研究内容

はじめに

 研究室主宰者(PI)である浮穴の科学的興味は、「私達の感情や気持ち、つまり“こころ”というものは、脳内物質の働きにより説明できるのだろうか?」というものです。1980年代後半に多感な高校時代を過ごした私は、勉強はそこそこで、運動部での活動が中心でした。そのような中、しんどい運動がある域を超えると「ランナーズ・ハイ」と呼ばれる多幸感が得られることを本能的に経験していました。この原因が脳内麻薬と呼ばれる物質の作用であることを知り、「大学へ進学したら是非ともこのような研究がしてみたい」と夢見て広島大学へ入学しました。当時の広島大学には宗岡洋二郎先生や小林惇先生といった動物生理学の世界的権威の先生方がおられました(両先生共に現・広島大学名誉教授)。運よく卒業研究時には一門の松島治先生(元・広島大学及び広島工業大学教授)の下で研究をさせていただく機会を得ました。その時から、アミノ酸が幾つか繋がった分子である「ペプチド」というものを研究対象にしてきました。脳・神経組織が作るペプチドは、「神経ペプチド」と呼ばれたり、それがホルモンとして作用する場合には、「ペプチドホルモン」と呼ばれたりします。驚くべきことに、それらの物質はヒルやミミズのような環形動物から私達人間まで、物質としての構造と生理的な機能が非常に高く保存されているものがあるということが分かってきました。
 このような研究を行っている中で、2006年頃に研究室を立ち上げた際に、「私達の脳の中にはまだ見つかっていないペプチドが存在しているのではないだろうか?もしそうならば、自分たちの手で見つけたい」と考えるようになり、動物を用いて研究を進めています。冒頭の通り、最終的には「自分のこころ」を知りたいのですが、これは中々難しいテーマです。そこで思いついたのは、「イライラしたら暴飲暴食に走る。気分がすぐれないときは食欲も低下する。美味しいものを食べれば幸福感が得られる」というものでした。つまり、食欲調節に関わる脳内物質を見つけることができれば、“こころ”の理解に繋がる近道になるのではないかと考えました。そこで研究材料として用いたのが、食欲旺盛なニワトリの雛でした。雛鳥は生後すぐに餌をついばみ、餌があれば長時間、間欠的に摂食行動を続けます。このニワトリの雛を対象として脳内に存在する「私達以外は誰も知らない新しいペプチド」を見つけることができました。もしもニワトリの雛で生じる現象が私達にも当てはまれば、食欲を上手く調節して食べ過ぎによる肥満を予防できるかもしれないと思っています。応用研究には結びつくのは長い年月がかかるとは思いますが、私自身の「メタボ対策」に役立つ日も来るかもしれないと期待をしています。
 「新しいものを見つたい、誰も知らないことを発見したい」というのはある種の本能だと思います。食欲も本能のひとつです。毎日、若い大学院生やポスドク研究員とともに研究を進めています。毎日がワクワク・ドキドキする中で研究をさせていただいていることに感謝しつつ、この発見の喜びを若い学部生の人達にも伝えたいと思い、日々教育・研究活動を行っています。

現在進めている研究内容

研究テーマ:

脊椎動物の脳に存在する新しいエネルギー代謝調節因子(Neurosecretory Protein GL:NPGLと命名)の発見と機能解析

上記青文字部分をクリックすると研究成果を記したスライド(39ページ、PDFファイル)が表示されます(2018年1月15日に行った記者会見資料をアレンジしたものです。2022年9月15日更新)。

 2006年夏に指導教授の筒井先生が早稲田大に転出され、それ以降、独自の研究テーマを探す長くて厳しい放浪の旅に出ました(元ボスの研究テーマで研究を進めていても脱皮できないと思い、過去の研究テーマを一度リセットしました。新規脳内シグナル因子を探す目的で、サブトラクション解析やマイクロアレイ解析を鳥類の脳を使ってやりました)。丸2年彷徨った末の2008年7月に漸く研究室のテーマの柱となる脳内新規遺伝子をニワトリの脳で発見しました。この新規遺伝子はエネルギーホメオスタシスに関与していると考えており、分泌性のペプチド因子(NPGLと命名)をコードしていると予測しました。その後、主にラット、マウス、ニワトリ雛などを用い、様々なエネルギー代謝状態での遺伝子発現変動の解析や局在解析を行ってきました。2009年度からは総科の卒論生3名が入室したことを契機に、プロジェクト研究として研究テーマを分担し、ペプチド産出や個体への投与実験を行っています。ペプチド産出が極めて難しく、2009・2010年度の大部分をペプチド産出法の確立に費やしました。その後、少しずつペプチド産出も出来るようになり、これまでにラット、マウス、ニワトリの脳内に投与し、機能解析を進めてきました。
 2009年度以降の卒論生による総合科学部岡本賞受賞3件、2011年以降の大学院生による広島大学エクセレントスチューデントスカラシップ受賞11件・学長表彰2件、2010年度以降の学会発表賞受賞18件などがあります(2022年9月時点)。
 また、得られた成果は2011年3・11月、2013年10月、2014年10月に特許出願を行っています。
 2014年にニワトリの成果の論文発表を皮切りに、ペプチド合成法の確立の論文発表、2017年にはラット及びマウスの生理機能に関する成果を論文発表しました。2022年9月時点で当研究室から23報の国際学術論文を報告しています。
 研究費の援助として、東レ財団をはじめ複数の民間財団、科研費の基盤A及びB・若手A・新学術公募・挑戦的萌芽・国際共同研究強化A及びB、さらに生研センターの大型プロジェクトの採択をいただき研究を遂行しています。地方大学の小さな研究室ですが、貴重な研究費と最新設備、何よりも優秀な研究室員に恵まれ研究を行っています。「新たな発見を我々の手で!未知の脳内因子を発見しよう!難しいことにチャレンジしよう!」(実際の合言葉は、「良いデータが出たら皆でお祝いしよう!」です)をスローガンに研究室一丸となって同じ目標に向かって研究に励んでいます。研究の醍醐味を思う存分味わえるワクワク・ドキドキする研究テーマに出会えたことに心から感謝です。

 上記NPGLの発見と機能解析に至る道のりに関し、日本比較内分泌学会が発行する学会誌「比較内分泌学」(2019年45巻168 号p.116-120)にエッセイを記しました(オープンアクセスです)。

研究室の様子・歴史

 広島大学は、メインキャンパスがある東広島キャンパスと医歯薬系研究科がある広島市内の霞キャンパスとに別れていますが、私達の研究室は東広島キャンパスにあります。東広島キャンパスは田舎のイメージがあると思いますが、ここに四半世紀近く住んでいる浮穴からすれば最近はずいぶんと拓けてきたと感じます。広島空港へも車で30分ほどで行けますし、新幹線の駅も近くにあります(主に、こだましか停まりませんので、不便といえば不便ですが)。
 その中で総合科学部は、文理融合を目指した学際教育・研究を推進している部局です。さらに、2019年度には東広島地区の生命科学・生物学関係の研究科が改組され、統合生命科学研究科が設置されました。現在の研究室の前身は、指導教授であった筒井和義先生(2021年ご逝去)の研究室であり、それ以前には、比較生理生化学の分野で活躍された小林惇先生や宗岡洋二郎先生(両先生ともに広島大・名誉教授)の研究室が源流となっています。これらの著名な3名の先生方の特色は、「新しい生理活性物質を探索し、その生理機能を解明する」というものでした。私もこの流れに従い研究を行っています。特に、筒井先生が2006年に早稲田大へ異動以降は、鳥類や哺乳類の脳の視床下部領域に存在する新しい神経ペプチドの探索と機能解析を進めています。発現クローニング、抗体カラム精製、消化管収縮アッセイなどで新規神経ペプチドの探索を行ってきましたが、最近になって組織特異的なサブトラクションクローニングにより、神経ペプチドをコードする新規遺伝子を発見しました。ただ、この神経ペプチドは80アミノ酸残基というペプチドと呼ぶには少々長い小タンパク質です。またC末端構造がGL-amide構造をしているという特徴からNeurosecretory protein GL(NPGL)と命名しました。この遺伝子は、脊椎動物に広く存在することは分かっていますが、現在、研究室で進めている動物種は鳥類のニワトリ・ウズラと哺乳類のラット・マウスです。
 2022年度の研究室メンバーは、浮穴に加え、特任准教授1名、研究員1名、博士課程後期学生3名(全員が学振DC採択)、学部4年生1名、3年生1名の計8名であり、目が行き届き小回りの利くちょうど良いラボサイズと思っています。研究内容は、NPGL遺伝子の発現解析、内因性小タンパク質の構造解析、小タンパク質の合成、投与実験、過剰発現や遺伝子改変動物を用いた生理機能解析など、分子レベルから個体レベルまで広範囲の解析をラボ内で行える環境を整えています。中でも、小タンパク質の合成は難しく、ペプチド有機合成も行っています。マイクロウェーブ照射が可能な特殊ペプチド合成装置を用い、効率的な小タンパク質の産出方法の確立を進めています。このようにして合成できた小タンパク質をラットやニワトリに投与し、生理・内分泌学的な変化を解析しています。その中でも特に、摂食行動やエネルギー代謝調節に着目して機能解析を行っています。赤外線モニターを用いた行動解析や呼吸代謝装置を用いたエネルギー代謝解析なども行っています。遺伝子から見出した小タンパク質ですので、「本当に生理機能を持った物質なのか?」というところから始まり、合成方法や投与方法の立ち上げから行う必要があり、ほとんどがネガティブデータばかりの徒労に終わる実験を繰り返してきました。生理的負荷をかけた際の遺伝子発現量や脳内の発現部位から生理機能を予測し、投与実験により生じる変化を解析するという流れで現在まで来ました。ここ数年で、急性投与では変化が見られず、長期的な投与でようやく変化が認められるという気長な実験系が必要であることが分かってきました。何もないところから手探りで実験を進めるという研究の醍醐味、また予想を超えたところでしか得られないという想定外の発見の喜びを大切にしています。昨今は早急な成果が求められる時代であり、時間のかかる地道な研究を行うことは敬遠される風潮がありますが、「本当にやりたい研究を進める」ためには、少々時間がかかっても失敗しても良いので、「とことん自分の頭で考えて実験を行う」ように学生指導を行っているつもりです。最近では学生達の成果として、学会発表賞、学長表彰、学振DC採択、奨学金返還免除といった形で表れてきているように思え、指導教員冥利に尽きます。私自身も2013年度から「広島大学 特に優れた研究を行う若手研究者・教授」という過分な称号を与えられ、研究専念型教員として期待をされています(講義や委員会業務は普通に行っています)。さらに、文部科学省・研究大学強化促進事業の一環で、広島大学インキュベーション研究拠点という全学プロジェクトが立ち上がり、2015年度から「本能行動と生活習慣・科学リテラシー拠点」のリーダーを務めさせていただきました。本プロジェクトは、食欲・睡眠欲・性欲といった本能行動の分子メカニズムの解明と、その得られた成果を大学生の生活習慣の確立や科学への理解力を高めるように役立てる、という内容でした。
 総合科学部内には生命科学系以外にも実験心理学や健康・スポーツ科学のラボも多くあり、他分野との共同研究を進めたり、成果を分かり易く発表する機会も多いという恵まれた環境にあると言えます。
 浮穴研究室にご興味があれば、いつでもお立ち寄りください。
(上記の内容は日本比較内分泌学会誌の研究室紹介の文章を改変したものです。)

 統合生命科学研究科「研究を語る」に教員インタビュー記事が掲載されました(2020.1.21)。

 研究室紹介として、広島大学総合科学部報である「飛翔」に記事が掲載されました(2016年3月第89号)。内容は自己紹介ですが、許可を得て掲載します。

 浮穴研究室の教育・指導方針


研究室の記録

 研究室のイベント時の写真は写真館をご覧ください。 

2023年度

 新型コロナ感染症も5月に5類移行となり、ようやく研究活動も平常に戻りました。D3が2名、D2が1名、B4が1名という状況(2年連続マスター生不在)でのスタートとなりました。9月にD3の成松君が早期修了で博士号を取得し(写真)、10月から特任助教に採用されました。

 追記:10月からB3の岡田君と高橋君が入室しました。


2022年度

 新型コロナ感染拡大もいよいよ3年目に突入しましたが、研究は止めるわけにはいかないので、できることに集中しました。論文執筆は2021年から継続して行っていたため、多く出ました。科研費・基盤Aも採択されました。D2の成松君と加藤君は学振DC2、D1の森脇君は学振DC1が採択されるという奇跡的な状況になりましたが、マスターコースの学生がゼロという珍しい状況になりました(浮穴研創立初期の15年ぶりぐらい?)。

 追記:10月から仮配属としてB3の小笠原さんが入室しました。B4の中尾さんは、社会人へ。上の写真は2021年度撮影(内藤さんは既に修了)。


2021年度

 新型コロナ感染拡大も2年目に突入し、研究への影響は続きました。研究制限を有効に利用し、各自論文執筆時間のウエイトを高めました。止まるわけにはいかないので、「バントヒットでも塁に出る!」を合言葉に各自ができることをやったと思います。マスターコース修了で社会人になっていた加藤君が4年ぶりにドクターコースに戻ってきました。成松君もドクターコースへ。両名ともに卓越大学院や今年から支援が始まった大学院リサーチフェローシップ制度の支援を受け、研究に専念しました。おかげで、久しぶりに学会発表賞も多く受賞することができました。

 追記:10月から仮配属としてB3の中尾さんが入室しました。育成助教の福村先生は、1年8ヶ月ほどで海外ポスドクになるために離職されました。M2の内藤さんとB4の新福さんは、社会人へ。内藤さんの最後の頑張りには脱帽です。


2020年度

 本格的な新型コロナの影響で、新年度早々に活動自粛が余儀なくされ、研究面にも多大な影響が出ました。「この研究は不要不急なのか?」という最大の命題も突き付けられましたが、「逆境の今頑張れば新たな道が開ける」と信じて少しずつですが前に進んだと思います。3年間の任期付き助教として福村先生も着任され、浮穴研にも新たな風が入りました。前半は新たなことにチャレンジし、後半は皆が論文を書く環境になったと思います。

 追記:10月から仮配属としてB3の新福さんが入室しました。M2の門田君は修了後は社会人へ、成松君はドクターコースに進学予定です。B4の三村さんも沢山実験して成果を上げ、社会人へ。


2019年度

 M2の代がいないため、M1・2名、卒論生2名とスタッフ3名の7名でのスタートとなりました。研究科も統合生命科学研究科が発足し、新しい講義の準備も進めながらとなりました。大学はどこへ向かうのか?と感じながらも文科省的ランキングはどんどん下がっているようで、我々は何をすべきか?を日々考えさせられます。教育と研究に邁進する以外にないです。

 追記:10月から仮配属としてB3の三村さんが入室しました。年度末の3月になり、新型コロナの影響で海外出張などのキャンセルであたふたしました。早く収束してほしいです。研究面でも大きな影響を受けています。B4の2名は立派に卒研発表も行い、引き続き大学院進学です。


2018年度

 大番頭だった鹿野君が研究室を去り、院生・学部生共に就活生がおり、少し寂しい新年度の出だしとなりました。まだまだ不明なことは沢山あるので、少しでも新しいことを発見するよう皆で協力しながら進めましょう。今は世の中の非常識かもしれないけど、いずれ「それは浮穴らのグループが言い出して、今では当たり前になっているね」などと言われるようになりたいものです。時代の少し先を行っていると信じて、答えのない(誰も正解を知らない)課題にチャレンジしましょう。何がしたいのか、何を知りたいのか、何をすべきか、何をせざるべきか、ということを周りの目を気にすることなく(迷惑をかけない範囲で)、突き進んでいきましょう。ある意味、ひと山越えて次の山登りに挑戦する気分です。失うものは何もないのですから。白髪(抜け毛?)と体脂肪は増加中。

 追記:10月から仮配属としてB3の森脇君と内藤さんが入室しました。M2の齋藤君、B4の後藤さんが社会人として巣立って行きました。齋藤君も3年間頑張って論文も形にできたので、浮穴研の名前を汚さぬように会社(大手食品会社に就職)でも活躍してくれるでしょう。


2017年度

 アメリカでは脂肪を吸収せず(浮穴の個人的な話)、新規脳因子に脂肪蓄積作用がある(研究室のテーマ)という長年の成果を論文発表することができました。9月に帰国後、日本社会の画一性・不寛容さに戸惑いながら、現実社会への復帰を試みているところです。子供のころから天邪鬼だった浮穴は、世間のベクトルとは違う方向を向き、「多様性・個性の尊重、縛られない、囚われない、自由、自己責任、諦めない、挑戦する」という精神を忘れず、再スタートです。10月からは3年生の後藤春菜さん、門田惇希君、成松勇樹君の3名が仮配属生として入室してくれました。D3の鹿野君はいよいよ学位申請の時期になりました。6年間の集大成を見守りたい(?)と思います。

 追記:10月から仮配属としてB3の成松君・門田君・後藤さんが入室しました。遂に6年間頑張ってくれた鹿野君が医学部の助教に採用され研究室を巣立って行きました。新任地での活躍を心よりお祈りしています。温泉つかりに遊びに行きます。3月はしっかり引き継ぎをしたつもりですが、まだまだ不十分なことは多いでしょう。課題は多いですが、難しいことにチャレンジしていきましょう。


関連する研究テーマ

1.動物の脳からの新規脳内伝達物質の単離・同定と機能解析

 まだ哺乳類でも報告されていない新しい脳内伝達物質が非哺乳類の脳にはありそうなので、それを見つけて、働きを明らかにする研究です。さらに哺乳類での機能解析も行います。特に、摂食行動やエネルギー代謝調節に着目した新規脳内伝達物質の同定に関する研究を展開しています(上記の「現在進めている研究内容」)。ストレスによる過食と肥満は私自身の重大テーマです(泣)。

2.ストレス応答に関与する脳内タンパク質の同定と機能解析

 ストレスにより発現量が変化する未知のタンパク質があるという予備実験の結果を得ていますので、それを見つけて、働きを明らかにする研究です。

3.系統発生学(進化)的観点からの脳内伝達物質の同定と機能解析

 私たち人間は、神によって創られたのではなく、原始的な生物から進化してきたのです。ただし、脳内で利用している情報伝達物質には多くの共通点があります。下等な動物を実験材料に用いて、我々哺乳類で未だ見つかっていない脳内伝達物質を同定し、私たち人間を含めた哺乳類での研究に還元する研究です。

4.生体防御機構に関わる抗菌ペプチドの同定と機能解析

 2006年度から開始した広島大学両生類研究施設の住田先生・県立広島大の藤井先生らとの共同研究で、両生類研究施設で特別に飼育されている絶滅危惧両生類を用いて抗菌ペプチドを同定する研究です。絶滅危惧種の生体防御機構の解明と強化という地球環境問題としての課題に加え、院内感染の原因となる抗生物質耐性菌や食中毒の原因となる病原菌の駆除という応用課題も含んでおり、多大な成果が期待されます。次々と新規の抗菌ペプチドを同定しており、特許出願も行っています。  この抗菌ペプチドの研究については、グローバルサイエンスキャンパス広島(GSC広島)の「ジャンプ」ステージにて、2名の高校生の研究指導を2019・2020年度に行っています。「ジャンプ」ステージに残る高校生は高倍率を勝ち残ってきた優秀な生徒達なので責任重大ですが、次世代育成のために頑張りたいと思っています。

 鳥類や下等動物を利用するのは、哺乳類を扱うよりも多くの魅力があると考えるからです。それらを利用して、哺乳類の研究にフィードバックし、最終的に人間の“こころ”と“からだ”を理解したいと考えています。
 十数年前、私たちが研究を進めていた新しい脳内伝達物質の同定と機能解析の研究テーマがアイデアとなり、日本大手の某製薬会社により研究が進められました。これは、我々の研究テーマが、世界的にトップクラスであることを裏付けており、小さな研究室でも大製薬会社をギャフンと言わせられる可能性があると思っています。
 つまり、私の目指す研究は、科学によって得られた成果を社会(医学やQuality of Lifeの向上)に還元することです。我々人間の“こころ”と“からだ”を理解するために生物脳科学は絶対に必要な研究分野だと考えています。

研究手法

分子レベルから個体レベルまで;分子生物学、生化学・有機化学、形態学、生理学的な手法

1.物質の単離同定のための生化学的手法(HPLCなどのカラム操作)・有機化学的手法(ペプチド合成)・物質科学的手法(質量分析計やアミノ酸シークエンサー)

2.同定した脳内伝達物質や脳内物質の局在や神経連絡を調べるための形態学的手法(切片作成や免疫組織化学的手法、神経トレーサーを用いた解析)

3.脳内伝達物質や受容体をコードしている遺伝子を解析するための分子生物学的手法(cDNAクローニングやmRNAの発現量の解析、遺伝子改変動物を用いた解析)

4.機能解析のための脳手術や行動解析、細胞培養

5.その他、研究の進展に必要な手技手法は積極的に学び、取り入れていきます(脳を知るためには色々な研究手法を積極的に取り入れていく必要があります)。

科学的興味

 私たちはどのような脳内伝達物質を利用して生体調節・喜怒哀楽・ストレス応答などに対応しているのかということに興味があります。高校生のころに「脳内麻薬や快楽物質」の存在を知り、脳内物質について興味を持ったのが、現在の研究のきっかけです(研究者となり趣味(!?)と実益をかねて好きな研究が出来るということはこの上ない幸せです。もちろん研究で得られた成果を教育にも還元していきたいと思っています)。現在の研究テーマは「新しい脳内伝達物質を見つけ、その働きを調べる」ことです。まだまだ私たちの脳の中には未発見の脳内伝達物質があると思うので、それらを見つけて働きを明らかにすることで、不明なことの多い脳の機能を知ることが出来るし、脳を有効に賢く使う手助けになるのではないかと思っています。他人がやっている研究の後追いはせず、地道に「オンリーワン」の研究を進めていこうと思います。かつ、世界トップクラスの研究を目指します。さらに、生体防御機構(自然免疫)を分子レベルで解明するために、両生類の皮膚に存在する抗菌ペプチドに関する研究も行ってきました。つまり、神経・内分泌・免疫機構のクロスネットワークの解明を目指しています。

脳内伝達物質に関わる研究の重要性

 我々人間はすごい生き物だと思います。色々なものを想像・創造し、夢や希望を持って生きているからです。日常生活においても、怒ったり、驚いたり、喜んだり、悲しんだりといった文字通りの喜怒哀楽や他人を好きになったり嫌いになったり・・・と色々なことを感じています。もちろんこのような感情は全て脳の中で生じてくるものであり、霊や超常現象を信じることも脳の働きによります。現代社会を見回してみますと、幼児虐待や性犯罪、さらには理解不能な事件といったニュースは途切れることが無く、犯罪の繰り返しから脱却できない様子を見ていると「脳への刷り込み」は、「脳の可塑性(粘土のような柔らかい性質)」を上回って修復不能ではないかと感じます。ただし、希望的観測としては脳内伝達物質や脳内分子の機能を明らかにすることで、犯罪の予防やこころの理解ができるのではと考えています。もちろん脳内伝達物質を理解することで、学習・記憶、情動、本能などあらゆる脳機能を理解できるのではないかと期待しています。

浮穴研究室の教育・指導方針

 研究室選びを行う際の学部3年生によく聞かれるので、まとめてみました。研究室の雰囲気・環境・目指すところを中心に記してみました。

研究室メンバーが研究を自分の仕事だと思ってほしい

 まれに研究室のテーマや方向性などを無視して、「教科書に記されている事柄について自由に研究してみたい」という学生がいますが、それは既に確立・認められた古い内容が大部分です。我々は教科書に新事実を書き込むことを目指さないと研究をやる意味が無いです。特に新しい概念であればあるほど、発見の初期には誰も認めてくれないし、相手にもされません。さらに、違う説を唱えている人達からは敵対視されて排除されるのが常です。研究者は学者として学説を生み出す必要があります。物事の本質を見抜くには時間がかかるし、他人に自分の学説を認めてもらうには相当の苦労や困難があります。逆に、困難を乗り越える過程の楽しみや達成感を味わえるのが研究者の醍醐味と思います。研究室選びをする最初のステップは、その研究室の方向性や教員の教育哲学をよく理解し、納得することから始めてください。あれもこれも最初から全てやりたいというのは無知で自分勝手な考えな気がしますので、浮穴研を選択肢から外してください。一方、優柔不断で自分の考えを持たない人も浮穴研には向かないと思います。自分探しをするのではなく自分自身を確立したい、アイデンティティーを持った(これから持ちたいと思う)人を歓迎します。
 繰り返しになりますが、良い研究をしたいとか、やりたい研究というものは、研究を始めて間もない若い人が見つけることは難しいと思います。面白いことや結果が最初から分かっているとしたら、それは本当に面白いことなのでしょうか。分からないことがあるから研究ができ、分かろうとする過程こそが楽しいのではないでしょうか。苦労の先にこそ本当の喜びがあると私(浮穴)は信じています。とはいっても最初は分からないことが何だか分からないといった様子です。まずは先輩のやっていることを真似て、そして自分の手で何でもよいので結果を出してみましょう。その中で自分の頭でじっくりと考える癖を付けましょう。何も考えずに作業をしているだけでは研究をする意味がありません。やらされていることほど苦痛なものはありません。自ら積極的に問題点や課題を見つけて欲しいです。自分から進んでやりたいと思えたことは、責任も感じるし、なにより興味や思い入れが湧くはずです。研究に対するモチベーションが最も研究室では大事です。
 学部3年生までと違い、研究室に配属されると研究室の生活が中心となります。馬車馬の如く働くことを強要しませんが、実験は待ち時間が多い分だけ研究室に滞在する時間も伸びてくるのはある意味しかたがない部分もあります。折角の待ち時間を有効に使いながら文献を読んだり調べ物をしたりしましょう。自分が如何に無知であるか、また新しいことを知るのは結構楽しいことにも気付くでしょう。「知らないことを知りたいと思う気持ち、新しいことを知る喜び」も本能です。強要された勉強は苦痛ですが、宝探しや新発見は本当に楽しいものです。卒論生には卒論生の、修論生には修論生の、博論生には博論生の、ポスドクにはポスドクの各ステップ毎に身に付ける技能や心がけが異なると思います。それぞれのステップで「外してはいけないこと、知っておくべき事、身に付けておかないといけないこと、やるべきこと、出来たらよいこと」が違います。卒論はともかく、修論や博論を見ていると、「この人は学ぶべき時にやることをやらずに遊んでいたのだな、手を抜いたのだな」ということに稀に出会います(その様な時には悲しみと哀れみが交錯します)。本人も自業自得でしょうが、そのようなマイナスイメージを挽回するのは、その後に大変な困難が待っていると思います(大概、ドロップアウトしてしまって二度と関わらないとは思いますが)。
 というわけで、「浮穴研で何ができるか?」と聞かれれば、「分からない課題がたくさんあります。自分の手で解決するように躊躇せず飛び込んでみてください。他では経験できない様々なことを体感できます。課題を発見し、成長する喜びを感じるように努力してください。」と言いたいです。

研究室メンバーで喜びも苦しみも共有してほしい

 得られた実験結果を積極的に他の研究室メンバーへ話してみましょう。「ある目的でこの実験をやって○○という結果が出た。当初は△△という結果を期待していたけど、これは□□という原因でこうなったのかもしれない。次は◎◎の実験をしてみたいと思う」というような会話はとても重要なことです。周りの人も積極的に意見を出して、そこから得た情報を取捨選択して実行するという過程が研究室の活動のベースとなります。それがあるかどうかで、自分自身の成長にも大きな影響があります。皆で考える、共有するということは研究室の活動として極めて重要です。誰も答えを知らないことをやっているわけだし、研究者として先生も学生も皆平等です。研究室のチームワークやサポート、フォローなしで独自路線を進むことはあり得ません。独りよがりな行動は周りを不愉快にしてしまいます。過度な気遣いは全く必要はありませんが、集団活動をしている場合は最低限の気遣いを学びましょう。
 例えば、研究室メンバーの誰かが学会で受賞した際にも、その成果は個人のものではありません。誰が抜けてもその成果は得られなかったでしょう。直接関係が無くともまわりまわって現在があります。そのことを決して忘れてはいけません。感謝の気持ちが大事です。

研究室のボスは最高の環境を提供する努力を惜しまない

 もしやりたいことがあったとしても研究費や実験手技の制約で進められないことがあれば悲しいことです。研究室のボスであれば研究費や設備の確保、そして学術論文をまとめることが使命です。最高の研究環境を提供し、思う存分研究を楽しんでほしいと考えています。現在の生命科学研究は一つの技術で論文として成果がまとまることは少なくなりました。この数年は、分子、遺伝子、細胞、組織、個体、行動レベルの様々な解析手法を用いて一気に研究を進めていく実験手法とその設備を構築する努力をしてきました。最高の食材と調理道具が揃っているとして、料理を美味しくするのもまずくするのも貴方次第です。たとえ美味しくなかったとしても、自分で作った料理は不思議と最後まで食べられるものですし、次の料理を作る際に必ず活かされます。

どうせやるならトップを目指す

 いきなり世界トップを目指せとは言っていません。自分の中での限界を知り、それを超えることから始め、同僚や研究室レベルでトップになれるようにしていきましょう。そうなれば、いずれは学部や学会でも評価されてくるはずです。誰よりも早く研究室に来るというのでも構いません。自分の能力や限界を早々に決めないでください。物理的な壁よりも精神的な壁の方が厄介です。若者の特権はミスをしても許されるところです。ミスを恐れて何もしないことは怠慢です。逆に失敗を多くすることが後々の成功への近道です。期待は必ず裏切られるので、予想外の展開を大事にする姿勢を忘れないでください。自然科学の真理は期待外れから生まれることの方が多いような気がしますので、小さな変化を見落とさないように注意をしてください。私(浮穴)自体が全くの期待をされていない人間でしたが、それでも、なんとかそこそこ生きていけています。興味を持ち続ければ道は開けるはずですし、努力無くして成功はあり得ません。「小さいことからコツコツと」が重要ですし、逆に小さいことができないのに大きなことはできません。
 あと、自信をつけるということは重要なことです。毎日努力していれば、長い目で見れば少しずつ成長しているはずです。それに気づくことも大切なことです。それを上手く自信に変えてください。「自信と成長」こそが、モチベーションの次に重要なことだと思います。手法は変われど臨機応変に対応することは、今の世の中必ず何処でも何時でも役立ちます。この世に役に立たないことは存在しません。「この役立たず!」というのは家でのお父さん(私のこと)だけにしてほしいものです。

広島大学大学院統合生命科学研究科
広島大学総合科学部生命科学

浮穴研究室

〒739-8521 東広島市鏡山1-7-1

広島大学総合科学部内 B403号室

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([at]を@に変換してお送りください)

Tel. 082-424-6571(直通)

Fax. 082-424-0758(事務室)

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