くんくん日記
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2004年4月1日(木) 一人でできることは小さい
新しい年度の始まりだ。
新しい組織に、新しいセンター長、新しい役員がそろった。「放し飼い」と形容されていた僕の立場の特徴が残ってくれるのかどうか心配だ。僕は以前から放し飼いで実力を発揮するものだと自分でも思っているのだ。
新しい分野や事業を創造することは組織にとって大切だ。しかし、新規事業部署がその主人公になってはいけない。掃除委員だけが掃除をやるのではなく、全員が掃除当番をやるように「仕組み」をつくることが大切なのだ。新規事業部署はあくまで間接部門として「仕組み」をつくることに専念しないといけない。気を許すとすぐに自分が主人公になってしまうのだ。そのほうが楽だし、そのほうが短期的には社会から有り難がられるからである。そのようなレベルの成果を、業績として誇ってはいけない。そういうエセ「新規事業部署」が組織を腐らせるのだ。
くだらない価値観や、小さなお金に踊らされてはいけない。もっと大きな夢を持とう。他の人たちを見てそう痛感した。
2004年4月2日(金) 地図をつくる
今年も大学のキャンパスマップを作成している。みんなに使われるようになると、周りからのリクエストが多くなる。リクエストというと聞こえがいいが、要は苦情である。○○も載っけろ。このデータは古い。データをよこせ。○○部くれ。などなど。それだけ愛されているのだと思うようにしている。
今回は3代目になる。今回も時間切れであまりまともな改訂ができなかった。単にデータを更新しただけである。良いものはどんどん変えていく。要らないものは廃れていく。そのままの状態であり続けることなどないのだ。いまの地図にはぜんぜん満足していない。来年の地図も僕が担当できるかは、まだわからない。でも自分なりの地図をつくるために、がんばりたい。地図の解りやすさは、その場所の魅力を高めるのだから。
2004年4月4日(日) 頭痛とめまい
金曜日の夜からめまいがひどい。眼の奥がずきずきと痛む。肩こりもひどい。肩を回すとごりごりと音がする。首も凝っている。めまいがひどいと起きているのが苦痛なので、昨日はずっと寝ていた。脳の中で何かひどいことが起きてしまっているのではないかと、心配になってくる。頭痛薬を飲んでもなおらない。インターネットで調べてみる限りでは、これはどうやら緊張型頭痛らしい。
めまいがするから、起きあがるのが怖い。それでも勇気を持って今日の昼に起きてみたら、めまいはなくなっていた。少し頭痛がするが、治ったらしい。治ってみると大したことではなかったんじゃないかと思えてくる。
もっと自分の身体のことが知りたい。
2004年4月5日(月) いやしさと向上心
情報通と地獄耳はほぼ同じ意味だが、受ける印象は大きく異なる。熱心であることはいいのだが、がめつさやいやしさが感じられるようではいけない。何事にも成果が求められる社会ではその境目を越えてしまうことはよくあることだ。
僕の所属について、配置換えというか引き抜きというか、そういうことが水面下で進んでいる。実際には方向性だけが決まっていて、実務レベルでは何の折衝もまだない。それを、Aさんが僕を引き抜こうとしているらしいという噂だけが先行している。実はAさんは引き抜こうとしている本人ではないのだが、悪者にされてしまっている。それに何も決まっていないのに噂が先行するのは、私にとっても気分がよいものではない。
沈黙が今年のキーワードであることを改めて認識したのだった。
2004年4月7日(水) いぬの散歩
僕の通勤路は、途中にちょっとした山道がある。東京でいうと青梅から少し奥にいったような雰囲気である。高速道路のICまでの間、農家が点在し、ICが近づくと流通会社の拠点が増えてくる。夜になると暗く寂しくなって、クルマとすれ違うことはあっても、人が歩いていることは滅多にない。そういえば自転車やバイクも滅多に見ない。
だから人が道ばたに立っているとギョッとする。自分のクルマのヘッドライトで照らされたとたんに、その人が暗闇に浮かび上がるからである。
でも今日は違った。横断歩道のあるところで、日本犬が立っていたのである。日本犬は近づいて来る僕のクルマをじっと見つめていた。目が合ってしまった。声を出さずにはいられない瞬間だった。
2004年4月8日(木) クルマ通勤の続き
新年度に入ると、地元の道に不慣れなドライバーが増えるので、なるべく裏道を使って通勤するようにしている。そうすると、これまで気が付かなかったのだが、同じ時間帯に走っているクルマはだいたい決まっていて、自分の前を走っているクルマが、前の日と同じなんてこともある。
交差点で僕の前に止まっていたクルマをじっと眺めていた。トヨタのウィッシュというクルマだ。悪いクルマだとは思わないが、月間売り上げのベストスリーに入るほどではないと、先日の新聞記事を見て思ったばかりだ。そんなこともあったので、どこかに隠れた魅力があるかもしれないと、後ろ姿をじっくり眺めていた。クルマの魅力は後ろ姿だと思っているのだ。
ナンバープレートの上に、車名が書いてあった。
WISHと書いてあるのだろうが、それぞれが四角で囲まれているので、IがOになっていた。WOSHとしか読めないなぁと一人でニヤニヤしていた。
2004年4月9日(金) どんな国境も音楽を止められない
広響のコンサートマスターだった上野さんのバイオリンリサイタルに行って来た。そのあと家内と日頃仲良くさせてもらっている先生方とで、アユートというイタリアンレストランで夜中まで話をしていた。楽しい時間だった。
上野さんは、音楽が世界を平和にする力を持っていると、ドイツで活動中に教えられたそうだ。どんな国境も音楽を止められないという言葉は、とても心に響いた。
上野さんは気さくな人で休憩中も入り口のところで自らCDを売っていた。こういう人々と気軽に接することができる環境はとてもうれしい。久しぶりによい音楽を聴いた。やっぱり時々こうやって魂を洗わないといけない。つくづくそう思った。
2004年4月10日(土) コールマンのタープ
知人が今度の18日にカヌーに誘ってくれた。水の上を音もなく進むカヌーなんて考えただけでも気持ちよい。早くもマイカヌーが欲しくなっている。
スポーツ用品の大型店のチラシがあって、キャンプ用の椅子とかテーブルとか、タープ、キッチンセットなど、夢が拡がるものがたくさん並んでいる。こういうのって子供の頃から憧れるものの一つだ。しかもセットで安売りしているものもある。タープとテーブルと椅子二つで1万8千円だったら、買っちゃおうかな。そう思って夜になってからそのお店にいってしまった。買ってしまう勢いだった。
でも買わなかった。無駄な買い物をしないためにも、急いで買わなくてもいい。そういう自制心が働いたのだ。あと一歩というところだった。そしてユニクロでパンツを買って帰ったのだった。
2004年4月11日(日) ものづくり魂
東急ハンズで木の板を買って、ドーナツ型に3つ切ってもらった。注文通りできあがった木を家に帰って240番の紙ヤスリで磨いた。角をとってなめらかな触り心地になった。何の変哲もない木の板が、役に立つ道具に変わった。やったことは紙ヤスリで磨いたことだけなのだが、それでもモノ作り魂がくすぐられた。こういうのって大切なことだ。お金を払えば何でも買えるというわけではないのだ。と妻と二人で悦に入ってしまった。
2004年4月12日(月) 同じ飛行機
羽田空港に飛行機が着いたら、真っ先に飛行機から降りたい。なぜかそう思ってしまう。だから出口には人が殺到してしまうのだろう。別にみんなが遅刻しそうだったりトイレを我慢しているわけでもないだろうに、急かされたように先を争う。
その争いをさけるために、そしてやっぱり先にでたいので、僕は前の方の通路側の席をとることにしている。できることなら後ろが壁になっている席だ。ボーイング777でいうと10G、11Gあたり。
このあたりに座っていると、だいたいスーパーシートのお客さんと同じタイミングで降りることができる。この前は学長に会うことができた。日頃忙しい学長と、羽田でランチをした。いつもよりゆっくりと話ができた。こういう効能もあるのだなぁと思った。
2004年4月13日(火) 変化と変革は違う
ある会議で突然思ったことだ。変化と変革は全然違う。変化は他動詞だ。変革は自動詞だ。
社会の変化は、感じ取るもの。変革は、自らが考え実行する行為やその結果だ。
変化には危機感を覚えることもあるが、変革に危機感を覚えては行けない。
変化を分析することは重要だが、変革を分析することには大きな意味はない。
いまの日本には、変革を感じ取ったり分析する人が多いのではないか。そう思った。やっぱり評論家なのだ。ふぅ。
2004年4月15日(木) 会社の新陳代謝
以前勤めていた会社の同期入社組の友人が出張で来たので、夕食を食べて久しぶりに長い時間話をした。
この半年で片手で数える以上の人数が退職した。まだ同期にはいっていないんだけどね、と彼は語った。
僕のつとめている大学でも事務職員の人が進学のため退職した。彼女はとても申し訳なさそうに挨拶していた。
僕も会社を辞めるときには、特別みんなに挨拶しなかった。どちらかというと「こっそり」辞めた。
退職には後ろめたいイメージがつきものなのだが、そんなことはない。むしろ「卒業」と同じようにおめでたいことなのだ。会社はお金を儲けるだけではなく、社会のなかの組織として人間を育てていく機能があるのだ。育てられた人が、さらに大きく羽ばたいて活躍していくことは、組織にとって喜ばしいことと考えるべきだ。
友人が遠くに行ってしまうのは悲しい。しかし、それだけで個人の飛躍を妨げてはいけない。個人が飛躍すると社会はもっとよくなるのだ。
2004年4月16日(金) 得体を知る術
「得体」真の姿や考え。本当のこと。正体。
町中で得体の知れない人に声をかけられたら、ひどく警戒する。そして大抵は無視するか断ってその場をやり過ごす。得体が判っているということは、日常生活でとても重要なことなのだ。
そして、通常我々はその得体を外見で認証する。「知ってる人」=「得体の知れている人」なのだ。芸能人や政治家の得体を僕らは知っている。相手は僕らのことは知らないが。
情報ネットワークの中での「得体」はどうなるんだろう。ウェブでの見た目やシグナチャだけでは、なんとも心許ない。それでだまされるケースも多いだろうし、そうやって騙されてしまった人は、インターネット全体に対して強い不信感を抱くだろう。
隠すことの出来ない個人認証が必要なのだろう。ICタグでどのようなものにもIDがふられていることでもそれは可能だ。人間だけではなく身につけているものや服、持ち歩いている機械や自動車、そういうその人とその人に付帯しているもの全てで、その人の「得体」を把握することができるかもしれない。
プライバシーがどうとかいう問題もある。でも、保存したり他の人に提供できなければ、プライバシーは侵されないだろう。他人の信用を得ようとするならプライバシーを守ることより、むしろ積極的に出していくことが大切だと、考えるべきだと思う。
2004年4月18日(日) カヌーは心地よい。カヌーは眠い
知人に誘われて湖でカヌーに乗った。乗ったというのが正しいのだろうか。カヌーはとても体にフィットして湖の上をするすると滑るように進む。漕ぐのを止めると鳥の声や風の音しかしなくなる。自然の中に溶け込める心地よさがある。実にすばらしい。
陸ではバーベキューをしながら、交代でカヌーを楽しんだ。雲一つ無い青空の下で、パドルを漕ぎ、空腹が満たされるとまたパドルを漕ぐ。もうこの心地よさはやみつきになりそうだ。
いつの間にかひどく眠いことに気がついた。寝不足でもないのだが、日光の下で体を動かしたせいかとても眠い。同乗者を送り届けた後、家に帰るまでがとても長く感じた。カヌーは眠い。
2004年4月20日(火) エンターテイメントに惑わされないこと
久米宏が降板して、古館伊知郎が引き継いだ報道ステーションの視聴率が低迷しているそうだ。視聴率くらいであれこれいわないほうがいいと思うが、結局視聴者はエンターテイメント化されたニュースを欲しているようだ。僕はニュースはニュースらしくあるべきだと思っているので、夜9時からのニュースが一番気に入っている。事実を正しく伝えることの難しさに、古館伊知郎は挑んでいるのかもしれない。もしそうなら、視聴率が少し低迷していても気にせずに、挑んでもらいたい。
2004年4月22日(木) 生放送のここちよい緊張感
NHKの夕方の地域番組に出演した。ビデオを撮るコツを14分で伝えるということがテーマである。人前で話をすることにはなれているのだが、TVカメラの前で話をするのは、慣れていないのだ。
日頃メディアを論じている立場としては、なんとかスマートにこなしたいところだが、なかなかそうもいかないものだ。
2004年4月24日(土) 新しいソニーのカーナビ
8日に発表されていたらしいけれど、ソニーが新しくXYZというカーナビを出すことを知った。
SONY XYZだんだんいいものがでてくるものだ。通信カーナビではないが、PCで簡単に地図がアップデートできる。クルマに取り付けるのも、これまでよりずっと楽にできるようだ。ソニーのカーナビの評判は今ひとつなのだが、それを上回る魅力がある。
2004年4月25日(日) 氷の接吻
氷の接吻という映画をいまテレビでやっている。
途中から見てるのでストーリーはよくわからないのだが、場面の切り替わりや、カメラワークがとても参考になる。
男を殺し続ける女と、それを執拗に追う男の話なのだが、ちょっと間違うとストーカーという一言で片づけられてしまう役を、役者が見事に演じている。もしかしたら、とてもいい映画かもしれない。
2004年4月27日(火) ピアノ
フォルテシモは宇宙の広がりを持つ。ピアニシモは澄んだ春の空。ピアノは神の音を奏でる。
ピアニストのリヒテルが、ヤマハの調律師にいった言葉だ。プロジェクトXを観ているときに、慌てて書き留めた。わかるような気もするが、どういう音かとても把握することは難しい。自然の営み、心の響きというものがどれだけ重要なものなのか、それに日頃どのように向かい合って生きているか、生活の本当の意味での豊かさが問われる表現だ。
2004年4月28日(水) 新聞社の見学
大手の地方新聞社に呼ばれていった。いろいろ教えてくださいといわれたのだが、正直なところ、こちらが一方的に教えることはないと思う。それぞれが持てるものを持ち寄って、新しいことを試してみる。うまくいけば双方がハッピーになれるし、うまくいかなければその原因を考える。そういう作業の連続が、企業や地域の活性化を促すのだ。
日常業務の中では、なかなかそういう新しいムーブメントは生まれない。何かのきっかけが必要なのだろう。そのきっかけとして大学が利用されるというのは、あるのかもしれない。
2004年4月29日(木) トイストーリー2
テレビをつけたらトイストーリー2をやっていた。なんとなく観ていたらのめり込んでいって、結局最後までしっかり観てしまった。子供向けのCGアニメだと思っていたが大人でも十分に楽しめるストーリーだった。やはり映画はストーリーである。
おもちゃは子供に遊んでもらって初めて役に立つのだというメッセージとともに、おもちゃを愛すべしという心が伝わってきた。なかなかの大作だった。
2004年4月30日(金) 潮干狩り
甥っ子が遊びに来たので、宮島に潮干狩りに出かけた。まだ2歳の甥っ子のためにと思ったが、むしろ大人が夢中になってしまった。それでも収穫は今ひとつで、甥っ子が貰ったあさりが一番多かったようだ。
家に帰って砂をはかせると、意外と収穫が多いことがわかった。自分たちで自然から恵まれたものを食するというのは、動物としての原点を確認させられる。