1.はじめに ―磁気科学入門―
※PDFでご覧になりたい方はこちら→131104-はじめに
磁性の由来:すべての物質は原子からなっている。その原子は電子と原子核で構成されている。実質の磁性は、この電子のスピン運動と軌道運動に起因している。スピン運動による磁性は電子固有の性質である。一方、軌道運動による磁性は外部磁場により誘起される磁性であり、その符号はスピンによる磁性と反対で、その絶対値はスピンによる磁性の大きさと比べて数ケタ小さい。スピン運動による磁性を常磁性、軌道運動による磁性を反磁性という。そのほかに常磁性物質があるサイズその向きをそろえて整列することにより大きな磁性となり、これを強磁性という。水素原子は不対電子をもつため、常磁性である。水素分子は、2個の電子がスピンの向きが互いに逆方向になるように対をつくるため、スピンによる磁性は打ち消され、その結果軌道運動による磁性が残る。したがって、水素分子は反磁性である。すなわち、すべての物質は必ず何らかの磁性を示す。
磁気科学:磁気科学とは、物質の持つ磁気的性質に着目し、物質と磁場の相互作用を解明したり、物質を磁場により操作するという新しい研究領域である。言いかえると、化学・物理・生物現象に対する磁場効果とその応用に関する研究という科学の広い領域に関係した研究分野である。
磁場効果の機構:磁場効果には、量子力学的効果・熱力学的効果と力学的効果があり、さらに力学的効果は、ローレンツ力による効果・磁気力による効果・磁化率力による効果に大別される。以下、順を追って簡単に説明する。
表1磁場効果の分類
*量子力学的効果―ラジカル対機構:
化学反応により化合物が分解したり、電子が移動したり、水素原子が移動したりする際、不対電子をもったラジカルが対となって生成する(Fig. 1)。これをラジカル対とよぶ。ラジカル対には電子スピンの組み合わせにより一重項状態と三重項状態の2つの電子スピン状態がある。この電子スピン状態間の行き来(項間交差)は、原子核の核スピンによる内部磁場や外部磁場により引き起こされ、磁場の印加によりその速度が変化する。分子の分解反応の場合を例に説明する(Fig. 1)。
分子A-Bが一重項状態で解裂すると一重項状態ラジカル対が、三重項状態で解裂すると三重項ラジカル対が生成する。一重項ラジカル対は、基底状態とスピン状態が同じのため再結合によりかご生成物・元の状態に戻る。三重項ラジカル対は基底状態とスピン状態が異なるため元の状態に戻ることができない。2つのラジカルはばらばらになってその後再結合により散逸生成物になる。したがって、1重項ラジカル対は、一部はばらばらになって散逸生成物に、また一部は一重項へ項間交差して、かご生成物になる。磁場は、この項間交差に作用し、その速度を遅くしたり、速くしたりする。そのため磁場の印加により反応中間体のラジカル対の寿命が長くなったり、かご生成物と散逸生成物の収量が増減することになる。
である。ここで B は磁場強度である。通常分子は異方的な磁化率を持って いる。したがって、その磁気エネルギーは分子と磁場の方向により異なり、 分子はエネルギーの安定な方向に向く。
しかしながら通常分子1個の磁気エ ネルギーは室温の熱エネルギーと比べて 桁違いに小さく一定の方向を向くことは ない。分子の集合体―例えば結晶―の場合、 磁気エネルギーは集合体に含まれる分子 の数に比例して大きくなるため、異方的磁 気エネルギーは熱エネルギーより大きく なり、その結果集合体の配向が起こる。これが磁気配向である。Fig. 2 に示すように z
*ローレンツ力による効果:イオン・電子など電荷をもった粒子が磁場中を動く時、運動方向と磁場に垂直な方向に力が回転力を受ける(Fig. 3.)。
*磁気力と磁化率力:エネルギーの式を偏微分し、その符号を変えると力となる。
第二項をここでは仮に磁化率力と呼ぶことにする。
磁化率力は、例えば溶液に濃度勾配のあるとき濃度勾配に平行または逆平行にかかる力で、磁場の方向とは無関係な力である。溶液から結晶が析出するときや結晶が溶液に溶けるとき結晶表面付近で大きな濃度勾配が生じる。このようなときに作用する力であるが、まだその詳細は研究されていない。
*磁気浮上と擬似微小重力:
すべての地上の物質は地球の重力を受けて落下する。この重力と反対方向に磁気力を作用させ、2つの力を釣り合わすと、物質にかかる力はゼロとなり、物質は空中に浮上する(Fig. 4.)。これを磁気浮上とよぶ。
ここで、mは物質の質量、gは重力加速度である。浮上させる物体が均一な磁化率をもつとき擬似微小重力、そうでないときは磁気浮上という。物体の磁化率が不均一なとき、物体にかかる力が不均一となり、その結果不均一な磁気力が作用して、例えば対流などが起こることに注意してほしい。
以上は、これまでの研究で確立している磁場効果のメカニズムであるが、メカニズムの未解明の磁場効果がある。今後一層の研究が必要である。