雑記

古い記載論文の検索方法

広島大学理学部生物学科の2年生向けの実習「基礎生物学実験(II)」、理学部の生物科学科以外の学生のための実習「生物学実験A」で、「無脊椎動物の分類と生態」、「動物の採集と分類」といった単元を担当しています。この授業の内容はほぼ同じで、分類とは何かを学んでもらうため、自分がスケッチした動物の原記載論文を調べてもらうというのをレポート課題の一つとして課しているのですが、どうも調べるのが苦手な人が多く、どうしたものかと思っています。よくデジタルネイティブという言葉を聞きますが、なぜそうしたデジタルデータに造詣の深い若い優秀な人たちが調べ切らないのか理解ができません。

本日、アキアカネ(Sympetrum frequens (Selys, 1883))の原著論文が全く見つからないという陳情を受けましたが、良い機会なのでどのように調べたらよいかメモしておきます。

まず、アキアカネを調べるとWikipediaの情報が出てきます。この情報はまずそれほど間違っていないと考えて良いと思います。アキアカネの学名がSympterum frequensであることがわかります。そこで、Biodiversity Heritage Library(生物多様性に関する文献を電子化し、公開しているサイト)で、”Sympterum frequens”を検索しましょう。そうすると、下記のようにOguma K. The Japanese dragonfly-fauna of the Family Libellulidae. Deutsche entomologische Zeitschrift 1922: 96-112 (1922)が表示され、

de Selys-Longechampsの1883年の文献(モノグラフ)”Les Odonates du Japon”が紹介されています。どうやら、原記載論文はベルギーの雑誌、Annales de la Société entomologique de Belgiqueの27巻82-143ページに掲載されたこの文献で間違いなさそうです。そこで、googleでこの文献を検索しましょう。e-rara.chというサイト(スイスの古典本や版画への無料オンラインアクセスを提供することを目的としたデジタルライブラリ)でPDFが公開されています。これをダウンロードして、アキアカネの箇所を見ましょう。現在の属名とは違ってDiplaxという属名となっていますが、Diplax frequesの項がp93に出てきます。

記載論文らしく、”Abdomen(胴体)の長さ♂24-28(おそらくラインという単位1 line = 2.11 mm、したがって、5 – 6 cm)、♀24-26…..、翼は透明またはわずかに濁っていて、かすかな黄土色の色合いが一番根元にある….”などと、分類の根拠となる種の形質が詳細に記述されています。また、このページの最後にはM. Bottoがこの標本を横浜で受け取ったということも記述されていて、パリ美術館にある基準標本は横浜産であることもわかります。

これで、現在、私たちが「アキアカネ」と呼んでいる種の根拠が140年前の1883年にベルギーの分類学者であるエドモン・ド・セリ・ロンシャン(Edmond de Sélys Longchamps)が執筆した Selys E. Les Odonates du Japon. Annales de la Société entomologique de Belgique 27: 82-143 (1883). であることが分かりました。身近な生きものが、明治の黎明期にベルギーの研究者によって一義的に記載されて、現在まで使い続けているというのは、生物学の連続性を感じさせます。また、現在はさまざまなデジタルデータベースが拡充されて19世紀の文献ですら手軽に目にできるようになりました。情報化社会においては情報を取捨選択するトレーニングを積んでおくことが肝要です。動画サイトをただただぼーっと見るのではなく、自分から能動的に検索してパズルを解くように過去の文献を紐解くことは、楽しみながらそうした技術が身に付く非常に尊い行いです。分からなければ教員に聞いたりすることもできますし、自分で工夫して課題をやり遂げましょう。