日本に留まらず,世界各地でホスピタルアートが展開されています。ここでは,実見した作品から,いくつかご紹介します。
なお,ご紹介する作品は,一般に公開されているパブリックアートとして撮影したものや,関係者のご理解・ご協力により許可をいただいて撮影・掲載したものです。
※今後の調査に基づき,順次,掲載作品を増やしていく予定です。
「社会福祉村」(※1)の中核施設である山梨県立あけぼの医療福祉センターには,カラフルで魅力的なフォルムのオブジェが点在し,場の雰囲気を明るくしていました。特に画像中段の作品は,床部分が軟らかい素材でできており,触りたくなるようなフォルムと相まって,“関わるアート”としての機能を持たせている工夫が見られました。これらの作品に関わるキャプションは見つけられませんでしたが,関連ウェブサイト(※2)によると,これらのオブジェは杉山知子氏,屋内の表示サインはデザイナー重実生哉氏によるものとのことです。
このあけぼの医療福祉センターから程近い場所には,2015年ノーベル生理学医学賞を受賞された大村智博士の韮崎大村美術館があります。美術館から韮崎駅に至る「幸福の小径」(※3)には,約10点の野外彫刻(画像右下)が点在しており,富士山や八ヶ岳を望むことのできるロケーションの中で,彫刻作品が映えていました。
(※1)「社会福祉村」(〈山梨県ホームページ〉より引用)
https://www.pref.yamanashi.jp/akbn-iryo/87235675314.html
「心身に障害のある人達のしあわせを願い、自然環境に恵まれた御勅使川の両岸77万平方mの土地に、総合福祉施設として建設しました。社会福祉村では、体の不自由な人達、知的障害を持つ人達、精神に障害のある人達が各自の適性と能力を最大限に生かすため、一貫した医療、教育、生活支援や職能訓練を受け、社会復帰をめざしています。また、御勅使公園整備や、社会福祉村まつりなどを通し、地域の人々と交流を図りながら、開かれた施設づくりを行っています。」
(※2)参照 ウェブサイト TOWNART
http://www.townart.co.jp/project/akebono_med_welf_center
(※3)韮崎大村美術館ウェブサイト
http://nirasakiomura-artmuseum.com/2019/03/25/「幸福の小径」の野外彫刻を楽しむガイドブック/
※今回の取材にあたって,山梨県立あけぼの医療福祉センターの皆様に大変お世話になりました。心より御礼申し上げます。
東京女子医科大学八千代医療センターは,2006年に現在の建物が建設された際(写真・下段右),院内外に複数のアート作品が設置されました。写真・上段左から2つは,彫刻家・豊嶋敦史氏による『breath』と入院棟2階中庭に設置された作品(無題(ピーナツベンチ))です。また写真・上段右2つは,病院敷地内に設置された竹田康宏氏による『-harts structure-ようこそ“花束”』と『-harts structure-“こんにちは”』です。また,小児科の部屋には木をモチーフにデザインされた柱や天井があったり,病院のキャラクターとして制作された「グリーンズ」(フジテレビ美術制作局との協力)が病院内の窓ガラス等に展開されたりしていました。(写真・下段中央はボランティアによる立体作品)
『-harts structure-ようこそ“花束”』(写真・上段右から2番目),『-harts structure-“こんにちは”』(写真・上段右)は,いずれもステンレスを主材料とした色鮮やかな作品で,敷地内の緑とよくマッチしていました。特に『-harts structure-“こんにちは”』は,ベンチ機能もあって,利用者が座ることもできます。
また,『breath』等の作者である豊嶋敦史様には,病院への取材後,制作意図等をお聞きすることができました。この2作品はいずれも「命」をテーマにしていて,特に『breath』は息をするような開放的な空間にするため,エレベーター吹き抜け部分に架空の植物をモチーフとした平面作品とし,作品(無題(ピーナツベンチ))については千葉特産のピーナツをモチーフにした,殻や繭のような命を守る形を表現されたとのことでした。加えて,作品づくりの上で,ホスピタルアートとして特に意識している点について質問させていただいたところ,「作品と向き合う空間と云うより,なんとなく良い感じの環境」の創出に留意されたとのお話でした。
とかくアートの側からすると,病院に作品を設置することに強い意味性を持たせたり,作品そのものの存在感を際立たせたりすることを考えがちですが,「多少空気が良くなってくれる」「少し元気が出そうな表現」「必要以上に元気を呼び起こす様な表現は避けたい」とおっしゃる言葉が,病院本来の機能や目的を尊重しつつ,病院におけるアートのあり様や可能性を示してくださったようで,私自身に大変響きました。
※今回の取材にあたって,東京女子医科大学八千代医療センターのスタッフの皆様,彫刻家・豊嶋敦史様に大変お世話になりました。心より御礼申し上げます。
徳島大学病院(徳島市)には,2008年に西病棟1階入り口にオープンした「ギャラリーbe」があります。このギャラリーの成り立ちについては,『ホスピタルギャラリー』(坂東孝明編,武蔵野美術大学出版局,2016年)に詳しく述べられています。撮影は不可だったためカメラには収められませんでしたが,視察させていただいた2024年3月4日当日(※)は,「ちいさくな〜れ 動物集合!クレイアートの世界展」(2023年12月25日〜2024年4月20日)が開催中でした。
シックな黒と白を基調としたガラスの展示ケースや,鑑賞者に配慮した手すりやソファ,静かな音楽等,病院の通路に位置していながら,その空間だけはまるで本物のギャラリーのようで,落ち着いた空気感が漂っていました。
もちろん病院ですから,医師らによる医療行為や,患者さんの通院や入院,ご家族のお見舞い,運営スタッフの活動等が優先され,ギャラリーの存在に気づかない(あるいは気付いたとしても,時間的,精神的に余裕がない)人も多かったかもしれません。しかし,私の短い滞在時間でも,ふと足を止めて,作品をじっくり見ておられる方も少なからずいました。
展示作品は数ヶ月ごとに定期的に替えられ,変化があるのも楽しみなギャラリーです。壁の脇にそっと置かれていた感想ノートには,「病院に来るのは苦痛です。ここに立ち寄ることで元気もらえます」「通院のしんどさに,いやしをありがとう」「とてもかわいくて,来るたびに何度も楽しませてもらっています」といった言葉も見られ,必要な人にとっては大きな効果をもたらしているギャラリーであることがよくわかりました。
ギャラリー内には,このギャラリーの設立に関わった深澤直人さんの言葉が記してあり,大変印象に残りました。
「病院の待合室にいる,さまざまな異なる人の気持ちに深くかかわりすぎず,しかも愛があって,決して強い主張のあるものではなく,できるだけニュートラルな,自分の気持ちとシンクロしたいときだけ響いてくるような,そういうアートを持ち込む方法としてのギャラリー。壁面に恒常的な作品を据え置くのではなく,もしここがギャラリーだったら,空間そのものが,それぞれの人にそっと寄り添うことができるのではないだろうか。」(深澤直人)
(※)徳島大学病院のギャラリーbeへは,2024年3月4日(月)夕刻より,徳島大学常三島キャンパス,地域創生・国際交流会館5階・フューチャーセンターA.BAで開催された「医療,介護,福祉とアートのつきあい方を考えるセミナー」への参加をきっかけに訪れました。セミナー講師は,高野真悟氏(名古屋短期大学准教授・博士(芸術工学)・彫刻家)で,「病院におけるアート活動の導入と継続の要件」というタイトルの講演がありました。
当日は,徳島大学の田中先生,特定非営利活動法人理事長の永廣先生にも大変お世話になりました。ありがとうございました。
関連ウェブサイト
◆Tokudai Hospital Art Labo https://tokudaithal.com
◆NPO法人 コミュナール http://communart.net
・「コミュナールはホスピタルアートを推進する活動を行っています」(公式Webサイトより引用)
金沢市立病院と金沢美術工芸大学が連携したホスピタリティアート・プロジェクト(HAP)が,2009年以来,継続して行われています。
本事例は,行政と病院と大学が相互に連携した貴重な成功例であり,「「ホスピタル(hospital)」の原義である「ホスピタリティ(hospitality:もてなし)」を「ケア」と読み替え,患者,医療者,そして美大スタッフが対等の立場で参加し,それぞれがアートの持つ潜在力を見出し,活用することをこのプロジェクトの目標」(※1)としたことが,大きな特徴の一つになっています。
このプロジェクトに参加する学生たちによって制作・実施されている,病院の待合室にある大きなガラス面を利用したステンドグラス風のカラーセロハンによる装飾や,待合室そのものを一定期間,「ホスピタルギャラリー」として作品展示をする活動等があり,私が取材した際にも,病院内で,これまでの活動事例がパネルで紹介されていました。
この現地(金沢市立病院)での視察の前に,現在,このプロジェクトの中心になって活動されている金沢美術工芸大学教授(油画専攻)・三浦賢治先生にも貴重なお話を伺うことができました。
このHAPについては,2017年に発行された『ホスピタリティ・アートプロジェクト 病院を安らぎの空間に』(※2)(高田重男・横川善正 監修,新潮社図書編集室)にも,ふんだんなカラー写真と共に,その活動の詳細が記述されています。
(※1)(「ホスピタリティアート・プロジェクト ーワークショップ・展示〜金沢市立病院における実践から〜ーその1」,三浦賢治,金沢美術工芸大学 紀要, No.56,2012年,p.34から引用)
(その他参照)
・「ホスピタリティアート・プロジェクト ーワークショップ・展示〜金沢市立病院における実践から〜ーその2」,三浦賢治,金沢美術工芸大学 紀要, No.57,2013年
・「ホスピタリティアート・プロジェクト ーワークショップ・展示〜金沢市立病院における実践から〜ーその3」,三浦賢治,岩崎純,金沢美術工芸大学 紀要, No.66,2022年
(※2)2017年当時,「ホスピタリティ・アートプロジェクト」という書名で出版された同書ですが,その後,本プロジェクトは〈ホスピタリティアート〉という固有名詞がより適切と判断され,以降,「ホスピタリティアート・プロジェクト」という文言で統一されています。
※今回の取材にあって,金沢美術工芸大学教授・三浦賢治先生,金沢市立病院事務局の辻様,中川様に大変お世話になりました。ありがとうございました。
名古屋市立大学附属東部医療センターでは,東部医療センターヘルスケアアートチーム,名古屋市立大学大学院 芸術工学研究科 鈴木賢一教授(監修),高野眞吾さん(デザイン)によるホスピタルアートが,病院全体に施されていました。
それぞれのデザインモチーフには,その土地にちなんだ風景や建物等,「地域性」を重視しているものが多く,利用者への心遣いが感じられました。
◆エレベーターホールの柱
8階:宇宙
7階:空
6階:水平線
5階:山なみ
4階:街なみ
3階:家なみ
◆壁面
2階:千種公園(ゆり・銀杏のイメージの黄色)
1階:すいどう道(水のイメージの水色)
特に印象に残ったのは,木のレリーフ(千種公園の木片パーツ)で,この活動に参加したと思われる方々のサインも確認できました。(写真上段中央及び右)
また小児科では,壁や天井を大胆に使って,線路や列車,雲,動物,花等のデザインが散りばめられ,楽しい雰囲気を醸し出すような工夫も見られました。
(以下,掲示物からの部分抜粋)・・・・・・・・・・・・・・・・・
ヘルスケアアート
病院を丸ごとアート空間ととらえ,内装や壁面をデザインしました。
病院を訪れた人々の不安,恐怖,緊張を和らげ,“無機質”だった空間をやさしい医療環境に変えました。
蝶はいつも花の周りを飛び,花にとって花粉を運んでくれる大事な存在。
ヘルスケアアートの中では花は患者さん,蝶は病院スタッフの象徴です。
ロゴマークをモチーフにした「蝶」“ふわりん(風和輪)”が案内します。
“ふわりん(風和輪)”に込めた思い
風:風に寄り添うようにあたたかい心をとどけます。
和:心がやすらぎ,おたがいの気持ちを和(なご)ませながら調和します。
輪:患者さん・ご家族,医療従事者,地域がつながっていきます。
※取材にご協力いただいた皆様に心より感謝申し上げます。
富山県リハビリテーション病院のこども支援センターは,ホスピタルアートに関して先進的な取り組みを行なっている医療機関の一つです。
特に,吹き抜けのロビー(写真上段左)はダイナミックな造形で,ここを訪れる利用者の皆様の気持ちを明るくすることが,容易に想像できました。
入口右前に設置されている高野眞吾(アーティスト)さんの彫刻『コエルの旅のはじまり』(2017年)も,色彩豊かなブロンズ彫刻(写真上段中央)で,大変印象的でした。
こども支援センターは,壁面も含めて,一つのストーリー(写真・下段左)によって,デザインが統一されています。
その他,リハビリテーション病院には,地域の素材を生かしたキネティックアートの『命の力』や,ステンレスによる巨大なモニュメント『如意輪』他もありました。
全体を通して,名古屋市立大学附属東部医療センターと同様,「地域性」を主軸にしたデザインを展開しており,この視点の重要性と,他地域での応用の可能性も,大いに感じました。
◆『「コエルの にじのたび」のおはなし』(写真下段左)(部分抜粋)
「コエル達の冒険ストーリーが壁紙や立体造形 タイルアート,ウォールペイントなど建物の色んなところにデザインされています。ぜひ見つけてみてください。」
◆『命の力』高田洋一,2015年(写真下段中央)
(作者のコメント)
「ふと見上げると,風のアートが私たちを歓迎しています。この作品は,富山の蛭谷和紙と立山杉との出会いから生まれました。ゆらゆらと漂う姿で,静かに自然の命の詩をとどけたいと願っています。」
◆『如意輪』岡崎星秀(モダンアート協会会員)(写真下段右)
(作者のコメント)
「人は思い思いにさまざまな喜怒哀楽の輪をくぐって生きているが,これは希望に満ちた明るいあしたがめぐってくることを願う現代の如意輪である。」
※取材にご協力いただいた皆様に心より感謝申し上げます。
度々メディアでも取り上げられている四国こどもとおとなの医療センターは,ホスピタルアートへの先進的な取組で,多くの人に知られています。 『こびとのいえ』は,正面玄関前に設置されている立体作品で,「病院正面玄関の芝生に立ち入る来院者や職員が多く,芝生が育たずに景観を損ねている」(※1)問題を解決する目的から,若手職員によって作成されたものとのことです。病院の外観に呼応した,ユーモアあふれる雰囲気を作り出しています。
また,病院敷地内には,アーティストのイケムラレイコ氏によるブロンズ作品『フィギューラm &m』(2001年作)も設置されています。
(※1)
(引用元)2018,「第18号 こもれび通信」,四国こどもとおとなの医療センター,p.5
九州大学病院のランドマーク的な役割を果たしている彫刻作品『神の手』は,彫刻家カール・ミレス(Carl Emil Willhelm Andersson,1875-1955,スウェーデン-アメリカ)によるもので, 九州大学医学部創立75周年記念として設置されたとのことです。作品近くに設置されたプレートには,「カール・ミレスはスウェーデンの生んだ今世紀最大の彫刻家の一人で,初期にはロダンの印象派的影響を強く受けたが,のちに,中世乃至古代ギリシャの表現主義的作風をとり入れて独自の境地を拓き,幻想的にして力強い多くの名作を残した。なかでもこの「神の手」は世界の至宝とも言われる晩年の傑作であり,九州大学医学部創立75周年記念庭園の設立にあたり,これに最もふさわしい象徴的造形として,(中略)寄贈されたものである。」とあります。
この他に,大学院歯学研究院・大学院歯学府・歯学部の前には,九州大学名誉教授・彫刻家の石川幸三氏による『口腔の健康が世界を救う』(九州大学歯学部創立50周年記念 モニュメントサインボード,2017年5月17日竣工)等もあります。
筑波大学附属病院に設置されている,小野養豚ん氏による彫刻作品『暖 Lovingness』(ポリエステル樹脂)は,「ブタのオブジェは大人気で,患者さんだけでなく,近所の人々にも愛されており,病院と地域をつなぐ役割も担っています」(※2)と紹介され,親しみある空間づくりに一役を買っていることが伺える作品です。
筑波大学病院は,ホスピタルアートに関して, 国内で最も先進的に取り組んでいる病院の一つで,館内には学生の作品も多く設置されています。
(※2)
(引用元)病院内に設置されていたホスピタルアートに関する掲示物「自然とふれあう」
広島大学病院には,全国でも珍しい併設の美術館があります。YHRP美術館は,「Y=やすらぎ,H=平和,R=リハビリ,P=ポーランド」を意味し,1,300点の収蔵作品の中から,約50点を展示しているとのことです。美術館の前には,彫刻家・野田正明氏による,美しく磨かれたステンレス製の作品『REVELATION 天啓』が設置されています。
YHRP美術館HP https://www.hiroshima-u.ac.jp/hosp/yhrp