急に走れるものではない
高校生の頃、立町にある広島YMCAという学習塾に通っていた。塾の講習の開始時間は高校の授業が終わってからだから、18時ぐらいからだったのだろうか。終わるのは20時を過ぎていたと思う。日が長い夏でも講習が終わったころには完全に日没して夜になっていた。思い返すと、とにかく予習も復習もほとんどしない人間だったので、実際の効果はあまりなかったのではないかと思う。ただ、役に立っていたのは講習後に、立町から宇品の桟橋まで、鞄にすべての教科の教科書を入れて(10 kgか?)走って帰るという、エクストリームな下校によって体が鍛えられたことぐらいかもしれない。自転車通学なのになぜ走って帰るかというと、同郷の友人Kくんと一緒に帰るためだけの理由だった。立町から紙屋町まわりで鷹野橋、御幸橋を渡り、バス通り(今はないのか?)を抜けて宇品まで走るとだいたい6kmぐらいだろうか。宇品橋もないから今より少し遠回りだったと思う。家のある江田島までの最終便の船の時間があるので結構なスピードで走っていたと思う。そんなエクストリーム下校を週に1回はやっていた。その上、朝は寝坊して他人より一本遅い船で登校するので、毎朝、遅刻ギリギリを攻めるタイムアタック状態であった。そんな特殊な事情で毎日運動していたので、帰宅専門部でありながら体力だけは十分に養成されていて、体育科と全国大会に出場するサッカー部、バスケ部等を擁する我が母校、広島皆実高においても持久走はまあまあ早い方だった。体育の時間に適当に走った1500mでも4’40”ぐらいは出ていた。
そんな事情もあって、球蹴り(サッカー)の方も技術は止めて蹴るぐらいのことができる程度で、もっぱら走って追いかけるのが楽しいというプレースタイルである。大学でもサッカーをしたので、草サッカーレベルだと、少々運動しなくても試合中に心拍が上がれば相手が若かろうが、少々ボールさばきがうまかろうが、関係なく楽しく(ボールを奪いながら)プレーできていた。危惧していたのは仕事が忙しくなってくると同時に、球蹴りの方はだんだん熱が下がるかもしれないと思っていたけれど、そんなこともなく毎回楽しい。しかし、40代半ばになった今、体重が現役時代から15kgほど増体すると、さすがに走り負けするようになってきた。最近、ようやくわかったのだけれど、ヒトは普段から走っていないと急には走れない。大学生だったその昔、帰省から帰ってきて部活の練習に参加すると妙に足がフワフワしてまともに走れなかった気がしたが、今は常にそんな感じになってしまった。40代になって20代の貯金を一気に使い切った感がある。
サッカーへの興味は尽きないが、それを楽しむためにはやはり日ごろから心拍数を上げて、心に体が追いつくようにしておきたい。そのことはサイエンスへの興味も同じだ。体を鍛えておく必要はないが、日ごろから好奇心を鋭敏にして何か面白いことはないかと準備しておかないと、何も始まらない。幸い面白ことはたくさんあるし、我々の世代はなんでもネットから情報を得られる。ただ、浴びるように出てくる情報で何が重要なのかを理解することを心掛けないと今度は慣れが始まるように思う。「日ごろの行いが重要」という言葉を最近聞かなくなった気がするが、スポーツにしろ仕事にしろ、事前の準備が重要である。そういうわけで今日も飽きるまで解析を回し、汗だくになるまでペダルを回さないといけない、と思う(毎日できるかは微妙)。
