キーワード

測定手法  真空紫外円二色性分光法(VUVCD, SRCD)直線二色性分光法(LD)

測定対象  アミノ酸、タンパク質、タンパク質-生体膜相互作用、糖類、高分子 など

実験場所  HiSOR(広島大学)、実験室、UVSOR(愛知県岡崎) など

 [1] 松尾 光一, 日本結晶学会, 2018, 60, 200.

タンパク質と生体膜の相互作用研究

 タンパク質と生体膜との相互作用は、 膜内(細胞内)への薬物輸送や、神経細胞の軸索を覆うミエリン膜の形成、免疫系に関連する微生物細胞膜の膜構造破壊など、様々な生命現象と密接に関連しています。これら生命現象のメカニズムの理解には膜に結合したタンパク質の構造解析が重要ですが、広く利用されている X 線結晶構造解析等の構造解析法では、リポソーム生体膜に結合したタンパク質の構造を調べることは困難でした。私たちは、リポソーム生体膜存在下など様々な条件下での構造解析が可能な真空紫外円二色性(VUVCD)法を用いて、膜結合タンパク質の構造-機能相関について研究を行っています。

 [2] K. Matsuo et al., Proteins, 2016, 84, 349.

薬物輸送機能を担うα1-酸性糖タンパク質 (AGP) の研究

 α1-酸性糖タンパク質(AGP)は、細胞膜内への薬物輸送に関わるタンパク質として知られています。生体膜への結合に伴った構造変化によりその薬物輸送機能が発現します。一方で、AGP と生体膜の相互作用機構には不明な点が多いため、AGP の構造-機能相関の理解に向け、さらなる調査が必要でした。

 私たちは模倣膜としてリポソーム膜を調製し、これらと相互作用するAGPの構造をVUVCDにより解析しました。その結果、これらの相互作用には静電的相互作用・疎水性相互作用が駆動力として必要であることが明らかになりました。また本研究グループ独自の手法により二次構造の形成領域の予測が可能となっています。N末端領域に予測されたα ヘリックス領域は、薬物結合部位が集中しており、この領域の構造変化が薬物輸送機能に重要な部位であることが示されました。


 [3] K. Matsuo et al., Biochemistry, 2009, 48, 9103.
 [4] K. Matsuo et al., Chirality, 2020, 32, 594.

神経ネットワークの形成に寄与するミエリン塩基性タンパク質 (MBP) の研究

 神経細胞の軸索周辺にあるミエリン鞘という絶縁性の組織は、細胞間の電気信号のやりとりを高速化する上で重要です。ミエリン鞘は生体膜の多層構造であり、この構造はミエリン塩基性タンパク質(MBP)が「糊」のように膜間を媒介することで形成されます。ミエリン鞘の形成不全は多発性硬化症等の疾病を引き起こすため、それら疾病の発症メカニズムの理解のために MBP の膜結合構造の特徴化が必要です。

 私たちは、VUVCD実験と分子動力学(MD)シミュレーションを用いて、MBP の膜結合構造を調査しました。VUVCD 測定と解析の結果、MBP は生体膜非存在下でランダムコイルが多い構造を形成し、生体膜存在下では α ヘリックスが多い構造を形成することが明らかになりました(含量:約40%、本数:8本)。さらにMD を用いて、 予測 α ヘリックス断片の膜結合性を検証した結果、生体膜表面との静電的相互作用により膜結合する3つの非両親媒性ヘリックスと、生体膜表面との静電的相互作用と生体膜内部との疎水性相互作用により膜結合する 2 つの両親媒性ヘリックスが存在することと、MBP は5つの膜結合する α ヘリックスを形成することで、ミエリン鞘の多層構造形成に寄与することが示されました。


 [5] K. Kumashiro et al., Protein Structure, Function, and Bioinformatics, 2021, 89, 1251.

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抗菌ペプチド マガイニン2(M2)の膜結合により誘起される構造変化の研究


 薬剤耐性は、世界中の医療で大きな課題として挙げられます。抗菌ペプチド(AMP)は、微生物の細胞膜に結合し、膜構造を破壊することで抗菌作用を示し、薬剤耐性菌にも作用します。一方、医薬品としては副作用等により臨床応用性に限界があり、有効な AMP のデザイン戦略のため AMP の膜結合機構の更なる理解が必要でした。

 私たちは、広く研究されてきたマガイニン 2(M2)をモデル AMP として、その膜結合機構を VUVCD 法と膜配向構造がわかる直線二色性(LD)法を用いて調査しました。生体膜として一部の細菌の細胞膜に存在する DPPG を含むリポソーム生体膜を使用し、VUVCD 測定の結果、M2 は脂質対ペプチド(L/P)比の増加に伴い、中間状態を経由してランダムコイルから αヘリックスに構造変化することが分かりました。さらに物理モデルを用いた global fitting 解析から、M2 は膜上で α ヘリックスの単量体から中間状態である β シートの多量体に変化することが分かり、LD 測定からこの β シートが生体膜表面に垂直に存在することが分かりました。さらに、その多量体形成が生体膜に及ぼす影響について蛍光異方性を用いて調べた結果、多量体は膜構造を不安定化させることが明らかとなり、生体膜上でのβ シートの多量体の形成が M2 の抗菌作用の理解に重要であることが示されました。

 [6] K. Kumashiro et al., Membrane, 2022, 12, 131.

糖や高分子の構造-特性研究

 糖類や高分子は様々な物性を持っており、分子認識や分子の構造安定化、ゲル化など様々な生物学的機能を果たしています。このような物性は生化学や食品保存などの分野で広く応用され、私たちの生活に欠かせないものとなっています。これらの機能や特性は、その構造と強く関連しています。

 これらの構造研究にも放射光を光源とするCD分光法は非常に強力です。例えば単糖類のCDは190nm以上では識別が難しいですが、190nm未満の真空紫外領域の測定が可能となったことで明らかな違いを見ることができるようになりました。私たちはこのVUVCD分光法を軸に、様々な物理化学的測定を加え、多角的なアプローチによる糖類・高分子の構造-特性研究を展開しています。


 [7] K. Matsuo et al., Carbohydrate Research, 2004, 339, 591.
 [8] K. Matsuo et al., J. Phys. Chem. A, 2012, 116, 9996.

CDと理論的手法を組み合わせた水溶液中の糖類の構造研究

 生体分子の構造安定化や溶液の粘度、タンパク質への結合親和性といった単糖類の構造に由来する特性を理解するためには、分子内相互作用や水溶液中の単糖の水和度、構造ダイナミクスが重要なパラメータとなります。D-グルコース (D-Glc)は、6つの異性体間の特徴的な集団比の起源を明らかにするために実験的・理論的手法の両方により集中的に研究されてきました。これらの構造パラメータは絡み合っていますが、その関係については議論が不十分であり、実験値と理論値の整合性の検証が困難であることが課題でした。

 私たちはD-Glcの水溶液中の6つの異性体を対象とし、実験的および理論的なCD技術を適用することで溶液構造の解析を実践しました。その結果、各パラメータの相関性を明らかにし、D-Glcの6つの異性体の溶液構造を特徴づけることに成功しました。VUVCDによる実験とMDおよびTDDFT計算技術を組み合わせたこの手法は、単糖類の平衡構造を特徴付けるための有用なツールとして応用が期待されます。


 [9] K. Matsuo et al., J. Phys. Chem. A, 2020, 124, 642.

海洋由来の菌外多糖類(EPS)の構造と物理化学的性質の研究

 天然多糖類は人体に対する毒性が少なく、拒絶反応も起こりにくいため医学的な応用が可能であると期待されています。これらは、植物、海藻、動物、微生物(バクテリア・菌類)のなかに広く分布しており、中でも地表の70%を占める海洋は天然産物を豊富に供給し、この中に含まれる海藻由来の天然多糖類にもその応用性へ期待が高まっています。

 私たちは海藻試料から採取した海洋性真菌の菌体外多糖(EPS)を対象とした研究を行っています。測定には円二色性をはじめ、フーリエ変換赤外分光法(FTIR)、核磁気共鳴法(NMR)、高速液体クラマトグラフィ(HPLC)、紫外吸収法(UV-Vis)など様々な物理化学的手法を使用し、EPSの分子構造、単糖構成、構造の解明を目指しています。

 [10] Y. El Halmouch et al., Carbohydrate Polymers, 2023, 311, 120743.

サトウキビ糖蜜由来PHAの脂質膜相互作用の研究

 ポリヒドロキシアルカン酸(PHA)は微生物が体内にて生産するプラスチックの一種です。PHA を使用したバイオプラスチックの製造は、その持続可能性と SDGs の達成における有効性から注目され、PHA ポリマーは医療、農業、産業と様々な分野での応用が期待されています。300 を超える微生物種(細菌、真菌、藻類など)が PAH を生成する能力を示す一方で、商業化に向けては多くの課題があります。安価な炭素源としてサトウキビ糖蜜を使用した新規細菌分離株による PHA 生産のための費用対効果の高い戦略を確立を目的した研究においてVUVCDが応用されました。


[11] M.E.Esmael et al., International Journal of Biological Macromolecules, 2023, 242, 124721.

新しい測定手法の開発

 生体物質の構造研究のほかに、これまでに例のない新しい装置・測定法の開発も行っています。現在、ハイスループット測定、イメージング、高速時間分解測定などの開発が進行中です。放射光の特性(低エミッタンスや短パルス性)をフルに活かしたVUVCDの活用の幅を広げ、生体物質科学研究の新しい世界を切り拓くことを目指しています。

Coming Soon

利用ビームライン紹介

 広島大学放射光科学研究研究所では全12本のビームラインが稼働しています。生体物質グループではこのうちの2本を使用し、実験を行っています。BL-12には真空紫外円二色性分散計、BL-15には直線二色性分散計が設置されています。(※BL-15は現在改良中)
 HiSORのご利用を希望される方、実験装置の詳細を知りたい方は、HiSORホームページ又は各ビームライン・実験装置担当者までご連絡ください。

 問い合わせ先:松尾 pika[at]hiroshima-u.ac.jp ※[at]は@に置き換えてください。

BL-12 (真空紫外円二色性分散計)

 BL-12は、320~120nmの近紫外~真空紫外までの放射光を利用することで、生体分子の立体構造を観測することができるビームラインです。末端装置には、放射光計測用に特化した光サーボコントロールシステムを備えた円二色性装置が設置されており、液体・固体の生体分子の円二色性・直線二色性の測定が可能です。また、温度が-20~100℃(精度±0.1℃)の範囲で制御可能な温度可変装置、放射光を数十μmまで集光可能なシュバルツシルト集光装置が設置されています。その他の詳細については、装置担当者にお問い合わせください。 (問い合わせ先:松尾

BL-15 (直線二色性分散計) (改良中)

 BL-15は、320~40nmの近紫外~真空紫外までの放射光を利用して、主に生体分子の配向構造を観測することができるビームラインです。末端装置には、直線偏光子、光弾性素子、検出器から成る直線二色性測定用の光学システムが設置されています。基本的な光学システムの設置であるため、様々な生体物質の偏光測定に応用・拡張が可能となっています。詳細については、装置担当者にお問い合わせください。(問い合わせ先:松尾

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