論文解説:Population structure and landscape genetics of two endangered frog species of genus Odorrana: different scenarios on two islands
*Igawa T, Oumi S, Katsuren S, and Sumida M. Population structure and landscape genetics of two endangered frog species of genus Odorrana: different scenarios on two islands. Heredity, 110:46-56, January 2013. [ DOI | http | PDF ]
(論文解説) 本研究では、奄美大島と沖縄島に生息するイシカワガエル種群(アマミ・オキナワイシカワガエル)について、保全遺伝学的見地から、また、個体群の集団構造形成に関する基礎生物学的な視点から、詳細な集団遺伝学的解析を行った。 アマミイシカワガエル(Odorrana splendida)とオキナワイシカワガエル(O. ishikawae)は、アカガエル科ニオイガエル属に属する無尾両生類であり、日本産両生類の中では、最も美しいとも言われる緑色の背景に金色の斑点を配した体色で知られるカエルである。また、それぞれ限られた地域(奄美大島内の森林及び、沖縄島内北部森林地域)にのみ生息し、個体数の減少が確認されていることから、IUCN Red ListのEndangered B1、環境省レッドリストの絶滅危惧IB類に位置づけられている絶滅危惧種であり、鹿児島県及び沖縄県の天然記念物でもある。般的に種の自律的な存続のためには、遺伝的多様性が重要であるとされるが、本種群については、これらの姉妹種間の遺伝的分化が知られるのみで、種内(島嶼内)の遺伝的多様性については不明であった。また、本邦の両生類研究においては、マイクロサテライトマーカーを用いた詳細な集団遺伝学的研究は皆無であった。さらに、近年、遺伝的集団構造の形成プロセスについて、地形、植生、土壌などの環境データを地理情報システム(GIS)の下で解析し、集団間の移住頻度に影響をもたらす要因などを解析する景観遺伝学(Landscape Genetics)と呼ばれる科学的アプローチが登場している(Manel et al., 2003)。しかしながら、本邦の動物個体群において、そのような試みによって、集団構造を詳細に解析した研究はこれまで行われていなかった。 本研究では、マイクロサテライトマーカー12遺伝子座(Igawa et al., 2011)を用いて、オキナワ・アマミイシカワガエルの集団構造を明らかにするとともに、GISを用いてその形成要因を探索した。その結果、集団構造においては、沖縄島のオキナワイシカワガエルについては、明確な遺伝的分化が見られなかったのに対して、奄美大島のアマミイシカワガエルについては、複数の遺伝的に異なる集団が存在していることが明らかになった。 さらに、標高、斜度、集水域、地表面湿潤係数(TWI: Terrain Wetness Index)、土壌、植生(大分類)の6つのパラメーターを用いて生息適地モデルを構築し、これらのモデルにおける生息確率の逆数を移動コストとして重み付けした際の各集団間の地理的距離(コスト距離)を求めた。その後、統計的処理により遺伝距離と各モデルにおけるコスト距離との相関を尤度として求め、最終的に赤池情報量基準の下でより良いモデルを選択した。その結果、沖縄島では標高及び斜度、奄美大島においては、標高及び土壌が集団構造の形成要因として主要な要素であることが分かった。 景観遺伝学的解析を行う上で、最も問題となるのはコスト距離を求める際のコストとの重みづけである。これまで主観的な当てはめや、網羅的に値の組み合わせを試行する方法などが存在したが、本研究においては、主観的な重みづけを排除し、生息適地モデルを応用することで現実的な結果を導くことに成功している。この方法は本研究において新規に開発した手法であり、今後、他の生物種や遺伝学的研究以外の行動生態学的解析にも応用が可能である。また、今後の保全対策を行う上でも、集団が依存する環境要因が明らかにできるため、具体的な指針を提言可能にする有用な方法であると考えられる。 本研究は当該分野において高い影響力を有する国際誌であるHeredity誌に投稿し、掲載された。 著者:Igawa, T.(責任著者), S. Oumi, S. Katsuren, and M. Sumida 担当部分:研究全体(研究計画、サンプル採集、すべての実験・データ解析、論文執筆)を担当した。 |