……パスポートがない
一年に二回もパスポートを無くすことなどあるだろうか。第一回目の紛失は、未遂で済んだのだが、今回は本格的に無くしたらしい。
年の瀬も迫った12月、私はマレーシアへ向かっていた。クリスマスをマレーシアで過ごす勢いだ(正直に言うとクリスマスの前日、つまりクリスマスイブに帰国したけれども)。
で、クアラルンプール国際空港に到着し、空港内のシャトルトレインに乗り、入国審査場のある建屋に移動し、入国審査をすまし、機内預け荷物を回収し、税関審査場を通過し、アライバルホールの関門を抜け、マレーシアリンギットをATMでおろし、レンタカーの窓口に着いたときに気が付いた。
パスポートがない……
焦り狂う私に向かって、レンタカー会社の窓口の男は、
「パスポートプリーズ」
なんて、言い放つ。無礼者め。
「だから、それをさっきから探してるけど、出てこんのじゃ。非常事態なんじゃ。見て分からんのか」
と高圧的に言いつつも鞄の探索を続け、全くカバンの中からパスポートが見つからない現実に失望しながら、レンタカー会社の窓口の男に、
「とりあえず、パスポートを探してくる。この荷物を頼む」
と、無理やり荷物のお守りを押し付け、私は来た道を引き替えした。ダッシュで。
「入国審査時には持っていたパスポートなんだから、その後に無くしたに決まっている。ということは、無くした場所は絞られる!」
歩く眼鏡。名探偵コナン気取りだ!
で、ダッシュで駐車スペースを駆け抜け、エスカレータを登り、ATMを覗き(正直、ATMのところに置き忘れたとふんでいたが、残念ながらそこにはなかった)、アライバルホールの関門までたどり着いてしまった。
この先は、もう再突入できない場所……
半ばあきらめながら、関門で番人をしているお兄さんに状況を続けると、なんと再入場の許可をくれるではないか!マレーシア最高!
しかし、再突入したものの、すぐに税関審査場にまで着いてしまった。ここまでの間にも、私のパスポートはない。ここには別の番人がおる。で、税関審査場のお姉さんにこれ以上戻ることをお願いすると、彼女は親切にも、さらに奥に言ってよいと許可をくれるではないか!マレーシア最高!
で、荷物を取った荷物回転台周辺を一周するも、やはり、パスポートはない。一番期待していた場所だけに、ここにない現実にかなり焦る。
で、入国審査場まで遡り、入国審査官に窮状を伝えた。すると彼は親切にも、入国審査前のスペースへ招待してくれた「……私って、こっち側の世界に行っていいの?パスポートもってないけど……」、とやや戸惑いながらも、そこにあるオフィスで今後のことを協議することとなった。
こんなところまで遡れるなんて、マレーシア最高!
入国審査官が言うには、紛失物係に聞きまわってくるから、とりあえずソファで待っていてくれと、頼まれる。マレー人、いい人。
20分ほどすると、手ぶらの入国審査官が返ってきた。何も持っていない。
「見つからなかった」
と結果を教えてくれた。
……どうしよう……
とりあえず、入国審査官に、「再度、マレーシア側の世界に移動して、もう一度パスポートを探したい」と伝えると、ぜんぜんOKだから、探して来いと背中を押してくれる。
ため息をつきながら、荷物回転台のあたりを歩いていたとき、ふと1時間前の記憶がよみがえった。
確かこんなことがあった。
荷物多めの私は、カートを使おうとカート置き場に行った。そこには先客がいた。中学生くらいの坊やだった。彼は、2台つながってしまったカートを切り離そうと、奮闘していた。カートなんてすぐに切り離しできるように設計されているはずなんだけど、カートは坊やの言うことを聞かず、くっついたまま。坊やがいかに格闘しても、お互い離れようとしない。
で、私はその模様を観察しながら、「中学生の力ではそれくらいだよな」と鼻で笑いながら、中学生にカートから離れるようにジェスチャーでいざなった。
中学生は、いぶかしげに私を見ていた。
で、今度は私がカートと格闘したのだが、予想に反して全然カートは切り離れない。全然切り離れない。やっぱり、全然切り離れない。
中学生は「やっぱり、おまえでも無理じゃん」みたいな顔をしておった。で、中学生に、「こりゃだめだ」と言って、一緒に別のカートを取りに行った。
……確か、カートのくだりまではパスポートを手にしていたが、その後の記憶があいまい。
きっと、あのカート置き場にパスポートがある!
私はカート置き場に走った。
すると、あのカートは仲睦まじく、まだ2台つながっていた。そして、そのカートの上に、そのカートの上に、、、、私のパスポートは鎮座していた。
私は、踊った。ロビーで踊った。ワルツを踊った。一人で踊った!
私はパスポートと再会できた!マレーシア最高!
で、お世話になった人に一通りお礼をし、レンタカーを借り、クアラルンプール国際空港を後にしたのであった。入国第一歩から、かなり疲れた12月、クリスマスのマレーシア。
アディオス