Research Notes

T. Matsumura

Ce0.7La0.3B6における磁気八極子秩序と磁場誘起電気四極子秩序 ––– 多極子ゆらぎの問題 –––

  • Evidence for hidden quadrupolar fluctuations behind the octupole order in Ce0.7La0.3B6 from resonant x-ray diffraction in magnetic fields
    T. Matsumura, S. Michimura, T. Inami, T. Otsubo, H. Tanida, F. Iga, and M. Sera
    Phys. Rev. B 89, 014422-1-13 (2014)LinkIcon.

【1】CexLa1-xB6の磁気相図(CeB6の磁気秩序相III相は省略,論文のFig. 1).N極S極の密度分布は楠瀬氏のプログラムを使って計算した.

【3】ゼロ磁場IV相における共鳴散乱信号の完全偏光解析.入射X線の直線偏光角ηを変化させ,偏光解析アナライザーの角度φAに対する強度変化を測定したもの.実線はTβ (Γ5u) 型磁気八極子秩序モデルによる計算(論文のFig.4).実験結果をよく再現しており,Tβ 型磁気八極子秩序を実証している.

【2】CeB6の結晶構造


【4】磁気八極子秩序状態(IV相)でのσ-σ’(η=0, φA=0), π-σ’ (η=90, φA=0) 散乱過程に対する(3/2, 3/2, 1/2)回折強度の磁場依存性(論文のFig.5).磁気八極子と磁場誘起四極子からの散乱が互いに干渉し合うため,磁場反転で強度に差が生じ,多極子の分離抽出が可能になる.


立方晶化合物CeB6は1970年代から高濃度近藤効果を示す物質として研究対象とされてきたが,反強電気四極子秩序 (AntiFerroQuadrupole order, AFQ) (TQ=3.3 K, TN=2.3 K) を示す典型物質としても非常に有名である. La置換系CexLa1-xB6も含めて40年以上も研究対象とされ,高濃度近藤効果,重い電子,電気四極子秩序,磁気八極子秩序等,数々の新概念を創出し続けてきた驚くべき物質である.このような由緒ある物質の研究の歴史において,CeB6に続いて本研究でも末席に名を連ねることができたことは望外の喜びである.

◎ 研究背景

 歴史的にPara相をI相,AFQ相をII相,反強磁性磁気秩序相 (AntiFerroMagnetic order, AFM) をIII相と呼んできた.CeB6のCeを非磁性のLaで置換していくと,TQ,TNとも低下する.x<0.8になったとき,TQとTNが逆転し,IV相と名付けられる奇妙な相が出現することが1990年代後半から注目されはじめた [1].この相はやがて,磁気八極子秩序相 (AntiFerroOctupole order, AFO) ではないかと考えられるようになり [2],ついに2005年,ヨーロッパの放射光施設ESRFで行われた共鳴X線回折実験により,初めて磁気八極子秩序の信号がとらえられたのである [3].当時,私は共鳴X線回折に関わり初めて約5年であり,いつかはCexLa1-xB6をと思っていたが,まだ日本国内には最低温度1 Kで共鳴X線回折実験ができるような試料環境はなく,ヨーロッパにおける研究環境の充実ぶりに何ともいえない気持ちを持ったものである.
 私達は磁気モーメントのことをふつうは一対のN極S極で表される磁気双極子だと考え,一本の矢印で表現する.しかし,実際に磁気モーメントを形成する電子は何らかの異方性をもった軌道状態をとっており,結果的に磁気モーメント密度も球対称ではなく,場所によって密度が異なる異方的なものになっている.この,球対称な磁気モーメント密度からのずれを多重極展開で表したものが磁気八極子である.電気四極子秩序等のため電子が球対称ではない異方的な密度分布をとっていれば,それが磁化するときには磁気双極子の上に磁気八極子成分が重なるであろう.CeB6で観測したのはそのような磁気八極子である.Ce0.7La0.3B6で驚くべきことは,磁気双極子なしのまま磁気八極子が単独で秩序化しているという点である.全体の磁化がゼロであるのに,N極とS極の分布はしっかりと秩序変数として定まった状態を作っているというのである.なんという不思議な秩序を起こすのであろうか.なぜそんなことが起こるのだろうか.

◎ 研究目的と実験装置のこと

 本研究で得られた新しい知見を一言で表すと,Ce0.7La0.3B6のTβ (Γ5u) 型磁気八極子秩序相(IV相)で磁場をかけると,単純な平均場からは説明できないような大きなOxy (Γ5g) 型電気四極子が誘起されるという点にある.方法はCeB6のAFQ相で磁場誘起Txyz型八極子を観測したときと同様,磁場反転を利用した干渉効果の解析である. 上図【4】のデータとその解析がこの新知見を示すものとなっている. ただし,ここはAFO相内で磁場をかけるので,AFO秩序変数は磁場で変わらず,磁場誘起AFQの符号が磁場反転で逆転するというモデルになっているところがCeB6と違っており,ちょっとおもしろい.
 従来,この系の磁気八極子秩序相や電気四極子秩序相の議論には平均場モデルが使われており [4],それですべて説明できるように思われている面もあるが,実は本来存在しているはずの電気四極子相互作用が無視されている.それを考慮に入れると,磁化のふるまいでさえうまく説明できないところもある [5].平均場モデルで考えると,Tβ型磁気八極子秩序相で磁場をかけたときに最も大きく誘起されるのはO20 (Γ3g) 型四極子のはずである(論文のFig. 17).しかし,実際はそうではなく,Oxy型四極子が強く誘起されることが本研究でわかった.つまり,Oxy型四極子が磁場誘起AFQ相(II相)の秩序変数としてIV相内で徐々に成長し(もともとおおきなゆらぎをもっている),1次相転移を経てAFQ相で長距離秩序を形成するのである.平均場モデルでOxy型四極子が弱くしか出てこないことは,この系の秩序相を解釈する上で,平均場モデルは不十分であることを示している.磁気双極子相互作用,電気四極子相互作用,磁気八極子相互作用のどれもが同程度の強さをもって競合していると見るのが正しい見方であり,秩序化しないモーメントは隠れた秩序変数としてゆらいでいるのである.

◎ 多極子秩序変数のゆらぎ

 CeB6のAFQ転移温度は3.3 Kであるが,ゆらぎによって転移温度が低下していると考えられる.ゆらぎの少ない強磁場での転移温度を平均場で考え,そこからゼロ磁場での転移温度を平均場で見積もると約7 Kであるという [6].3.3 Kまで下がっているのがゆらぎの効果である.同様に考えれば,Ce0.7La0.3B6でのゼロ磁場でのAFQ転移温度は平均場的には約3 Kである.これがゆらぎのために秩序化せず,他の多極子秩序変数と競合し,結果としてTβ型磁気八極子が1.4 Kで秩序化していると考えられる.おそらく,Tβ型磁気八極子も平均場的には3 K程度の転移温度をもつ相互作用をしているはずである.

◎ その他いろいろ

 最近,中性子非弾性散乱で新しい結果が報告されている [7].様々な多極子ゆらぎが競合しているという立場からの解析を個人的には期待するが,彼らはそういう方向性で考えてはいないようである.いずれにせよ,新しい発見がまだでてきそうな気配が十分にある.これほど長い年月にわたって新発見があるとは,CeB6はFe3O4に匹敵する偉大な物質かもしれない.
 Fig. 18まである長い論文になってしまったが,磁場誘起AFQ相(II相)の結果まで含めて,すべてを書いたためである.売りはここで書いたとおり,Fig. 5から導かれるTβ-AFO相内でのOxyの誘起であったがPRLには通らなかった.完全偏光解析という実験方法と磁場反転を取り入れた解析法が新しく,初見の人には難しすぎるという難点は確かにある.ちなみに,AFQ相の完全偏光解析の結果は非常にきれいに矛盾なく説明できている(ただし,パラメータが多くなると解が一つに決まらなくなる).
 なお,Fig. 2では2θAの角度を間違えて記している.共著者も査読者も気がつかなかったし,私も1年半くらい気がつかなかった.また,Fig. 2にあるとおり, ε_π x ε_σ = k となる偏光ベクトルの定義を使っているが,円偏光実験ではなく,直線偏光実験なので,間違っているわけではなく,この論文の中では矛盾がないようになっている.


[1] T. Tayama et. al., J. Phys. Soc. Jpn. 66, 2268 (1997)LinkIcon.
[2] K. Kubo and Y. Kuramoto, J. Phys. Soc. Jpn. 72, 1859 (2003)LinkIcon.
[3] D. Mannix et. al., Phys. Rev. Lett. 95, 117206 (2005)LinkIcon.
[4] K. Kubo and Y. Kuramoto, J. Phys. Soc. Jpn. 73, 216 (2004)LinkIcon.
[5] A. Kondo et. al., J. Phys. Soc. Jpn. 76, 013701 (2007)LinkIcon.
[6] R. Shiina, J. Phys. Soc. Jpn. 70, 2746 (2001)LinkIcon.
[7] H. Jang et. al., Nature Materials, 13, 682 (2014)LinkIcon.

【5】Tβ (Γ5u) 型磁気八極子秩序相で磁場をかけたときに,どのような多極子が誘起されるか,およびその温度変化を平均場モデルで計算した結果(論文のFig. 17).主な磁場誘起多極子はO20型電気四極子である.