研究の概要
これまで種々のタイプの磁石を使い、化学・物理・生物現象に対する磁場効果を研究してきた。以下にその概要を記す。
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化学現象に対する磁場効果
光化学反応の磁場効果
光増感分解反応の磁場効果
過酸化ジベンゾイルの光増感分解反応の磁場効果の研究を行った[1]4.3 Tの磁場の印加によりかご生成物フェニルベンゾエイトの収量が8%減、散逸生成物の収量は2%増加した。これらの結果は、ラジカル対機構により説明された。

ミセル水溶液中の有機化合物の界面活性剤からの水素引き抜き反応の磁場効果:顕著な磁場効果を引き起こすためには、ラジカル対の寿命が長いほうがよい。ミセル水溶液は疎水性のミセルに疎水性の有機化合物が溶け込み、水への散逸が抑えられ、磁場効果が観測されやすい。例えば、キシロキノンやアントラキノンなどをミセル水溶液に溶かし、光を当てると、これらの化合物はミセルを形成している界面活性剤からの水素引き抜き反応を起こし、三重項ラジカル対を作る[3, 4,7]。このラジカル対の寿命が大きな磁場効果を示し、ラジカル対機構により説明できることを、解明した。

ミセル水溶液中の有機化合物の溶質間水素引き抜き反応の磁場効果:前述の反応では、ミセルは、ラジカル対を閉じ込めるケージという役割と水素供与体としての役割を果たしているので、複雑である。そこで、ミセルをケージとして用いた分子間反応を構築し、その磁場効果を検討した[6, 11, 12]。すなわち、ミセル水溶液中のキサントン(XO)のキサンテン(XH)からの水素引き抜き反応の磁場効果を検討した。その結果、反応中間体の寿命や反応収量に大きな磁場効果が観測され、ラジカル対機構により、説明された。

メチレン鎖末端間光反応の磁場効果:ミセル中の光反応では、ラジカル対をつくっている2つのラジカルの間の距離が幾らくらいになると顕著な磁場効果がみられるかよくわからない。そこで反応に関与する化合物をメチレン鎖両端にもつ種々のメチレン鎖連結化合物をもちいて、磁場効果に最適な距離を明らかにした。XOXHの連結化合物では、末端間の距離がおおよそ1.5 nm以上になると顕著な磁場効果が起こることが分かった[21, 24]。他の類似の反応やフェナントレンとジメチルアニリンなどの光電子移動反応により生成するラジカルイオン対などでもほぼ同様の結果となった[20, 23,27, 44]

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電気化学反応
金電極の陽極酸化の磁場効果:金電極の陽極酸化を行ったところ電位の印加により電極表面に黒い薄膜ができた[68]1.7 Tの磁場を印加したところ、その薄膜は速やかに溶解した。この現象は溶液中のイオンに対するローレンツ力により説明された。

ヨウ化カリウムの陽極酸化の磁場効果:ヨウ化カリウムの陽極酸化を行うと、電極表面がチョコレート色になり、やがてチョコレート色の溶液が下方に垂れていく[70]。ところが磁場の印加によりこの溶液が反応容器内をぐるぐると回り始めた。この現象はローレンツ力により説明された。

アルカリ溶液中の亜鉛電極の陰極電圧振動の磁場効果:陰極電圧を測定した[72]。ゼロ磁場で振動周期が5.4 s であった。磁場の印加とともに周期は長くなり0.27 T 11 s0.47 Tで振動は止まった。これらの結果はローレンツ力により説明された。

熱反応
金属樹パターンの磁場効果:銅棒を硝酸銀水溶液で湿らせた濾紙上の置き、8 T水平磁場中におき銀樹を作った。ゼロ磁場では銅棒の周りに一様に銀樹ができたが、磁場中では銀樹は棒の両端にできた[74-76]。また塩化銅溶液と亜鉛棒により、銅樹を作ったところ、磁場中では銅樹は棒の中央付近にできた[77]。これらの結果は磁気力により説明された。そのほか、鉛直磁場の影響など、種々の条件で、磁場効果の研究を行った[80, 81, 84-86,91]

ケミカルガーデン反応の磁場効果:ケミカルガーデン(シリケートガーデン)反応により半透膜ゲルチューブが生成する。この反応に対する鉛直磁場効果を検討した[82, 83, 88]。ゼロ磁場のとき、チューブは上方に伸びていく。5 T以上の磁場を印加したところ、チューブはらせん状に成長した。らせんの方向は磁場の印加方向により変化、右巻きまたは左巻きとなった。すなわち、形態的キラリティーの磁気誘導に成功した。この結果は、ローレンツ力による対流により説明された。

Belousov-Zhabitinsky(BZ)反応の磁場効果BZ反応に対する磁場効果を研究した[89, 90]。ガラス細管中でBZ反応を行うと反応先端は管中を進行していく。その進行速度に大きな磁場効果が観られた。この磁場効果は反応溶液に対する磁気力により説明された。


物理現象に対する磁場効果
結晶の磁場効果:結晶配向 ベンゾフェノンなどの有機化合物の結晶をその過飽和溶液から析出させた[92-96]。磁場がないとき結晶はランダムに配向しているが8 Tの水平磁場中で析出させたところ、結晶はある一定の方向に配向した。この結果は、結晶の磁気異方性によることが解明された。
次にカーボンナノチューブを分散させた溶液を磁場中に置き、溶媒を蒸発させて、ナノチューブの配向を検討したところ、8 Tの水平磁場によりほぼ完全に配向していることが分かった[99]。すなわち、ナノスケールの集合体でも磁気配向可能なことを実証した。配向の磁場依存性から、ナノチューブの磁気異方性の値を見積もった。

水の表面現象の磁場効果
垂直磁場中にキャピラリーから水の液滴を導入、磁場の影響を検討した[122, 124]。液滴の質量・サイズは磁場の印加条件により大きく変化した。またプラスチック板上に置いた水滴の形状は磁場の印加条件により大きく変化した。これらの結果は、水滴にかかる磁気力により説明された。また、ゼロ磁場では作ることのできなかったが磁場を使って28φの銅線の輪に水の薄膜を作ることに成功した。これらの研究を元に、配向ナノチューブをドープした有機薄膜を作ることに成功した[125, 127]

溶液対流の磁場効果:ジフェニルアミンと四臭化炭素の光反応により可視領域に吸収をもつ物質が生成する。この反応を利用して、対流の可視化を行い、ベンゼン溶液の対流に対する垂直磁場の影響を検討した[113]。磁場の印加により光反応により生成した溶液の対流は大きな影響を受け、磁気力により説明された。

擬似微小重力場・磁気浮上と磁気分離Lysozymeの結晶化を垂直強磁場中で行い、その結晶の結晶学的品質を検討した[107]。磁場による擬似微小重力場中で作成した結晶のB因子は、過重力場中や通常の重力場中で作成した結晶より小さいことが分かった。すなわち、擬似微小重力場の有用性を実証することに成功した。
プラスチックチップの磁気浮上・磁気分離を垂直強磁場中で行い、浮上位置から磁化率を求めること、およびチップの磁気分離に成功した[111]

塩水振動子に対する磁場効果:塩水振動子に対する垂直強磁場の影響を検討した[133]。振動周期は磁場の印加条件で大きく変化、磁気力により説明できることを示した。さらに金属塩に常磁性のGdCl3を用い、磁場のないときには振動が起こらない溶液を、磁場を印加することにより振動を誘起することに成功した[134]

生物現象に対する磁場効果
微生物の運動に対する磁場効果:ミドリムシなどの微生物に対する磁場効果を検討した[139, 140, 142, 145]
シャーレに入れたミドリムシは、磁場のないとき均一に分散する。8 Tの磁場を印加すると高磁場側に偏った。死んだミドリムシは低磁場側に偏った。これらの結果は、ミドリムシの磁気配向によるものと説明された。大腸菌を寒天培地の入った細管にいれ、水平磁場中に置きその移動速度を調べた。高磁場→低磁場と低磁場→高磁場では移動速度が異なることが分かった。この結果は大腸菌にかかる磁気力により説明された。

アフリカツメガエル発生に対する磁場効果:アフリカツメガエルの発生に対する垂直強磁場効果を検討した[143]。その結果、受精後約1時間の間強磁場中におくと、種々の異常が多発することが分かった。メカニズムについては、不明である。