お勧めの本

研究・レポート執筆で役立つお勧めの本を紹介します。
最近読んだ本の紹介も兼ねています。
新書本・文庫本中心で、順次追加しています。

日本語学・日本語史・言語学

小倉孝保『中世ラテン語の辞書を編む 100年かけてやる仕事』角川ソフィア文庫2023
中世ヨーロッパにおいて書記言語の地位を保ったラテン語は、実用言語でもあったゆえに各言語の影響を受け様々に変容していました。
しかもそこには古典ラテン語のような標準がないので、イングランドのラテン語文献を正しく読むために1世紀かけてボランティア中心で辞書を編集したというお話です。
ラテン語はほとんど出てこないので予備知識がなくても気楽に読め、様々な人文主義者たちの考え方や生き様には教えられることがきっとあるでしょう。
日本でも『舟を編む』『新解さんの謎』など辞書編纂を扱った作品が人気で、本書後半でも"Oxford English Dictionary"のみならず日本の『言海』『大漢和辞典』の編纂史が取り上げられていますが、複数の言語圏・文化圏にまたがるLingua Francaであったラテン語には特有の事情があり、そこがとても面白かったです。

彼は辞書編集の要諦を「疑うこと」と考えている。
「あらゆる言葉は比喩的であり、しかも常時、変化しています。自分の考えに凝り固まってはいけないのは当然ですが、一方で言葉の意味をある程度の範囲に閉じ込めておく必要もあります。確信を持ちながらも、つねに疑うことでしょうか。自分の知識だけでなく、過去の辞書を疑い、自分が書いた草案を疑い、仲間の書いたものを疑う。自分以外の辞書編集者の意見も疑ってかかります。時にぎすぎすします。でも徹底的に疑える者だけが、最終的には仲間の信頼を得るように思います。」(p.72)

今井むつみ・秋田喜美『言語の本質』中公新書2023
「言語の本質」とありますが、オノマトペ(擬音語・擬態語)と幼児の言語習得の話題が中心です。
用例が多くて理解が捗るのはとてもありがたいことですが、p.31の「濁音の音象徴」の説明を含む音声とイメージの関連付けは強引な推論だと思いました。

釘貫亨『日本語の発音はどう変わってきたかー「てふてふ」から「ちょうちょう」へ、音韻史の旅ー』中公新書2023
日本語史・音韻史の概説としてお勧めです。具体例が多く理解しやすいです。
本の帯ですが「ファシバフィデヨシ」ではないのか気になります。

イ・ヨンスク『「国語」という思想 近代日本の言語認識』岩波現代文庫2012
安田敏朗『「国語」の近代史』中公新書2006
帝国主義時代の植民地の言語政策がどのようなものだったのか。そこで標準語(国語)が果たす役割はどのようなものだったのか。
言語政策・言語思想史からみた日本語の姿が浮かびあがってきます。

キリシタン語学とその時代

高宮利行『西洋書物史への扉』岩波新書2023
キリシタン版を印刷した西洋式金属活字・プレス印刷術に連なる歴史的・文化的背景を知るための一冊。
15世紀インキュナブラ(活字揺籃期)時代の「写本らしさ」を重視する文化を、日本の古活字版(特に嵯峨本)と比べてみたくなります。

佐藤彰一『宣教のヨーロッパー大航海時代のイエズス会と托鉢修道会』中公新書2018
大航海時代のイエズス会の活動はアフリカ・インド・東アジア・アメリカ大陸まで広がっていました。そこに至る諸修道会の活動と精神を理解するために。

平川新『戦国日本と大航海時代 秀吉・家康・政宗の外交戦略』中公新書2018
大航海時代のポルトガル・スペインの動向と日本の為政者の関係にキリスト教宣教がどのように関わっていたのかがよく分かります。

岸本恵実/白井純編『キリシタン語学入門』八木書店2022
キリシタン語学に興味のあるすべての人に向けての入門書です。
書店による内容紹介
編者が書いた内容紹介(写真多数あり)

豊島正之編『キリシタンと出版』八木書店2013
「活字で印刷することが言語表現にどう関与するのか」という問題を中心に展開されるキリシタン語学の基本図書です。
書店による内容紹介

丸山徹『キリシタン世紀の言語学ー大航海時代の語学書ー』八木書店2020
キリシタン版の時代的背景がよく分かります。
日本語で読めます。
書店による内容紹介

エリザ・タシロ/白井純編『リオ・デ・ジャネイロ国立図書館蔵 日葡辞書』八木書店2020
中南米大陸で初めて発見されたキリシタン版『日葡辞書』の複製本です。
英語・日本語・ポルトガル語による解説付きです。
書店による内容紹介
編者が書いた原本発見までのレポート(原本および現地ブラジルの写真あり)

折井善果/白井純/豊島正之 釈文・解説『ハーバード大学ホートン図書館所蔵 ひですの経』八木書店2011
2009年にボストンで発見された孤本の複製と釈文をカラー画像で複製し、原本調査に基づく解説を掲載しています。

趣味の本

渡辺京二『逝きし世の面影』平凡社ライブラリー2005
2022年末に亡くなった渡辺京二は在野の日本史研究者として、幕末明治期の来日外国人による滞在記を紹介する著作を残しています。
『逝きし世の面影』はその代表作で、日本が近代化によって失った江戸時代の「古き良き日本」の姿を、多くの文献の引用によって生き生きと蘇らせています。
もちろん、単に娯楽として読むのでなければ、ひたすらに良い面を強調するような引用は恣意的だとか、当時の日本に滞在した外国人がオリエンタリズム礼賛の偏った見方をしがちだったとか、批判的な見方も忘れるべきではないでしょう。
ですが、読書には順序というものがあります
批評から先に読み、分かったつもりで原典を顧みないのは勿体ない。
本書が長く読み継がれているのは、それなりに理由のあることだと思います。

グレン・グールド/ジョナサン・コット著/宮澤淳一訳『グレン・グールドは語る』ちくま学芸文庫2010
グレン・グールドは20世紀後半を代表するピアニストで、鬼才とか、変人とか言われる個性的なピアニストです。
学生時代からファンになり、手に入る殆どの演奏をCDやレコードで聴き、グールドが書いたもの、グールドについて書かれたものも読んできましたので、本屋でたまたま見つけて読んでみました。
「ジョージ・セル事件」の顛末とかは、マニアなら楽しめるでしょうが、グールドが初めてであれば同じ学芸文庫から出ていた、ミシェル・シュネデール著/千葉文夫訳『グレン・グールド 孤独のアリア』ちくま学芸文庫1995がいわゆる「グールド伝説」どっぷりで心地よく楽しめます。青柳いづみこ『グレン・グールド: 未来のピアニスト』ちくま文庫2014はその反対で、グールドのファンが読むと幻滅しそうですが、これはこれで読んでみるとよいです。

フィリップ・マティザック著/安原和見訳『古代ローマ帝国軍 非公式マニュアル』ちくま学芸文庫2020
帝国は諸君を必要としている!
古代ローマ軍に入隊する兵士に向けた架空のガイド本で、図版や引用を交えつつ読みやすくまとめてあります。
そういえば最近、同じようなコンセプトで「奴隷のしつけ方」という本を読みましたが、こういうのが流行っているのでしょうか。

カレル・チャペック/小松太郎訳『園芸家12カ月(新装版)』中公文庫2020
カレル・チャペックはチェコの国民的作家で、園芸が趣味。園芸家なら納得の「あるある集」も、興味のない人からみれば「たかが趣味になぜそこまで」。
趣味とは何か、を考えさせられる一冊。