研究テーマ
強い電子相関に起因する近藤効果、多極子秩序、低次元量子スピン系など、物質中の電子が創出する様々な興味深い現象(これまでの概念では理解できない現象)を、低温、強磁場、高圧下でのマクロな熱・輸送特性測定と、外部大型研究施設での共鳴X線散乱や中性子散乱によるミクロな測定を組み合わせて研究しています。これらの物質の試料作製や、新奇な現象を示す新物質の探索にも取り組んでいます。
特に力を入れているのが,共鳴X線回折を使ったスピン,軌道,多極子の様々な秩序構造の観測です.大型放射光施設での大強度偏光X線ビームの特性を極限まで利用し,キラルらせん磁気秩序のらせんヘリシティや電気磁気多極子秩序など,共鳴X線でなければ観測できない秩序構造の観測に取り組んでいます.結晶構造だけでなく,スピンや軌道,多極子といった電子自由度の秩序構造と物性との関係を理解することを目標にしています.
「構造」という言葉には静的な秩序構造だけでなく,動的な励起構造も含まれており,これらの観測と物性とが結びつくことで目標とする物性理解に到達できるものと考えています.このような研究スタイルを「構造物性」と呼びます.電子相関物理研究室という名前を冠していますが,研究内容を端的に表現するならば,結晶構造によって生じる空間対称性,そこに実現するスピン・軌道・多極子の電子自由度の秩序,それら電子自由度の動的励起構造の観測によって物性の総合的理解を目指す構造物性研究というべきかもしれません.
研究テーマのキーワード
- ・多極子モーメントの秩序とゆらぎ
- ・Dzyaloshinskii-Moriya相互作用とキラル磁性
- ・量子スピンの秩序とフラストレーション
- ・近藤効果, c-f混成,量子臨界現象
実験方法
- ・電気抵抗,比熱,帯磁率,磁化,熱膨張率,熱起電力,熱伝導度,磁歪・熱膨張
- ・試料作製
- ・共鳴X線散乱
- ・中性子散乱
Research Subjects
We study various kinds of interesting phenomena originating from electron correlations in condensed matters: Kondo effect, multipole orderings, quantum spin systems and so on. We study them by means of macroscopic thermal, magnetic, and transport properties and also by microscopic methods of x-ray and neutron scattering. We grow samples for these experiments and also try to find new compounds exhibiting these interesting properties.
Keywords
- • Order and Fluctuation of multipole moments
- • Dzyaloshinskii-Moriya interaction
- • Chiral magnetism
- • Quantum spin system
- • Kondo effect and c-f hybridization
- • Quantum critical phenomenon
Experimental Methods
- • Electrical resistivity, Specific heat, Magnetic susceptibility, Magnetization, Thermal expansion, Thermoelectric power, Thermal conductivity
- • Crystal growth
- • Resonant and nonresonant x-ray diffraction
- • Neutron scattering
多極子モーメントの秩序とゆらぎ
希土類やウランを含む物質の磁性はf電子が中心的役割を果たしています。このf電子とその周辺のイオンとの静電相互作用によりf電子の磁性は、d電子系のそれとは異なり、複雑奇妙な振る舞いを示します。一般に、対称性のよい環境に置かれたf電子は多極子自由度(双極子、四極子、八極子、十六極子・・・)を有しますが、これら多極子間の相互作用は、近藤効果やRKKY相互作用、通常の磁気交換相互作用と同程度のエネルギースケールにあり,これらが拮抗するため、低温で非常に奇妙な秩序相を示すことが近年わかってきました。この秩序相の背後には多極子の存在がありますが、多極子は磁気双極子のように明瞭には観測にかからないため、「隠れた自由度」とか「隠れた秩序」と呼ばれています。我々の研究室では、このミステリアスな多極子秩序のメカニズムを調べるため、試料作製・マクロ物性測定を中心に、核磁気共鳴(NMR)や、多極子秩序を直接観測する強力な実験手法である共鳴X線散乱、そして中性子散乱を駆使して研究を行っています。次第に解き明かされていく多極子の働きは神秘的とも言えるものです。
当研究室で継続的に研究している希土類六ホウ化物RB6の結晶構造
多極子秩序の典型物質CeB6の電子状態
CexLa1-xB6の磁気相図.反強磁性秩序のほか,電気四極子秩序,磁気八極子秩序など,特殊な秩序状態が実現する.
スクッテルダイト化合物SmRu4P12における磁場誘起電荷秩序
磁場と電荷とはふつうはエネルギー的に結合しない.ところが,SmRu4P12という物質では, 磁場をかけるとPの電荷に濃淡が生じ,秩序化する.このような秩序が形成されるのは極めて異例であり,新種の秩序状態を見出したといっても過言ではなかろう.もちろん,スピンが介在して磁場と電荷とをつなぐ役割を果たしているのであって,磁場と電荷が直接相互作用しているわけではないが,この機構が実に巧妙なのである.磁場を反転させると原子変位も反転したり,磁場と平行な反強磁性が誘起されたりといった奇妙な現象が起こる(ふつう,反強磁性モーメントは磁場と垂直な方向を向く).奇妙な磁気相図が見出されてから10年以上未解決の問題であったが,我々の磁場中共鳴X線回折等の実験によって解明された.
スクッテルダイト化合物SmRu4P12の結晶構造
磁場をかけるとSmのf電子とPのp電子との混成効果が起因して原子変位が起こる.Sm-1aまわりのRu立方体が膨張,Sm-1bまわりで収縮,それに呼応するようにPの多面体も変形する.
実験
実験室
物性研究の基本は大学の実験室での基礎物性測定にあります.ここで入念に基礎物性を調べ,問題意識を明確にすることが,大型研究施設での成果につながります.試料作製を行い,電気抵抗,ホール効果,磁化,比熱,高圧下での電気伝導測定などを磁場中,極低温で行います.
超伝導マグネット 縦磁場 15 Tesla
当研究室の主力装置。5月〜8月、10月〜12月、1月〜3月の期間、稼働を続ける。3Heシステムを使えば最低温度0.45 Kまで冷却可能。
超伝導マグネット 横磁場 5 Tesla
液体ヘリウムフリーの超伝導磁石。横磁場高均一ヘリウムフリー磁石では北大についで2台目。ヘリウム循環型では世界で1号機。3He冷凍機と組み合わせ最低温度0.45 Kを達成。
熱起電力測定装置
研究室で作製。最低温度2 Kまでの測定が可能。
ヘリウム3冷凍機システム
研究室で作製。ワンショットで最低温度338 mK達成。
放電カッター
単結晶試料の切り出しに使用。
グローブボックス
嫌気性試料の取扱いに使用。
測定用プローブ
このような測定プローブ(細長い棒)が20本近くあります。 基本的に手作りです。最先端研究では、既製品では対応できないことが多く、状況によっては金属工作や電子工作が必要になります。金属工作では、旋盤・ボール盤・バンドソーなどを利用して加工し、銀ロウという方法で金属同士を接合します。扱う金属は銅、真鍮、ステンレスです。
出張実験
放射光X線回折や中性子散乱は外部の大型施設に出張して実験します。電子の本当にミクロなスケールの様子を調べようとするほど、装置は大型化するのです。おもしろいですね。このことを"Small Science at Big Facilities"と言います。
当研究室では,X線や中性子の散乱や回折をフルに利用した構造物性研究を展開していきます.この分野の後継者の育成は急務です.博士課程へ進学し,量子ビームを使った散乱・回折のスペシャリストになることは,チャンスを大きく広げることにつながります.産業界でも量子ビームの特性を理解し,研究開発ツールとして使いこなせる人材は貴重な戦力として期待されています.
KEK 放射光科学研究施設(Photon Factory)
よく使うのはBL-3A。無磁場での実験に使う4軸回折計のほか,8T超伝導マグネットが搭載された回折計があり,共同利用で磁場中共鳴X線散乱の実験を行います。KEK-PF
日本原子力研究開発機構
茨城県東海村にある中性子散乱研究用の原子炉JRR-3。磁性研究には不可欠の装置です.東京大学物性研究所附属中性子科学研究施設があり,共同利用で中性子散乱・回折実験を行います.ただ,震災後,再稼働されていません.近々再稼働される予定のようです.JRR-3の奥にJ-PARCがあります.
SPring-8
日本原子力研究開発機構のBL22XUの大型2軸回折計に,私達は最低温度0.5Kまで温度を下げ,最大磁場8Teslaで共鳴X線回折実験が行えるシステムを立ち上げました.装置は我々の手作りです.SPring-8
東京大学物性研究所
極低温,超高圧,強磁場などの実験設備があります.博士課程の学生になると自分の研究課題で共同利用実験に行きます.