Study 02 リンとバイオ

(2)亜リン酸

亜リン酸

亜リン酸(H3PO3)はリンの価数が+3価のリン酸である。地球上のリンのほとんどが+5価のリン酸とそのエステル化合物であることから、生物は通常+5価のリン酸しか利用できない。しかし、一部の微生物は亜リン酸を酸化する酵素(PtxD)をもち、リン源として生育することができるものがいる。亜リン酸-リン酸の酸化還元電位差は大きくNADHを再生できる。実際、亜リン酸の化学合成独立栄養細菌まで報告されている。我々は、亜リン酸を使ったNADH再生系を構築し、ものつくりに利用しようとしている。
  
一方、自然界には亜リン酸はほとんど存在しないにもかかわらず、それを利用する微生物が存在する理由がよくわかっていない(真核生物では報告されていない)。確かに、+3価や+1価のリンの化合物を作る(多くは抗生物質)微生物が存在するが、その量は限定的であろう。この特殊な亜リン酸代謝系を利用することで、新しい肥料形態や生物封じ込め技術を模索している。
 
 
キーワード:亜リン酸酸化酵素、NADH、肥料、生物封じ込め
 

 

少しロマンのある話 II
原始地球のような非常に還元的な環境では、リンは亜リン酸の様な還元型で存在したかもしれない。実は、亜リン酸カルシウムは、リン酸カルシウムよりも約1,000倍水にとけ易い。またリン鉄を豊富に含むシュレイバーサイトという隕石は、水中で還元型の亜リン酸を溶出する。プレバイオティックな環境では、還元型リン酸が豊富に供給された可能性が高い(現在の地球では、リン酸のほとんどは不溶性のリン酸カルシウム/アパタイトとして存在し、環境中への放出はごく少量)。太古のリン酸供給経路として、還元型リン酸が関与したシナリオが考えられており、微生物の還元型リンの代謝経路はその名残かもしれない。

亜リン酸を利用する微生物と酵素

亜リン酸酸化酵素(PtxD)は、NADを補酵素として、亜リン酸をリン酸へ酸化する酵素である。2001年CostasらがPseudomonas stutuzeriのptxDの一次構造を明らかにした。我々は、45℃で亜リン酸を唯一のリン源として生育する菌の単離に成功し、安定なPtxD(PtxD4506)を取得した。
PtxD4506を利用すると、安定な亜リン酸NADH再生系ができる。亜リン酸は無電解ニッケルめっきの廃液に大量に含まれ(廃液量は年間3万トンにも及び、平均のリン含有率が10wt%と推測される)ことから、その有効利用を進めています。
 
論文
R. Hirota et al., J. Biosci. Bioeng., 113, 445-450 (2012)
 

 

 

亜リン酸によるNADH再生の利点。多くのNAD酸化還元酵素は平衡反応であるのに対し、亜リン酸と共役したNADの還元の酸化還元電位は+0.335V(自由エネルギーに換算すると-63kJ/mol)であり、ほぼ不可逆的にNADHの合成にかたよっている。また、亜リン酸は廃棄されるものも多く、安価な原料です。

 

亜リン酸を利用する植物の開発

 
 
現在知られている亜リン酸を利用できる生物は一部の微生物だけである。植物は亜リン酸を利用できないが、植物(シロイヌナズナ)に亜リン酸酸化酵素を導入したところ、亜リン酸を使って生育することが分かった。
 
仮にこの植物が野外で利用できたらどの様なことができるだろうか?亜リン酸を肥料とすれば、この植物以外は亜リン酸を利用できないので、雑草は生えてこなくなる。非常に効率的な農業が可能になる。さらにリン酸の土壌固定という問題が存在する(リン酸のほとんどが、鉄やアルミと結びつき、不溶性のリンとなって植物が利用できない形態として蓄積)。亜リン酸は可溶性が高いので、この問題が回避できる可能性がある。省リン技術としても期待できる。
 
 
論文
A. Kuroda and R. Hirota, Global Environmental Research, 19, 77-82 (2015)

亜リン酸による生物封じ込め

PtxD遺伝子を目的とする生物に導入すれば、亜リン酸が利用できる様になる。亜リン酸は天然にはほとんど存在しない。もし、亜リン酸しか利用できない生物を作り出せたとしたら、どうなるだろうか?
 
それは、自然界では生きていくことができない生物になる(封じ込め)。封じ込め技術は、今後遺伝子組み換え生物の利用を進めていく上で必要な技術である。野外ではもちろん、物理的に封じ込めた場合でもその対策として、重要な技術として認識されている。
 
そこで大腸菌をモデルとして実験を行った。まず、リン酸、および有機リン酸の輸送体の遺伝子を破壊することでリン酸の利用能力を喪失させた。難しかったのは、リン酸を取り込まず、亜リン酸だけを選択的に細胞内に取り込むことのできる輸送体を見つけることであった。我々は幸運にもこの様な性質を示す輸送体HtxBCDEを発見した。
大腸菌にHtxBCDEおよびPtxDを導入し、内在性のリン酸輸送体の遺伝子破壊を行った結果、作製した封じ込め株(RN1008)は期待通り亜リン酸をリン源とする培地でのみ増殖し、他のいかなる培地(リン源がリン酸あるいはリン酸化合物である通常の培地)では増殖しないということが確認できた。本手法は工業規模の微生物培養にも適した実用的な生物学的封じ込め技術として利用できると期待される。
 
論文
Ryuichi Hirota, et al., Scientific Reports, 7, 44748 (2017)
Motomura K, et al.,  ACS Synth Biol., 7, 2189-2198 (2018)

封じ込めレベルは、NIHの基準を満たしている。また、亜リン酸は非常に安価な材料であるので、非常に実用的と言える。

   

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