マントル深部鉱物(高圧鉱物:ウォズリアイト(ワズレアイト、wadsleyite)、含水ウォズリアイト(hydrous wadsleyite)、リングウッダイト(ringwoodite)、含水リングウッダイト(hydrous
ringwoodite)、ブリッジマナイト(bridgmanite)、メージャライト(majorite)など)を川井型マルチアンビル装置を用いて超高圧合成しています。最近、特にウォズリアイト巨大単結晶(~1 mm、Kawazoe et al., 2015)・リングウッダイト巨大単結晶(~0.5 mm)の合成に成功しました。
超高圧合成したマントル深部鉱物を用いて以下の物性を測定しています(共同研究)。
・ 弾性波速度 (ブリュアン散乱測定、超音波測定)
・ 結晶構造 (単結晶X線回折、赤外分光法)
(原子配置、占有率)
・ 原子拡散係数 (拡散実験)
・ 熱伝導率 (サーモリフレクタンス法)
・ レオロジー特性 (変形実験)
・ 相転移のトポタキシーと
元素分配 (透過型電子顕微鏡観察) など
単結晶はマントル深部鉱物の結晶方位に依存した物性(上記の物性すべて)を研究するために重要です。また結晶内部で起きる現象を結晶粒界での現象と区別して研究するためにも重要です(例えば、粘性率、元素拡散、電気伝導度など)。
ウォズリアイト・リングウッダイトの単結晶は収束イオンビーム法(FIB)を用いて切り出し、ダイヤモンドアンビルセル(DAC)を用いた高圧実験で使用しています(Marquardt and Marquardt, 2012)。さらに巨大ウォズリアイト単結晶をマルチアンビル装置を用いた高圧実験で使用するべく準備を進めています。
合成に成功したマントル深部鉱物を活用し、バイエルン地球科学研究所の内外で共同研究を行っています。現在進行中の共同研究と対象の鉱物・物性が重複していなければ、共同研究として合成した高圧鉱物を提供できます。ご関心のある方はご連絡を頂けますと幸いです。 |
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[上の図] 超高圧合成したマントル深部鉱物(高圧鉱物)。カンラン石は天然のもので、出発物質として使用しています。
[下の図] ダイヤモンドアンビルセル(DAC)試料室中のウォズリアイト単結晶(応用例)
(Johannes Buchen 氏、Hauke Marquardt 博士、Katharina Marquardt 博士の提供)。 |
(1) ブリッジマナイト(bridgmanite、Mg-珪酸塩ペロブスカイト)
ブリッジマナイトは下部マントルの主要構成鉱物です。
天然では衝撃を受けたテンハム隕石から初めて発見されました。 |
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図。ブリッジマナイト ((Mg0.82,Fe0.08,Al0.05,Ca0.02)(Si0.97,Al0.03)O3)。川井型マルチアンビル装置を用いて超高圧合成したもの。
[左] ブリッジマナイト単結晶の光学顕微鏡写真。
[右上] ブリッジマナイト多結晶体の光学顕微鏡写真。
[右下] ブリッジマナイト多結晶体の反射電子顕微鏡像(新名良介博士の提供)。 |
(2) リングウッダイト(ringwoodite)
リングウッダイト(γ-(Mg,Fe)2SiO4)はマントル遷移層下部(深さ約520-660 km)の主要構成鉱物です。
1958年にFe2SiO4 組成において高圧合成により発見されました(Ringwood, 1958b)。
(Fe2SiO4 端成分組成のものは、アーレンサイトと命名されています)
1969年1月にオーストラリア国立大学で開かれた会議でγ相と呼ぶように決められました(Morimoto et al., 1970)。
(1966年に超高圧合成によりウォズリアイト(β相)が発見されました(Ringwood and Major, 1966))
天然では1969年に衝撃を受けたテンハム隕石から初めて発見されました(Binns et al., 1969)。
(衝撃を受けた隕石中の高圧鉱物については、富岡尚敬博士のウェブサイトをご覧になって下さい)
リングウッダイト中の転位・積層欠陥は1980年にテンハム隕石のものについて初めて記載されました(Madon and Poirier, 1980)。 |
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図。リングウッダイト。川井型マルチアンビル装置を用いて超高圧合成したもの。
[左上] 含水リングウッダイト。最大約 0.5 mm。カンラン石と蒸留水を白金カプセルに溶接封入して超高圧合成したもの。
[右] 合成リングウッダイト単結晶。カンラン石から水を加えずに超高圧合成したもの。少量の水を含む。
[右上] 合成リングウッダイト単結晶を収束イオンビーム(FIB)法により加工したもの。
(Kirsten Schulze 氏、Hauke Marquardt 博士、Katharina Marquardt 博士の提供) |
リングウッダイト(γ-(Mg,Fe)2SiO4)は立方晶系に属し、結晶構造は正スピネル型構造(Normal spinel structure)です(Brown, 1982)。スピネル型構造をもつものでM2SiO4 の化学式で表わされる結晶は珪酸塩スピネルと呼ばれ、Mg2SiO4、Fe2SiO4、Co2SiO4 やNi2SiO4 が有ります。Fe2SiO4 では四面体位置に少量のFe が入り、八面体位置に少量のSi が入ります(Yagi et al., 1974)。
右の図で青色のものがSiO4 四面体、茶色の多面体がMO6 八面体、茶色の球がMg・Fe原子、赤色の球がO原子を示しています。
リングウッダイトのOの副格子は少し歪んだ立方最密充填構造・面心立方構造(Face-Centered Cubic structure、FCC構造)です。FCC構造の単位胞には、格子点が4個(1/2x6+1/8x8)、八面体位置が4か所(1+1/4x12)、四面体位置が8か所有ります。NaCl(岩塩)型構造のように八面体位置をすべて占めると、八面体同士がすべての稜を共有して3次元的に繋がり、八面体で占められていない空間に四面体の空隙が出来ます。CaF2(蛍石)型構造のように四面体位置をすべて占めると、四面体同士がすべての稜を共有して3次元的に繋がり、四面体で占められていない空間に八面体の空隙が出来ます。これらの八面体と四面体は面を共有し、四面体は4個の八面体で囲まれ、八面体は8個の四面体で囲まれます。
リングウッダイトの単位胞は、FFC構造の単位胞が8個集まって大きな立方体を形成し、32個のOを含みます(Z=8)。八面体位置が32個有り、その内の1/2の16個をMg・Feが占めます。四面体位置が64個でその内の1/8の8個をSiが占めます。四面体サイトと面を共有する八面体位置は占められません。
酸素の最密層が体対角方向([uuu] 方向)に積層しています。酸素の位置は体対角方向に自由度を持ち、u 指数で表現されます。u 指数が0.375
(= 3/8) のときに酸素の副格子が完全な立方最密充填構造になります。SiO4 四面体は孤立しています(ウォズリアイトではSi2O7 グループを形成しています)。すべてのO原子がSi原子と結合しています(ウォズリアイトではSi原子と結合していないO原子が有ります)。 |
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図。リングウッダイトの結晶構造(Hazen et al., 1993)。 |
(3) リングウッダイトとウォズリアイトの共存試料
520 km 不連続面はウォズリアイト(ワズレアイト)からリングウッダイトへの構造相転移によるものであると考えられています。 |
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ウォズリアイト・リングウッダイトはカンラン石の多形(Polymorph)です。特にウォズリアイトとリングウッダイトはポリタイプ(Polytype)の関係にあります。そのためウォズリアイトはスピネロイド(準スピネル、堀内ら, 1980)の一つです。酸素の副格子に注目すると、ウォズリアイトのa軸、b軸はリングウッダイトの[110]軸と[-110]軸に対応し、ウォズリアイトのc軸はリングウッダイトの[001]軸と対応します。
リングウッダイト、ウォズリアイト、カンラン石の結晶構造の関連性は、森本ら(Morimoto et al., 1974、森本、造岩鉱物学、1989)によって議論されています。 |
図。リングウッダイト−ウォズリアイト共存試料の光学顕微鏡写真。
ウォズリアイトの領域がマントル遷移層上部、リングウッダイトの領域がマントル遷移層下部に相当します。 |
ウォズリアイト II というウォズリアイトとリングウッダイトの中間的な結晶構造を持つ鉱物も発見されています(Smyth and Kawamoto, 1997)。ウォズリアイト II の結晶構造はスピネロイドIV 構造です(Smyth et al., 2005)。リングウッダイトとウォズリアイトの共存試料に見つかるかもしれません。
ウォズリアイト II はMgO-FeO-Fe2O3-SiO2-H2O 組成で発見されています。Mg2SiO4 組成では安定に存在しません(Tokar et al., 2013)。 |
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(4) ウォズリアイト (ワズレアイト、wadsleyite)
ウォズリアイト(β-(Mg,Fe)2SiO4)はマントル遷移層上部(深さ約410-520 km)の主要構成鉱物です。
合成ウォズリアイトは1966年に超高圧合成により発見されました(Ringwood and Major, 1966)。
結晶構造はβ-Mn2GeO4 単結晶を用いてX線回折により決定されました(Morimoto et al., 1969)。
1969年1月にオーストラリア国立大学で開かれた会議でβ相と呼ぶように決められました(Morimoto et al., 1970)。
天然のウォズリアイトは1979年に衝撃を受けたテンハム隕石から発見されました(Putnis and Price, 1979)。
(衝撃を受けた隕石中の高圧鉱物については、富岡尚敬博士のウェブサイトをご覧になって下さい)
含水ウォズリアイトは1987年に予言されました(Smyth, 1987)。
ウォズリアイトの結晶構造中に少量の水が含まれることが1991年に確かめられました(McMillan et al., 1991)。
ウォズリアイトは約3.1 wt% の水を含むことが出来ます(Inoue et al., 1995)。 |
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図。ウォズリアイト(ワズレアイト)。川井型マルチアンビル装置を用いて超高圧合成したもの。
[左] 合成ウォズリアイト単結晶(最大 1.2 mm、Kawazoe et al., 2015)。ウォズリアイトは多色性を示します。
[右上] 含水ウォズリアイト単結晶。カンラン石と蒸留水を白金カプセルに溶接封入して超高圧合成したもの。
[右中] 合成ウォズリアイト多結晶体(例えば、Kawazoe et al., 2010 JGR)。
[右下] DAC 試料室中のウォズリアイト単結晶(Johannes Buchen 氏、Hauke Marquardt 博士、Katharina Marquardt 博士の提供)。 |
ウォズリアイト(ワズレアイト)の一般的な化学式は(Mg,Fe)2SiO4 です。その晶系は含水量が少ない場合には直方晶系(斜方晶系)に、含水量が多い場合には単斜晶系に属します。ウォズリアイトの結晶構造はウォズリアイト構造(もしくはスピネロイドIII 型構造、Morimoto et al., 1969)で、スピネル型構造に近いので変形スピネル構造とも呼ばれます。右の図で青色のものがSiO4 四面体、オレンジ色の球がMg・Fe原子、赤色の球がO原子を示しています。
ウォズリアイトは直方晶系(斜方晶系)で、空間群は(一般的に)Imma が取られます。酸素の副格子は歪んだ立方最密構造(面心立方構造、FCC構造)です。Si原子は四面体位置を占めてSiO4 四面体を形成します。Mg・Fe原子は八面体位置を占めてMgO6 八面体を形成します。
単位格子中に64個の四面体位置があります。Si はその1/8 を占有し、単位格子が8個のSi原子を含みます。また単位格子中に32個の八面体位置があります。Mg・Feはその1/2 を占有し、単位格子が16個のMg原子を含みます(16個のM サイト(席)があります)。さらにM サイトはM1 サイト、M2 サイト、M3 サイトに区別されます。単位格子中に4個のM1 サイト、4個のM2 サイト、8個のM3 サイトがあります。
SiO4 四面体が頂点のO原子(O2)を共有したSi2O7 グループが特徴です(カンラン石・リングウッダイトでは、SiO4 四面体は孤立しています)。そのためSi原子と結合しないO原子(O1)と二つのSi原子に結合するO原子(O2)が存在します(図の右上・左下)。その結果、ポーリングの静電原子価則を満たしません。
(Mg,Fe)2SiO4 ウォズリアイトでは四面体サイトに少量のFe3+ が入ります(Frost and McCammon, 2009)。水を含む系ではFe3+ とH+ がカップリングして四面体サイトに入ります(Bolfan-Casanova et al., 2012、Smyth et al., 2014、Kawazoe et al., in press)。Fe2SiO4-Fe3O4 系におけるスピネロイドIII では四面体位置に多量のFe3+ が入ることが報告されています(Woodland and Angel, 1998)。
塑性変形したウォズリアイトには、(010)面に積層欠陥が見られます(Miyajima and Kawazoe, 2015)。 |
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図。ウォズリアイトの結晶構造(Kawazoe et al., in press)。下の図ではO とM の各サイトを表示しています。 |
(5) メージャライト(majorite)
メージャライトはマントル遷移層(深さ約410-660 km)において約40 % を占める鉱物です。 |
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図。メージャライト多結晶体。川井型マルチアンビル装置を用いて超高圧合成したもの。 |