インドネシア調査
バンダ・アチェからの報告
山口大学 辰己佳寿子
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5.9月27日
午前:Ulee LheuleのTPI →
午後:アチェ空港17:30発→18:25着メダン空港20:35発 →23:00着シンガポール1:00発
(9/28)→8:00福岡空港着

<午前中>


使われていないエンジン、中国製?






     漁師へのインタビュー

 モンスーン期(10月〜2月)によく魚が捕れる。津波で全部ボートが駄目になった。政府がくれたボートは合わないし、安定しない。上記写真のように放置してあるボートがたくさん。津波後は漁獲量は減少。約半分に。1日に1百万ルピア、400kg。2人乗りの船に乗っている。現在のボートはbagi hasia system。つまり、ボート所有者と漁師で漁獲量を5:5または6:4で分ける。2人の乗組員の場合は1/3ずつ。1日に百万ルピアの収入があっても、ベンジン30リットル、オイル、砂糖や米などの支出はその半分程度。


(写真左)元漁師。現在はベチャモトールの運転手。トラウマで海に出たくないし、ボートもない。Local Governmentのサポートはボートではなく、ベチャモト就業のサポートであり融通が効かない。2年間のリボルビングファンド。1日に30000ルピアの収入で、燃料とかを引くと15000ルピアの儲け。津波で漁師は減ったが地域外からの参入者もみられるようになった。地域内の人が外へ出て行くケースは少ない。Putra Ule lheuというグループがある。15メンバー(漁師)で3グループ。BRRのサポートによる。加工や乾燥。加工施設やミーティング、資金を集めるシステムなどはない。

建設中のTP(中大型船用)

漁村の跡

TPIとモニュメント

津波の被害

橋は、1995/1996年にできたもの

対岸には新しく出来た家が林立している

<人々の暮らし>

津波後、物乞いが増えた(写真左へ)

パンの出荷

明け方になるとどこからともなく人が集まる

その後、明け方から出勤時間前まで、
毎朝レースが行われる

メダン空港へ向かう途中(内陸では農業)
海外から少し入ったところは農村風景

家屋の敷地は広い
農村では家屋の敷地が漁村よりも大きい

メダン空港(ガルーダ航空)

メダン空港

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