弱視レンズの選定
弱視の見え方を改善する光学的な道具全般を弱視レンズとよんでいます。弱視レンズには,近用で利用する「拡大鏡」(ルーペとよばれることもある)と,遠用で利用される「単眼鏡」があります。
弱視教育に携わる中の一部の人たちは,「教師が弱視レンズを処方する。」といった,言葉遣いをすることがあります。このことが提案されたのは,10年以上も前の事です。現在は各分野の連携が盛んに行われるようになってきました。そんなかで「処方」という言葉を使い続けると誤解を生みかねません。そのことから,「選定」という言葉を用いています。
時代に応じて,言葉づかいをしなやかに変えていくことは,重要なことだと考えています。
拡大鏡
拡大鏡の選定には以下のステップがあります。
- 倍率計算
- 視距離決定
- 拡大鏡のディオプター計算
- 拡大鏡選定
倍率計算
拡大鏡は近用の弱視レンズです。この拡大鏡を選定するためにまず行われるのは倍率計算です。倍率計算には主に2つの方法があります。1つ目は,機能評価に基づくもの。2つ目は,行動評価に基づくものです。
機能評価に基づく倍率計算は,近見視力を基にします。子どもの近見視力の実測値と,目標とする視力視標に書かれた表示視力の比で求める方法です。例えば,実測視力が0.1で,目標とする表示視力が0.5とするならば,
倍率=目標とする表示視力÷実測視力
となり,5倍となります。ちなみに,目標とする表示視力には以下のような主張があります。
- 米国の新聞を読むのに必要な近見視力は,0.4である。
- 視力1.0の人の90%の視的活動が,0.5あれば可能である。
- 日本の新聞を読むのに必要な近見視力は,0.4~0.5である。
- 日本の新聞を読むのに必要な近見視力は,0.5~0.7である。
行動評価には,MNREADが購入できる数少ない検査です。日本語は,教育漢字を利用した,MNRAED-Jと,仮名単語で構成されたMNREAD-Jkがあります。この検査では,どのくらいの文字サイズまで縮小しても読書速度が低下しないのかを測定できます。この文字サイズを,「臨界文字サイズ」と呼びます。この文字サイズをポイント数やMサイズで求めますが,ここでは実際に定規で測定して高さで求めることにします。例えば臨界文字サイズの文字の高さが50mmとします。そして,実際に読んでみたい本の文字サイズが10mmだとします。この場合,
倍率=臨界文字サイズ÷実際の文字サイズ
で,計算すると,5倍となります。
視距離が近点距離を下回っている場合は,視距離に応じたレンズを加入して検査を実施することが望ましいです。多くの盲学校(視覚障害者の教育を担当する特別支援学校)では検眼レンズセットを備えています。
視距離決定
検査の視距離が重要です。一般的に近見視力は30cmで測定しますが,距離を30cm以外で測定した場合は,視距離も重要です。また,行動評価でMNREADを実施した場合も,検査距離の情報は重要です。
検査距離と倍率から,拡大で用いる,視距離を決定します。拡大鏡は,接近して視角を拡大する方法ですから,「相対距離拡大法」とよばれます。
従って,今回,機能評価は30cmの検査距離,行動評価の例は10cmの検査距離で測定したとします。
小数視力(機能評価)から計算した視距離は,30cm÷5倍=6cm
MNREAD(行動評価)から計算した視距離は,10cm÷5倍=2cm
となります。このように,視距離は「検査距離÷倍率」で求められます。
拡大鏡のディオプター計算
視距離が求まったら,ディオプター計算です。拡大鏡を利用するのに眼が疲れてはいけません。従って,拡大鏡を用いる場合は,平行光線を眼に入れることを前提にします。よって,視距離が決まれば,その視距離(m)の逆数をとって,拡大鏡のレンズのディオプターを求めます。
例でいうと,小数視力で求めた,6cmの視距離では,「1÷0.06」で,16Dとなり,MNREADで求めた2cmの視距離だと,「1÷0.02」で,50Dとなります。Dはディオプターの頭文字です。
拡大鏡選定
ここまできたら,ディオプター計算で求められたレンズを使っている拡大鏡を選定します。低学年の子どもだとスタンプ型やスタンド型といった操作が容易なものが良いでしょうし,高学年以上になると,手持ち式,眼鏡型などがよいでしょう。目的に応じて検討します。同時に,手持ち型や眼鏡型だと,特に利用の練習も重要です。拡大鏡は道具です。道具は使いこなす技術が熟達して初めて便利に利用できます。このことを忘れてはいけません。
補足
拡大鏡には表示倍率があります。しかし,ここで紹介した選定方法では表示倍率は用いていません。その理由は,「表示倍率の計算方法にはいくつかの方法があること」「基準距離を考慮した倍率計算が必要なこと」の2点から,ここでは表示倍率を参考にしません。
表示倍率の計算方法には「D÷4」「D÷4+1」「D÷2.5」といった3種類の方法がありあmす。同じ20Dのレンズであっても,5倍,6倍,8倍のどれを表示倍率にしても構いません。仮にもっとも用いられている「D÷4」を例に考えてみます。
ここの例では,機能評価の結果,16D,行動評価の結果,50Dのが必要となりました。しかしどちらも倍率は5倍でした。ここがポイントです。なぜ,必要な倍率が1つなのに利用する拡大鏡のディオプターは異なるのか?それは,検査距離,つまり規準とする距離が異なるためです。
ここで,表示倍率「D÷4」を用いた拡大鏡をもしも選んでしまったらどうなるか考えてみましょう。この表示倍率は,「D÷4=5倍」となり,20Dのレンズのついた拡大鏡となります。例えば,機能評価のの場合,17Dで良いの,過剰な接近を強いられることになります。また,行動評価の例では50D必要なのですが,20Dでは5cmまでしか接近できません。例え接近したとしても,調節が働いていることになります。当初の前提を思い出してみましょう。なぜ拡大鏡を用いるか。それは,楽に(調節を働かせずに)近業(短距離の視作業)ができるためです。今までの表示倍率による選定で問題が無かったという主張もあるでしょうが,その陰には,弱視の子どもの,しなくてもよかった苦労があったのかもしれません。そのこと自体を考えるためにも,表示倍率が何倍かといったことではなく,「何D」の拡大鏡なのかを指導者が知っておくことが重要と考えます。
つまり,何Dの拡大鏡を用いているのかが分かっていれば,何cmの視距離で見るのが楽であるのかが計算できます。それを基に,調節が働いている距離なのかどうか,つまり,疲れる距離なのかどうなのかが判断できます。
拡大鏡を使って見た時に,眼の疲労を感じることを訴える例があるようです。その原因が,表示倍率に頼り切った結果生じている,屈折力不足を調節で補うという事態であるとしたら,どうでしょうか?また,表示倍率のみに頼って選定した場合,この指摘を否定できるでしょうか? やはり,拡大鏡の屈折力を適切に把握して,調節を働かせなくても見えるはずの視距離を確認して,拡大鏡を利用することが重要ではないでしょうか。
単眼鏡
拡大鏡の選定と訓練に関する関連研究
- 氏間和仁 (2011) MNREAD-Jkにより拡大鏡の妥当性を検討した1事例,日本ロービジョン学会誌, Vol. 10, pp.63-67, 2011.3.31.
- 氏間和仁・若松歩・小島慶太・本沖萌美 (2010) 行動評価に基づいた拡大鏡の選定及び妥当性の評価, 弱視教育, 第47巻, 第4号, 1-6, 2010年3月.
読書評価に関する関連研究
- 氏間和仁・小田浩一 (2007) 文字サイズが音読潜時に及ぼす影響-ロービジョンシミュレーションによる検討-,日本眼科紀要, 第58巻, 第5号, 274-278, 2007.6
- 氏間和仁・島田博祐・小田浩一 (2007) 大型電子化提示教材で使用するロービジョンに適した文字サイズの規定法-読書評価チャートの応用-, 特殊教育学研究, 第45巻, 第1号, 1頁~12頁, 2007.5(Cinii)
- 氏間和仁 (2008) 臨界文字サイズの漢字知覚に意味的プライミング効果が及ぼす影響, 日本ロービジョン学会誌, vol.8, 54-59, 2008/08.
- 氏間和仁 (2010) ロービジョンの読みに適した文字サイズの選択について-MNREADとその周辺の研究-. 特殊教育学研究, Vol.48, No.4, pp323-331, 2010-11.
- 氏間和仁 (2011) 小学生の読書評価について-教育漢字の配当学年を考慮した読書評価用文章の基礎的研究-. 弱視教育, Vol. 49, No. 3, 7-14. 2011(H23)年12月 (PDF)