研究内容

強相関電子系物質ってなに?

 広島大学放射光科学研究所の島田・出田グループでは、強相関電子系物質などの電子構造の解明を目的に角度分解光電子分光(Angle-Resolved Photoemission Spectroscopy, ARPES)及び関連する研究手法を用いて研究を行っています。 私たちの着目している電子は、全ての物質に存在し、物性に大きく関与する重要な役割を担っています。例えば、電気を流す金属では、電子は物質中で自由に運動することができ(自由電子)、これが物質に電気が流れる原因になっています。その一方で、電子の密度が非常に高くなると、電子同士が互いに強く相互作用しあい(負の電荷をもつため反発し合い)、またスピンや軌道の自由度との相互作用により、固体物理学の基本理論であるバンド理論では電子の運動を説明できなくなります。電子が互いに強い強相関関係をもつことから、このような系を「強相関電子系」と呼びますこれらの物質は、電子のもつ自由度(電荷、スピン、軌道)及び結晶構造が複雑に絡み合い、多彩な物性を示すことで、物性の解明や、産業への応用に向け研究が盛んに進められています。

超伝導ってなに?

 超伝導は、絶対零度(-273℃)に近い極低温において、電気抵抗がゼロになる現象です。この現象は、1908年にカマリング・オンネス(Kamerlingh Onnes)によって 発見されました。様々な金属で極低温下で超伝導が起きることが実験的に証明され、電子がフォノンと呼ばれる媒介によって対を作り(クーパー対)、超伝導を引き起こす BCS理論が確立されました。更に、1986年に銅を含んだ金属酸化物が、約-200℃で超伝導現象を示すことが報告され、 水銀を含む金属酸化物により約-100℃近くまで超伝導化する温度が上昇することが分かりました。これは、BCS理論では説明ができず、それまで、絶対零度近くでしか 超伝導を示さないとされていた従来の考えを覆す、驚くべき発見です。
 しかしながら、銅酸化物高温超伝導体が発見されてから、35年経過した今でも、超伝導の起源であるクーパー対の媒介が何か答えが出ていません。より超伝導転移 温度が高い物質の設計指針を示すためには、超伝導状態、又は常伝導状態での電子構造を詳細に調べる必要があります。そのため、物質の電子構造を直接観測する ことができる角度分解光電子分光(ARPES)は強相関電子系物質の物性を調べるのに非常に有効な手段です。

トポロジカル絶縁体ってなに?

 そもそもトポロジーとは何でしょうか?この概念は、ここ十数年程度の研究から生まれた新しい概念です。2016年のノーベル物理学賞で初めて知った方も多いと思います。「トポロジー」とは、数学で言う位相幾何学という概念で整理されます。良く穴の空いたドーナツと取っ手のつたマグカップが同相だとして例で挙げられますが、要するに、穴の大きさや形などの詳細によらない「頑強な」性質を意味します。
 最近、物質の表面状態に、このようなトポロジーの性質をもつ実際の物質が発見されています。バルクの性質は絶縁体ですが、表面は金属的な振る舞いをしており、スピンが一方方向に運動し(スピン流)、不純物や格子欠陥にも、その流れが邪魔されない性質があります。これらの物質は、別に新しい物質が発見されたわけではなく、古くから知られている物質において示されています。トポロジーという概念が認識されたため、近年になり盛んに研究されるようになったのです。このスピン流を利用したスピントロニクス材料及びデバイス開発へ向けた基礎研究が盛んにおこなわれています。
私たちの研究グループでも、このトポロジカル絶縁体について電子構造を調べる研究を行っています。

角度分解光電子分光 (ARPES)

 私たちが研究で利用する角度分解光電子分光(Angle-Resolved Photoemission Spectroscopy: ARPES)は、1905年にアインシュタインによって提唱された「光量子仮説」を基に確立された実験方法です。物質に光を入射すると、外部光電効果によって物質内部の電子が 光電子として飛び出します。この電子のエネルギーや位置を詳細に調べることで、物質表面やエッジ、バルクの電子状態を直接的に調べることができます(下図左)。また、物性物理学の教科書にあるようなフェルミディラック関数のスペクトルを得ることができます(下図右)。ARPESは、波数空間を調べるため、試料角度を変化する必要があります。そのため、試料サイズは比較的大きいものが適しますが、HiSORのBL-1やBL-9Aに導入されているディフレクターモードがある静電半球型電子分析器を利用すると、試料角度を変更することなく波数空間上の電子構造を調べることができるため、微小試料でも観測が可能です。詳しくはビームライン紹介のページをご覧ください。

スピン角度分解光電子分光(SARPES)

 固体中における電子状態のスピンという自由度を観測する手法になります。スピンを spin-up と spin-down の2つの状態に分離して観測することは技術的に困難でしたが、最近、HiSORのスピングループにより開発されたVLEEDにより、スピン分解できるARPES装置が開発され、実験がおこなわれています[*]。この手法は、スピンに依存した電子状態の解明にとって非常に効果的です。
 近年、フラッシュメモリや DRAM (Dynamic Rondom Access Memory) などのエレクトロニクスデバイスは、世界中で研究開発が盛んに行われており、性能の向上が著しく進んでいます。これらのデバイスは、コンデンサーに蓄積された電子の電荷でデータを記録しており、読み書き速度や揮発性の問題から次世代のデバイスの開発が要望されています。現在、新しいデバイス技術として、電荷だけではなく内部自由度であるスピンも制御するスピントロニクスデバイス MRAM (Magnetoresistive Random Access Memory) が提唱さており、このように、応用面からも電子のスピンに対する注目は大きくなっています。
[*] T. Okudaet al.,Rev. Sci. Instrum.82, 103302 (2011).

利用ビームライン紹介

 広島大学・放射光科学研究所HiSOR)は、極端紫外光(VUV)から軟X線までの高輝度・波長・偏光可変のシンクロトロン光を利用した実験を行うことができます。島田・出田グループでは、主にBL-1(島田・出田グループ担当装置)、BL-9Aを利用して研究を行っています。HiSOR共同利用施設です。HiSORのご利用を希望される方、実験装置の詳細を知りたい方は、HiSORホームページ又は各ビームライン・実験装置担当者までご連絡ください。[ビームタイムスケジュールはこちら]

BL-1

 BL-1では、= 26 eV ~ 300 eVの高輝度・偏光可変なシンクロトロン光を利用して、固体バルクや表面の電子構造を調べることができる実験ビームラインです[**]。この実験ステーションでは、ディフレクターモードを利用した角度分解光電子分光に加えて、40-50μmまで集光されたビームにより空間分解した電子状態を観測することができます。偏光依存性(sp偏光)では、エンドステーションが90度回転することにより、軌道対称性について厳密に区別して測定することが可能です。その他の詳細については、装置担当者にお問い合わせください(問い合わせ先)。
[**] K. Shimadaet al., Nuclear Instruments and Methods in Physics Research A467, 504 (2001).

BL-9A

BL-9Aは、極端紫外光と呼ばれる光= 6.5 eV ~ 40 eVの(波長:λ~30-200 nm)の極端紫外領域のシンクロトロン光を利用して、固体バルク及び薄膜の低エネルギーARPESを行うことができます。BL-9Aは、APPLE-II型のアンジュレータにより高輝度な シンクロトロン光を発生させることができ、また高いエネルギー分解能を実現しています。
 BL-9Aのエンドステーションでは、2022年10月現在、静電半球型分光器(ASTRAIOS 190, SPECS社製、取り込み角度:± 20°)、及び6軸マニピュレータ が設置されています(測定可能温度:T~ 10-300 K)。オペランド測定も可能です。これらの設備により、BL-9Aでは、物性の理解を目的とした、3次元フェルミ面の観測や、低温・高温における物質の電子構造の変化等の低いエネルギー励起状態を詳細に観測することができます。その他の詳細については、装置担当者(有田将司)にお問い合わせください