はじめに

物質の性質を探る手法の1つとして,放射光のような強いX線を利用して,内殻励起状態を観測することが広く行われています。実験データを解析するために,理論計算が必要であるが,通常の電子状態コードで内殻励起状態を計算することは特殊なオプションを与えなければならず,躊躇されている方も多いように思われます。しかし電子は通常低い準位から収容されていくため,内殻正孔を空けようとしてもすぐに上の準位から電子が埋められてしまいますし,低い励起状態から順に求めて行くには膨大な不必要な計算をやらねばならなくなります。以下にいくつか思うことをまとめてみたいと思います。

分子系

ターゲットが分子である場合,利用するコードはガウス型基底のコードとなるでしょう。化学を専攻なさっておられる方にとって,すぐに思い浮かぶのはGaussian, GAMESS, molpromolcasなどではないでしょうか?残念ながらこれらのコードで内殻励起状態を直接求めるためのオプションはありません。しかしこれは,”不可能”であることを意味しているのではありません。上であげたコードであれば,オプションを駆使することで内殻正孔状態を計算することは可能です。考えられる手をあげてみます。
  1. Z+1近似を用いる
  2. 既存のオプションを駆使し,計算をすすめる
  3. 専用のコードを用いる
1.は内殻に正孔をあける,という状態が正孔の空いた原子の原子番号を1つ増やし,内殻軌道に電子を埋める,というものに置き換えて近似する,という考え方です。実際,平面波基底のコードで使用する擬ポテンシャルはこの考え方を使ってポテンシャルを作成しているようです。概念的には決して悪い考え方ではありません。何がおきるか?と定性的に理解するにはいいもののとらえかたではないかと思います。例えば,H2Oの酸素の内殻励起状態はH2Fと近似してしまうわけです。これなら内殻軌道は埋まっているわけですから,既存の手法がそのまま活きます。ただし所詮理論計算そのものもモデル計算なので,できるだけよけいな近似は排除したい,という意思ははたらいているでしょう。そもそも求めるべき系と電子の数が違うし,スピン多重度が違うでしょ,とおっしゃる理論家もいました。
2.はコードをよく理解している方でないと気づきにくいことかもしれません。”内殻正孔をあける”という制限を課したままSCF計算を行います。既存のコードでも可能で,MCSCFもしくはCASSCFのオプションを駆使すれば可能です。
3.は,中身でやっていることは2.でご紹介したことと同じなのですが,それを専用のオプションとして持っているコードがある,ということです。分子軌道法のコードではDALTONがあります。私は密度汎関数法のコードStoBe/DeMonを紹介します。

固体系

ターゲットが固体,表面系であるなら,平面波基底のコードになると思います。こちらもいろいろなコードがありますが,Quantum Espresso, VASP, WIEN2kなどがよく知られたコードではないかと思います。国産のコードもいくつかあります。基本方針は分子系の場合と同じです。
  1. Z+1近似を用いる
  2. 擬ポテンシャルを用いるコードの場合,内殻正孔を有した擬ポテンシャルを作成,もしくは入手する
  3. 専用コードを用いる
1.は概念として重要であり,自分の計算が定性的に間違っていないかどうかを確かめるためにも可能ならやってみる方がいいでしょう。また上でも述べたように,擬ポテンシャルを求めるときに使われている重要な概念です。
2.ですが,平面波基底のコードの場合,価電子軌道のみをあらわに計算し,内殻軌道はそもそも計算をしていない,のが通例です。こういう場合は内殻正孔を有した擬ポテンシャルをなんとかして入手してこなければなりません。擬ポテンシャルの作成方法は使用するコードによって違うので,それぞれのコード用に対策をしていただくことになろうかと思います。
3.の専用コードの例として,CASTEPがあります。マニュアル,チュートリアルもしっかりしているようです。

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