教養ゼミ発表その1

一年生の教養ゼミの発表が行われましたので、参加してきました。戦後70年ということもあり、発表の共通したテーマは「ヒロシマ・平和・美術」ということで、そのなかでそれぞれがテーマを決めて発表してくれました。

今日は三週連続の発表会の一回目ですが、いろいろと考えさせられましたし、時間内にコメントできなかったこともあるので、メモしておきます。

五人の発表者が、戦争画、戦争マンガ、慰霊碑のデザインという視点から発表しました。

日本の戦争画というとやはりフジタを避けるわけにはいかないわけで、戦争画を扱った全員が触れていました。
みなさんフジタが単に戦意の高揚のためだけに戦争画を描いていたのではなさそうだという点では見解が一致していたようです。
一年生全体でいうと、意外とフジタ見てないのだなということで、(戦争画は第一術科学校で見ているそうですから)ひろしま美術館に行きましょう。今も5点展示されています。
コメントもしましたが、東京国立近代美術館では、藤田嗣治特集として2015年9月19日から12月13日まで全収蔵作品が展示されます。アッツ島玉砕を含め、戦争画も多く持っているので(当然14点全部出るよね?)好きな人はぜひ見に行って下さい。普段から少しずつはちょくちょく展示していますが、全部出しはめったにないはずです。

戦争マンガでは「はだしのゲン」と「夕凪の街」を取り上げてくれていました。質問でも、マンガとアニメの違いはどうなのだ?といった話が出ていましたけれど、なかなか深い話に展開しそうです。(では映画はどうなのだ?とか。)
広島だからということで上の二点なのでしょうけれども、戦争マンガといえばやはり古いものだと松本零士の「戦場まんがシリーズ」、現代戦だと「気分はもう戦争」や、「沈黙の艦隊」(ちょっと戦争まんがとは違うか?)などが思い浮かびます。
アニメだと、押井守の「スカイ・クロラ」(原作は森博嗣)や、宮﨑駿作品もしばしば戦争をテーマにしていることを思いだしたりしますし、「宇宙戦艦ヤマト」にせよ、「機動戦士ガンダム」にせよ、実態としては宇宙戦争ですよね。舞台は宇宙でフィクションですが、マンガやアニメで戦争を扱うという場合には、やはり作者それぞれの戦争に対する思いや問題意識が込められていると感じますし、話しだすといくらでも話しができそうです。
(アニメではない映画にまで話を広げるとさらに収拾つかなくなるので、今回はやめておきます。)

もう一つのテーマは慰霊碑、メモリアルのデザインでした。ここで重要なことは、慰霊碑そのものの形やデザインは重要ではないということです。その先にある、犠牲者の方々、あるいは忘れるべきでない出来事への視線や想いをどう表現するか、そこが問われています。
その意味で、丹下さんの慰霊碑は、慰霊碑の前に立った人が慰霊碑をとおして目にする、向こう側にある原爆ドームもまた慰霊碑の一部であり、慰霊碑をとおして原爆ドームと向き合うという体験こそが重要です。
また、直接的に戦争に関わる慰霊碑として、アメリカのワシントンD.C.にあるベトナム戦争戦没者慰霊碑(Veitnam Veterans Memorial)も、ぜひ見て下さい。死者の名前が刻まれた黒い石に映り込む今を生きる自分自身と向き合う体験がここでも重要な意味を持っています。

最後に。
戦争画に関するプロパガンダ性の問題や、マンガというメディアの意味、そしてメモリアル(慰霊碑)と、すべての話題に関係することですが、共通する問題意識として、「わかりやすいことが良いことなのか?」というのは常に問い続け、考え続けなければならない命題です。戦争(にかぎらず多くの死に関わる天災やテロなどのあらゆる出来事)やその記憶は、あまりに重いテーマです。
安易に分かりやすい表現をとりいれることによって、それを見た人が分かったつもりになってしまうことが必ずしも良いとは限らないないからです。