研究概要


■生物の環境適応とゲノム進化

近年の気候変動からも明らかなように、生物の進化史は変動する環境への適応の連続であったことは間違いありません。また同時にそれぞれの生物で独自の戦略でそれらの変動を乗り越えた結果、固有な生態を獲得していると考えています。ゲノム情報が比較的簡単に手に入れることが可能になった今、種生態からゲノムまで、幅広いアプローチによって、生物進化の実態を追究することが可能になっています。そこで、様々な環境に生息する生物の固有性を明らかにするとともに、現状で可能な限り先端的なツールを用いて、それらの遺伝的基盤を明らかにすることを目指しています。
 特に最近は、温泉に生息するという特異な生態を有したリュウキュウカジカガエル(Buergeria japonica)を対象にして高温適応の遺伝的基盤を明らかにする研究に取り組んでいます。

[関連論文]

井川 武, 小巻翔平, 荻野 肇 「温泉に生きるド根性ガエル―リュウキュウカジカガエル」実験医学 Vol.36 No.16(2018年10月号)

Komaki S, Lin S-M, Nozawa M, Oumi S, Sumida M, Igawa T*. Fine-scale demographic processes resulting from multiple overseas colonization events of the Japanese stream tree frog, Buergeria japonicaJournal of Biogeography. 44: 1586-1597 July 2017. [ DOI | http | PDF ]

Komaki S, Lau Q, and Igawa T. Living in a Japanese onsen: field observations and physiological measurements of hot spring amphibian tadpoles, Buergeria japonica.Amphibia-Reptilia. 37: 311-314 September 2016. [ DOI | http | PDF ]

Komaki S, Igawa T*, Lin S-M, Sumida M. Salinity and thermal tolerance of Japanese stream tree frog (Buergeria japonica) tadpoles from island populations.Herpetological Journal. 26(3): 207-211 July 2016. [ DOI | http | PDF ]


■集団遺伝・集団ゲノム

一般的に生物は集団として存在し、長い地球の歴史を生き延びるためには集団中に様々な遺伝的形質を有した個体が存在する必要があります。遺伝的多様性と絶滅リスクの関連が指摘される絶滅危惧種をはじめとして、移入種、系統化されたモデル動物におけるゲノム多様性を明らかにし、その背景にある環境要因や人為淘汰と表現型との関係まで深く掘り下げて研究を行っています。


イシカワガエル種群で明らかになった対称的な遺伝的集団構造 (Igawa et al., 2013)

サブテーマ#1:変態時における温度ストレスと近親交配の影響
(概要) 近年、様々な生物種において、近親交配の遺伝的影響(遺伝的荷重)が解明されてきていますが、特に両生類においては、野外集団の遺伝的多様性と生存率の間に負の相関があること(近交弱勢)があると言われています。しかしながら、多くの研究例は、野外に産卵された卵を観察するのみで、環境の違い、卵の状態の差異、親個体の遺伝的な由来など、厳密な背景は不明確なままです。特に両生類では、体外受精、変態といった発生の重要な段階が外部環境に暴露されているため、環境要因による影響も大きく、純粋に遺伝的影響を抽出することは非常に難しいと考えられます。また、近年では地球環境温暖化の傾向にあり、多くの両生類種が温度ストレスによる影響を受けつつあることが考えられます。
 これらの点について、本研究施設では、長年、非実験動物の野外個体群を人工授精法により交配することに成功しており、厳密な管理下での交配が可能です。さらに、絶滅危惧種の繁殖にも成功しており、子孫世代同士での交配も可能になっています。本研究では、絶滅危惧種における遺伝的な影響の程度を解明することを目的として、他研究施設では難しいこれらの技術を利用し、温度ストレスによる影響、近親交配による遺伝的な影響を均一な条件(Common Garden Experiment)により調査しています。
(キーワード) 人工授精 オタマジャクシ 近交弱勢 生存率

サブテーマ#2: 特定外来生物ウシガエルの遺伝的多様性および導入圧に関する研究
(概要)  ウシガエル(Lithobates catesbeianus)は本来、アメリカ合衆国東部、カナダ南東部、メキシコ北東部に自然に分布している種ですが、現在では世界各地への移入が確認されています。元々、大型かつ貪欲であるため、在来の生物を捕食し本来の生態系のバランスを崩す可能性が懸念されており、世界の侵略的外来種ワースト100に指定されています。特に、日本では2006年に外来生物法により、特定外来生物に指定されています。
 生物種の歴史を考えた場合、分布の拡大は当然のことながら、新たな場所への侵入によって成し遂げられます。しかしながら、全く新しい場所への侵入はリスクが伴い、必ず成功するとは限りません。侵入が成功するためのプロセスを説明する仮説は種によって様々あり、一般化することは難しいと言われています。しかしながら、散布体の導入圧(導入された個体数あるいは、導入回数)は、数少ない全体的に合意を得られている要因の一つでです。具体的には、遺伝的・人口学的背景によって、より多くの個体、あるいは、より多く回数の導入イベントを経験した個体群が、より定着し易いという考え方です。このことは、絶滅危惧種と同様に遺伝的多様性が、生物の進化的可塑性(集団が環境に適応して、進化する潜在的な能力)と密接に関係していることとほぼ同様のことであり、限られた個体数から創始された外来種がどれほどの多様性を保持しているのかは、保全遺伝学的な観点からも興味が持たれます。
 現在、野生化しているウシガエルの大部分の由来は、1918年にアメリカ合衆国ルイジアナ州ニューオリンズから輸入されたオス12匹とメス5匹に遡る可能性が高いことが知られており、河野 (1913)によれば、これら17匹の子孫は茨木県および、滋賀県水産試験場において大量繁殖に用いられ、1930年までに52万匹が全国に配布されたとされています。しかし、その後、各地の養蛙場において、何度も独自に輸入したらしく(長谷川 1999、岩澤 1968)、本邦における導入個体群の由来、および有効集団サイズ、現在の個体群における遺伝的多様性の実態は未だに不明です。本研究では、遺伝的指標を用いて、導入個体の由来ウシガエルの侵入成功プロセスにおける導入圧を検証することを目的として研究を行っています。
(キーワード) 侵入成功 移入 近交弱勢

[関連論文]

Matsunami M, Igawa T, Michimae H, Miura T, and Nishimura K. Population structure and evolution after speciation of the Hokkaido salamander (Hynobius retardatus). PLoS One. 11(6): e0156815 June 2016. [ DOI | http | PDF ]

Sultana N†, Igawa T†*, Islam MM, Hasan M, Alam MS, Komaki S, Kawamura K, Khan MMR, and Sumida M. Inter- and intra-specific genetic divergence of Asian tiger frogs (genus Hoplobatrachus), with special reference to the population structure of H. tigerinus in Bangladesh. Genes & Genetic Systems. 91: 217-228 August 2016. († The first two authors contributed equally to the study.) [ DOI | http | PDF ]

Igawa T*, Watanabe A, Suzuki A, Kashiwagi A, Kashiwagi K, Noble A, Guille M, Simpson DE, Horb ME, Fujii T, and Sumida M. Inbreeding ratio and genetic relationships among strains of the Western clawed frog, Xenopus tropicalisPLoS One. 10(7): e0133963 July 2015. [ DOI | http | PDF ]

Igawa T*, Nozawa M, Nagaoka M, Komaki S, Oumi S, Fujii T, and Sumida M. Microsatellite Marker Development by Multiplex Ion Torrent PGM Sequencing: A Case Study of the Endangered Odorrana narina Complex of Frogs. Journal of Heredity. 106:131-137 January 2015. [ DOI | http | PDF ]

Igawa T*, Oumi S, Katsuren S, and Sumida M. Population structure and landscape genetics of two endangered frog species of genus Odorrana: different scenarios on two islands. Heredity, 110:46-56, January 2013. [ DOI | http | PDF ]

Kakehashi R, Igawa T, Iwai N, Shoda-Kagaya E, and Sumida M. Development and characterization of new microsatellite loci in the Otton frog (Babina subaspera) and cross-amplification in a congeneric species, Holst’s frog (B. holsti). Conservation Genetics Resources, 5(4):1071-1073, June 2013. [ DOI | http | PDF ]


■ 分子系統・系統地理学的研究

  両生類は水中生活の魚類から陸に上陸した最初の脊椎動物であり、3億年以上の古い起源を持つ動物です。それゆえ、形態や生態も多様に進化しています。私が学生として研究を始めた当初は、日本の本州の両生類について、本州内でも系統的が異なる集団が存在することは分かっていましたが、それらがどのぐらいの年代で分岐し、どのような古地理学的イベントによって引き起こされたのか分かっていませんでした。そこで、ヒキガエル類を対象としてミトコンドリア遺伝子を用いて分岐年代解析を行い、地理学分野の網羅的な文献検索から、西日本と東日本のニホンヒキガエルとアズマヒキガエルの分化について、分岐年代とそれを引き起こした古地理学的イベントを解明しました(Igawa et al. 2006)。