A2 = 9999; Ea2 = 700;
 R = 0.083 // J K-1 mol-1 * 0.01
 Ctotal = 1
 ds1 = 0.5
 ss1 = Ctotal - ds1
 ss2 = ss1
 //
 dsvec = 1:400;
 temp = 1:400; // length = 400
 for v = 100:400;
    dsvec(v) = ds_amount(v);
 end
 plot(temp(101:400), dsvec(101:400));

こうすると、「DNA が高温で melt する」ときの吸光度変化(リアルタイム PCR の機械で得られる)とそっくりなグラフが書かれる。 「高い温度では DNA は 一本鎖になる」ということから、パラメーターの値には制限が生じる。 A1, A2, Ea1, Ea2 はどうあるべきか。 Scilab での結果では、ss -> ds の頻度 A1 はとても小さく、その代わり活性化エネルギー Ea1 はとても小さい。一本鎖が二本鎖になるチャンスは、特に DNA 濃度が低いと小さい。しかし二本の相補的な DNA 鎖がそろうと、すぐに二本鎖になれる。 ds -> ss の頻度 A2 はとても大きく、その代わり活性化エネルギー Ea2 はとても大きい。二本鎖になっている DNA はすぐに解離しようとするが、活性化エネルギーは大きいので、簡単に解離することはない。

このことをエントロピーから定性的に考えるとどうなるだろうか。一本鎖が二本鎖になると、二本の DNA 鎖は溶液中で必ず同じ場所に存在することになる。ヒストグラムを考えると、一本鎖では存在確率が多くの区画(場所)に広がっていたのが、二本鎖ではより少数の区画(場所)しか入らなくなる。 だから二本鎖になるとエントロピーは低下する。二本鎖から一本鎖になるとエントロピーは上昇してエントロピー駆動の変化が起きやすくなる。これは特に温度が高くなると起きやすくなる。

「二本鎖になっている DNA は温度が高くなると解離しやすい」ことと、一致している。

細胞内には様々な複合体があり解離したり結合したりしている。それらはとても重要なことである。 そういうことを、試験管内で分析するだけでなく生きた細胞のままで間接的に熱力学的に解析できるようにできないだろうか。「見かけ上の結合定数」のようなものが決められて、それを生育条件ごとに比較したり、生物種間で比較したり出来ればよいかもしれない。

化学と生物(日本農芸化学会の機関誌)2017年3月号に、水野 猛, 山篠 貴史 両先生が「植物の概日時計と和時計 -植物に内在する時計のしくみ-」という解説を書かれている。 植物の細胞内には、時計となる中心振動体が細胞内に構築されている。 EC(Evening Complex) と呼ばれる LUX, ELF3, ELF4タンパク質の複合体が形成される。 中心振動体は日長を感知するだけでなく、温度も感知する。 植物の成長、花芽形成は中心振動体によって制御される。 まだわからないことが多数残っている興味深い研究分野である。

リン脂質二重層の相転移

細胞を構成する分子はどれも温度の影響を受ける。その中でも、細胞の膜系を構成する主要成分であるリン脂質二重層は生理的温度付近で相転移を起こすことが知られている。 このことはとても重要なので化学、物理の分野でも熱力学的、統計物理的に詳しい研究が多数なされている。「ソフトマターの物理」の分野で研究されている。

「においセンサー」「味覚センサー」の工学的な研究が進んでいる。脂質二重層と半導体を組み合わせることで優れた性能を持つセンサーが開発されている。

生物学的にも、細胞膜の相転移温度が生物の温度適応能力を決定する因子の一つであることが知られている。最近生物の温度感知機構が注目されている。もちろん一つの細胞に複数の温度関知機構が共存して複雑なネットワークを形成しているだろうが、脂質二重層がその一員である可能性は高い。化学、物理の分野での成果を生物学に導入しやすい研究課題になり得るかもしれない。

植物が花を咲かせる(生殖成長へ移行する)タイミングを決める仕組みはとても重要で研究が進んでいる。花成ホルモンの本体として FT タンパク質が日本のグループにより発見された。 この FT タンパク質は、リン脂質の一種であるホスファチジルコリン (PC) と結合することが解明されている。「シロイヌナズナのフロリゲンであるFTは、日周変動するリン脂質に結合し、開花を促進する」 http://www.natureasia.com/ja-jp/ncomms/abstracts/53698

花成は温度の影響を強く受けることが知られている。そのことに、温度感受性分子であるリン脂質の性質が関係している可能性もある。

生物学の教科書ではまず「細胞を構成する分子」について解説がある。リン脂質は脂質の一種であり、グリセロール骨格に脂肪酸が2本結合した疎水性部分と、リン酸と極性分子が結合した親水性部分が一つの分子に共存している。このことからリン脂質は「両親媒性物質」と呼ばれる。 両親媒性物質の一つの分子内に共存する親水性部分、疎水性部分にはお互いに反発する力(斥力)が働く。複数の両親媒性分子があると、斥力を最低にする構造を取ることで全体のエネルギーが低くなり安定になる。 参考にした資料: http://www.bio.phys.tohoku.ac.jp/index.html   東北大ソフトマター・生物物理研究室

この性質によって、水中に存在する複数のリン脂質分子は親水性部分、疎水性部分がお互いに寄り集まることで全体のエネルギーが低下して安定化する。このことによって自発的にミセル、脂質二重層などの構造を形成する。

さらに、形成された脂質二重層の構造は温度によって大きく影響を受ける。水中に存在する脂質二重層は、水分子と接触する側にリン脂質の親水性部分を向けている。 その反対側に疎水性の脂肪酸の部分が伸びて、二重層のもう一つの層の脂肪酸の部分と寄り集まって安定な構造を形成する。

       水分子 水分子 水分子 水分子 
      ○○○○○○○○○○○○○○ リン脂質の親水性(極性が高い)部分(頭部) 水分子と接触
      \\\\\\\\\\\\\\
      ////////////// リン脂質の疎水性(低極性)部分 
 
      ////////////// もう一つの層 
      \\\\\\\\\\\\\\
      ○○○○○○○○○○○○○○ リン脂質の親水性(極性が高い)部分(頭部) 水分子と接触
        水分子 水分子 水分子 水分子 

脂質二重層の親水性部分は、リン酸、親水性残基が規則正しく整列することで構成される。これは温度の影響を受けにくい。 疎水性部分を構成する部分(脂肪酸由来の炭化水素鎖)は、温度の影響を強く受ける。高い温度では液体に近い状態になり「液晶相」と呼ばれる。低温ではこの部分も規則正しく整列して「ゲル相」と呼ばれる。 液晶相とゲル相で相転移が観察される。疎水性の脂肪酸由来の部分の方向、配向性が重要になる。この部分の向きを矢印で表すと、電子や原子核のスピンのようにも見立てることもできる。

参考にした資料: 「トポロジーからの相転移」川村先生 数理科学 2006 年 2 月号

      ○○○○○○○○○○○○○○                   ○○○○○○○○○○○○○○ 
      ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓                    →↓←→→←↓↓↓↓←→→←
 
      ↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑                    ↑↑→→→←←←←↑→↑↑→
      ○○○○○○○○○○○○○○                   ○○○○○○○○○○○○○○ 

左のように向きが全部そろっている状態がゲル相に相当する。

疎水性の脂肪酸由来の部分は、お互いに相互作用をする。その場合、向きが全部そろっている状態で全エネルギー(運動エネルギーとポテンシャルエネルギーの和で内部エネルギー U に相当)が最低になると解説されていた。詳しいことは後で勉強する。 一方、向きが全部そろっている状態は向きを区画とするヒストグラムにすると1区画にすべての分子が集まっていることになる。この状態はエントロピー S が最も低い。

エネルギー的には、エネルギーが低い、向きが全部そろう方向へ変化しやすい。しかしエントロピー的には向きが一様に分布するように変化した方がエントロピーが高くなるのでそうなりやすい。どちらの状態になるかは、ΔF = ΔU - TΔS の関係から、温度が低いときはエネルギーで決まり、温度が高いときはエントロピーで決まる。

川村先生の解説にはもっと高度なことが解説されている。ちょうど境界になる温度は、矢印と矢印が相互作用する強さによって決まる。一次元に並んでいると両隣と相互作用する。脂質二重層では二次元に並んでいて、隣り合う4つの矢印と相互作用する。

一次元では、矢印の向きが全部揃った状態は、温度が絶対零度にならないと起きない。矢印が回転した状態がどんどん波として遠距離まで伝わっていき全体の秩序を壊すことが、必ず起きる。

二次元になると、相転移がある温度で観察されるようになる。しきいとなる温度より低い温度では、矢印の向きの秩序を壊す、ボルテックス(渦)という構造が二つで、一つのペアを作る。その構造は近い距離までしか影響を与えないので、矢印の向きの相関・秩序が減衰しにくい状態になる。

高い温度では、エントロピー駆動の変化が起きやすい。矢印の向きの秩序を乱すボルテックス(渦)という構造が、エントロピーが上昇することで系全体の自由エネルギーを低下させる変化として自発的に生じる。その構造は遠距離まで影響を与える。それによって矢印の向きの相関・秩序がすぐに減衰した状態になる。

この「ボルテックスが関係する相転移」は、トポロジカルな相転移と呼ばれ、2016年のノーベル物理学賞と関係することが、日本科学未来館のページで紹介されていた。   http://blog.miraikan.jst.go.jp/topics/201610042016-9.html

比熱に相当する値を、マイクロアレイなどの結果から取り出せないか

工学、物理、化学の分野では比熱を測定することが多い。比熱はエネルギー等分配則などと関連づけることによってエントロピーなどの直接測定できないが重要な量を導くのに役立つ。

S を T で偏微分したものは、比熱を表現するときに出てきてよく使われるような気がする。それは F を T で二次微分したもので表現できる。

比熱と dS, dT, dF について

生物学で比熱を測定するということは、生物を構成する分子自体を研究対象とする場合を除くとほとんどない。生物学の教科書において比熱という言葉は、最初の方に「細胞を構成する主要成分である水分子は、とても高い比熱などの特別な性質を持つ。これは水素結合という水分子同士の結合が起きていることによる」ということ以外、出てくることはない。 しかしマイクロアレイなどによって昔は得られなかったデータが得られるようになっている。そういう以前にはなかったデータから、比熱に相当する意味を持つ値を得られれば、直接測定できないが重要な量に結びつけられるかもしれない。

そもそも比熱とはどんなものか。なぜ他の分野ではよく測定され重宝されているのか。

比熱とゆらぎ 白井先生の教科書の〜ページ

相転移と比熱変化 白井先生の教科書の〜ページ

熱容量・比熱の測定法

熱容量・比熱を測定することは、エントロピーや内部エネルギーを求めることにつながるのでとても重要である。 また、温度を変えながら、それぞれの温度における熱容量・比熱を測定することで、タンパク質の熱変性のような状態変化が起きる温度を求めることもできる。

例: Design, expression and characterization of a highly stable tetratricopeptide-based protein scaffold for phage display application.   Petters E, Krowarsch D, Otlewski J.   Acta Biochim Pol. 2013 Dec 17. PMID: 24350305   この論文では、Tetratricopeptide repeat (TPR) というドメインを持つタンパク質を設計して、熱安定性などを測定している。変性温度を測定するために differential scanning calorimetry (DSC) を用いている。

コーヒー豆のような食品において、水分含量は品質を決める重要なパラメーターになる。コーヒー豆の比熱について解説されているページがあった。   http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:pU1jK0UOl3wJ:ekawacoffee2.blogspot.com/2010/05/blog-post_15.html+&cd=5&hl=ja&ct=clnk&gl=jp   エカワ珈琲店 「シーベルの式」という式が、食品の水分含量を決める式として紹介されている。   

https://www.google.co.jp/search?q=siebel+equation+water+content&ie=utf-8&oe=utf-8&gfe_rd=cr&ei=QBCYWMGfOLDD8Afs8YLICA

単に含まれている水分子の分だけ比熱が高くなるのではなく、食品を構成する分子と水分子が強く結合する状態になった「結合水」のエネルギーも比熱に関与する。結合水がそうでない状態に変化するためにはエネルギーを必要とするので、その分比熱が高くなる。リンゴ果実と小麦粉では、水分を多く含むリンゴ果実の比熱が高くなる。小麦粉は水分が少ないが、結合水の状態で存在する水分子を多く含むので、比熱が比較的高くなる。食品の微細な構造と水分子の関連が比熱に表現されることになる。 こういうことから、比熱を測定することは食品の分野でも有用に用いられる(珈琲店でも簡易的な計測を活用しているらしい)。

熱容量を求める式は、「エントロピー変化」を求める式と似ている。熱容量は、対象物の温度を1度上昇させるのに必要な熱量で、実験で測定するときは「与えた熱量 d'Q」を「温度変化 dT」で割る。エントロピー変化は d'Q を「温度そのもの T」で割る。

熱容量の場合、「体積を一定とした場合の熱容量 定積熱容量( なので仕事 」と「圧力を一定とした場合の熱容量 定圧熱容量」がある。 熱容量は で表される。体積一定の場合、 で、 になる。

ここで、 は数学ではどういう量かを考えてみる。気体の場合を考える。内部エネルギー U を決めるパラメーターとして、2つの状態量 , を指定してみる。そうすると内部エネルギー U の量を表すグラフとして「Y 軸に U、X 軸に 温度 T、このとき 体積 V は一定」というグラフと、「Y 軸に U、X 軸に 体積 V、このとき 温度 T は一定」というグラフの二つができる。 内部エネルギー U の変化は、それらの2つのグラフから求まる U の変化を足し合わせたものになる。 これで求まる値が、 を数学的に導いた物になる。内部エネルギー U の全微分という。これは数学的な操作で、状態量の場合なら熱力学と関係ないところでもつねに成り立つ。

  右下に V や T をつけて、「体積は一定」「温度は一定」ということを示す。   体積一定の場合、dV = 0 なので、片方だけを考えればよい。 これが全微分で dU を表現した式になる。

全微分で dU を表現した式を dT で割ることで、定積熱容量は   ということになる。

熱容量は で表される。可逆過程 でのエントロピーを表す式 から、    だから  という式も可逆過程なら成り立つ。定積熱容量を温度を変えながら求めて、それぞれの値をそれぞれの温度で割った値を温度範囲で積分するとエントロピー変化の値を求められることになる。しかし実際にそういう実験をしたわけではないので感覚がつかめない。

熱容量は で表される。定圧熱容量の場合、d'Q = dH だから ということになる。圧力一定で可逆過程なら  なので  という式も成り立つ。

こういうことから、実験結果、または比熱x質量で求められる と、内部エネルギー変化 dU、エントロピー変化 dS をつなげられる。

「全微分のような数学的な操作で出てくる dU, dS, 偏微分の成分など」は、「熱力学の関係、対象としている物体の性質、与えられた条件(温度が一定とか)から出てくる dU, dS, 偏微分の成分など」と一致していないといけない。そういうことから計算を進めるきっかけができる。

様々な優れた解説が公開されている。

http://www.chem.tsukuba.ac.jp/kazuya/S_CondMattPhys.pdf   熱容量の測定法は、四種類に分けられるそうである。   http://www.nmij.jp/~mprop-stats/thermophys/homepage/newpage2.html   産業技術総合研究所熱物性標準研究室

断熱法 では、試料を断熱状態に置く。   http://kelvin.phys.s.u-tokyo.ac.jp/fukuyama_lab/japanese/research/heat_capacity.html    言葉で書けば簡単だが、実際にそれを実現する装置を組み立てるのは難しいのだろう。その状態で平衡化する。平衡化というのは様々な分野の測定、分析に出てくる。要するに安定した状態、時間が変化しても状態は全く変化しない状態になるようにする。そこに一定量のエネルギーを与える。

与え方は、いろいろな物があるだろう。ガスバーナーであぶってもエネルギーを与えられる。しかし与えたエネルギーの量を正確に測定できないといけないのでそれではいけない。ヒーターに決められた電圧で電流を流すことで発生する熱エネルギーを与える。電圧、電流は電圧計と電流計で測定できる。掛け算すると電力になる。電力に時間を掛けると熱量になる。その値が になる。

ヒーターに一定の時間電気を流すことでうまくいくように思えるが、それでは熱量を安定させることができない。そこでヒーターには常に電気を流しておき一定の熱を常に発生させる。その熱を、一定時間だけ試料を入れたチャンバーに伝えるようにする。それには「熱スイッチ」と言う物を用いる。スイッチが OFFなら熱は全く伝わらない。一定時間 ONにすることで、定まった熱量を試料に伝えることができる。 それによって、スイッチが ONになっている間、試料の温度は上昇する。温度差 を測定することができる。試料の熱容量 C は、 で求められる。

示差走査熱量測定(DSC, Differential Scanning Calorimetry) は熱容量を測定する方法の一つで、熱分析と呼ばれる分析の一種である。熱分析では一定のプログラムに従って試料の温度を変化させ、それによる様々な変化を測定する。「示差」というのは「差を取る」ということで、この場合、試料室(ヒーター、ヒーターの内側に設置されたヒートシンクによって囲まれている)に基準物質と試料の両方を並べてセットする。

それぞれに熱電対(温度に比例した電圧を発生するセンサー)を接触させ、電圧を測定し差を取る。まずヒーターを適当な温度に設定して全体を平衡化する。その場合基準物質と試料の温度は同じなので電圧差は0になる。また、ヒートシンクと基準物質、ヒートシンクと試料の間で熱の移動は全くない。

その状態から、ヒーターの温度をゆっくりと上げていく。または下げていく。基準物質は、その熱容量のせいで少し時間が遅れるが、ヒーターの温度と平行して温度が変化していく。試料も、その熱容量に応じて少し時間が遅れるが、同様に温度が変化していく。 基準物質と試料で熱容量が同じなら、温度変化は同じになる。試料の熱容量が基準物質よりも大きければ、温度が変化するまでにかかる時間が大きくなる。試料の熱容量が基準物質より小さければ早く温度が変化し始める。ヒーターの温度を横軸、基準、試料で測定した温度を縦軸にとってグラフを書くことによって熱容量に関する情報が得られる。こういう測定は、DTA (温度、温度差を用いた熱分析)と呼ばれる。

さらに DSC では、ヒートシンクと基準物質、ヒートシンクと試料の間に「熱抵抗体(ある程度熱を伝達するが、余り効率(熱伝導率)がよくない物質)」を挿入しておく。そうすると「基準物質と試料の温度差」だけでなく、「ヒートシンクと基準物質の温度差」「ヒートシンクと試料の温度差」を値として得ることができる。これは電流が流れる場合と同じである。A 点と B 点の間に電流が流れるとする。A 点と B 点が直結していれば二つの点は同じ電圧になってしまうが、間に適当な抵抗を入れておくとA 点と B 点の間に電圧差が発生する。

これらの温度値から熱流束(時間あたりにどれだけの熱量が移動したか Heat flow, 単位は mW)を求めることができる。 DSC のグラフでは、温度を横軸、熱流束を縦軸に取る。温度プログラムとして「一定温度→定速昇温(20K / min)→一定温度でホールド」のように設定する。温度が一定の時は全体が平衡になり、熱流束は0である。温度が上がり始めると Flow は正の値に上昇して、時間と共にさらに上がっていく。基準物質(既に熱容量がわかっている)と試料の Heat flow の差を用いて、試料の熱容量を導くことができる。

DSC 分析では温度を変化させることで試料が融解などの相転移を起こすとグラフにピークや段差、折れ曲がりが生じるので、相転移の研究に使われる。タンパク質や DNA は高温で高次構造が変化する。それを検出することができるので生物学にも使われる。

これらの測定できる量には、「たくさんの分子の運動の総和、平均に相当する量を目盛りとして直接とらえている」という特徴がある。朝永先生の本の下巻86ページに書かれている。 生物学で得られる測定値も、たくさんの細胞をまとめて測定した値の平均、細胞に含まれるたくさんの分子をまとめて測定した値の平均になっていることがほとんどである。その点で、生物学と熱力学は似ている。

測定された量、いくつかの計算式を組み合わせて、もっと抽象的な量であるエントロピーや自由エネルギー、内部エネルギーが計算される。 計算の仕方が理論によって示される。

実例1: ttp://netsuryutai.te.mes.musashi-tech.ac.jp/teaching/guide_no3.pdf   東京都市大学 熱流体システム研究室で公開されている資料   この資料では、体積 V 一定の容器に熱を加えたことによる、内部の空気の圧力 P と温度 T の変化を測定している。 体積 V、圧力 P、温度 T が測定で直接求められる。これらの値と、空気の比熱などの、すでに測定され本を見れば載っている値を計算式に代入して内部エネルギー U の変化が求められる。

容器に含まれる分子の数 N は、容器が密閉されているなら、加熱して温度 T が上昇しても変化しない一定の数である。容器に封じられた空気は、理想気体の状態方程式 PV = nRT にだいたい一致する性質を示す。 ゆえに、圧力*体積を温度で割り算した値 PV / T は、加熱前、後で比較するとよく似た値が得られる。

実験結果には必ず誤差が含まれるので全く同じ値にはならない。そのことに関する解説も書かれている。バーナーで与えた熱 d'Q は、「容器内の気体の内部エネルギー U を増加させる」「気体の体積変化による仕事(ピストン(移動できる壁)の移動) をさせる」の、二つのことに使われる。 この実験では体積 V は変化しないので、与えた熱 d'Q が全部内部エネルギー U の増加に使われる(d'Q = dU)。 与えた熱 d'Q は、定積比熱 を用いると 「分子数 N * 定積比熱 * 温度変化 dT」と表される。 この実験では、d'Q = dU なので、dU がこれで求められる。

分子数 N は、理想気体の状態方程式に、測定した P, V, T をあてはめて求められる。空気の定積比熱 はすでに測定された値があるので参照する。 温度の変化 dT は加熱前、加熱後の温度をそれぞれ測定して引き算する。

細胞一つ一つの温度を測定することは、細胞の比熱を測定することにもつなげられる。

最近、生物学においても温度に注目した研究が注目され始めている。細胞がもつ温度センサーの研究が進んでいる。細胞も普通の機械と同じように呼吸、代謝などの活動から熱を発生する。人間の体温はそれによって維持されている。最近、細胞一つ一つ、また一つの細胞内のオルガネラの温度を測定する方法が開発されている。こういう技術が進むことによって、細胞が行う物事を熱力学を確かな基盤としてうまく説明することにつながるかもしれない。細胞一個の温度がうまく測定できれば、細胞一つの熱容量の測定にもつながるだろう。その値は、その細胞の性質を反映したよい指標になるかもしれない。

化学と生物(日本農芸化学会機関誌)2014年6月号に、「酵母の細胞内温度を測る」という、 辻先生による解説が掲載されている。

生物、細胞で「抽象的だが重要な量」を見いだす

熱力学では温度、圧力などの測定できる値から、抽象的だが重要なエントロピーや内部エネルギーを導き出す。生物学では遺伝子発現や物質の量を測定する。それらの値の平均や分散を計算したり、塩基配列をタンパク質の配列に翻訳したりする。「抽象的だが重要な量」を計算することは酵素反応の Km 値などがそうかもしれないが、あまりない(探せばもっとあるだろうが)。 生物、細胞で「抽象的だが重要な量」を見いだすことが今後必要になるかもしれない。化学や物理と言った他の学問分野の成果を解説した本を眺めていると、測定できる量だけで推論、議論するのでは限界があると思える。測定法も処理能力、精度の両方でもっと進歩しないといけない。 「細胞内・細胞表層のエントロピー」を測定する方法を考えないといけないのかもしれない。細胞内に存在する様々な制御機構には、細胞内のエントロピーで制御されるようなものがあるかもしれない。

生化学:エントロピーは化学的性質に勝る 2018年11月22日 Nature 563, 7732   https://www.natureasia.com/ja-jp/nature/highlights/95215   あるタンパク質の尾部に存在するドメインが、特定の高次構造をもたない無秩序な状態、すなわちエントロピーが高い状態へ移行することによって、そのタンパク質の取り得る立体構造を制限して他の因子と結合しやすい状態に保っているという現象が見いだされた。

「エントロピーが駆動する新たなミトコンドリアタンパク質輸送機構を発見」 https://www.kyoto-su.ac.jp/news/20190204_345_release_ka01.html  植田先生、(名古屋大学)阪上先生、河野先生、角田先生、松本先生、遠藤斗志也先生 (京都産業大学)、田村先生 (山形大学) のグループによる研究の紹介

老化は、エントロピーで駆動される生物現象と考えてよいのかもしれない。F = U - TS の関係から、温度が高いほどエントロピーの影響は大きくなる。 植物は基本的な熱力学に基づいて生きている生物なので、温度を下げると成長が遅くなり、老化も遅くなる。

生物には最適温度がある。温度が高すぎると細胞を構成する成分の機能が低下して生育できなくなる。また活性酸素の量が増加したりしてダメージが生じる。 エントロピーのことはあまり考慮されていないが、関係があるかもしれない。 人間は速度と情報を取り入れた熱力学に基づいて生きている。「体温はなぜ37℃なのか」 東邦大学 長谷川先生 https://www.toho-u.ac.jp/sci/bio/column/017691.html 活性酸素などの影響が重視されている。もしかしたら速度と情報を取り入れた熱力学から、なぜ 37 度なのかがわかるかもしれない。


「実験医学」2013年の1月号で、以下のような論文が紹介されていた。

Bayesian inference of force dynamics during morphogenesis.   Ishihara S, Sugimura K.   J Theor Biol. 2012 Nov 21;313:201-11. doi: 10.1016/j.jtbi.2012.08.017. Epub 2012 Aug 24.   PMID: 22939902

ショウジョウバエの羽を構成する細胞の形を精密に測定し多角形として数値化する。それを元にして、それぞれの細胞の辺にかかっている張力、それぞれの細胞が持つ圧力をベイズ統計学の手法を用い推定することに成功した。 植物の茎頂などにも適用したら新しいことがわかるかもしれない(立体的だから難しいだろうが。平面に近似してもいいかもしれない。細胞壁を蛍光で染めて共焦点顕微鏡で光学的にスライスすれば、立体的な形状を再構成できる)。

「細胞の形」という比較的測定しやすいデータから、「それぞれの細胞の圧力」というとても測定しにくい、できたとしても細胞にダメージが加わりやすい値を得られるわけで、すばらしい成果だろう。こういう方法論をよく勉強して、細胞から様々な「測れない値」「エントロピー、内部エネルギーのような抽象的な値」を求められるようになると、とても有意義だろう。

細胞の圧力が分かれば、それを熱力学の式にも当てはめられる。細胞の形が分かれば面積が分かり、厚さ一定とすれば体積にできる。温度も測っておけば、P, V, T が分かる。理想気体の状態方程式 PV = nRT をそのまま適用するのなら、「細胞の n 」が決まることになる。それに意味があるのかどうかはわからない。細胞に存在する分子は狭い体積に高密度に集積されているので、理想気体とは似ても似つかない。それぞれの細胞の n を計算して比較してみたら、なにか特徴があるかもしれない。


神経細胞には軸索や樹状突起がある。独特の形をしていてそれが機能に必須である。細胞の形から様々な情報が得られることは酵母細胞で実証されており、優れたデータベースもつくられている。

http://www.jst.go.jp/pr/announce/20051220/index.html   「細胞のかたちから遺伝子の機能を予測」大矢禎一教授(東京大学大学院新領域創成科学研究科)と代表研究者の森下真一教授(同上)らの研究グループによる成果

植物の種子の形態を画像から自動的に数値化するシステムもすでに開発されている。種子の形と、発芽力に何か相関があるだろうか。データをよく分析したら何かわかるかもしれない。そうなら実用にも近くなる。

SmartGrain: high-throughput phenotyping software for measuring seed shape through image analysis.   Tanabata T, Shibaya T, Hori K, Ebana K, Yano M.   Plant Physiol. 2012 Dec;160(4):1871-80. doi: 10.1104/pp.112.205120. Epub 2012 Oct 10.   PMID: 23054566


細胞の形から「エントロピー、内部エネルギーのような抽象的な値」を求められるだろうか。もしかしたらできなくもないかもしれない。形を数値化したデータをヒストグラムにしたらよいかもしれない。

細胞の形が球形だったとする。それは「0〜360度すべての方向に、同じ距離に、一様に点が配置されている」ということになる。また、植物細胞で顕著だが、細胞の形を決めている細胞壁や細胞骨格を破壊、除去すると細胞は球形になる。自然に球形になりやすく、またその状態で点の配置の一様さが最大なので、球形に近い細胞は、形から見たエントロピーが高いことになる。

生物の形態を目で見るだけではなく、数値として定量的に評価、分析することは以前から優れた研究が行われている。それによって高価な花の、品種間での形態の微妙な違いなどを定量的に調べることなどに応用されている。

P 形フーリエ記述子に基づくハナハス花弁の部分形状特徴の定量的評価   育種学研究 7:133-142(2005) 鄭、岩田ら   http://www.jstage.jst.go.jp/article/jsbbr/7/3/133/_pdf/-char/ja/   

生物、細胞の輪郭は閉じた曲線になる。一周すると元に戻るので、周期的な変動ととらえることができる。そのことを元にして画像から抽出した輪郭データをフーリエ記述子に変換する。パラメーター N を変えることで、どれくらい元の輪郭を再現できるかを調節できる。完全に再現するには、N が無限大であることが必要になる。

フーリエ係数の行列ができる。それをデータ行列とする。そのデータに対して主成分分析を行い、特徴を抽出する。注目すべき主成分を、何らかの形質との相関などによって選び出すことができる。 「細胞全体のエネルギー」や「細胞のエントロピー」と比例するような主成分スコアがもし存在するなら、とても都合がよいだろう(そんな簡単にはいかないだろうが)。係数の行列をヒストグラムのように表すこともできるかもしれない。


例えば iPS細胞とそれ以外の細胞はエントロピーにどのような差があるだろうか。最近は網羅的な遺伝子発現の測定が精度良く可能になったのでそれらのデータを用いればそれに近いことを分析できるようになってきている。 理化学研究所のプレスリリース「ncRNA の発現がiPS細胞とES細胞の違いを決める」   http://www.riken.jp/pr/press/2015/20150311_2/   ES細胞ではncRNAという種類のRNAの多くが転写される。遺伝子一種類ごとを横の区画、発現量を縦軸にしてヒストグラムにするとES細胞の方が均一に近いことになる。これをエントロピーが高いと考えても良いのかよくわからないが、そう考えてみることはできる。普通に考えると細胞が生きるには秩序を形成しないといけないので遺伝子一種類ごとの発現量は均一にはならない。分化した細胞はそれに合った遺伝子しか働かなくなるので均一から離れていく。エントロピーは下がる。ES細胞はその逆と言うことになる。

とても単純に考えると「遺伝子一種類ごとの発現量が均一に近いほど未分化な細胞に近くなる」と考えることも出来る。しかし多種類の遺伝子が均一に発現しているのに生きていられるためには、それを可能にするエネルギーに相当するものが外部・細胞質から供給されないといけない。そういう状態を人為的に成り立たせるにはiPS細胞のように複数種の特定の遺伝子を導入して発現させる必要がある。ATP を加えるくらいでは全く間に合わないだろう。細胞に遺伝子を導入して発現させるのは、とても高いエネルギーを細胞に与えることに相当して熱力学なら大量の熱を加える・与えることに相当する。また複雑で特殊な培地が必要になるのだろう。

アレニウスの式

生物学の論文でも「熱力学に基づいて分析した」といっている論文が時々ある。そういう論文を眺めてみると、アレニウスの式を使って分析をしているというものであることが多い。 そこでアレニウスの式について勉強してみる。

アレニウスの式を書いてみると、

反応定数

k は反応定数、A は頻度因子、Ea は活性化エネルギー、R は理想気体の状態方程式に出てくる R、T は絶対温度

この式を化学反応に活用する際には、活性化エネルギー Ea を求めることが一つの目標になる。そのためには、この式を Ea を求めやすいように変形する。

両辺を対数にする。ln(AB) = ln(A) + ln(B) という高校数学の公式を思い出す。

 指数の対数を取ると肩に乗っている数が出てくる。

実験によって、反応定数 k が求められる。そのときの温度 T (絶対温度)も測定する。温度 T を何段階かに変化させながら、それぞれの温度での反応定数 k を求める。基本的に温度 T が高くなると、反応定数 k は大きくなる(しかし生物で起きることだと、温度が高すぎるとかえって反応が起きなくなることも多い)。

縦軸に ln(k)、横軸に 1/T (これは絶対温度の逆数・ ℃と間違えてはいけない)を取って、得られたデータをプロットする。そうすると縦軸の切片は ln(A) になる。線の傾きは    になる。ある温度で直線に乗らなくなり折れ曲がることがある。それはその温度で何かが起きていることを示唆している。

Ea が1モルあたりのエネルギー (J/mol) なら R だが、1粒子あたりにすると に変わる。

生物現象の解析とアレニウスプロットと温度

生物現象の解析に、アレニウスプロットを用いた例が多数ある。

生物学の論文のアレニウスプロットでは、横軸が(1 / 絶対温度)、縦軸が反応速度でプロットされていることが多い。その場合について考えてみる。

例: 縦軸が呼吸速度、横軸が絶対温度の逆数   https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16659376   Effect of Temperature on Respiration of Mitochondria and Shoot Segments from Cold hardened and Nonhardened Wheat and Rye Seedlings.   Pomeroy MK, Andrews CJ.   Plant Physiol. 1975 Nov;56(5):703-6.   PMID: 16659376   の Fig. 1

上に書いたように、

k は反応定数、A は頻度因子、Ea は活性化エネルギー、R は理想気体の状態方程式に出てくる R、T は絶対温度

一番単純な反応として、分子 AA が BB に変化するという場合を考えると、[AA] を分子 AA の濃度として、

反応速度 v = k * [AA] で、[AA] は十分多くて反応による減少はとても小さいとすれば定数と考えてよい。その場合、 を  で代用できる。傾きの値は違うものになるが、グラフはこの場合も右下がりの直線になる。 Fig. 1 のグラフを見ると単純に右下がりの直線になるのではなく、ある温度で折れ曲がっていることがわかる。これは、この温度で反応の活性化エネルギーが変化することを示している。この温度で、何か特別なこと(低温による障害など)が呼吸に関連する分子やそれらの複合体に起きることを示している。これは物質で相転移が起きる際に比熱が高くなることと似ている。

アレニウスの式をもっと簡略化した Gore の式も使われることがある。普通の生物が正常に生きる温度は -10〜40 度くらいでその範囲は狭い。アレニウスの式では温度は絶対温度であり、 -10〜40 度は 263〜313 K になる。この範囲では、絶対温度 T と、その逆数 1/T は直線関係にあると近似しても生物にとってほとんど差し支えない。このことを使うとアレニウスの式に出てくる 1/T を T に置き換えることができて式を簡単にできる。それが Gore の式で   この式では T は摂氏温度にする。Q は呼吸速度、a, b は定数で、 a は摂氏 0 度の際の呼吸速度とする。Q は 10 ℃温度が上昇すると 2 倍〜 4 倍上昇することが知られている。

Homeostasis of the temperature sensitivity of respiration over a range of growth temperatures indicated by a modified Arrhenius model.   Noguchi K, Yamori W, Hikosaka K, Terashima I.   New Phytol. 2015 Jul;207(1):34-42. doi: 10.1111/nph.13339. Epub 2015 Feb 20.   PMID: 25704334   この研究ではアレニウス式を改良した式で呼吸速度の温度依存性を表現し、温度感受性が異なる種を比較している。


農業において、温度変化はとても大切な因子である。アレニウスの式に基づいて、温度を積算した値(時系列の温度データ)と「標準温度での開花日数」から開花時期を予測することが可能なことが実証されている。   温度による生態資源の評価法 −温度変換日数を用いた果樹の開花予測を例として−   http://hdl.handle.net/10091/12678   信州大学 星川先生

化学反応の簡単な場合として、A → B という反応(不可逆)を考える。反応には反応定数 k があり、反応速度は k * [A] で表現できる。 反応定数 k は、アレニウスの式で表現できる。

生物で起きる物事を、これと同じように見立ててみる。例えば花が咲くことを考える。これは極めて複雑な物事だが、単純に考えれば「花が咲く前の状態」 → 「開花した状態」に変化したと見ることができる。これを A → B の化学反応に見立て、反応定数を考える。ある程度狭い生理的な温度範囲であれば、その反応定数は、通常の化学反応と同じアレニウスの式に従うことが知られている。 そのことを利用すると、「ある観測地において A から B の状態に移るのに必要な時間」を、観測地において時系列で測定した温度データと、あらかじめ決定しておいた「標準温度において A から B へ移るのに必要な時間」から推定することができる。

「標準温度において A から B へ移るのに必要な時間」の求め方は、星川先生の論文に書いてあるが、細かいことは書いてないので書き直してみる。

まず仮定がある。ある反応 A → B がある。温度 T1 において、反応定数は k1 とする。この条件で反応が1単位進行するのに、時間は t1 だけかかったとする。

つぎに温度を T2 にする。温度 T2 において、反応定数は k2 とする。この条件で反応が1単位進行するのに、時間は t2 だけかかったとする。

このとき、k1 * t1 = k2 * t2 であることを仮定する。生理的な温度範囲なら、どの温度でも、反応が1単位進行する際に、この 反応定数 k * 反応時間 t は一定とする。

だから、標準温度 Ts においても、ks * ts は他の温度と同じ値になる。

このことに基づいて標準温度での反応時間 ts を、他の温度 T' での反応時間 t' から換算することができる。

ks * ts = k' * t' だから  

ここで反応定数 k', ks は、アレニウスの式から決定できる。

は、まず単に割り算することで A を消去できる。パラメーターが減ると都合がよい。

さらに   なので    は論文に書いてある式になる。

書き直すと、 として、

ts は、ある温度 T' で、反応時間 t' と、活性化エネルギー Ea が求まれば決まる。T' を何点か設定して、それぞれでの反応時間 t' を測定して対数プロットすれば、ts と活性化エネルギー Ea の両方を決めることができる。酵素反応の分析のプロットと似ている。

 の対数を取って変形すると

   

     R と Ts はあらかじめ決まっている。だから m は T' から計算できる。 T' = Ts の時に、m = 0, log t' = log ts になる。

横軸に m、縦軸に log t' (それぞれの温度 T' で反応にかかった時間の対数)を取ってデータ点をプロットする。直線で回帰して、傾きに -1 をかけ算したものが活性化エネルギー Ea、m = 0 のときの log t' (y切片)が log ts になる。

このようにして、ある生物現象を化学反応に見立てた際の、見かけ上の活性化エネルギー、標準温度における速度定数が求められる。

このことはどんなことに使えるだろうか。例えば細胞がある分化した状態から別の状態へ変化する際の、見かけ上の活性化エネルギーを求めるなどが考えられる。細胞には温度を感知する機構がある。それらが変化すると、こういう分析ではどう検知されるだろうか。

化学と生物(日本農芸化学会の機関誌)2017年3月号に、水野 猛, 山篠 貴史 両先生が「植物の概日時計と和時計 -植物に内在する時計のしくみ-」という解説を書かれている。 植物の細胞内には、時計となる中心振動体が細胞内に構築されている。中心振動体は日長を感知するだけでなく、温度も感知する。 植物の成長、花芽形成は中心振動体によって制御される。 まだわからないことが多数残っている興味深い研究分野である。

アレニウスの式以外にも、生物現象を記述するために使われる数式はいろいろある。熱力学・または理想気体の状態方程式から出てくる式もある。また特にそういうことを全然考慮していない式もある。 考慮していない式について、それらと熱力学に関係を持たせられるか、調べてみるのもよいかもしれない。持たせられるなら、その式が信用できるものであることをより強くサポートできてよいかもしれない。

「情報統計力学ことはじめ」のはじめの部分を勉強する

アレニウスの式  の、 の部分はボルツマン因子と呼ばれるものと似ている。R は物質量の単位をモルにしたときの気体定数で、物質量の単位を分子、原子、粒子ごとにすると、この定数は  ボルツマン定数に変わる。

 という形の式は、統計力学に出てくる。

「確率的情報処理と統計力学」SGCライブラリ50 サイエンス社   という本の12ページから、西森先生による「情報統計力学ことはじめ」という解説が掲載されている。そのはじめの部分に、「統計力学のさわり」という素人向けの部分がある。白井先生の教科書にも、第8章に「統計力学序論」が書かれている。

生物学では大量のマイクロアレイデータがデータベース化されて研究の基盤になっている。  遺伝子の発現量はひどく簡略化すると「多い」「普通」「少ない」、発現の変化は「増える」「変わらない」「減る」というように表現できる。実際にデータを分析する際も、そういう定性的な変化の方向しか考慮しないことが多い。 これらは西森先生の解説のはじめに出てくるスピンと対応させられる。そうすれば13ページに書いてあることになぞらえることもできる(それで意味があることができるかどうかは別として)。 また、スピンと対応させなくても同じように計算ができる。

スピンというものは上向きと下向きしかないかと思ったらそうではなく、斜めとか回転するとかに拡張することもできるという講演を、この間聞かせていただいた。その講演では、「ルール + ランダム というとらえ方で、生物と関係することを含む多様な問題を、特に分布が形成されるメカニズムに注目して分析できる」というお話があった。スピンに関する素人向け解説で勉強したところ、「スピンとは、電子などが持っている正体がよくわからない角運動量で、特に電子の場合定常状態を実現するために半整数、整数と組み合わさった値を取らざるを得なくなる」というように考えるようになった。 What_is_”spin”?を解読してみる  

平均値(期待値)には、温度とエネルギーを取り入れることができる

生物学ではどんな測定でも一回だけでは信用することはできず、必ず(できるだけ)同じ条件で複数回測定を繰り返すことが必要になる。 多くの場合単純にそれらの値を全部足して個数で割り算して平均値とする。「期待される値(期待値)=全部足して個数で割り算した平均値」と決めてかかっていることになる。 しかし熱力学、統計力学のやり方からみると、もう少し工夫できるらしい。

西森先生の解説の 13 ページに、(統計力学的な)平均値(期待値)の計算法について書かれている。それによると平均値(期待値)を計算する際に温度とエネルギーを取り入れることができ、それらをうまく使うと情報処理を最適化することができるようになると書かれている。

13 ページに書かれていることを、生物学者らしく表の型式で書き直してみることができる。表の型式はエクセルに入れて計算させるときにやりやすい。実際にエクセルに入れて数値を変えて結果を見てみた。そうすると 13 ページに書いてあることがわかりやすくなる。

   状態物理量エネルギー
スピン111E1
スピン22-1E2

エネルギーは物理量に対応して決まるが、「物理量が異なっていてもエネルギーが等しい」という状態があっても全然問題ない(特別な事情がなければ)。

統計力学では「分配関数」という値を計算する。これについては白井先生の教科書の第 8 章に解説されている。すべての状態について足し合わせることが必要なので、本来は区間が「無限小〜無限大」の積分を用いて計算する。 例えばガウス関数は区間が無限でも積分された値は収束するので、うまい具合に計算ができる。計算された値はスカラー量になる。

とても粒子の数が少ないのに、統計力学のまねごとを行う

一方、生物学で得られるデータに対して同じような計算を行うことを考える。その場合、「とても粒子の数が少ないのに、統計力学のまねごとを行う」ことになる。それでも一応計算はできるし、意味があるかもしれない。 13 ページに書いてある例は、粒子二つでの例と考えることができる。

熱力学や統計力学では多数の粒子を扱うが、それらは同じ種類ならそれぞれを区別することはできない。電子は宇宙全体にものすごい数存在するが、それらは全部区別することができない。 一方遺伝子はたくさんの種類があり、それらは本当は全部別々に考えないといけない。しかし網羅的な解析によって、「お互いによく似た性質を持つ遺伝子のセット」を作ることができることがわかってきた。 そのセットに含まれる遺伝子の間では、お互いに区別せずに扱うことができる(細かいことは考えない)。そうすれば、その遺伝子セットに対して、とても粒子の数は少ないけれど、熱力学などの考え方を適用できる(のではないだろうか)。 こういう考えは以前からあり、大沢文夫先生が書かれた本に、粒子が少ない場合の統計力学について少し書かれていた。一般向けに書いてあるようでありながら、中身はとても難しく今でも理解できていないという大変な本だった。


例えば、一つの転写因子がある。その転写因子の配下にある遺伝子は、共通した動きをしやすいので、お互いに発現量に相関が生じる。それらの遺伝子をグループとして、一つの遺伝子セットにすることができる。 このことは、「転写因子が網(グリッド)で、その網に配下の遺伝子セットがくっついている」というように考えることもできる。網が動く(発現量が変化する)と、それと相関を持って配下の遺伝子も同時に動く(発現量が変化する)。

この網にはパラボラアンテナのように中心があり、中心にくっついている遺伝子は網(転写因子)と1に近い相関で動く。網の端の方にくっついている遺伝子は、他の因子、ノイズからの影響を受けやすく、転写因子との動きの相関は小さくなる。


13 ページに書いてある例では粒子の数が 2 つなので、

ということになる。

考えている系の状態が n になる確率は、13 ページの式 (1)   になる。例では n = 1 と n = 2 しかない。それぞれに、エネルギー E1 と E2 が対応する。どう対応させるかを決める(エネルギー関数を作る)のは本人次第で、対象としている物事をうまく説明、解明、解決できるように決めることが必要になる。基本的に「運動エネルギー」「ポテンシャル(位置)エネルギー」を足したものが全エネルギーになる。運動していないものが対象なら運動エネルギーはいらなくなる。

解明しようとしている物事、事前に得られている知見に応じてそれ以外にも適当に恣意的に考えて追加する。エネルギー関数を恣意的にうまく作ることによって、事前に得られている様々な知見・実験結果を計算に取り込むことができる。

13 ページで言っている平均値は、実際には期待値(平均値は期待値の計算の確率が全部同じ、特別な場合)なので、確率 x 量(例では物理量)をすべての場合について足し上げることで計算ができる。

それによって、温度とエネルギーを取り入れた平均値の計算は、13 ページの式 (3) になる。 例の場合に相当する式 (4) を書き直すと、

になる。M1 = 1, M2 = -1 なので 13 ページに書かれているようになる。

エクセルに入れて計算してみる。温度が高いときは、式 (4) による平均値は、単に =AVERAGE(M1, M2) と計算した値とほとんど同じになる。 これは「すべての状態が均等に出現する」ということを示している。AVERAGE(M1, M2) は、M1 と M2 が均等に出現することを仮定していることになる。

マイクロアレイデータの分析で「データに重みを付けて分析」と書かれているものがある。

例: https://kaken.nii.ac.jp/d/p/25117727/2013/3/ja.ja.html   野村 真樹先生の報告書

高温では「すべてを均等に扱う」ことになるから、「どの要素にも同じ重みを付ける」と解釈することができる。

温度を低くしていくと値が変わっていく。0 に近くなると、エネルギーが低い状態の物理量とほとんど一致した値になる。これは「エネルギーが一番低い状態のみが実現する」ことに対応する。中間の温度ではなめらかに変化していく。エネルギーが一番低い粒子が複数あると、それらに対応する物理量を平均した値になる。

これは、「エネルギーが一番低い状態に最大の重みを付けて、後の状態の重みは0に近くする」と解釈することができる。生物学のデータに適用する場合は「温度は、それぞれの要素がもつエネルギーに応じた重みの尺度」と考えることができる。高温ではすべての要素の重みは均一で、低温ではエネルギーが低い要素の重みが大きくなる。

なにも選択しようとしていないのに、温度を下げるだけでエネルギー最低の状態が自然になめらかに選択されていくという、大変巧妙なうまくできた数式のしくみになっている。例題では物理量などが整数に指定してあるが、エクセルで計算してみると実数でも問題なく同じように計算できる。


これを「遺伝子セット(一群の遺伝子)」の発現の変化に適用してみることを考える。 遺伝子の発現量として、複数のマイクロアレイデータを規準化してまとめたものが公開されているので、それらを使わせていただく。 この場合物理量=遺伝子の発現量ということになる。

計算は上のようにすればよいが、「発現量をエネルギーにどう対応させるか(エネルギー関数を組み立てる)」と言うことがとても重要でアイデアが問われる問題になる。それによって何か生物学的に意味がある計算ができないといけない。たぶん「データに重みを付けて分析」という方法はこういうことをしているのだろうが、同じアイデアでもエネルギーの作り方が違えば、よりよい分析法になるかもしれない。

模範として、西浦先生の解説の 14 ページからを勉強してみる。画像修復の問題は、遺伝子発現の分析と関係があるように思える。

(勉強中)

計算できないことを計算できるようにするテクニック

生物学は計算できないことばかりである。他の分野の手法を勉強して、少しでも実験せずにすむようにしたい。

eQuilibrator http://equilibrator.weizmann.ac.il/ というデータベースでは、細胞内の多数の化学反応について、それぞれの反応の  の値が計算され、検索することができる。 計算には、Component Contribution という方法が使われている。

Component Contribution について勉強

バネ、ゴムの性質を熱力学に則って説明する・バネとゴムを統一して理解する

ゴムの性質は熱力学でうまく説明できることが、よく解説されている。ゴムとバネはどちらも力学でも重要である。ゴムの重要な性質に、「ゴムの張力は、絶対温度 T に比例する」ということがある。

気体の場合 d'W = -PdV (気体に、体積が大きくなることでピストン(動かせる壁)を動かすという仕事をさせる・そのとき気体の内部エネルギーが仕事に変化するので内部エネルギーは減少する)だったが、 ゴムの場合、d'W = XdL (ゴムに外部から力を与えてその結果ゴムが伸びるという仕事によって、ゴムは F 自由エネルギーを得る)     バネの伸び(自然な長さからの変化)= dL、張力 X というようになる。

気体の方も、本当は 仕事=ピストン(動かせる壁)にかかる力 * ピストン(動かせる壁)が動いた距離 で、それがうまい具合に -PdV と表せるのでこの形で表現されている。

可逆過程では、dU = d'Q + d'W = TdS + XdL   張力 X = kT (温度 T に比例する。比例定数を k とする)というようになる。

「ゴムの張力は、絶対温度 T に比例する」という現象には、ゴムを構成する原子の運動と、エントロピー S が関係している。

生物の細胞で起きることは、少し書き方を変えてみるとバネやゴムの運動のように解釈ができることがある。 そのことをうまく使えば、細胞で起きることを熱力学の枠組みで考えることができるのではないか。 そこで、バネ、ゴムの性質を熱力学に則って説明できるようにする。

バネ定数(力学的な値)と熱容量を結びつける

圧縮率は、バネに適用するとバネ定数に対応する。佐々先生が「高校物理のばねの位置エネルギーが自由エネルギーであることからの熱力学を使って、熱容量と結び付けて、ばね定数の温度依存性を決めることができる」と書かれていた。 圧縮率は下に書いたように生物の組織の性質にも関係するので、このことをよく理解すれば生物の状態、病気の進行(血管が硬くなるとか)を観測する一つの方法として使えるかもしれない。

佐々先生が熱力学入門の講義資料を公開されているので、それに基づいて自分にとってわかりやすくなるように長ったらしく書いてみる。自分が先生になってみて、「大学の教科書や講義の内容は、全部自分にとってわかりやすくなるように長ったらしく書き直さなければわかるわけがない」ということがわかった。

この解説ではバネの力学的性質が熱力学とつながることが説明されている。また適切な条件・仮定を設定することで、バネとゴムを同一の理論・考え方で説明できる(バネとゴムを、バネ定数を決める二つの係数 k1, k2 の違いだけで統一して理解できる)ことが示されている。

まず、熱容量 C を  と定義している。 ここでは、C の値は  で一定とする。

バネの力学的性質には、フックの法則というとても役に立つ、バネ以外の物事にも応用できる法則がある。「すべてのものはバネである」ということは普遍的に成り立つそうである(一定の条件が満たされていれば)。   http://www008.upp.so-net.ne.jp/takemoto/index.htm   https://web.archive.org/web/20181124130809/http://www008.upp.so-net.ne.jp/takemoto/L5.htm   竹本先生のページで、「普遍的に成り立つフックの法則」という記事で紹介されている。

バネが持つ力 force を f とすると、

まず、バネが自然長(変位 = 0)から x まで伸ばされた際(温度はこのとき変化させない)の自由エネルギー F の変化を考える。

エネルギー保存の式 dU = d'Q + d'W で、バネは可逆過程なので d'Q = TdS で 仕事は 力 x 距離なので dU = TdS - fdx  になる。

上に書いたように dF = dU - d(TS) = TdS - fdx - TdS - SdT = -SdT - fdx  佐々先生の講義資料にもこの式が書かれている。

x のみを変化させるので、SdT = 0 だから dF = -fdx この式に、フックの法則の式を組み合わせると   になる。

求めたいのは資料に書かれているように、 x が 0 のときの F と、x まで伸びたときの F の差になる。それは上に書いた dF を x で積分して求めることができ、区間が 0 から x になる。

引っ張った長さ x がプラスでもマイナスでもバネのエネルギーはプラスになるので、符号はこれでよい。 これは、力学の基本で出てくる位置エネルギーと一致する。

次に、F を元にして、x の変化によるエントロピー S の変化を考える。これには、北先生の本では 18 ページの式 (1.48) に書かれている  という式を使う。佐々先生の資料にも 4 ページ目に書かれている。バネの場合 x が V に相当する。N はいつも一定だから考えなくてもよい。

 を言葉に書き直してみると、「x は一定として、F を T によって微分してマイナス符号をつけたものが S である」ということになる。 上に書いたことから   これを T で微分する(x は一定とするので定数と見なせる)と、k(T) の部分だけを微分することになって k(T) が k'(T) に変わる。それにマイナス符号をつけたエントロピー変化は  になる。

次に熱容量の変化を考える。上に書いたように熱容量 C を  と定義している。ここでは x を一定とした場合の熱容量  を考える。これは定積熱容量  に相当する。

上に書いたように dU = TdS -fdx  x を一定とするので dU = TdS と簡単になる。この式を用いると  になる。 この結果に、上で導いた S の変化を代入すると k'(T) をもう一回 T で微分することになり、 

この結果に「熱容量は一定である・変化しない」という前提条件を組み合わせると、

   これがどんな x でも成り立つので  ということになる。

という式はどう解釈できるか。 何か関数があって、それを一回微分すると傾きになる。 それをもう一回微分すると曲がりになる。だから k''(T) = 0 という式は「関数 k(T) は曲がりが全くない」ことを示している。曲がりが全くない = 直線

だから関数 k(T) は直線を表す式で表現できて  ということになる。 バネの力学と熱力学をうまく組み合わせることで、関数の形をとてもうまい具合に決めることができている。フックの法則と基本的な熱力学の性質だけから導かれているので、広い範囲の物事に適用できる。  多くの物事にはバネのように復元力が働く。生物には恒常性を保つしくみ ホメオスタシス がある。これもバネのように見立てることができる。

つぎに、求められた k(T) を上で決めた F の変化、S の変化に代入する。F = U - TS の関係を用いて内部エネルギー U の変化を求める。 

   これに  を代入すると、 

   これに  を代入すると、    温度 T は入ってこない。

F = U - TS だから U = F + TS

  とてもうまい具合に、温度 T が消えてしまった。x が変化することによる U の変化は、温度 T がどんな値になってもこの式で表せることになる。

ここで、x = 0 (バネが自然長)での U、すなわち U[0, T] はどんな値になるかについて考えてみる。 そのためには、上に書いた熱容量 C   を使う。上に書いたようにこの値は  でつねに一定としている。x が変化することによる影響は受けない。 だから横軸が T、縦軸が U の グラフを書くと、傾きが  で一定の直線になる。 これは x がどんな値でもよいので、x = 0 にしても成り立つ。 切片(T = 0 での U の値)はいくつにすべきか。

白井先生の教科書では 36 ページにエネルギー等分配則が紹介されている。熱平衡状態では、粒子のエネルギーの平均値    これに従うと T = 0 の際の U の平均値は 0 で、エネルギーはマイナスの値を取らないので U はつねに 0 でなければならない。それを採用すると切片の値は 0 で   

よって 

ここで示されたことを、白井先生の教科書の 37 ページからの内容「2.3 理想気体の内部エネルギー」と比較対照してみる。式 2.11 に、物質の内部エネルギー U を表す一般的な法則

   この式での f は自由度

が示されている。一番目の項は T に依存しない物質ごとに異なる内部エネルギーで、二番目の項はエネルギー等分配則に由来する。式 2.12 にあるように比熱   

これを佐々先生の資料の   と比較すると、 「T に依存しない物質ごとに異なる内部エネルギー」が  に相当し、「熱運動に由来する内部エネルギー」が  に相当することになる。

次に、x バネの伸びを固定して温度 T を変化させた場合の S の変化    を考える。上で考えたことでは温度を固定して x を変えたときの S の変化を考えているので、それとは異なる。

今回は比熱を  としている。d'Q を dU で代用できると言うことだから、可逆過程でのエントロピーを表す式  を  とできる。

一方   ゆえに  これを上の式と組み合わせると   比熱 C は定数  としているので、dS と dT だけの関係にできた。

これで決められる dS を T で積分することで、T が変化したことによる S の変化(この場合 x は一定)を計算できる。 C は定数で  を積分すると log T になるので、  と計算できる。

この結果を、上で考えた「温度を固定して x を変えたときの S の変化」   と組み合わせて、   T と x のどちらも変化できる場合の計算式を作ることができる。

 

  これで、温度 T、バネの伸び x の両方を考慮した計算式が完成した。

この式を用いて、バネを急に伸ばした際の(x を変化させる)温度 T を計算している。佐々先生の資料での「急に伸ばした」という設定は、「伸ばしたことによってバネに発生する熱は外部に出ていかない・吸収される熱は外部から入ってこない」断熱環境であることを示している。 この設定にすると、d'Q = 0 だから dS = 0 で、x を変化させてもエントロピー S は変化しない。 このことを利用して、

 

 

これらの二つの値が一致するので、   対数と指数の関係から、

  という式を作ることができた。

ここで、k, k0, k1 はどんな値だったかを思い出してみると、

バネが持つ力 force を f とすると、  

佐々先生の資料には、k0 と k1 の値を適切に設定することで、ここまでの議論を「金属でできたバネ」と「ゴム」の両方に適用することが可能であることが紹介されている。 うまくできた理論は余計な前提に頼らずに結果を導いているので適用範囲が広くなる。この場合は「金属でできたバネ」と「ゴム」をパラメーターを変えるだけで統一して考えられるようになっている。

これらを比較すると、同じ距離 x だけ伸びた場合、

金属でできたバネゴム
F の変化どちらも同じ  可逆過程では仕事 -d'W = -dF  引っ張ることによる仕事がそのまま F の増加をもたらす
U の変化F の変化は同じでも、バネは TS が変化しない -> U が増加
S の変化F の変化は同じでも、ゴムは TS が低下することでそれが打ち消される( )-> U は変化しない
T 温度 ゴムを伸ばすと熱くなる 伸ばした状態で熱を不可逆に外気に放出させ、そこから元の状態に戻すと、逃げた熱の分だけ U が減少している。ゆえにその場合(不可逆過程を含む場合)ゴムの温度は元の温度よりも下がり外部から熱を吸収する

佐々先生が公開されている優れた講義資料を基にすることで、自分では全く分からなかったことをある程度理解して文章にすることができた。大学の講義は話を聞いただけで理解できることは少ない。自分にとってわかりやすいように書き直す必要がある。それぐらいの手間と時間をかけることは仕方がない。

理屈的にはゴムでクーラーができそうだが、そういう製品を見たことはない。部屋を二つ用意する。部屋 A でゴムを引き伸ばして温度を上げる。しばらく待って熱を放出させる。そして部屋 B に移動して今度はゴムを元に戻して熱を吸収させる。また部屋 A に移動して・・・ を繰り返す。缶ジュースを二本用意する。ゴムを引き伸ばして一方の缶に巻き付け熱を吸収させる。ゴムを元に戻してすばやくもう一本の缶ジュースに接触させる。これを繰り返す。

ゴムの性質に関して井上博士が優れた解説を書かれている。   http://hr-inoue.net/index.html   「雑科学ノート」の「ゴムの話」    https://www.toki.co.jp/biometal/index.php   トキ・コーポレーションという会社から「バイオメタル」という、金属だが熱によって収縮する素材が発売されている。バイオメタルは電気を通し適当な抵抗があるので、乾電池をつなぐと温度が上昇し収縮する。音やショック無しで物体を動かすことができる。形状記憶合金の一種であると書かれている。

温度が上昇した場合に収縮することはどう考えればよいか。 このことについて自分で考えたがわからないので、どこから入手したかわからなくなってしまったが「第十四回 ヘルムホルツの自由エネルギーとゴム弾性」というタイトルの解説 PDF ファイルを参考にする。

まず問題を「長さ L のゴムの張力 X を一定にして(適当なおもりをぶら下げる)温度 T を上げる。その時の偏微分  はどうなるか」と設定する。 こういうようにうまく問題を設定することが大切らしい。

上に「バネが持つ力 force を f とすると、 」と書いた。 ここでは、長さ L を固定したゴムの張力を考える。この場合、 の x には、L と自然長の差が当てはまり、その値は定数になる。 また上では力の向きを考えたのでマイナスが付いている。ここで考える張力 X はつねにプラスなのでマイナス符号はいらない。これらのことから   と表現できる。

ここで、ゴムの長さ L を  温度 T と張力 X の二つの引数をとる関数であり、状態量である(T, X 以外に影響を与える因子はない)と考えると、dL を全微分で表現できて

 と書ける。熱力学では何か大切なことを全微分することが問題を解く際によく使われる。このことを利用することに気がつけなかった。この全微分には設定に出てくる  が入っているので都合がよい。また dL がどんな値をとってもよい。どんな値をとってもよいなら自分にとって都合のよい値にしてみるのがよいと物理の本によく書かれている。

だからここで L は一定で dL = 0 ということにする。また右辺を dT で割り算する。すると

右辺に出てくる  は  を T で微分することになるので k1 になる。

これらのことから    右辺の偏微分は「ゴムを力 X で引っ張った際の伸び L」なので正の値になる。また k1 も上に書いたことから正の値になる。 さらにマイナスが付いているので  は負の値になり、温度が高くなるとゴムは縮むと言うことを示す。

圧縮率、体積弾性率と細胞、組織の性質: ギブス−デュエムの式を活用

熱力学では体積 V、圧力 P は基本的な状態量である。これらの状態量を組み合わせると圧縮率という値になる。

圧縮率

圧縮率は力学的な値なので、熱力学と普通の力学がつながることになる。参考資料 www.ton.scphys.kyoto-u.ac.jp/nonlinear/sasa/sasa-1.pdf    佐々先生による解説 数理科学 2008年7月号 に、このこと(熱容量、比熱と圧縮率がつなげられる)が言及されている。どうつながるのかは書いてない。練習問題として自分で考えろと言うことだろう。しかし難しくてわからない。北先生の本の74ページに参考になることが書かれていたので、それをまねてみる。

熱容量は で表される。可逆過程 でのエントロピーを表す式 から、    だから  という式も可逆過程なら成り立つ。

北先生の本の74ページに圧縮率について書かれている。圧縮率では dV, dP がでてくる。まず熱力学ポテンシャル  に注目すると書かれている。うまい具合に、熱力学ポテンシャル という関係があるので、微分すると dV, dP が出てくる。

 の定義から、 =

熱力学ポテンシャル という関係があるので、微分すると dV, dP が出てくる。

二つの式を等号で結び、体積 V で割ると、ギブス−デュエムの関係式という式が得られる。この式を導くにはいろいろな方法があるらしいが、74ページに書いてある方法は一番わかりやすい。

   これで dP を表す式が得られた。V も入っている。

北先生の本では、ここから dT = 0 として (5.40) の計算を進めている。これを dT = 0 ではなく、 として、後はそのまま真似ることにする。

そうして、 (5.40) を、単に変数を置き換えてみると、

になる。  の部分は、温度 T を熱容量で割り算した値と一致する。このことによって、熱容量と圧縮率をつなげることができるのだと推測する。エントロピー S の部分も、熱容量を温度 T で割った値を積分すると求められる。


圧縮率は、生物の細胞、組織の性質を分析する際にも用いられる。その際は、圧縮率の逆数である体積弾性率(ε;イプシロン)という値を用いる。

参考にしたページ: http://www.biol.s.u-tokyo.ac.jp/users/seitaipl/personal/saito/index.html   齋藤 隆実博士の研究紹介

植物生理生態学では、植物の葉が水分を失った際に、どれくらい細胞の膨圧が減少するかを調べるために、水ストレスに対する体積弾性率の応答を測定する。膨圧の変化は、細胞が水ストレスに対応する適応として重要である。植物細胞の場合、体積弾性率は、細胞壁の弾性的性質と密接に関係している。このことは多数の細胞で複雑に構成される葉でも成り立つことが齋藤博士によって明らかにされている。

日本経済新聞2015/02/17 に、「京都大学森林生態学研究室の小野田雄介博士が葉を曲げたり引っ張ったりしたときの弾力から表皮や葉肉の硬さを測る方法を考案した」という記事があった。プレスリリース: http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2014/150212_1.html   http://hdl.handle.net/2433/193675   バイオミメティクスの分野にも役立つ優れた成果である。葉でなくても組織、構造の最外面に薄いポリマーをつけると強度を上げられるかもしれない。

葉細胞の浸透圧調節や細胞壁弾性率の調節は水ストレス回避戦略において重要である。それらの戦略には多様性があり、様々な環境に適応する多様な生物が生きていくことに役立っている。

体積弾性率は熱力学で重要な状態量である V, P で決まる量なので、水ストレスだけでなく温度とも関係が出てくる。温度が高くなると小さくなりやすい? しかしそうとは限らない。もし生理的な温度変化で大きく変動するなら植物の温度ストレスに対する適応機構の一部分として役立っているかもしれない。

(勉強中)

タンパク質は細胞を構成する主要な高分子である。タンパク質のような高分子では、分子の圧縮率を定義することができる。熱力学で圧縮率が大きいと、物体の揺らぎが激しいことが知られている(バネは単なる針金よりもゆらゆらとしやすいようなイメージ?)。しかしタンパク質の圧縮率を測定するのは難しかった。 京都大学大学院理学研究科の寺嶋教授、大学院生の黒井氏らによって、タンパク質の圧縮率を測定することが世界で初めて成功したことが紹介されていた。   「タンパク質の反応は揺らぎが鍵だった」サイエンスポータルの記事   http://scienceportal.jp/news/newsflash_review/newsflash/2014/10/20141007_01.html

化学ポテンシャルについてよく考えてみる(二回目):ギブス−デュエムの関係式から

少し上で、北先生の教科書に基づいてギブス−デュエムの関係式という式を導いた。

   

この式を元にして、化学ポテンシャルについて考えることができる。 参考にした文献: 生物物理 2017 年 1 月号 「機械的刺激に伴う化学反応プロセスの制御」 井上康博先生による解説

この式において、dT = 0, N = 1 として、式を変形するともっと簡単になって、

P は圧力で、単位面積あたりにかかる力である。これが変化すると化学ポテンシャルも変化する、拘束されるということになる。井上先生の解説では圧力ではなくて応力になっている。 応力も面積あたりにかかる力だが、力には向き、方向性があるので応力をさらに分類すると圧力、張力と区別される。 圧力は押し合う方向に働き、張力は引っ張り合う方向に働く。

分子の場合を考えると、化学ポテンシャルは、その分子に働く力によって拘束され変化する、分子あたりのエネルギーと解釈できる(私の理解では)。

井上先生の解説では、ギブス−デュエムの関係式を元にして、アクチンなどの生体高分子が力学的刺激によって性質が変化する仕組みを定量的に理解できることが示されている。

渋滞と熱力学

物理学の入門書は力学から始まる。そこでは粒子が運動し、衝突し散乱する。近年ではそれらに加えて、粒子、物体が引き起こす渋滞が深く研究され「渋滞学」として注目を浴びている。 自動車の渋滞のメカニズムを研究することで、渋滞を起こしにくくする方法が編み出されて実際の高速道路で成果を上げている。 生物の細胞でも、分子や血液が渋滞を起こしているように解釈できることもある。 ミトコンドリアに存在する電子伝達系では NADH 等の分子から供給された電子が複数の複合体、Coenzyme Q, Cytochrome C を経由して流れていき、最後に酸素に受容されて水が生じる。渋滞が生じると活性酸素が生成する。UCP や AOX は電子の渋滞が生じないための仕組みと考えてもよいかもしれない。 細胞内の渋滞状態を分析考察し、うまくモデル化して改善する方法を編み出すことはとても価値があるだろう。

渋滞について考察する一つの手段として熱力学が有効であることが様々な研究で示されている。

電子伝達系における電子の渋滞について考える

西成活裕先生による一般向けの本「渋滞学」(新潮選書)を購入した。図2(14ページ)に、ホースの出口における流れを例とした際の、水と人、車、空気の違いについて書かれている。 水はホースの出口を絞ると、出口の断面積と反比例して流速が早くなる。一方、人や車は出口が狭くなると、水とは反対に流速が遅くなる。空気の場合も、「超音速の流れの場合は管が細くなると遅くなることが知られている。」と書かれている。

そういう違いが生じる原因は、水分子と人や車の力学から見た性質の違いにあることが説明されている。図2の例題において、水分子は力学の基本法則に則った運動を行う。「慣性の法則」「作用=反作用の法則」「運動の法則」が紹介されている。そういう粒子のことを「ニュートン粒子」と呼ぶと書いてある。 一方人や車は力学の基本法則に則った運動をするわけではない。それらは「自己駆動粒子」と呼ばれると18ページに書かれている。


「渋滞 電子伝達系」で検索すると、様々なページが見つかる。「電子の流れが渋滞する」という語句が出てくる解説もある。   リンク   「植物の光環境適応戦略」 鹿内教授による解説   電子と関係ないがこういう論文もあった。 Mitochondrial traffic jams in Alzheimer’s disease - pinpointing the roadblocks.   Correia SC, Perry G, Moreira PI.   Biochim Biophys Acta. 2016 Oct;1862(10):1909-17. doi: 10.1016/j.bbadis.2016.07.010. Epub 2016 Jul 25. Review.   PMID: 27460705  

分泌性タンパク質は粗面小胞体で合成されゴルジ体を経由した分泌経路を通過して分泌される。   プレスリリース 異常タンパク質の蓄積が引き起こす細胞死をミトコンドリアが抑制する機構を解明:ミトコンドリアを標的にした新たな加齢性疾患の治療戦略を提唱   https://www.amed.go.jp/news/release_20190613-02.html   「アルツハイマー病などの神経変性疾患では、小胞体によるタンパク質合成の渋滞や異常なタンパク質の蓄積が観察され、これが病態進行に関わる重大な細胞内ストレスであることが知られています。」

西成先生の本には、渋滞の数理研究の初期に作られた基盤的な優れたモデルは細胞内のタンパク質合成をモデル化したものであることが紹介されている。 その後の生物学において、西成先生が紹介されているような良いモデル化(数学的な性質が良く厳密に解ける、しかも現実の観測結果をよく説明する・23ページ)による分析ができている例はあるのだろうか。

生物学の教科書には「ミトコンドリアの電子伝達系複合体間を電子が流れる」と必ず書いてある。ミトコンドリアに存在する電子伝達系では NADH 等の分子から供給された電子が複数の複合体、Coenzyme Q, Cytochrome C を経由して流れていき、最後に酸素に受容されて水が生じる。電子の流れが異常になる(渋滞が生じる)と活性酸素が生成する。

植物の葉緑体での光合成でも電子伝達系が働いている。この場合は水分子が光エネルギーを用いて開裂して、酸素分子と水素イオンに変わる。その際に放出された電子が電子伝達系を流れることで、プロトンの濃度勾配を形成するエネルギーを供給する。この場合も電子の流れが異常になると活性酸素が生成する。活性酸素は細胞内の機構にダメージを与えることが多いので、生物は様々な活性酸素を消去する・生成を抑える仕組みを発達させている。

図2の例を電子伝達系に当てはめると、どう考えれば良いのか。電子は水分子のようには振る舞わずに渋滞を起こすので、この場合電子はニュートン粒子ではないらしい。 かといって人のように意思を持つわけではない。超音速の気体は渋滞を起こすと書かれている。それが一番近いのだろうか。

久保田 弘敏先生が ながれ38(2019)364−369 に〔連載〕流体力学への招待:日常生活に見られる流体現象「超音速流と衝撃波」という一般向け解説を書かれている。 気体の流れがゆっくりな場合、障害物が前方に存在しても気体分子はそれに応じて運動方向が変化する。そのため気体分子はスムースに流れる。超音速になると、障害物の存在によって運動方向が変化するよりも早く、気体分子が障害物に当たって立ち止まってしまう。それが次々と起きるので気体分子が高密度に溜まって圧縮された状態になる。それが衝撃波の原因になる。気体分子は圧縮性があるのでこういうことが起きる。

電子伝達系を流れる電子と、それ以外の対象・粒子を比べてみる。

  力学の基本法則大きさ流れの場流れの観測排除体積効果
電子別の法則があるとても小さい電子伝達複合体直接見ることはできない一つの軌道に入る数に制限がある
気体分子従う分子一つは小さい飛行機の翼の表面などシュリーレン法などない?
従わない大きい道路観測しやすい 時系列でよいデータを採取できる前に車がいたら進めない
水分子従う分子一つは小さいホース 水路観測しやすいない

内部エネルギー U を、仕事と熱に最適な割合で分配する

生物は NADH などの分子が持つ過剰な電子を電子伝達系に流し、そのエネルギーを水素イオン濃度の差という形にまず変換し、その濃度差に由来するエネルギーを用いて ATP を合成する。 これは NADH がもつ内部エネルギー U を仕事 d'W に変換していると考えることができる。 単純に考えると、仕事に変換する効率をできるだけ高くするのが有利に思える。しかし実際には、効率をわざと低くするようなしくみである uncoupling protein (UCP) や Alternative oxidase (AOX) のような因子が機能している。 このことは、内部エネルギー U を仕事(ATP 合成)と熱(AOX や UCP で消費されるエネルギー)に分配する最適な割合があることを示していると推測することもできる。

恒温動物は、エネルギーの一部をわざと熱に変えて、それによって体温を気温より高い一定に保ち細胞内で起きる化学反応の速度を高めている。このことには、過剰に存在する電子による活性酸素の生成を抑えるという効果もあると言われている。

植物のミトコンドリアには AOX があり、電子の流れによるエネルギーを単に熱に変えてしまう。ストレス環境下では AOX の活性が上昇する。

カルノーサイクルは高温の熱源から供給される熱を最も効率よく仕事に変換できる。一定量の熱は系全体のエントロピーを一定に保つためにどうしても低温の熱源へ流れる必要がある。それによって仕事に使われるエネルギーと、熱として低温の熱源へ流れていくエネルギーの割合、分配が決まる。 しかしカルノーサイクルは、行われる仕事の量をサイクルが一周するのに必要な時間で割り算した値を考えると、 サイクルが一周するのに無限に長い時間がかかるので時間で割った値は 0 になってしまう。 効率の指標を変えると、仕事と熱の最適な分配の仕方は変わる。

このことに関するすばらしい研究成果が発表された。「一般の熱エンジンの効率とスピードに関する原理的限界の発見」 慶應義塾大学理工学部の齊藤圭司准教授と、東京大学大学院総合文化研究科博士課程3年の白石直人、学習院大学理学部の田崎晴明教授の研究グループによる成果   https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/2016/10/31/28-18691/

カルノーサイクルは熱を最大の効率で仕事に変換できる可逆過程である。このとき  が成り立つ。 一方、二つの温度の異なるヒーティングブロックをくっつけた場合は熱が全く仕事にならない完全な不可逆過程である。このときも  が成り立つ。 これらの中間くらいが、スピードを考えた場合の最適な状態になるらしい。 このことにどんな意味があるのだろうか。

不可逆過程の理論(一回目)

http://ci.nii.ac.jp/ で「不可逆過程」と検索すると解説が出てくる。小野先生による「不可逆過程の理論」に従って勉強してみる。   不可逆過程の理論 小野 周 日本物理學會誌 10(7), 225-234, 1955   まず最初の方を勉強する。

第1図では上の方で書いた「二つの熱源だけで考えるエントロピー変化」に相当する場合が具体例として上げられている。この例は左と右のブロックに温度差があるので平衡状態ではない。だから不可逆過程になる。温度差があるので熱が高温のブロックから低温のブロックに流れる。 この自発的に流れが生じるということが不可逆過程に特有な性質になる。カルノーサイクルではピストンを押す力をほんのわずか変化させて準静的にピストンを動かそうとしない限り熱は移動しない。だから可逆過程、カルノーサイクルでは「自発的に熱が移動する」ということはない。

二つのブロックはとても細いパイプでつながっている。だから流れはとても遅い。そういうことにすると左のブロック、右のブロックそれぞれ単独の状態は平衡状態の熱力学で考えてもよくなる。

小野先生の解説では粒子数の変化も考えてあるが、「二つの熱源だけで考えるエントロピー変化」では粒子数の変化はないのでそれを省略して簡単にしてみる。

二つの温度が異なるブロックがとても細いパイプでつながった瞬間からの変化を考える。つながると熱がパイプを通じて高温のブロックから低温のブロックへ流れ始める。

左のブロックを I、右のブロックを II とする。それぞれのエントロピーの変化は

左:    なぜそうなるか:     この場合体積は変化しないので dV = 0, 粒子数の変化もないので dN = 0  だからこの場合 dU = d'Q にできて簡単になる。

右:    なぜそうなるか:     この場合体積は変化しないので dV = 0, 粒子数の変化もないので dN = 0  だからこの場合 dU = d'Q にできて簡単になる。

二つのブロックは真空中に浮かんでいて熱が外部に流れ出すことはない。だから  

ここで、時間が出てくる。カルノーサイクルのような可逆過程では時間は出てこない。しかし不可逆過程をきちんと考える際は時間を考える必要がある。


生物学でもなにか刺激を与えてから細胞がどのように応答するかを時間を追って調べることは多い。 「タイムコースを取る」と呼ばれる。 それはある定常状態にある細胞が刺激によって不可逆過程の状態になり、そこからある程度の時間(よく実験の対象にするのは数時間〜数日くらい)をかけて元の定常状態に復帰・または別の定常状態に緩和する様子を観察することに相当する。タイムコースを取ると多くの情報が得られるが必要な実験数は増大する。時間間隔を小さくすることは難しいことが多い。

マイクロアレイのデータにもこういうタイムコースのものがある。例えば植物を低温で育成する。そうすると低温に適応した状態になる。その植物を常温に移す。そこからタイムコースでデータを取って、室温に適応した異なる定常状態に緩和する様子を見たデータがある。


小野先生の解説では「単位時間あたりの右(II) から左(I) へのエネルギーの流れ」を

で表している。J が「右から左への流れ」で Flux と呼ばれる。添え字として u を付けて「エネルギー u の流れ」になる。 上にドットを打って時間に関する微分を表す。熱力学で単に dU と書くと微小な変化ということになるが、そのときには時間のことは全く考慮しない。不可逆過程をきちんと考える際には時間が出てくるのが特徴である。J も「単位時間あたりのエネルギーの流れ」だから、時間のことを意識した値になっている。

文章に翻訳すると、

「この系でのエネルギー u の流れは、左のブロックの内部エネルギー U の時間的な変化と等しい。またその値は右のブロックの内部エネルギーの時間変化に -1 をかけ算したものになる」ということになる。 例えば右(II)のブロックの温度の方が高い場合、右(II) から左(I) へのエネルギーの流れが生じる。その場合 J の値は正になる。それと一致して左(I) のブロックの内部エネルギーは時間を追って増大する。右(II) のブロックの内部エネルギーはその分減少する。

次に「全体のエントロピー S の増加する速さ」が出てくる。これも「速さ」だから時間あたりの値で、時間を意識した値になっている。

 は、エントロピー生成速度

例えば右(II)のブロックの温度の方が高い場合、右(II) から左(I) へのエネルギーの流れ J が生じる。その場合 J の値は正になる。   の値は、右(II) の温度の方が高いので必ず正になる。 だからその場合エントロピー生成速度    も、必ず正になる。だからエントロピー自体も増加する。 これによって最初に出てきた「二つのブロックで考えるエントロピー」が説明できる。 右(II) と左(I) の温度が等しくなるとエントロピー生成速度は0になり、エントロピーは最大値で一定になる。

平衡状態からのずれ

このことについては、白井先生の教科書では213ページから「6.3 平衡状態への回復」という章で解説がある。

不可逆過程の代表である「二つの熱源だけで考えるエントロピー変化」では、最初の状態では二つの熱源の温度は等しくないので平衡状態ではない。平衡状態でなくなるとそれだけで不可逆過程になる。その状態から最終的に二つの熱源の温度は等しくなり、その状態では平衡状態に回復する。

そこで、不可逆過程について考えるために「平衡状態からのずれ」を表す値を導入してみる。小野先生の解説ではその値を  としている。 平衡状態における圧力 P、体積 V のような状態量を基準として、ある不可逆過程においてそれらの値が取っている値と、基準になる平衡状態での値の差を  とする。状態量は複数あるので  もいくつかの値の組  というようになる。ここではそれを単に  と書くことにする。 

ここで考察の対象としている系全体のエントロピーを S とする。「二つの熱源だけで考えるエントロピー変化」では、最終的に平衡状態になり、その状態がエントロピー最大になる。 平衡状態からのずれが全くないとするとエントロピー S が最大で、ずれが大きくなると低下していく。

(後で続きを勉強する)

不可逆過程における cross-phenomena 干渉効果

小野先生の解説では、不可逆過程の例として電気伝導、熱伝導が挙げられている。どちらも流れが生じ、電気伝導では電流、熱伝導では熱流という値で計測できる。 また複数の不可逆過程が同時に起きて、複数の流れが同時に生じる際にそれらが相互作用して、単独では起きえない現象が起きることがある。それを cross-phenomena 干渉効果 と呼ぶと書かれている。 cross-phenomena の例として、熱電気現象(温度差があると、電位差がなくても電流が生じる)が紹介されている。

こういう現象は生物学ではあまりないような気がする。あっても気がついていないのかもしれない。

細胞には電子伝達系がある。電子伝達系では、酸化還元電位がマイナス方向に高い NADH から供給された電子が複数の電子伝達複合体、ユビキノン、チトクロム C を流れて最後に酸素に受け取られて水が生じる。 その際に、電子伝達複合体は水素イオンをミトコンドリア内膜の内側から外側へ輸送する。 これは、ミトコンドリア電子伝達複合体において、酸化還元電位の差による電子の流れと、水素イオンの流れが同時に生じていることになる。

しかしその際にミトコンドリア電子伝達複合体において干渉効果があるのか、そういう話は見たことがない。 干渉効果で何か効率がよくなるのならそうなっていてもおかしくないが、わからない。

(後で続きを勉強する)

不可逆過程とゆらぎと「エネルギー等分配則」

不可逆過程では「ゆらぎ」が重要な物事として出てくる。小野先生の解説では231ページに「揺動散逸定理」というものが解説されている。

なぜ不可逆過程では「ゆらぎ」が重要な物事として出てくるのかについてはまだ理解できていないのでこれから調べる。

白井先生の教科書では68ページから「生物におけるゆらぎ」というトピックスがある。そこでは34ページから解説されている「エネルギー等分配則」が使われている。 「エネルギー等分配則」というのは生物学では生物物理(一分子計測)以外の分野では全く出てこないが、マイクロアレイのような網羅的なデータを分析するのに使えそうな気がする。

白井先生の教科書の 68 ページからの説明について、他の生物現象に適用できないか考えてみる。

68 ページからは以下のような説明がある。こういう方法は生物物理では一分子計測と呼ばれる。 細長い分子に働く力  を測定するために、その分子の片方の末端をスライドグラスに固定し、反対側の末端には蛍光を発するビーズをつける。 ビースの動きを蛍光顕微鏡で観測する。この場合分子をバネと見なせるので、力 F がバネの伸びによる力と釣り合ったところで平衡状態になる。 バネにはバネ定数 k がある。フックの法則から、バネの伸びた距離を  とするとバネが支える力  は  で表される。

力 F が一定なら、分子のバネとして支える力と釣り合ってビーズは動かないはずだが、実際には熱運動があるので F が一定でもビーズはふらふらと動く。 その動きを時系列データとして精密に観測することで「ゆらぎ、揺動」の値  を得る。バネの長さが揺らいでいるということから、それに対応するエネルギー(揺らぎのエネルギー)を考えることが出来る。

バネの揺らぎエネルギー =  と書かれている。これについて確認する。

エネルギーを仕事という形で考えると、「力x距離」で表すことが出来る。熱力学だと、圧力を一定とすると  になる。 力学だと積分を使う。生物学では積分はめったに使わないので高校物理の参考書を参考にする。

「力x距離」は積分では  x は位置

バネでは、長さの変化 x と対応する力は  に置き換えられる。だから、長さのゆらぎ  と対応するエネルギーは、

 を計算すればよい。これは

 になる。

ここでエネルギー等分配則が出てくる。この法則は、 「分子一個あたりの平均運動エネルギー」という力学的な値を、温度という熱学的な値に結びつける。 そこにボルツマン定数という定数が出てくる。

ボルツマン定数については、朝永先生の本の下巻、24ページからに説明されている。気体の分子運動論で出てくる。エネルギー等分配則は、本当はもっと難しい方法で証明されるが、理想気体の場合に限定して、理想気体に当てはまる法則を取り入れると考えるのが簡単になる。

圧力 は、分子が運動して容器の壁に衝突することで生じる。 は、「気体を構成する分子すべての運動エネルギー」と等しい(この場合の3は、容器が3次元空間で3つの軸があるから3)。まず、このことを示す。

この関係は基本的な力学と、理想気体で成り立つ法則から導かれる。気体分子の質量 m、速度 v、容器を立方体としたときの一辺の長さ d、それによって決まる体積  が元になる。

さしあたって、一つの次元(軸)上の運動だけだけを考える。質量 m の分子が速度 v で壁にぶつかる。すると、壁にぶつかることで速度 v が反対方向 -v に変化する。 それによる運動量の変化は

一つの壁への衝突が起きる頻度を考える。分子が一つの壁(A)に衝突する。それによって d だけ離れたところにある別の壁に向かって分子は進行し、そこで衝突して向きが元に戻る。そこからまた d だけ移動して、壁(A)への次の衝突が起きる。 分子が 2d だけ移動する間に、一つの壁には1回衝突することになる。 分子が 2d だけ移動するのにかかる時間は、距離=速度*時間 だから   

運動量の変化は、力積(力 F の時間積分)と等しい。力積は、平均の力 <F> を用いると <F>dt と表現される (t は時間・基本的な熱力学では時間は出てこないが、ここの話は力学なので、時間が出てくる)。

この場合 dt が分子が 2d だけ移動するのにかかる時間で、

一つの壁にかかる平均の力は、運動量の変化を dt(かかる時間)で割り算した値になる。

平均の力 <F> を面積 d^2 で割ると圧力(力/面積)になるので、

圧力 P = 上の<F> / (d^2) =

分子の d^3 は、体積 V と一致する。ゆえに

うまい具合に運動エネルギー = だから、

x 容器内の気体を構成するすべての分子による圧力 P x 体積 V = 容器内の気体を構成する分子の運動エネルギーの総和

になる。これは一つの次元(軸)上の運動だけだけを考えている。また分子同士の衝突のことは考えていない。

この段階では、運動エネルギーは温度と結びついていない。 そこで「理想気体に当てはまる法則」であるボイルの法則(温度を含んでいる)」を適用する。

上の結果を温度と関連づけるために、右辺の「気体を構成する分子の運動エネルギーの総和」を、分子の個数 N で割る。その値は「気体を構成する分子一個あたりの平均運動エネルギー」である。

左辺の  も分子の個数で割る。 ここで、「ボイルの法則」を用いる。朝永先生の本の下巻では、「ある気体が体積 V が一定の容器に封じ込められているとき、温度 T が一定なら(V, T が一定)気体の圧力 P は分子の個数 N に比例する)というように使われている。

そうすると、圧力 P を分子の個数 N で割った値は、V, T が一定という条件では一定の値になる。 だから、左辺の  を分子の個数 N で割った値は、V, T が一定という条件では一定の値になる。 ゆえにそれと等しい「右辺を分子の個数 N で割った値」も、V, T が一定という条件では一定の値になる。この値は、「気体を構成する分子一個の平均運動エネルギー」である。

このことは、「気体を構成する分子一個の平均運動エネルギーは圧力 V と温度 T の関数である」と書くことができる。V と T がパラメーターだが、「ゲイ−リュサックの法則」によって T だけで済むようになっている。この法則は「分子の個数 N と気体の圧力 P が一定の時、気体の体積 V は絶対温度 T に比例する」というものである。33ページに書かれている。 これを用いると、この場合体積 V は絶対温度 T に何か定数を掛け算した値で表される。

N で割った左辺は  ということになる。

このことから N で割った右辺「気体を構成する分子一個の平均運動エネルギー」は絶対温度 T に何か定数を掛け算した値で表されることになる。 この定数をボルツマン定数と呼び、  で、「気体を構成する分子一個の平均運動エネルギー」になる。

上で考えたことは、分子は二つの壁の間を往復運動(一次元の軸だけを運動する)していることに相当する。朝永先生の本では、下巻の42ページに書いてある(イ’)の式に一致する。 実際の分子の運動は三つの次元(軸)で起きている。そのため、圧力(壁に衝突することによる平均の力)を 3 で割り算しなければならない。そうすると、軸が 1 個の際と比べて 3 個になると、平均運動エネルギーの方が 3 倍になっていないと同じ圧力にはならない。だから  になる。

そのように、ボルツマン定数 に絶対温度をかけ算し、2 で割り算してさらに何倍かする(場合によって異なる)と「気体を構成する分子一個あたりの平均運動エネルギー」が求められる。 この「何倍かする」値は「自由度」と言う名前がついている。

自由度という言葉は、統計学でいきなり出てきて「何のことだ」と思わされた記憶がある。もっと簡単にいいかげん、不正確に言えば「軸の数」とか「パラメーターの数」ということになる。 もちろん「すでに平均値がわかっている」などの条件がついていると、その分を軸、パラメーターの数から引き算しないといけないので「自由度」と言わなければ正確でないのはしかたがない。

空間を飛び回っている気体分子の場合、軸は三次元空間なので3つで、それによる自由度は 3 になる。 しかし、分子というものは複数の原子が結合してできている場合がある。その場合「動ける方向、動き方」の数が増える場合がある。白井先生の教科書では37ページに書かれている。

単原子の気体分子では単に空間を飛び回る並進運動ができて、書いてあるように 3 になる。2 原子で出来た分子だと、さらに二通りの「回転運動」ができる。また原子と原子の間がバネのように伸縮することもできることもある(できる場合とできない場合がある)。それで自由度が増える。水分子のように3つの原子が角度を持って結合している場合は、その角度が変化することができるので自由度がもっと増える。

バネがついたおもりが直線上を行ったり来たりする場合、自由度は 1 になる。 それが今の例題の場合あてはまる。だから分子のゆらぎによる平均エネルギーは  ということになって、バネ定数 k を  と表せる。

この k を使い、分子に作用している力 F を  と表せる。バネ定数 k の値を知る必要がなくなる。必要なデータは、ビーズの位置を時系列的に精密に測定した値と温度だけである。

このようにして、ビーズの位置を時系列的に精密に測定すれば、分子に作用している力の大きさを測定できる。しかしビーズのゆらぎを測定しているつもりが測定装置のノイズを値にしているだけだったりすることもあり得るので難しい。またビーズを引っ張る張力の方もどうしても揺らいでしまう。高度な技術を必要とするのだろう。


この例題と関連することについて、大沢文夫先生が書かれた「大沢流手作り統計力学」(名古屋大学出版会)という本の109ページから書かれている。

針、F-アクチン、ミオシンとつながっていて、アクチンとミオシンの結合が熱的に揺らぐのを針の動きによって観測する。針の動きが、アクチンの『局所的温度』を示す。この場合、アクチンとミオシンの結合・解離も揺らいでいるので観測が難しいと書かれている。それは「張力ゆらぎ」となり、熱ゆらぎとは性質が異なると書かれている。

熱ゆらぎ:  なので、ゆらぎの自乗の平均に比例する。

張力ゆらぎ:     なので、ゆらぎの平均に比例する。


この例題の結果を、他の生物学的な物事に適用してみる。

生物学では、様々な細胞内の分子について量を測定する。多くの場合、「標準的な状態に何か処理した・変化が起きたサンプル」と「標準的な状態のサンプル」の両方について測定して、標準的な状態からの相対的な変化に注目する。 絶対的な値を求めることが難しい場合が多いのでそういうことになっている。「標準的な状態」は研究目的、やりやすさに応じて適当に都合良く決められる。

この場合、「何か処理したサンプル」の値と「標準的な状態のサンプル」の値が等しいことが最もありそうな、自然な状態になる。 比較的少ない数の、「その処理によって特異的に影響を受ける分子種」だけが有意に大きい量的変化を示す。それ以外のほとんどの分子種の量はノイズ、測定誤差によって小さなばらつきを示す。有意に大きい変化を示す分子種の数は、変化が大きくなればなるほど少なくなる。指数関数を0で折り返したような分布になる。 分子の個数が大きく変化すればするほど、元の値に戻そうとする力が大きくかかるように見立てることが出来る。「一定の条件が満たされていればフックの法則は普遍的に成り立つ」ということが示されている。

この様子を「バネ(標準的な値に戻そうとする力)がついたおもり(分子種)がたくさん並んでいる」というモデルにすることができる。 「何か処理したサンプル」の値と「標準的な状態のサンプル」の値が等しい状態は、バネが自然長の状態に相当する。 処理によって有意に大きく量が変化する分子は「バネが伸びた・縮んだ」に相当する。

多くのバネ(遺伝子)は自然長の状態から小さくばらついた状態にある。それらのばらつきは「熱ゆらぎ」に相当するかもしれない。

比較的少ない種類の遺伝子の発現量は有意に大きな量的変化を示す。バネがついているので、変化が大きいほど、元の値に戻そうとする力が強く作用する。それらのばらつきは「張力ゆらぎ」に相当するかもしれない。「熱ゆらぎ」と「張力ゆらぎ」をうまく見分けることができると都合がよい。

生物学では細かい時系列で観測することは難しいことが多いので時間的な揺らぎを観測しにくいことが多い。しかし多くの分子種に対して網羅的解析を行うことができるようになっている。網羅的な解析では同じような動きをする分子が複数存在する(分子セット)ことがある。 時間的なゆらぎが観測しにくいので、網羅的解析のデータを用いて、適当で乱暴な仮定として「時間ゆらぎは、性質が似た分子セットにおける集団ゆらぎで置き換えてもよい」ことにする。そうすると一応分子にかかる力に相当する値が出ることになる。しかしこういうことに意味があるかどうかは分からない。 仮定に基づいて出てきた値を、実験によって得られる値と比較して検討できなければ意味がない。


流れと熱力学

細胞内の分子は水に溶けた状態にあるものが多い。化学反応や遺伝子の転写に関わる分子は溶液になっていないと働くことはできない。 それらの分子は「細胞内の流れ」に従って動き回る。また拡散によっても移動する。濃度勾配があれば拡散には一定の方向が生じる。

流れというものはとても難しいもののようで、流体力学という大きな学問分野が形成されている。特に乱流というものは規則性がなくなり難しいらしい。 規則性が見えにくいという点では、生物学と共通したところがある。 これは、もしかしたら生物の細胞内の流れが乱流であるからかもしれない。

細胞内で起きていることを解釈するのに、流れ、乱流で知られている膨大な知見をなぞらえて考えてみることができたらおもしろいかもしれない。「層流から乱流への転移」と同じようなことが細胞内でも起きたなら、分布の形状が大きく変化するだろう。ある一群の遺伝子がいつもは揃って動いているのに、ある条件ではばらばらに動くようになったら、それは層流から乱流へ変化したようなものかもしれない。

乱流には渦がつきものであるらしいので、生物から得られるデータから「渦」を見つけられないといけない。あまりそういう話は聞いたことがない。

坂上貴之 理学研究科教授と横山知郎 京都教育大学教育学部准教授 によって、「「ながれ」を言葉に −流体画像情報を数学的処理で文字列化する手法の開発−」というすばらしい研究がおこなわれた。    http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2015/151224_2.html   

生物で流れといえば動物の血流がある。この分野にはすぐに適用されるだろう。植物なら原形質流動がある。これはどうだろうか。それ以外の遺伝子発現データなどを流れ、渦にうまく当てはめることはできるだろうか。それはよく考えてみないとどうしようもない。


http://www.jsme.or.jp/column/201312.htm   「コンストラクタル法則とエントロピー極大をめぐって」日本機械学会第91期企画理事 木村繁男教授が書かれたコラム(金沢大学 環日本海域環境研究センター)

「コンストラクタル法則」というものは、「自然界に見られるあらゆるパターンを予測」できるものだそうである。「流動抵抗最小化」という原理らしい。流れがある状態は平衡状態ではないので不可逆過程になる。 その場合「エントロピーの生成が最小化」という状態、状態変化が自然に生じる。 このことを元にして、様々なことが予測できるようになる。 細胞内には「情報の流れ」があり、例えば「病原菌が侵攻してきた」という情報は受容体から様々な分子を通じて細胞核に伝わる。この時の情報の流れ方は「最小コストフロー」であるという話を聞いたことがある。 また代謝の流れも同じようなことが起きているかもしれない。植物の葉源基は茎頂で作られるが、源基が形成される場所は茎頂(植物によって形状が異なる)に流れている何らかの物質の流動を一番妨げにくいように決まるのかもしれない。

木村先生による、コンストラクタル法則の定義を写させてもらう。

コンストラクタル法則とは 「有限の流動系が時間の流れの中で存続するためには、その流動系の配置は、流動抵抗を低減するように進化しなければならない」と定義される

熱力学第二法則が文章で示されるのと同じように、この法則も文章で示される。もちろん第二法則と同じように数式化され、それに基づいた数学的な推論が行われないといけない。それについては書かれていない。

植物の細胞伸長は準静的な変化か? またどれくらい可逆過程に近いか?

植物の細胞伸長を説明するモデルは以前から存在する。「化学と生物(日本農芸化学会会誌)」2008年11月号に、加藤潔先生が「植物伸長の生理」という解説を書かれている。Lockhart の成長方程式を基本とする成長のモデル化、測定などについて解説されている。

生物学において「〜は準静的変化である」と仮定すると、どんなことを言えるだろうか。

例えば植物の細胞が拡大する様子を考えてみる。加藤潔先生の「植物伸長の生理」によると、測定には全自動で準静的にゆっくりと試料に張力を与えることが重要であるそうである。

準静的変化=常に平衡状態で、極めて小さい変化により少しずつ変化していく   もしそうなら、植物細胞の拡大を相対伸長速度(細胞の伸長速度を細胞の長さで割った値)で表すと、その値はほとんど 0 とみなしてよいことになる。実際にはそうではないとしても、あり得ない仮定でも役に立たないとは限らない。また普通の熱機関が動作する速度と比べると桁違いに遅いわけだから、ほとんど 0 と見なして問題ないのかもしれない。

白井先生の本には、例えば245ページで、不可逆過程と可逆過程を組み合わせることで、効率がよい状態変化を起こすことができることが強調されている。植物細胞の伸長はおおざっぱにみると不可逆だが、もっと細かくみると可逆な変化も組み合わさっているだろう。それによって効率よい伸長が実現されているかもしれない。細胞壁の力学的なモデルとしてバネとダンパーが組み合わされたものがある。バネは可逆的で、ダンパーは不可逆である。

加藤潔先生の「植物伸長の生理」に書かれている Lockhart の式について、加藤先生の解説に従って勉強してみる。775ページに説明がある。

そういう設定において、以下の 1), 2) の二つの式を連立させたものが Lockhart の成長方程式になる。これは細胞一個の拡大成長を表す。

1) 圧力による細胞の拡大を表す式:

長さ l の細胞の相対伸長速度 v は、ΔP が Y よりも大きい場合次の式で決まる。 

ここで、t は時間、ΔP(細胞内外の圧力 P の差、膨潤しようとする圧力(膨圧)から細胞壁の反作用による圧力(壁圧)を引いた値)は「Δ膨圧」、Y は臨界降伏圧という値。

加藤先生の解説では「膨圧はΔP」となっている。一方、「植物の生態: 生理機能を中心に (新・生命科学シリーズ) 」寺島 一郎 (著)という、寺島先生が書かれた本では、 「膨圧は細胞が膨潤しようとする圧力」となっている。わかりにくいので、ここでは ΔP を「Δ膨圧」という名前にする。

細胞は ΔP(Δ膨圧)を原動力として不可逆的に伸長するが、ΔP が Y よりも小さい場合は全く伸長しない。 その場合 v = 0 ということになる。

 は比例定数で、植物細胞の周囲に存在して細胞の力学的性質を決めている細胞壁の粘性の逆数に比例する。だから粘性が高いと、相対伸長速度 v は小さくなる。粘性が低いと、相対伸長速度 v は大きくなる。

2) もう一つ、細胞内への水の輸送(吸収)による細胞の拡大を表す式:

相対伸長速度 v は、次の式で決まる。 

ここで、L は「実効的な水透過係数」。植物の細胞は、細胞内に高濃度の溶質(糖など)があるので、浸透圧の差によって水を外部から吸収する。吸収のしやすさ(水の通過しやすさ)をこの係数で表す。 この係数が大きければ、小さな浸透圧の差でも水を良く吸収できると言うことになる。

 は、細胞内外の水ポテンシャルの差。これは、「細胞内外の圧力の差 = 」と「細胞内外の浸透圧の差 = 」の差。実際の細胞は細胞小器官によって区画化されているが、ここではそれを考えないことにしてモデルを単純化している。 「差と差の差」だからわかりにくいが、この値は吸水力になる。加藤先生の解説では図 1-A で図解化されている。 は吸水を抑えるように働き、 は吸水を促進するように働く。伸長中の細胞では、浸透圧の差  の方が大きいので、細胞は吸水することができる。

 は、式 1) に出てくる  と同じものである。  が 1) と 2) の共通の変数になる中心的な量になる。定性的に考えると、 が大きければ、1) によって相対伸長速度 v は大きくなる。しかし 2) によって吸水力は小さくなるので相対伸長速度を小さくするように働く。しかし伸長中の細胞では浸透圧の差(細胞内は溶質によって高く、細胞外は純水に近いので低い)の方が大きいので吸水を行える。

水ポテンシャルという量は植物でよく使われる量であるが、あまりわかりやすい量ではない。 このことについては、

「植物の生態: 生理機能を中心に (新・生命科学シリーズ) 」寺島 一郎 (著)

という、寺島先生が書かれた本の49ページから詳しく解説されている。

この量は、水の化学ポテンシャル  を、植物の吸水を考えるときに使いやすいように補正したような、わかりにくい値である。化学ポテンシャルは熱力学で重要な値でこれは他の分野と違いはない。 この場合、水といっても純水ではなく植物体に含まれる水を対象にしている。植物体に含まれる水だから様々な分子が溶解している。それらの分子によって自由エネルギーが高くなる。また細胞は周囲を取り囲む細胞壁が支える圧力(壁圧)と釣り合う膨圧を持っていて、細胞内に含まれる水分子はそれによる圧力を受けている。それによる自由エネルギーもある。また大きく生長した樹木の高い部分に存在する水はかなり大きな位置エネルギーを持つようになる。それによるエネルギーを足し合わせる必要があることもある。

これらのことから、植物体に含まれる水の化学ポテンシャルは、50ページに書いてあるような式で表現される。

(後で続きを勉強する)

寺島先生の本の49ページには、「(細胞が)膨潤しようとする力(膨圧)と細胞壁の反作用による力(壁圧)とが釣り合い、細胞体積の変化は止まる」と書かれている。要するに平衡状態である。50 ページでは、その仮定の下に、植物体を構成する水の化学ポテンシャル、水ポテンシャルが定義されている。

しかし完全な平衡状態だとすると植物細胞は伸長しないはずである。膨潤しようとする力の方が大きいことで細胞は伸長する。Lockhart の生長方程式は平衡状態でない状態(不可逆過程)だから、膨潤しようとする力 > 細胞壁の反作用による力(壁圧)の条件において構成され、植物細胞の伸長を説明していることになる。

「膨圧 > 壁圧」の条件でも、植物体を構成する水の化学ポテンシャル、水ポテンシャルは膨圧を用いて全く同じように定義できる。

「植物細胞の伸長は平衡状態からほんの少しずれることによっておきる、準静的な変化である」ということにするなら、「膨潤しようとする力 と 細胞壁の反作用による力(壁圧)の平衡からのずれは極めて小さい」ということにできる。それによって不可逆過程の理論に当てはめられる。

「成長速度はほとんど0と見なしてよいくらい小さい・準静的変化そのもの」ということにするなら、可逆過程として扱うこともできる。


1) と 2) を連立させた式を、Lockhart の生長方程式という。 この式は、細胞一個の拡大成長を表現する。

この式の特徴について考えてみる。

特に Δ膨圧(細胞が膨潤しようとする圧力と、細胞壁が支える壁圧の差)  が主役になる。Δ膨圧  は細胞を拡大させるように働くが、細胞の吸水に対しては抑えるように働く。だから植物細胞は一方的に膨らみ続けて破裂しないようになっている。

細胞壁成分の合成を抑える薬剤を与えることで、細胞壁が支える壁圧が下がった状態の植物を育成することができる。その場合どんなことがおきるだろうか。 Δ膨圧  は大きくなりやすい。その分細胞は膨らみやすくなる。膨らむと、細胞壁が変形することで壁圧が高くなる。それによって釣り合い状態に回復する。 そういう際は、細胞の極性が失われて円形、球形に近づきやすい。そういう複雑な変化が起きると、成長方程式に当てはめにくくなる。しかし合成の阻害の程度が小さければ何とかなるかもしれない。

1), 2) どちらにも  が含まれているので、細胞内外の浸透圧の差  は、 と独立には決まらない。

 で定義される v は一定

このことについては寺島先生の本の171ページ、201ページからに記載してある。 これは微分方程式なので解くと、202ページに書かれているように細胞の長さは指数関数で大きくなることを示している。  もちろん実際にはいつまでも指数関数的に伸びることはできないので、モデルから外れることになる。 この式の v に 1), 2) を入れれば、細胞の長さの時間的変化が決まることになる。

v は一定ということから、時系列データとして生長の様子を観測してデータを取り、v の値をヒストグラムにすると、一区画だけに頻度が集中することになる。 しかし実際には多分そうではなくで細かくみると v は少しずつ変化しているだろう。v = 0 や v がマイナスでいる時間もあるかもしれない。 そういうことは表現されていない。そういうことを表現するには、ブラウン運動に制限をつけたようなモデルを考える必要があるだろう。ASEP, TASEP というものについて解説してある資料があった。

一般に植物は低い温度では成長が遅い。そういうことは、アレニウスの式などによって別に考慮する。吸水力などが変化するだろう。温度が入っていないのでは熱力学と結びつけにくい。

植物は同じように育てても生育にばらつきが生じることが多い。このことは植物工場において問題になる。 それは微妙に温度のような条件、細胞の状態が違うからだろうが、それらの小さな差がどのようにして増幅され大きな生育の差になるのか、説明しにくい。

「植物細胞の伸長は準静的な変化である」ということにすると、 は0にきわめて近い値ということにできる。しかし  が0に近いという設定にもできる。


最近は、生物の細胞でおきる物事をネットワークとして示す・モデル化することがよく行われるようになった。

http://www.riken.jp/pr/press/2015/20150727_2/   「ヒトの細胞間相互作用ネットワークの概要を可視化」   理化学研究所(理研)ライフサイエンス技術基盤研究センター ゲノム情報解析チームのピエロ・カルニンチ チームリーダー、ジョーダン・ラミロフスキー特別研究員、アリスター・フォレスト客員主管研究員らの研究チームのすばらしい研究成果

植物細胞の伸長成長も、それに関与する因子のリストを作成し、それぞれの間の関連性(促進する・抑制する・何も作用しない)を決定して、ネットワークを作成し、そのネットワークがどのような挙動を示すかを推定することもできるかもしれない。 その結果が、Lockhart の式と一致すればもっともらしくなる。 また温度変化、細胞壁成分の合成を阻害する薬剤などで刺激を与えた際の挙動をうまく再現できるかということも、もっともらしさを高くするのに有効だろう。

ネットワークの熱力学

最近は、生物の細胞でおきる物事をネットワークとして示す・モデル化することがよく行われるようになった。 現実世界で起きる様々な物事は、ネットワークとして表現されるものが多い。特に生物や人間社会のように複雑なものに適用することの有効性が示されている。

http://www.sat.t.u-tokyo.ac.jp/first/  FIRST 合原最先端数理モデルプロジェクト 研究成果冊子 を眺めてみると、ネットワークに関する先端的研究が数多く行われている。しかもその成果が生物学や工学を含む様々な事象、産業の分析と改善につながっている。数理科学の成果をうまく様々な物事に当てはめることができれば波及効果がきわめて大きい。

熱力学はどんな物に対しても適用される(と私は考えている。しかしエネルギー保存則が見かけ上成り立っていないならそのままではダメだろう)。ならば、ネットワークに対しても「カルノーサイクル」や「二つの温度の異なる鉄の塊をくっつける」のような、考えやすい例題に相当するようなものを構成できるのではないか。 それによって、細胞内のネットワークについて考える助けになるのではないか。

状態が1の状態から2の状態へ不可逆に変化する(元に戻らない)ということは、その二つの状態に順番が付くということである。細胞、個体が行う様々な変化を可逆なもの、不可逆なものに分けてみることは何かの役に立つかもしれない。

細胞内の代謝では、いくつかの化合物が順番に化学変化していくことで代謝経路が形成されている。もし単純に化合物が A -> B -> C -> D と不可逆に変化するだけなら、そのまま順番を付けられる。順序がエントロピーに対応するなら、だんだん高くなっていくことになる。しかし実際にはループが形成され A -> B -> C -> D -> A となっていることもある。その場合ループを構成する要素はすべて可逆に変化できるようになるので順序はなくなり、順序に対応するエントロピーも一定になる。 「ネットワークを構成する要素の内で、それらを取り除くとループが消滅する要素」は、そのネットワークのエントロピーに大きな影響を与えることになる。 そういう要素を Feedback vertex set といい、重要であることが知られている。    「数理科学は生物学に革新をもたらし得るか?」 http://mathsoc.jp/publication/tushin/1803/1803mochizuki.pdf 望月先生による解説

膜輸送システムの回路網熱力学 生物物理(生物物理学会の学会誌) 27(4) 1987年、p31-36   この方法では、膜輸送システムなどを要素、過程に分ける。過程は可逆パワー過程と不可逆パワー過程に分けられる。要素は容量体、抵抗体、変換体に分けられる。結合させてグラフ表現とすると、数式に変換することができる。

こちらの解説の方がより進んだ考え方になっていて読む価値が高い。   「回路網熱力学 : 物理とシステム工学の統合を目指した理論 (システム工学への数理的アプローチ特集号)」 湯浅 秀男先生による解説   http://ci.nii.ac.jp/naid/110003891675

京都大学MACS 教育プログラム   http://www.sci.kyoto-u.ac.jp/ja/academics/programs/macs/groups/groups201603/   自然科学のためのカテゴリー理論  

圏論は、プログラム言語の一つである Haskell というものの土台になっている。Haskell は関数型言語と呼ばれるもので、最近注目されている。   http://www.geocities.jp/takascience/haskell/monadius_ja.html   Monadius のページ プログラム全体がモナドになっている。「圏論 Haskell」で検索するとよくできた解説をいくつも読める。

(これも勉強中)

ヒストグラムからエントロピーや温度に相当する値を計算できるか

例えばマイクロアレイの結果だと、様々な結果の表現法がある。ヒストグラムとして表現するのはその一つである。これをうまく使って、エントロピーや温度に相当する値を計算してみたい。それができれば、熱力学の枠組みを使って、実験結果の予測や制限付けができるようになるかもしれない。

http://www.jnns.org/niss/1999/topics.html   日本神経回路学会のサマースクールの資料が公開されている。村田博士による、「数学的準備体操:数理的基盤と計算の実際」という講義の資料が公開されている。 ヒストグラムを使ったエントロピーの推定について少し書かれている。

「エントロピーは非常に推定しにくい量である」と書かれている。まずこのことについて勉強してみる。

(これも勉強中)

微分エントロピー

分布が連続的でなく、いくつかの区間に分けられている場合、それらの区間に一様に分布するとエントロピーが最大になる。 連続的な分布、変数についてエントロピーを考えることもできる。そういうときに、微分エントロピーという言葉が用いられることがある。これは「独立成分分析、次元削減、変化点検知など、広い工学的応用を持つ。」そうである。

広島大学統計科学研究拠点セミナー「微分エントロピーのノンパラメトリック推定とその応用」 平成26年10月29日(木) 15:00〜【講演者】日野英逸 先生(筑波大学)

Google ブックスで出てくる「詳解独立成分分析: 信号解析の新しい世界」という本に、微分エントロピーについて説明されている。

バイオ燃料とエネルギー、エントロピー

植物や藻類を用いバイオ燃料を製造することが注目されている。光合成によって光エネルギーを細胞に取り入れ、セルロース、デンプン、トリアシルグリセロール(油)などにできる限り効率よく変換する必要がある。サトウキビは茎にショ糖を蓄積することができる。リグニンも重要なバイオマスであり燃料にもなり、プラスチックの原料にもなる。ラン藻では水素を作るものがある。 天然ゴムも重要である。セルロース、デンプン、トリアシルグリセロール、ショ糖、リグニン、天然ゴム、水素はそれぞれ組成、構造が異なる。エネルギー、エントロピーはどう違うだろうか。そういうことが分かれば、どういう物質をバイオ燃料の原料として作らせれば一番有利か、判断する材料になるかもしれない。

水素は、ラン藻などが持つヒドロゲナーゼによって作られる。NADH, または NADPH から水素原子がとれてきて水素分子になる。NAD(P)H は、酸化還元電位がマイナス方向に高い。様々な細胞内の化学反応を進行させる原動力(還元力を供与)になる補酵素として重要な分子である。 水素がとれれば NAD(P) になるが、容易に還元され元に戻ることができる。細胞では還元力というものは過剰になりやすいもののようなので(特に強い光で光合成を行うと)、エネルギー的には有利なような気もする。しかし本当にそうかどうかは怪しい。高等植物は水素を作らず、他の方法で過剰な還元力を消費している。

セルロースはβグルコースが重合した高分子で、セルロース繊維同士が水素結合し結晶構造をとる(様々な高次構造を持つことができるが)。高分子がもつエントロピーについては、高分子科学の分野で詳しく研究されている。これは難しいが勉強しないといけない。

結晶構造には高い規則性がある。規則性があると言うことは、原子間の距離の分布(ヒストグラム)を見ると分布の幅(分散)がとても狭いことになる。その点から見れば、結晶化した高分子のエントロピーは低くなる。

結晶化したセルロースは、複数のセルロース繊維がお互いに束を作って棒状になっている。繊維が折れ曲がることができにくくなる。このことも、エントロピーを低下する方向に変化させる。高分子は「ボール(モノマー)が順番に数珠のようにひもでつながったもの」と見立てることができる。 すべてのボールが一本の直線に載った折れ曲がりがない状態(棒状)では、変化できるのはボールとボールの間隔だけである。場合の数が減るのでエントロピーが低い。ボールとボールの間で折れ曲がることができ、ボールが存在する位置に制限が小さいのならエントロピーが高くなる。

モノマーであるグルコースのエントロピーと、結晶化したセルロースのエントロピーを比べるとセルロースの方が大きく低下している。 結晶化したセルロースは、「負のエントロピー」の塊のようなものと言えるかもしれない。

セルロースを溶媒に溶解させることは繊維工業などでも重要な問題であり、たくさんの優れた研究がある。セルロース繊維を屈曲させエントロピーを上げることが溶解に必要であると書かれている資料があった。http://books.google.co.jp/books?id=1kMrTkk6X7oC&lpg=PA24&ots=Z-8L3oR-7M&dq=%E3%82%BB%E3%83%AB%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%80%80%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%94%E3%83%BC&hl=ja&pg=PA24#v=onepage&q=%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%94%E3%83%BC&f=false

種子にはデンプンを蓄積するもの、脂質を貯蔵するものがある。種子には貯蔵タンパク質も多く含まれる。一方セルロースが種子の貯蔵物質として使われることはない。セルロースは基本的に一度作られると二度と植物自身によって分解されることはない。Metabolic dead end 代謝の行き止まりと言われる。

細胞内・細胞表層のエントロピーを考える・測る

細胞内に異常な構造(活性酸素などによる不可逆な修飾と架橋形成、または異常な高次構造の形成)を持つタンパク質が蓄積することがある。それらはパーキンソン病などの病気の原因にもなる。エントロピーに対しては、

・細胞内に正常な構造を持つタンパク質のみが存在する状態

 から、

・細胞内に正常な構造を持つタンパク質と異常な構造を持つタンパク質が共存する状態

に、変化することになる。二つの状態があるとすると、情報エントロピー的に考えると2項エントロピーと考えることができる。正常な構造を持つタンパク質のみが存在する状態では0(エントロピーが最低)になる。 異常な構造を持つタンパク質が増加すると細胞内のエントロピーが高くなる。

異常タンパク質の蓄積は、佐藤先生の本の146ページからに書かれている散逸構造と関連づけられるかもしれない。 細胞はグルコースなどの栄養源を取り込む。それは147ページの図でいえば「加熱」に相当する。電子伝達系は、グルコースなどの栄養源 から生じた NADH などからの電子を受け取り最終的に酸素分子へ渡す。これは入ってきた熱、エントロピーが出ていく・散逸することに相当する。147ページの図なら液面から熱が散逸している。 その際に秩序ある構造が出現することがある。 147ページの図なら液体の底面が熱せられて熱くなり、表面はそれよりも低温になる。しかしその状態は「上が重く下が軽い」ので 不安定である。 そのため熱せられた液体が表面に浮き上がり対流(構造)が生じる。それによって鍋に入っている液体のエントロピーが低下する。

「バスタブモデル」というものにも見立てることができる。バスタブに液体が流れ込む。底についている出口から流れ出す。流出速度がバスタブ内の液体の量に比例するなら、バスタブ内の液体の量は一定になる。バスタブ内の液体の状態が均一で安定なら、なにも構造はない。液体が「上が重く下が軽い」のような状態になるなら、バスタブ内に対流のような構造形成が起きうるようになる。

細胞なら、栄養源から電子が酸素へ流れる。それによって「上が重く下が軽い」 に相当することが起きる(どんなこと?)。 細胞内の構造・秩序が形成されることで、その不安定な状態が安定な状態に移行する。同時にエントロピーが低下することになる。 電子伝達系の機能低下によって正常な熱・エネルギーの散逸が起きなくなると、正常な散逸構造としての秩序ある構造が出現することができなくなる。147ページの図なら液体の上のほうからも熱を加えたようなことに相当する。 それによって細胞内のエントロピーの低下が起きにくくなってしまうということもあるのかもしれない。

細胞内で「上が重く下が軽い」に相当することとはどんなことだろうか。

リン脂質は両親媒性物質である。リン脂質分子が複数存在する場合、ばらばらに存在すると疎水性の部分が水分子と接触する。それは不安定で、「上が重く下が軽い」ことに近い。ミセル、リン脂質二重層などの構造を自発的に作ることで安定になる。構造、秩序が自発的に形成される。

電子伝達系に電子が流れてプロトンの濃度差が生じる。 濃度差を利用して ATP 合成酵素が働く。あまり「散逸構造」という感じはしない。単なるエネルギーの変換のように見える。

(勉強中)

人間は複雑な脳や神経を持つので、ゲノムサイズ、遺伝子数も大きいと考えられていた。しかしゲノム配列が決められると、案外ゲノムサイズは大きくなく遺伝子数は 2万くらいであると言われるようになった(最近もっと多いらしいことがわかってきたが)。ゲノムサイズが大きくなると、それがもつエントロピーはどう変化するだろうか。 むやみにゲノムサイズが増えると、意味のある情報を持たせることができにくくなる。意味のある情報を持たない DNA はエントロピーを高くしてしまう。 そうなると、DNA に由来するエントロピーを保持するために束縛されるエネルギーが大きくなりすぎて生存に不利になるのかもしれない。 「生物のゲノムの大きさには、それが持つエントロピーと細胞全体のエネルギー(内部エネルギーに相当する)の兼ね合いで上限が生じる」ということが推定できる。 しかしゲノムの大きさが小さすぎると十分に情報をコードできない。下限も存在するだろう。下限と上限の間に最適な大きさが存在するのかもしれない。その状態を選択することで増殖に有利になるのなら、そうなりやすいだろう。

最近マイクロ RNA、ノンコーディングRNA など遺伝子の数がさらに増えようとしている。それらが増えるほど、ゲノムのエントロピーは低下する方向に変化することになる。無駄な DNA領域を削ることでもエントロピーを下げることができるが、それよりも意味のある情報をコードするように塩基を変化させることでエントロピーを下げた方が有利なのかもしれない。

動物のミトコンドリアゲノム、バクテリアゲノムのようにほとんどの領域が情報をコードしていれば、エントロピーは小さくなる。この場合は無駄な領域を削ることでエントロピーを下げている。ゲノムサイズを小さくしないと都合の悪いことがあるのだろう。 Alternative splicing などは小さいゲノムサイズでエントロピーを増やさずに、タンパク質の種類を増やそうという仕組みなのかもしれない?。

複数の粒子が相関を持って運動すると、そうでない場合に比べてエントロピーが低下する。   http://www.chem.tsukuba.ac.jp/kazuya/S_CondMattPhys.pdf   筑波大学 齋藤先生   2個の区別できる粒子があり、それぞれ状態が+、−があるとする。相関がないと、状態の数は4通りになる。相関があると、状態の数は2通りに減少する。 物質の研究では、巨視的な量である熱容量の測定によってエントロピーを導く。「エントロピーの定量は系のミクロな情報を与える」ということが書かれている。マイクロアレイの結果では最初からミクロな情報が見えている。物質の研究と反対方向に、ミクロな情報から巨視的な状態量を導くことが必要かもしれない。

複数の遺伝子間の発現には相関がみられることが多く、優れたデータベースが作られている。複数の遺伝子の発現に相関があるということで、そうでない場合よりもエントロピーが低下することになる。熱ショック時には熱ショックタンパク質のグループだけが強く発現する。そういう状態はエントロピーが低いことになる。

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