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2001年の映画採点簿
2001年で一番良かったのはそれでも やはり『アメリ』か。
12月24日サロンシネマ Jean-Pierre JEUNET『アメリ』Le Fabuleux destin d'Amelie Poulain
予告編を見た時に「これは!」と思ったが、予想通りの出来のよい作品である。ストーリー、映像、リズム、会話とどれを取っても見事と言うしかない。一言で言えば「細部に神が宿る」。個性的な登場人物のやはり個性的なこだわり(「好きなこと」と「嫌いなこと」)が面白く、とりわけアメリ(Audrey TAUTOUは眩いぐらいに魅力的!)が好きな豆の袋の中に手を入れる時の感触は見る者をぐっと物語の中に引き寄せる。また、この細部が象徴的に際立つのは、誰もが知るダイアナの自動車事故が起きた時に誰にも知られない一人の男の「宝物」を発見することでアメリの世界が変わる時ではなかろうか。大きなものから小さなものへ、強いものから弱いものへ、偉大なことから些細なことへ。しかし、二点だけどうも好きになれない点がある。第一に、音。即ち効果音があまりにも「強い」ということ。深いところでゆっくり動いていることが、この音で一気にかき消されてしまう。この点で言えばまるでアメリカ映画である。Luc BESSONにも共通するが、アメリカ洗礼を受けた者の悪しきシカトリスcicatriceなのだろう。(C'est degueulasse!)第二は、みんながあまりにも幸せで、困る。特にハッピーエンドで終わるラスト。叱られそうだが、アメリぐらいは幸せにならないで欲しかった。物語は悲劇的であるべきと常々考えている孤独な老書生のつぶやきである。9点
12月3日サロンシネマ 是枝裕和『ディスタンス』
信じた者と信じていない者、そこから脱出した者とそこで肉親を失った者、そして肉親を失うという共通の経験をした者同志。それらのどの関係においても「距離」がある。それぞれが自分の中に持つ重たいものをどのように表現していくのか。会話の前には沈黙があり、その沈黙は短くはない。ようやく口を開けば、その言葉は相手の言葉に衝突する。是枝はこの緊張感を見事に映像化する。不用意とも思われるクローズ・アップは、その緊張感を抜くどころか、逆に強めている。ラストシーンの「無」に帰そうとする火を見ると、どうしてもタルコフスキーの『サクリファイス』を思い出してしまうのは私だけだろうか。7点
10月24日中野武蔵ホール 瀬々敬久『トーキョー×エロティカ 痺れる快楽』
以前から噂に聞いていたトーナメント形式のピンク映画バトル「P-1 Grand-Prix 2001」を体験することができた。観客席は4分程度の入りではあったが、企画上映ということも手伝って、年配の男性に女性客もちらほら混じっていた。日活ロマンポルノなき後、ピンク映画が若手映像作家の貴重な一つの登竜門となっていることに漸く市民権が与えられようとしているのかもしれない。今回は二回戦で、瀬々と菅沼の師弟争いである。瀬々敬久『トーキョー×エロティカ』は例によってエネルギーに満ちあふれたパワフルな作品となっているが、若者における「死」の捉え方があまりにも安易ではなかったか。サリンによる突然の「死」のメタファーには少々無理があるし、役者等へのインタビューの挿入には奇をてらった感がある。ただ、登場人物の生き生きした表情をここまで見事に映像で捉えることができることには脱帽。6点
10月24日中野武蔵ホール 菅沼隆『見られた情事 ズブ濡れの恥態』
菅沼隆の初監督作品である。上映後、菅沼監督は瀬々に憧れてこの世界に入ったと語ったが、彼の作風は瀬々と全く異なっており、登場人物の心理を繊細な映像で丹念に描くものである。物語は夫と妹の「情事」を目撃した姉が失踪し、その姉によく似た人物が姿を現して二人を結びつけるというものである。狂言回しの刑事二人組(厳密にはそのうちの一人)の軽薄さがいささか気にはなるが、物語はおとぎ話風に仕上がっており、好感をもって見ることが出来た。「バトル」ということなので二作品上映後に観客全員で判定をするのだが、私は迷ったあげく6−4で瀬々を取った。会場の判定も25対15で瀬々に軍配を揚げた。もう少し差がつくかと思ったが、観客が冷静に見る目を持っていたということになろうか。4点
10月23日ワーナー・マイカル・シネマズ板橋 平山秀幸『ターン』
『愛を乞うひと』の平山秀幸が北村薫作品を映画化した。期待を胸にして板橋まで出かけたが、原作を単になぞりましたというだけで映画的な面白さに欠けた。(人のいない都会を映像化することだけで満足するわけにはいかない。)勿論、平山作品らしく全体として丁寧に描いてはいるが、何か物足りない。これはキャスティングにも言えて、牧瀬里穂は正解なのだが何か深みがない。また、ラストの真希がターンしてくるシーンは原作の雨を雪に変えてレストランのシーンと照応させたたのだから、もう少しなんとかならないものか。北村作品の映画化で、今後の最大の楽しみは、女子大生と春桜亭円紫シリーズに登場するあの魅力的な人物「姉」を誰がどのように演じるかである。6点
10月13日サロンシネマ Raoul Ruiz『見出された時 ー『失われた時を求めて』よりー』Le
temps retrouve
言わずと知れたプルースト『失われた時を求めて』の最終巻である。「記憶」がテーマとなっていて(そして登場人物の関係が複雑で)映画化は大変難しいが、ルイス監督はこれに果敢に挑戦した。しかし、結果は必ずしも芳しくない。様々な映画的技法やインパクトのある映像でこのテーマに迫ろうとするが(例えば、ピアノ演奏会中に観客の座席が移動するシーン)、逆にこの多様性が物語全体の一貫した色調を弱めている。そして、結果的には主人公マルセルの情緒的なもののみが中途半端に浮かび上がってきている。同じテーマのイメージの徹底化に成功したアラン・レネの『去年マリエンバートで』と比較すれば、この『見出された時』の曖昧さは明白である。加えてドゥヌーヴもベアールも「美しく」ない。監修の鈴木道彦先生には申し訳ないが、4点。
番外編 9月1日パリ発シンガポール行きSQ333 市川準『東京マリーゴールド』
久しぶりの映画(厳密には劇場映画とは言えないことは承知の上である)が飛行機の中とは少々悲しい。しかし、『東京マリーゴールド』は市川準の作品として『会社物語』以来のヒットであるから「番外編」で挙げておこう。まずはこの作品、タイトルの音の響きが作品全体の雰囲気に合っていてとても良い(但し、原作者は大キライであるが)。田中麗奈をロングショットを多用して「東京」というフレームにさりげなく収め、CMのキャッチ・ボールでは、「受ける」と「投げる」が次々に連続、否、連携していき、「繋がり」のエネルギーを力強く感じさせる。まさに『会社物語』のドラムである。自らが出演するこのキャッチ・ボールを見ることでエリコは悲しい物語を乗り越えていく。いつも言うように、物語は悲しく、悲劇でなければならないが、このように一人の女性が自分の悲しい物語を生きていくところを見せられると、東京で一人暮らしの女性にはたまらない映画になるであろう。きっと観客は20代から40代の(とりわけ都会生活する独身)女性と、それを遠くから暖かく見守る40代の中年男性に違いない。言い過ぎか?7点
6月25日サロンシネマ 青山真治『ユリイカ』
失われたものを取り戻すこと。それは単なる回復ではない。取り戻そうとする行為そのものが新たなプラスをもたらす。ラストの「コズエ、帰ろう」という言葉に、スローモーションで振り返ったコズエの笑顔。そこでようやく「世界」は帰ってくる。役所広司の迫力ある抑えた演技(役所広司はこの手の映画になくてはならない存在)、青山(撮影は田村正毅)の長回しによる緊張感ある映像は見事。映像の緊張感に比べ、多少脚本に不安定な所がなくもないが、ラストシーンの阿蘇大観峰はまさに「ユーリカ」と言うに相応しい(フロベールのエジプトですね)。次回作以降もフォローしていきたいが、岩井某のように偽物でないことを祈る。8点
6月24日広島市映像文化ライブラリー Paolo & Vittorio TAVIANI『笑う男』Tu
ridi
物語とは悲劇的であるべきだといつも考えているが、この『笑う男』の二つの話「フェリーチェ」と「誘惑者たち」はまさにそんな作品である。どうしようもなく死を選ぶ元バリトン歌手、そしてどうしようもなく人質を殺さざる得ない山岳ゲリラとマフィア。いずれもイタリア的な笑いとユーモアを垣間見せながら、ラストシーンに向かっていく。フェリーチェがローマのサンタンジェロ城を後にしながら「さらばトスカ!」と言うシーンや、ロッシーニの「アルジェのイタリア女」を歌うシーンは感動的。Sabrina FERILLI扮するあの美しいローラ(ラウラではなかったかしら?)とあんなところで出会ったら困りますね。7点
6月23日広島市映像文化ライブラリー Marco BELLOCCHIO『乳母』La
balia
母性の苦悩を階級的対立の中に置いた心理劇。緊張感ある心理劇ゆえに、母性と階級対立の枠組みはしっかりとしたものが必要であることは理解できる。しかし、それが逆に足かせとなって、互いが反発しあっているような気もする。だからラストはあのようなエピソードで終わるのだろうか。もう少し「怖さ」を描いて欲しかった。5点
6月4日ユーロスペース Bruno DUMONT『ユマニテ』L'Humanite
『ジーザスの日々』と同様北フランスを舞台に、自分の現実を試練として乗り越えていこうとする物語である。物語の冒頭で「事件」が起き(更にその前には決定的な事件が起きている)、これが物語の筋となる。前作では主人公Freddyはどうにもならない重い怒りを溜めて、それが溢れ出てしまうが、このEmmanuel SCHOTTE扮する主人公Pharaonは周りの「世界」を「許す」ことによって、どうにもならない重いものを流していく。前作とともに映像、演出、キャスティング、そしてタイトルの付け方までスタイルが一貫しているが、過剰なセックスシーンや思わせぶりなアップが気になる。そして何よりも長すぎる。6点
6月1日BOX東中野 Bruno DUMONT『ジーザスの日々』La Vie de Jesus
Bruno DUMONTのデビュー作ではあるが、私にとっては『ユマニテ』よりも面白かった。突き破ることの出来ない現実の中でどのように生きていくのか。仲間達と飛ばすバイクは主人公Freddyにとって小さな連帯であり、彼らが立ち向かう赤いスポーツカーは正にこの現実であろう。彼は、病気、失業、失恋、殺人を寡黙に、そして時には怒り、受け容れざる終えない。やがて主人公は自死を決意する。だが、死ぬことの出来ない彼は、殺されたアラブの青年と同じように天空を仰ぎ見る。David DOUCHEの演技というより、その眼差しそのものには独特なものがあり、Bruno DUMONTの演出も冴え、映像も美しい。しかし、『ロゼッタ』のように観るものを巻き込んでいこうとする視点は薄く(これは多分にカメラの使い方の違いによる)、私たちの現実との距離を感じさせる。単なる物語(フランス語の文法で言えば「単純過去」、即ち現在から切り離された過去)と終わっていることが私にとって少し物足りない。8点
2月1日広島東映 Cedric KAHN『倦怠』L'Ennui
ポイントのはっきりした映画である。小さなきっかけから欲望の渦に巻き込まれ、そこから抜け出すことが出来なくなる。こうなれば最後は行き着くところまで行くしかない。しかし、主人公は死ぬことはなく、この話はひとつの「エピソード」若しくは「悪夢」として終わっていく。フランスならさしずめfilm vraiかどうか意見が別れるところだ。また、設定が大学の哲学教師というのも象徴的であり、女性があまり美しくないことで演出はリアルにそして知的に行われる。BERTOLUCCIが『ラストタンゴ・イン・パリ』のマーロン・ブランドで描いたすさまじい絶望感と死、そして悲劇的な「物語」はここにはない。7点