Fuminori Nakatsubo Lab. 中坪史典 研究室

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研究紹介インタビュー

保育・幼児教育の実践を支える保育者の専門性を解明し社会に発信する

■ 日々の実践に埋め込まれた保育・幼児教育の専門性を可視化する

 乳幼児期に受ける保育・幼児教育の実践が、その後の人生に大きな影響を与えることを感覚的に感じている人も多いと思います。それにも関わらず小学校以降の教師と比べても、保育所、幼稚園、認定こども園などの保育者は、どこか過小評価されがちです。私の研究では、保育実践の奥深さを明らかにし、保育・幼児教育の質向上に寄与することを目指しています。
 中でも大きなテーマは、保育者の専門性の探求です。一般的に学校教育の現場では、教師が教壇などに立って指導するケースが多いですが、保育・幼児教育の場合は、子どもの主体的な遊びを重視するため、ともすると保育者が何もしていないように見えたり、ただ子どもと一緒に遊んでいるように見えたりなど、保育者の専門性が不可視的であるという特徴があります。こうした実践の中に埋め込まれた保育者の専門性に光を当てることことが、保育・幼児教育の質向上に資することができると考えています。
 保育者の専門性とは、何を指すのでしょうか。質の高い保育・幼児教育とは、子どもが園の中で安心し、居心地の良さを感じることができること、のびのびと自分がやりたい遊びが経験できることであり、それを促す保育者の言動は、実践的知識に基づいた専門性です。
 専門性が分かる良い例を一つ紹介しましょう。保育園で観察していると、1歳の子どもが保育者の膝に乗って甘えていました。しばらくすると安心感を得られたのか、膝から降りて今度は、保育者の背後で遊び始めました。その保育者は、他の子どもとかかわりながらも、その子が集中して遊べるように自分の背中を間仕切りのようにして座り、その背中で気配を感じながら、彼にとって居心地の良い空間を保証したのです。この絶妙な距離感に基づく子どもとのかかわりを見ていて、一見すると何もしていないようにすら思える何気ない保育者の行為の背後には、高い専門性が埋め込まれていることを感じました。このように実践の場においては、保育者が子どもとかかわるだけでなく、自らの背中で子どもの遊びを保証するなど、必ずしも積極的にかかわらないことも多くありますが、これらは決して傍観や放任のような消極的行為ではありません。その場の状況や子どもの性格、内面に抱える思いなどを理解しながらいつどのようにかかわるにかを瞬時に判断し、子どもが自律的に行動できるような道を拓いているのです。このような質の高い保育・幼児教育を行うことが保育者の専門性です。

■ 質的研究方法論を介して保育者との互恵的関係を構築する

 質の高い保育・幼児教育とは、個々の子どもの主体性が発揮される中で具現化されるものであり、言わば創造的性質を有した複雑で複合的な営みであることが特徴です。したがって質の高い保育・幼児教育とは何かについての根拠となるデータは、客観的な数値のみで表すことは難しく、画一化できるものではありません。そこで私は、フィールドワークやインタビューなどのデータ収集方法を中心に、多様なエスノグラフィー(Ethnography)の理論に基づいた質的研究方法論を追求することで、数値で表すことのできない質の高い保育・幼児教育の特徴を可視化し、理論化するなど、実践事例に基づくエビデンスの集積を目指しています。
 また、質の高い保育・幼児教育を実現するためには、保育者の専門性発達が重要であることから、それを促す場づくりとして、園内研修や保育カンファレンスの研究も行っています。その際、私が主張しているのが語り合い、学びあい、支えあう「協働型」と呼ばれる園内研修です。特徴的な取り組みとして、自園や他園、あるいは海外の保育・幼児教育実践の様子を映し出した映像や写真を介して語り合うという手法を多く取り入れています。実践の良し悪しを議論するのではなく、多様な気づきを出し合うことで、自らの実践を省みたり、新たな視点を得たりすることができます。
 このように私の研究は、実践と研究が一体になっているところが特色です。保育者との互恵的関係を築きながら、質的研究方法論に基づいてアプローチすることこそ、私が最も重視する研究スタイルです。