はじめに
シリコンデバイス技術は、数十年にわたって進化を続け、電子情報端末・機器・システムなどのあらゆる分野に波及してきた。一方、シリコンとバイオは、まさに石ころと生ものの両極の存在である。しかし、その代謝を探ることで、バイオ分子とシリコン系材料との融合,あるいはバイオ技術とシリコンナノテクノロジーの融合、バイオ分子も含む有機分子の自己会合を利用したボトムアップ的なファブリケーション技術など、新たなイノベーションにつながる発見をしたいと考えた。
シリコンの生物利用は主にケイソウや植物が有名だが、その起源は微生物にあると考えている。我々はバシラス属細菌がシリコンを胞子の殻に利用することを発見し、微生物起源のシリコン代謝を研究している。
キーワード:微生物のシリコン代謝、シリカ
シリコンを取り込む細菌の発見
生命の中のシリコンといえば,珪藻のシリカの殻が代表であろう。その他にも,ある種の海綿(スポンジ)は,実に体重の75%がシリカの骨からできていることが知られている。一方、微生物に関してはほとんどその存在が知られていなかった。
そこで、土壌環境中から分離した細菌を片端からケイ酸を添加した培地で培養し、上清中のケイ酸濃度変化を測定した。その結果、Bacillus 属細菌のある一群のグループがケイ酸を取り込むことが分かった。Bacillus 属細菌は、栄養がなくなったり、ストレスを受けたりすると、胞子を形成することが分かっている。その胞子は休眠状態となり、熱などのストレスに強くなる。胞子は再び環境が良くなったときに発芽して増殖するので、環境が悪くなったときのための生き残り戦略となっている。ケイ酸の取り込みを詳しく調べた結果、胞子形成の後期(④から⑤)に起こることが分かった。
胞子形成時に取り込まれたケイ酸(シリコン重量として約6%)が、胞子のどの部分に局在しているかを調べるために、胞子の透過型電子顕微鏡観察および元素マッピングによるシリコンの分布解析を行った。その結果、取り込まれたケイ酸は胞子の最外層の一つ内側に蓄積されていることがわかった。
シリカ層がどのような生き残り戦略に関係するのかを調べた。その結果、シリカ層があることで、酸に対する耐性が10倍から1,000倍向上することが分かった。シリカはアルカリには弱いが、酸にはめっぽう強い。おそらくこのシリカ層(シリカの鎧)は酸の透過を阻止していると考えられた。酸に耐性を持つことによって、例えば動物の消化系での分解から免れたりするメリットが予想できる。
論文
R. Hirota, et al., J. Bacteriol., 192, 111 (2010).
シリコン代謝に関わる遺伝子
シリコンはシリカとして胞子中の胞子殻とよばれる部分に蓄積されていた。胞子殻は多数のタンパク質からなるカプセル状の構造体であることから、その蓄積には胞子殻に含まれるタンパク質が関与していることが強く示唆された。解析した結果、CotB1がシリカの蓄積に関与していることが明らかとなった。
CotB1には珪藻のシリカ蓄積に関わるSilacidin様の配列があることがわかった。またそのC末端領域には塩基性アミノ酸であるアルギニンが多く含まれる14残基の領域が存在しており、この領域がシリカの蓄積に必須であることも明らかとなった。
CotB1のC末端領域は、「界面とバイオ」で登場するSi-tag-7 として利用している。
論文
K.Motomura, et al., J. Bacteriol., 198, 276-282 (2016)
シリコン蓄積微生物の疑問と展開
通常の胞子は、アラニンなどのアミノ酸を感じ取り、再び栄養状態がよくなったと判断して発芽することが知られている。シリコンを蓄積した胞子を電子顕微鏡で見ても穴が空いているようは見えない。どうやって、胞子は外界の環境の変化を感じ取り、発芽して再び増殖を始めるのだろうか?シリカの鎧をまとったこの胞子もアラニンを感じ取ることが出来るようである。通常の細胞膜を信号が伝わるメカニズムは最近よくわかってきているが、シリカ層を横断する信号はどのようなものか、まだ検討もついていない。シリカ・タンパク質複合体の解析はまだ始まったばかりである。また、胞子が発芽した後のシリカはどうなるのだろうか?調べたところ、発芽する際にはケイ酸まで分解されるようである。どのような分解酵素があるのか、非常に興味がもたれる。
さらにシリカ層を調べた結果、これまで知られていない様な長鎖のポリアミンが発見された。今後シリカ・ポリアミン複合体の機能も興味が持たれる。