パナイ島北部・ギマラス島におけるツーリズム開発と漁村社会
鹿児島大学水産学部 准教授 鳥居享司
torii@fish.kagoshima-u.ac.jp
1.エスタンシャ    2.ギガンテス島    3.ギマラス島    4.コンセプシオン    5.アホイ


3.ギマラス島
1)地域の概要(Evan Anthony V.Arias)
 ギマラス島はパナイ島とネグロス島に挟まれた小島である(図1,図2参照)。ともに航路でIloilo Cityから約20分,ネグロス島から約45分の場所にある。ギマラスprovinceはJordan,Buenavista,San Lorenzo,Sivunag,Neava Valenciaの5つのmunicipalから構成されている。ギマラス島の広さは60,457ヘクタール,人口は約14万2,000人,経済成長率2.3%,識字率96%,貧困層32.7%である1)。かつてはパナイ島からの送電に頼っていたため海中ケーブルの不調に伴う停電がたびたび発生した。現在はディーゼル発電所があるが,依然として電力事情は悪い。
 主力産業は農漁業と観光業であり,地域の総生産額は2億900万ペソ(約5億円)である2)。主な農作物は,米,マンゴーである。漁業は,漁船漁業に加えてSEAFDECの指導のもとミルクフィッシュを中心とした養殖業や魚介類の加工も行われている。このほかにも飲料水の採取,Hand Craftなどが行われている。
 なお,ギマラス島には良質な石灰岩が豊富に存在する。政府はこの石灰岩資源に目を付け,海外の採鉱会社へ採鉱許可を発行する意向を持っているが,provinceは反対している。採鉱すれば環境が悪化し,採鉱が終わればギマラス島には何も残らないことを理由としている。


図1 ギマラス島の位置


図2 ギマラス島


2)観光産業の概要
 Provinceでは,「Agri-Fishery Tourism」こそ持続可能な産業であると位置づけ,その確立を目指している。
 ギマラス島はフィリピンの中でも治安の良い地域であることに加えて美しい自然,マンゴー農園や伝統的漁業などの観光資源がいくつもある。しかし,観光地としての整備がほとんど進んでいない。Provinceでは,地元の農漁業を活用した「Agri-Fishery Tourism」の実施に向けて観光地の整備とともに人材教育も実施している。
 主な観光メニューとして,ダイビング(数多くのダイビングスポット有り),マンゴーやカラマンシーの観光農園,洞窟体験,トレッキング,ホームステイなどがある。Provinceでは,2004年から2005年にかけてテレビCM,パンフレット,宣伝用CDの作成などを通じて強力にPR活動を推進した。
 Provinceでは,Iloilo Cityとネグロス島からの客船の到着するJordan とBuenavistaの港で観光客数を計算している3)。その資料によると,年間約18万人の観光客がギマラス島を訪れている(図3参照)。そのうち7,145人が外国からの観光客であり,日帰り客が4,369人,宿泊客が2,776人となっている。なお,200年から2005年にかけて観光客数が33%ほど増加しているが,これはprovinceが同期間に実施したPR活動の成果であると考えられている。


図3 観光客数の推移


3)観光の実態

事例1:マンゴー農園:ORD VERDE

(1)概要
 ORD VERDEにはConstructerがオンシーズン(12月〜4月)100人以上,オフシーズン20人ほど,その他に常勤スタッフとsupervisorが存在する。Constructerは雨天時,すべき仕事はない。仕事がない場合は最低賃金(180ペソ/日)を支払う。
(2)価格
 Processing Grade:Aグレード30ペソ,Bグレード18ペソ
 Local Grade:Extra Large50ペソ,その他45ペソ
 Export Grade:Extra Large75ペソ,その他60ペソ


Processing Grade


Local Grade


Export Grade


ドライマンゴー


マンゴーの加工品


(3)販売先
 自社に小規模な加工場を備え加工品を製造するほか,地元市場,セブ市場,さらには韓国,アメリカへ輸出している。かつて日本へも輸出していたが現在は行っていない。


韓国輸出用の箱


アメリカ輸出用の箱


(4)観光との関わり
 観光活動との関わりは特別になく,観光客へマンゴーやマンゴーの苗木(30ペソ)を販売する程度である。観光客にマンゴーを摘ませると木が傷むため,観光農園的な活動は行っていない。


事例2:Barangay Dolores(Mrs. Marln Galbes Todela)

(1)概要
 Nueva Valenciaには1873年に建てられた古い灯台が残されている。2004年の夏ごろからこの灯台と地域資源とを活用した観光がprovinceによって企画されるようになり,provinceによって本施設が建設された。何かの賞(山下メモを参照)で賞金10万ペソを獲得したことから,その賞金で住民参加型の観光活動を行っているボホール島を訪問して活動内容を視察した。その後,ProvinceのTourism Officeが観光ツアーのパッケージング,Marln氏が実質的な管理を担っている。
 なお,本活動はBarangay Doloresの住民参加の元で行われており,その組織としてBarangay Dolores Tourism Council Inc.(BDTC)が結成されている。活動の安全性を確保するために登録制としており,18歳以上の場合は1人あたり125ペソの登録料金が必要となる。現在,100人を超える住民が参加登録しており,登録者数は増加傾向にある。当地区の人口は約400人,うち18歳以上の人口は200人程度であることから,住民の約半数が参加登録を済ませている計算となる。観光活動に関与することによる追加的収入に期待している。なお,登録しない住民が約半数存在するが,登録しない理由として登録料金を支払う余裕がないケース,観光活動に参加することによって収入が発生するのか見極めているケースなどがある。

(2)観光メニュー
@ 宿泊施設の提供
 BDTCの事務所での宿泊,住民の家庭へのホームステイが行われている。BDTCの事務所へ宿泊はグループあたり1,000ペソ(食事なし),ホームステイはグループあたり500ペソ(食事なし)である。ともに1グループ10人あたりまで受け入れ可能である。料金の90%が住民,10%がBDTCへ配分される。
A 食事の提供
 地元の食材(魚介類,野菜,米,鶏など)を使用した食事が提供されている。料金は食事内容によっても異なるが,おおよそ87.5〜120ペソ/人(スナックを含む)である。料金の80%が住民,20%がBDTCへ配分される。
B 村内観光
 水牛に跨って村の中を観光する企画である。協会の施設から出発して村内を10分から20分ほど散策する内容となっている。料金は200ペソ/人である。
C ボート
 漁業者のパンプボートを使用した企画である。1時間あたり50ペソ/隻であり,4〜5人ほど乗船可能である。料金の90%が漁業者,10%がBDTCへ配分される。
D トレッキング
 Barangayの警察官がガイドと警備にあたりながら実施される。1時間あたり50ペソ/人である。
E 伝統的舞踊の披露
 地元の学生によって伝統的舞踊が披露される。一夜あたり1,000ペソである。その50%が学生(14人)へ配分される。残りの50%は学校に配分され,マンゴー・フェスティバルなどへの参加費用に充てられる。
F ココナッツ・ドリンク
 1個あたり10ペソであり,その80%がココナッツを提供したオーナー,20%はBDTCへ配分される。
G 首飾り
 地元の学生によって作成された首飾りを1個あたり10ペソで提供する。料金の80%が学校の資金に充てられ,20%はBDTCへ配分される。古い灯台やBDTCの事務所などへの入場は無料となっているが,首飾りが事実上の入園料として機能している様子である。

(3)観光客数
 繁忙期は乾期であり月間200人から500人の観光客が訪問する。このうち宿泊を伴う観光客数は月間10人から20人程度である。閑散期は雨期であり月間の訪問客数は50人程度となる。
 BDTCでは,宿泊施設や住民の受け入れ能力などを勘案すると,月間に受け入れ可能な宿泊客は6グループから10グループ程度であろうと見ている。日帰り観光客も食事をとったり物品を購入したりするため重要であると見なされている。

(4)観光産業からのインパクト
 観光産業が導入され住民が参加することによって次のような影響が見られる。
 第1は収入増加である。CUIの調べによると観光産業を導入する以前の住民の平均収入は1日あたり38ペソであった。しかし,観光活動へ参加することによって1日あたり78ペソ〜100ペソの収入を得られるようになった。
 第2はギャンブルからの脱却である。この地域は特別に娯楽施設がなかったことから,仕事の合間にはギャンブルに手を出す住民が多かった。しかし,観光産業へ参加することによって,観光客に提供する鶏などの飼育,料理作りとその提供など観光活動に関連した仕事がいくつも発生し,ギャンブルをする時間的余裕が大きく減少した。


BDTCのオフィス


管理者


1873年に建設された灯台


学生の作成した首飾り(10ペソ)


事例3:レストラン

 比較的,近年オープンしたレストランであり,施設も綺麗である。オープンスペースの他,屋内で食事をとることも可能。カラオケ有り。
 焼き魚,焼きイカ,魚の入ったスープ,デザート,いずれも今回の調査中に食べたものの中で最も美味しいという印象を受けた。スープの入った土器が洒落ているように,センスも比較的良好であると感じた。
 なお,デザートとして提供されたマンゴーのホット・デザートはお勧めの一品である。マンゴーに砂糖を加えて加熱したデザートものであるが,おそらく日本のコンビニやレストランへ置いたら人気が出るであろう(特に冬季)さらに,デザートを入れた容器の縁にグラニュー糖がちりばめられるなど洒落た演出をしている感を受ける。


新しいレストラン


洒落た土器に入ったスープ


メニューの一例


マンゴー・デザート


事例4:リゾート施設 その1

 血縁関係にある3者が展開するリゾート施設。ただし,3者それぞれが海岸や陸上施設を区切っているため,一カ所あたりの海岸・陸上面積とも狭い。また,十分に整備されていない感じを受けた。
 雨期かつ平日ということもあり観光客の姿は見られなかった。血縁関係にある3者が並んでいるにもかかわらず海岸は木製の柵で区切られており,狭いだけでなく景観的にマイナスになっている。
 宿泊施設は旧来から見られるタイプのものに加えて,モダンなマンションタイプのものも用意されている。エアコンも完備されている。


海岸へのエントランス


宿泊施設(マンションタイプ)


宿泊施設(従来型)


海岸に面したレストラン


区切られた海岸(右)


区切られた海岸(左)


海上レストラン


事例5:Kalapa Gading Beach Resort

 雨期の平日であるためか観光客は見られなかった。いたるところに植樹をしているが,木を茂らせてどうするつもりなのだろうか。海岸の波打ち際には木製の柵が並んでいた。強い波浪とそれによる海岸浸食を防ぐ目的があるのだろう。ただし,景観的に美しくないだけではなく,海浜から海へのアクセスを断ち切るものでもある。


Kalapa Gading Beach Resort


整備の様子


宿泊施設


飲料物の価格


柵で囲まれた海岸


事例6:Abelardo Resort

 3軒の中で最も整備されたリゾート施設である。庭の手入れが比較的行き届いており非常に綺麗であった。敷地面積,海岸面積ともに最も広い。
 ただし,宿泊施設を黄色や青色などの原色系の色で塗り尽くすのはいかがなものか。木材の素材の色を活かした方が施設内の景観とマッチするのは間違いなさそうである。


レストラン


整備の行き届いた庭


原色系の色で塗られた宿泊施設


海岸浸食のために倒れた椰子の木


事例7:El Retiro Resort

 ギマラスのTourism Officeで収集した地図には掲載されていないリゾート施設。ごく最近,オープンした模様。雨期かつ平日のためか観光客は見られない。
 庭の手入れは非常に行き届いている。海岸線も長い。ただし,強い波浪からの浸食を防ぐために古タイヤが波打ち際に平行して埋められており景観を大きく損ねている。また,海岸の傾斜がきつくいことから,急深になっているものと推測できる。
 マニキュアやフットマッサージなどのサービスが提供されている。


レストラン


マッサージなどのサービス


整備の行き届いた庭


モダンな宿泊施設


海岸線の様子


古タイヤの並んだ海岸


事例8:8月8日に訪れたリゾート施設

 波打ち際に建設されたリゾートホテル。海浜を埋め立ててホテルやレストランを建設したため海浜が非常に狭い。もう少し海浜を広く残した方が良かったのではないか。海浜でビーチパラソルを開いて休憩したり,ビーチボールなどをのスポーツをしたりする余裕が全くない。海浜と海はただ見るだけ,というような位置づけにあるように感じる。海砂の質も良く(ホワイトサンド),非常に惜しいことをしている印象を受ける。


美しい海浜


ただし非常に狭い


波打ち際に建設されたレストラン


メニューの一例


4)観光産業からのインパクト

事例1:Mr.Takai

 Jordanには8つの漁協組織が存在する。この地域では,パンプボート,long line,gill net,fish coral (set net)などが行われている。Fish coralではラプラプ,シーバス,レッドスナッパー,ホワイトスナッパーなどの価格の高い「高級魚」を漁獲する。また,小型のロブスターを漁獲,育成後に出荷する取り組みを行う漁協も見られる(1,000ペソ/kg)。さらに,工業向けの海藻を採取する漁業者も存在する。
 Takai氏は1998年,ギマラス島へ移住,FCAのPresidentを担っている。漁業種類は主にgill netとbottom set net,long lineである。漁獲物は操業後に直接Iloilo Cityの仲買人へ販売する。乱獲によって漁獲量は減少傾向にある。
 月間の操業日数は14日ほどであり,それ以外は農業に従事する。1日の労働スケジュールは夜6時から午前1〜3時まで漁業操業,その後就寝し,起床後に農業に従事する。
 収入全体に占める漁業収入の割合は約60%(1990年)から40%程度(2005年)となっている。

事例2:Mr.Federrciobslory Jr.

 観光産業は漁業へ大きな影響を与えている。(以下の点については,吟味の必要あり。回答が教科書的すぎる)
 第1は,漁獲物の販売価格の上昇である。マニラやパナイ島などからの観光客は従来までの取引価格よりも高値で魚介類を購入するため,漁獲物の販売価格の上昇が見られる。
 第2は,価値の高い魚介類を選択的に漁獲するようになったことが指摘できる。以前は小型魚まで漁獲していたが,現在は経済的価値の高い大型魚を選択的に漁獲するように心がけている。ネットの網目を3cm以上にしたり,潜水してより大型の魚を突くなどしている。
 第3は,漁場環境の保全に向けた活動をするようになった点である。観光産業のために海域や沿岸を綺麗に保とうと心がけているため,結果的に漁場環境も保全されている。

事例3:Mr.f/b Leresita

 一艘旋網船(14トン)を経営している。人力で網をまきあげるため20名を雇用している。20を超えるパヤオを所有しており,ギマラス島,パナイ島の南方海域で操業する。主な漁獲物はGarangon, アロイ(jackfish=カマス?)である。1月〜4月はアロイが豊漁であり,32kgケース×20個/日というケースもみられる。1kgあたり700〜2,000ペソである。7月〜8月はgarangonが豊漁であり,1kgあたり1,020〜1,050ペソである。ともにIloilo Cityの卸売業者へ出荷しており,ギマラスのリゾートホテルへは出荷するケースはない。
 観光産業からの影響はない。漁獲物を卸売業者へ販売しており,観光産業からの影響はないと考えている(リゾートホテルへ販売する卸売業者は存在するだろうが自身に影響はない)。また,沖合海域で操業するため,レジャー活動による漁業操業への影響もない。遊漁船がパヤオに来ることもない。


Takai氏とFederrciobslory Jr.氏(Tourism Officeにて)